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闇魔法の使い手  作者: 葉月 縷々
第1章 召喚編
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第12話 修行


「言ってねぇよ!」

「んだぁその口の聞き方はぁっ!?」

「ひぎゃあっ!? い、言ってないですぅっ!」


 いつもの訓練場にて、俺ともう一人……美少女の面を被った化け物の口論が始まる。


「言い方変えても内容が変わってねぇだろうがッ!」

「いやだってマジで誰もそんなこと言って――」

「――煩ぇ!」

「へぶらっ!?」


 ベチンベチン、ベチンベチン。


 さっきから尻尾で鞭のように叩かれて非常に痛い。


 いや、尻は良い。痛いけど、まだ我慢できる。けど顔面は止めてほしい。


 大体、ひっ叩かれる理由も理不尽だからな。言ってないことを言ったことにされて一々揚げ足を取られる。


 このロリバ――


「――誰がヨボヨボの婆さんじゃごらぁッ!」

「ひぐぅっ!? そこまで言ってないですって! つぅか痛いわっ!」

「知るかッ! おらっ、腕立て二百回追加だ!」

「お、横暴だぁっ……!」


 泣きそうになりながら腕立てする俺の背中に胡座をかいて座っているその人こそ世界最強の剣聖改めジル様。シルヴィア・エル・フリーデン。


 職業は剣士系最強と言われている剣聖であり、他人の心を()()()()()読むことが出来る《心眼》スキル持ち。


 本職は傭兵だが、現在は試練に合格した俺の指南役として日々俺を虐め――


「――誰が人喰い鬼ババアだって……?」

「言ってなぁいっ!! 鬼畜って思っただけっ! 一文字しか合ってない! 人の心読まないでくださいよ!」


 涙の代わりに鼻血を噴出しながら、わっせわっせと筋トレに励む。


 隣の陣地で戦闘について教わっているライやマナミ、リュウ……果てはグレンさんやリンスさんが複雑そうな顔でこちらを見ているのがわかった。


 何故って?


 それは……


「くぅっ、この女っ、ふざけやがってっ、なーにが世界最強の傭兵だぁっ」


 おおぅっ? 尻がっ……ジル様の尻の感触が背中に擦れてっ……あっ……


「……言ってることと内心が全然違うんだよなぁお前」


 上からジト目で睨まれ、尻を馬のようにベチンベチンされる。


 何か段々この鋭い痛みが気持ち良くなってきた。


 それが顔に出てるのか、端から見るとケツ叩かれてる恍惚とした表情した男があひんあひん言いながら腕立てしてる訳で。


 ライ達の目は残念なものを見るような感じになっている。


 解せない。


 何としても抗議したい。


 実際のところ、俺の腕がどんどん地面に埋まっていってるので軽くはない。


 何でもドラゴンになれる《竜化》スキルの応用で身体の質量をある程度変えられるらしい。


 すんげぇ重い。


 五十キロの重りでも沈むなんてことはなかった。


 体感、百キロくらいだろうか。最初飛び乗られた時は潰れかけたし。


 ただの重りなら自分の裁量で動く。それが人となればまた別で、そういう意味でもキツい。


「はぁ……はぁ……はぁっ……くっ……!」

「興奮すんな気色悪い」

「違うわ! これ息切れしてんの! 重いんすよっ!」

「重くしてんだよ。んじゃああれだ、息止めろ。キモい」

「理不尽っ……へぶぅっ!?」


 頭上から振ってきた尻尾の先が額に当たってしなり、鼻を直撃した。


 ポタポタと鼻血が垂れ、一瞬ぐらつく。


「お? 何だ? 止めるか? 止めちゃうのかー? お前の覚悟はふにゃふにゃだなー?」

「このっ……」


 流石にカチンと来た。


 人が大人しくしてりゃ付け上がりやがって。


 何か一言言ってやろうと顔を上げると、「あ゛ぁ゛?」なんて言ってる怖い人の顔が逆さまになって俺を覗き込んでいた。


「何だバカ弟子。この美少女様に文句か?」


 アイドルみたいな小顔に真っ白い肌。幼さを残した可愛らしい顔つき。


 見た目だけなら十分美少女だ。


 般若みたいな顔が一瞬にして目の笑ってない笑顔になられるとめちゃめちゃ怖い。


「~~っ……こ、この……び、美少女様めぇ……何でもないですぅ……」


 俺は悪魔に屈した。


「よろしい」


 HPが減らない程度に加減はしているようだが……痛いものは痛い。


 何より、外野の視線が痛い。


「「「「「…………」」」」」


 ちゃうねん、マジでキツいねん。無言で見ぃひんといてぇな。中途半端に女体を感じると変な顔になってまうねん。


 特にマナミとリンスさんの変質者を見るような目が何とも言えない。


「おい、集中しろ集中」

「くっそぉっ……剣聖、なんだからっ……剣をっ、教えてっ、くださいっ……よぉっ」


 ライ達の視線を気にする俺を、割りと真面目な顔で注意してくるジル様。


 今度は尻尾によるビンタはなかった。


「ダメだ。筋肉が足りてねぇ。筋肉ってのは基礎だ。ステータスとは関係ねぇ土台なんだ。それが不十分だから他の奴等も同じことさせられてんだろ」

 

 真正面からの正論パンチだった。


 事実、ステータスにある数値は攻撃力や防御力といった戦闘に関する項目ばかり。多少の補正はあっても、今の俺のように重いものを持ち上げたりするのに最低限の筋肉は必要。


 剣と剣で戦うにしても全身のあらゆる筋肉がなければまともに動けない。


 継戦能力にも、万が一の逃亡にも体力(スタミナ)の有無は生死に直結する。


 グレンさんも似たようなことを言っていた。


「ふぅ……ふぅ……ふぅ……! う、腕っ……がっ……」

「おいっ、回復っ」


 少しずつ少しずつ沈んでいた腕が肘の部分まで見えなくなり、ジル様が近くで待機していた魔術師団の団員に声を掛ける。


「は、はいっ、ただいま!」


 そう言われた直後、弾丸のように飛んできた回復魔法の光が俺の身体を包み込む。


 急激に修復された腕から筋肉痛のような痺れと痛みが引いていく。


 傷付いた筋肉を細胞が修復する際に起きるのが筋肉痛だ。


 回復魔法の効果は早い話が細胞の超活性化。


 尋常じゃない速度で治った部分はより強固な筋肉となって復活し、また筋トレで酷使され、魔法で無理やり治され……


 俺やライ達がやっている訓練はその繰り返しであり、普通なら何ヵ月、何年と掛けて引き締めるところを一~二ヶ月まで短縮する地獄の特訓。


 理には敵っているが、強引な手だなぁと思わなくもない。


「治ったな? 続けろ」

「はいっ」


 また叩かれる前にズボッ、ズボッ、とそこから抜き、別の方向に身体の向きを変えて再開する。


 たかだか二週間でグレンの扱きに慣れたように、効果はある。訓練内容は日々過酷になっているが、何とか付いていけている。マナミやリュウもだ。


 だからって地味だよなこれ……。


 なーんて、到底口に出来な――

 

「――ほう? 文句か? 文句があるんだな? 良いだろう、言ってみろ」


 ピシッ……!


 俺は石になったように硬直した。


「…………あ、あの……あのあの……えと……だ、大体……ですね……な、何でさっきから……俺の心、読めてるんです……?」


 試練時の対処法、今もしてるんですけど?


 ガタガタ震えながらそう言うと、あっけらかんとした答えが返ってくる。


「あん? その対処法って思考系スキルで脳の処理機能と速度を拡張して速めることで読めなくするってやつだろ? 元々持ってなかった《高速思考》、今朝手に入ったからな」


 俺は絶望した。


 え、どういう風に見えてるか知らんけど、大量かつ別々の内容の文字が凄い速度で流れていくのが全部見えてると……?

 

「まあ《並列思考》はあったしな。何かの取得条件を満たしたんだろ」


 …………カハッ(白目)。


 こ、この超絶美少女凄いよぉ! 流石、ターン◯ーのお兄さ……じゃなかった、世界最強の剣聖さん!


 たった一日で俺の心を丸裸にしやがった! 畜生っ、そんな簡単にスキル取得出来るのかよっ! 


「遺言はそれだけか?」

「……へ?」

「そうかそうか」


 ジル様の可愛い顔にいっぱいの青筋が。


 わーっ……


 言葉を失い、顔をサーッと青ざめさせた次の瞬間、にゅるりと視界の端で尻尾が蠢いた。


「尻の青臭ぇガキがっ! 人様の指導に文句付けんじゃねぇッ!!!」


 ダダダダダダダダッ!


 俺はデンプシーロールを受けたボクサーの気持ちを知った。










 数時間後。


「も、もう無理っす……勘弁してください……」

「まだイケるだろ? さっきからそう言って何回かイケてるじゃねぇか。ほら気合入れろよ、うりうり~」

「ひぎゃあっ……! ほ、本当勘弁してください! ツンツンとぐりぐり止めてっ!」

「情けねぇなぁ、お前女かよ。生娘じゃあるまい……にっ」

「あふんっ!? ちょっとっ、何で尻尾で追い打ちしてるんすか! キツイって言ってるのに!」

「気持ち良いんだろ? オラオラ、オラオラ! もっと良くしてやるよ! クハハハハッ!」

「あふん!? ひぐっ! へぶっ!」


 もう昼だというのに容赦がない。


 あれから他の筋トレや走り込みを強制された。


 回復魔法による超活性細胞が満足に働かなくなるまで。


 もうダメだ。


 腕なんかぷるっぷるしてるし、足は産まれたての小鹿かチワワだ。


 にも拘わらず、ジル様……いや、この白い悪魔は指でつついてきたり、足先で押してきたり、尻尾で尻を叩いてくる。


 思わず泣くほど痛い。なのに痛過ぎて動けない。動けないのに筋肉だけがピクピク痙攣してるような変な感じがする。それがまた何故か痛い。痛くて熱い。


「痛いっすぅ……ほ、ホント……堪忍してくださいぃ……」


 大の男の男泣きは多少効いたらしく、ジル様が一瞬たじろいだ。


「お、おう……じゃあ飯に……」

「既に吐きそうですぅ」

「あー、じゃあスープとか」

「気持ち悪いっす……」

「…………」

「痛い……痛いよぉ……母ちゃん……」


 あれもダメ、これもダメ。挙げ句には泣き言。


 あまりの痛みで、ジル様の気持ちを考えてなかった。考える余裕がなかった。


 だからだろう。


 ジル様はニッコリと笑って言った。


「うしっ、まあ夕方まで時間あるからなっ。今度は魔法かスキルの訓練だっ」


 押し寄せる絶望に口をパクパクさせることしか出来ない。


「何遊んでんだ? こちとら大マジだ、さっさとやれ」

「カハッ……えっ……ぁっ……い、いや……あ、の……どう、すれば……?」


 どうにか絞り出したような声で質問する。


 返答はやはり残酷だった。


「どうって何だよ。魔法は身体使わないし、スキルもテメェの構成じゃ使わねぇのばっかだろ。やれ」

「う、うそん……」


 俺は燃え尽きたボクサーのように灰になった。


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