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闇魔法の使い手  作者: 葉月 縷々
第3章 冒険者編
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第121話 慟哭

遅れました。



「すぅ……すぅ……う、う~ん……? むにゃ……うひひ、シキだぁ……」

「…………」



 気付いたらムクロに抱き締められていた。



 いつしかのようにムクロの豊満な胸で視界が埋め尽くされており、身動ぎして漸く抱き締められているのだと理解出来たところだ。



 ……いや、何だこの状況。



 上を見上げれば見知らぬ天井。背中から感じるのはムクロの柔肌と温もりとは似ても似つかぬ固い感触……ベッドかな。



 何か視界の右側が真っ黒だし……



「いっ!? つぅっ……」



 無理に起き上がろうとしたところ、全身に凄まじい激痛が走った。

 特に右目が痛い。ズキズキとかそんなレベルじゃなく、何かを突っ込まれたみたいな……我慢ならない痛みだ。



「……血? 何でっ……あぁ、目ぇ潰れたんだっけか」



 思わず目を抑えていた手が生暖かい液体でヌメったので、少し離して異常のない左目で見てみれば、手を濡らしていたのは真っ赤な血だった。

 驚いた直後、理由を思い出し、肩の力を抜く。

 


「大丈夫かぁ……?」



 寝惚け眼で心配してくるムクロが俺を抱く力を少し強めた。



「……あぁ、大丈夫だよ。それより……また、助けてくれたんだな。助けられてばっかで何も返せてないのに……」

「んぅ? えへへ……良いよぉ」

「……いや、離してくれよ。何故、ロックする。血ぃ止めないと汚れるぞ?」



 離そうとしないムクロに対し、若干逃げようとする俺だが、全く離してくれない。

 ムクロにしては珍しく良い匂いがするし……俺としては吝かじゃないけど、ドレスと胸に血が付着し始めているのが気になる。

 


「良いからギュッてしてよぉ……」

「……質問に答えたらな」

「本当っ?」

「うおっ、ビックリした。本当本当、顔が近いってっ」

「んふぅ……!」

「鼻息荒くなってるぞ」



 こいつ、寝惚けてると甘えん坊な性格になるんだよなぁ……戦いになると少しだけキリッとするのに。

 ……何でこんなに俺を好いてくれるんだろうか。



「はぁ……まあ良いや。……で、ここは何処だ? 啖呵切っといてあれだけど、俺、聖騎士から逃げてきたから近いと不味いぞ。あいつら、転移魔法あるし」



 全然離してくれないので抵抗を諦めた俺は鼻息の荒いムクロの柔らかい胸に頭を預け、そのまま質問する。



「えっとぉ……村?」

「それは外の音でわかる。さっきから薪割りみたいな音聞こえるし。何処の村なんだ?」

「えっとね、えっとね……イクシアとシャムザの狭間にある小国、かなぁ?」



 シャムザ……? あぁ、あの褐色の姫騎士の……



 魔族化した時、知らない奴が居たから気になってたのはよく覚えている。部下も全員褐色の肌だったし、間違いない。確か……国の八~九割が砂漠の大国、だったな。その大国とイクシアの間……あ、あの横に細い国か? 態々、国としての形に拘らないでどっちかの下に付けば良いのにって思った気がする。



 イクシアに召喚されて間もない頃、この世界を知る為にさせられた勉強とエナさんに教わった地理情報、一度だけ見た世界地図について必死に思い出す。

 まあ国境を越えたんなら大丈夫……か?



「大丈夫だよぉ……こっちに向かってくる気配ないしぃ……来たらわかるもぉん……」



 いや感知出来るのかよ……ジル様並みの感知能力だな。相変わらず化け物だ。



「教えてくれるのか?」

「えへ、今なら守ってやるぞぉ……?」

「……ありがとう」



 本当、何で俺にここまでしてくれるんだろう。初めて会った時もジンメンに襲われた時もおんぶしろとか言って甘えてきて……



「んんっ……あー、じゃあその国の村で家を借りてるってことか?」

「うん、銀貨取られたけど、寝床貸してくれた!」

「……金貨って言われなくて良かったな」



 少々不恰好だが、そうすると喜ぶのでニコッとするムクロの頭に手を伸ばしてポンポンする。



「えへへ~」



 可愛い。



 それにしても寝床だけで銀貨か……もっと要求される可能性もあったろうに。ついでに言えば金貨寄越せって言われてたら寄越してたろうな、こいつのことだから。流石にそこまで要求する心臓の強さはなかったか。



 ……取り敢えず、聖軍に関しては良いか。レーセン達が仲間を呼ぶにしても少し時間が掛かる筈。一日くらいなら……



「レドとアニータは?」

「シキに会いたいって言ってたからお外で仕事して待ってるよ」



 会いたい? 何故だ? ……あ、恨み言か。アニータがそうなら当然レドの家族や友達も……



 妙な納得をしつつ、質問を続ける。



「俺の装備と仮面は?」

「んと……あ、そこっ」

「全部外したのかよ。……マジックバッグは……あるな」

「何かくっついてて取れなかったよ?」

「……わかった。ここにはどうやって俺を? 俺はどこに倒れてた?」

「国境近くの小川で倒れてたからおんぶしてきた」

「……ここまで?」

「うん」

「大変ご迷惑をお掛けしました……」

「うむっ」

「……眠いのか?」

「うん……」



 怒涛の質問ラッシュで何キロ、あるいは十数キロもおぶわれたと聞いて恐縮する俺。何か一瞬偉そうな返答だったのは気になるけど、まあ良い。



 てかそこまで深く気絶してたのか……デカい恩が増えてくなぁ……



「私からも……いーい?」

「ん? 質問か?」

「うん」

「別に良いけど……」



 ギュッと強く抱き締められた後、頭を掴んでいる手が揺れた。

 俺と同じく真っ黒の隈がある目元を擦ったらしい。



「これからどうするの?」

「っ……」



 ムクロからすれば当然の質問だったんだろう。

 思ってもみなかった質問に驚いて固まった俺を見てキョトンとしている。



 これから……これからか……何も考えてなかったな。そもそも目的っていう目的もなかったし……一人旅してみたいくらいだけど……リーフ達を見捨てて早々に逃げることも出来なかった。俺にまだ甘さが残ってる証拠だ。多分、一人で旅が出来るようになるのは当分先……



 んー……マジでどうしようかな。特に何も思い付かない。



「…………」

「ないなら私と一緒に行かない? 私、もっとシキと一緒に居たい」



 無言で考え込む俺に痺れを切らしたのか、ムクロが魅力的な提案をしてきた。



 確かムクロはひたすら南下したいと言っていた。何が目的なのかは知らないが、ムクロとの二人旅っていうのが良い。弱音みたいだけど……少し疲れた。本音を言えばこのままムクロの腕の中で眠りたいくらいだ。



「そう、だな……それも良いかもしれない。参考までに訊くけど、ムクロは何の目的があって南に向かってるんだ?」

「え? 何ってシキが……あれ? ……えっと……あ、あれぇ? 何でだっけ? わかんなくなっちゃった……ん~? おかしいな……誰かに言われて、南に行かないとって思った、ような……?」



 それで何故俺の名前が出てくるのか。



 俺へのホールドを緩めてまで悩むムクロに内心突っ込む。



「もしかして俺と似ている誰かとの約束とか? 少なくとも俺は知らないぞ? そもそも初めて会った時から南下してたじゃないか」

「んー……ん? う~ん……わかんないけど……シキとは初めて会った気がしないよ?」

「……それにしてはジンメンと初遭遇した時、死ぬ寸前まで放置してなかったか?」

「そうだっけ。……あれ? シキと会ったのっていつだっけ」

「…………」

 


 ダメだこいつ。先ずそこからかよ。



「ん~~~?」

「いや、そんなに悩むなら良いよ別に」



 俺と初めて会った気がしなくて、誰かに言われて南下してたってことはやっぱ俺に似た誰かとの約束か何かじゃないかな。



 ……何かモヤモヤする。俺に似てるってことはそいつ男だよな? う~ん……何か嫌、だな……



 何故か好いてくれているムクロに対し、俺も好印象を……いや、《魅了》使われたからな。もう好きなくらいだ。そんなムクロが俺に俺じゃない誰かを重ねて見ていたというのは色々複雑な気持ちだ。

 少なくとも良い気持ちではない。



「「…………」」



 お互いが無言になった途端、薪割りと誰かの話し声、陽気な鼻歌、女の人達の談笑と色んな音が聞こえてくるようになった。

 知らず知らずの内にムクロとの会話に集中してて聞こえなかったんだろう。



 それらはとても平和で、固いと言っても寝床であることに違いはないベッドと……何よりムクロが居る。

 右目と全身は痛いけど、あの町の光景はないし、戦場でもない。聖軍が襲ってくる可能性はないこともない程度……



 あぁ……何か俺も……眠くなってきたな。



 安心、だろうか。



 やはりこのままムクロの胸に顔を埋めて眠りたいという欲が強くなってきた。



「……なあムクロ」

「んー?」

「甘えて……良いか……?」

「……うん、良いよ。疲れた時はね、いっぱい泣いて、いっぱい笑うのが一番良いんだって。だから……ね? おいで……」

「ん……」



 再びギュッとしてくるムクロの背中に手を伸ばし、こちらからも力を入れる。

 直ぐ様襲ってきた強い眠気と……何故か溢れてくる涙に、思わず目を瞑りながら思った。



 鏡があったら悶絶してただろうな。今の俺はちょっとキモすぎる。何が甘えて良いか、だよ……った……く…………



 気絶した時の地面とは比べるまでもない甘く優しい抱擁に力を抜かれ切った俺はそう自嘲しながら意識を手放した。















 

 翌日。



 目が覚めた後もムクロが居てくれたことに安堵したのか、涙が止まらなかった。起きる度に泣いてしまう俺をムクロは嫌な顔一つせずに撫でてくれたこともある。安心して号泣出来た。

 現在はムクロが借りたという民家の中で身体の調子を確認している最中だ。



「やっぱ目ぇ以外は軽症だな……殆ど【起死回生】で治ってたし、疲労が目立つくらいか……」



 と言ってももう歩ける程度の疲労だ。【起死回生】で治せなかったのが右目というだけで、肉体的な疲労も消してくれてたからな。



「んぅ……zzz」



 たまに起きて泣く時以外は丸一日眠りに付いていたにも関わらず、ムクロはずっと一緒に居てくれた。……というか今も寝ている。まさか俺より疲れてるのか……? いやまあ、俺を運ぶのも結構な重労働だったろうしなぁ……俺よりステータスが高くてもキツいもんはキツいか。



「……ありがとな」

「うへへぇ……」



 幸せそうに眠るムクロの頭を撫で返し、一瞬顔が緩むが直ぐに引き締めると、例の仮面を付ける。



 元々巻いていた包帯は変えた。多分、ムクロが俺のマジックバッグから取り出して巻いてくれてたんだろうけど、真っ赤に染まってたからな。

 右目を包み、頭を斜めに横断するようにして巻き直し、その上に形状させた仮面を嵌め込む。



 そうして柔らかくした仮面に微妙に伸びた角を刺し、いつものように魔物の骨を模した形へと変化させた。



「……これだと包帯がずれそうだな。なら……」



 違和感があったので仮面の顎部分から後頭部を通って額に繋がる抑えを作った。

 両側から伸ばしたから仮面や包帯がずれることもない。



「……良し」



 後は〝粘纏〟で腰にくっ付けてたマジックバッグを外して……ん? あ、肩に背負ってたらまた落とすかもしれないな。これは……このままにしておくか。色々取り出し易いし。

 等と考えつつ、長剣と短剣を腰と太股に差し、一番抜きやすい位置に魔法鞘を差す。最後にマジックバッグから戦闘中に落っことした俺の左腕を取り出し、手甲を外して改めて装着。他はマジックバッグに入ってたので、それらも装備していく。……人の腕ってだけでも嫌だけど、自分の腕だと尚更気持ち悪いな。どっかに捨てたい。



「こっちは汚れが気になる以外に違和感なし。う~ん……つっても磨くと黒光りして目立つしなぁ……今のところ脆くなったりとかはしてないし、放っておいて大丈夫……だよな?」

 


 通常の装備なら血やその他汚れを落としておかないと切れ味が落ちたり、やたら脆くなったりするもんだが、ジル様の素材で作られた武器や防具はそういったことが一切ない。

 剣は怖いから一応綺麗にしてるけど、防具は割りと放置気味だ。その前に装備してた皮製の籠手や胸当てだったら二週間もしない内にボロボロになってたのに。一応、血だけは拭き取っておくかな。腐食する可能性はあるし。



 そんなこんなで外に出れる準備をしていると、コンコンとノック音が聞こえてきた。



 誰だと問うたところ、レドとアニータだったので中へと入れる。



「…………」

「お、おはようございますっす! えと……身体の調子はどう……っすか?」

「あぁ、問題ない。目が痛いのは気になるがな」

「……下手な演技しちゃって。千人の聖騎士と戦ってきたなんて嘘なんでしょ? 本当なら失明くらいで済むわけないじゃない」

「ちょっ、アニータちゃん!? え、ええっとそのっ、そ、そうっすか! 目が……で、でもそれだけで良かったっす!」



 やはりと言うべきか、アニータからの当たりは強かった。

 【起死回生】と、あの時の状況を知らなければ不自然な怪我だからな。身体には特に目立つ外傷もないし。



 しかし、レドはそうは思わないらしく、俺を冷たく睨んでいるアニータにあたふたして何とか間を取り持とうとしてくれている。



「本当だったとしてもどうせ逃げ回ってたとかそんなんでしょ。私達の家族を、町をめちゃくちゃにしておいてそのくらいの怪我で逃げてきたなんて……!」

「な、何てこと言うんすか! アニータちゃん、シキさんはそんな人じゃないっすよ!」

「はあ!? じゃあ証拠でもあるの!?」

「町や被害に遭った人達を見てあんなに怒ってたっす! それはアニータちゃんだって見たっすよね!? 自分から残って時間稼ぎするって言ったところも! 何でアニータちゃんはそんなにっ……」

「っ……だってっ……だってこの人が町に来なければ皆普通に生きてたんだよ!? それをっ……!」



 俺を庇おうとするレドとエルティーナ達が語った真実に憎悪を膨らませるアニータで喧嘩が始まってしまった。

 見ればムクロも起きてこちらを心配そうに見ている。



 ……多分、俺が逆の立場ならアニータと同じことを思っただろうな。けど、俺は……



「シキさんのせいだって言ったのはあのエルティーナさん達っす! あいつら、様子がおかしかったっ……全部、シキさんのせいっていうのも何か誤解が――」

「――いや、間違いない。俺のせいだ」

「「……え?」」



 俺を信じたかったであろうレドは口をあんぐりと開けて、俺のせいだと思い込むことで俺を溜め込んだストレスの捌け口としようとしていたアニータは信じられないと言った表情で、素直に認めた俺に視線を向けた。



「あの時、あいつらが言ったのは本当さ。俺のせいでジンメンは出るようになったし、聖軍が出てくることになった」

「で、でも聖軍が町を攻めることまでは!」

「元を辿れば原因は俺だ。ジンメンを転移させてきたのだって、想像は出来た筈なのにそこまでするなんて思いもしなかった。全て俺が招いた結果だよ」



 そう言った直後。

 目に暗い光を宿したアニータが突如走り出し、後ろに隠し持っていたナイフを俺に突き立てた。



「……っ!」

「アニー――」

「――殺してやる! 殺してやる! お前のせいで! お前のせいでお母さんも、お父さんもっ……! 絶対に許さないッ!」

「あ、アニータちゃん! 止めるっす!」



 グサグサと躊躇いなくナイフを刺してくるアニータ。

 レドから見れば俺が無抵抗で刺されているように見えたらしく、止めようとしていた。



 しかし、実際は違う。



「痛っ……え……? な、何で……!? 何で刺さって……」



 聖騎士というこの世界の上位に入る強さを持つ奴なら多分、軽く刺さっただろう。

 何かスキルを使えばもっと容易に刃が俺を皮膚を貫いたかもしれない。



 だが、俺の防御力は既にその辺の魔物をも凌駕している。

 一般人の放つ突きなんて俺に刺さる訳がない。少なくとも、アニータが持っているような果物ナイフじゃあな。逆にアニータの方が手首を痛めているくらいだ。



「っ……」



 それに気付いたレドが畏怖に似た感情を乗せた顔で見てくる。

 リーダーやリーフ、エルティーナでも軽く刺さるくらいはするだろうから当然の反応だな。ステータス差があっても相応の勢いを付ければ流石に刺さる。俺自身、多少魔法が使えるようになっただけの狂戦士だ。少しくらいは刺さると思ったんだが……どうやら思っていた以上にステータスの壁は大きいらしい。



「ば、化け物っ……!」

「……あぁ、そうだな。俺は化け物だ。で? お前は俺を殺したい訳だが、どうするんだ? お前の貧弱な身体では傷一つ付けられないぞ」



 刺さらないだけで痛いには痛い。良い感じに俺への憎悪を生きる糧として定めたら諦めてほしい。

 そう思い、少しだけ嫌味な言い方で返すと同時に、ほんの少しの悲しさを乗せた睨みを利かせ、アニータを牽制する。



 が、アニータからは思わぬ答えが返ってきた。



「……そっちこそどうするの? エルティーナさんみたいに私も殺す? ふん、殺したいんなら殺せば?」



 怒ったと思われたらしい。

 そりゃあいきなり殺されかけてるし、普通なら怒るだろうけどな……アニータの気持ちはわかるし、ムクロも見てる。下手な真似は出来ない。



「俺はお前を殺したい訳じゃない。恨むなとも言わない。ただ……生きていてほしいんだ。リーフ達が守った唯一の命だからな」

「ど、どの口がっ! 殺しなさいよ! 私っ、シキさんを刺したんだよ!? 何で怒らないの!?」

「あ、アニータちゃん……」

「止めないで! 私はもう嫌なの! 死にたいの! 何で皆止めるの!? 何でお母さん達のところに行かせてくれないの!? 何なのっ……!? 何なのよっ……」



 …………。



 ……そう、か。この子は死にたくて……



 恐らく、既に何回か自殺を試みたんだろう。

 高い建物や高速で動く乗り物なんてないから……首吊りかナイフで。それを周りの人が止めた。レドや村人、もしかしたらムクロも、かもしれない。



 俺は……何て返せば良いんだろう。何て言えばこの子は……



 俺が思わず固まっていると。



 ベッドから出てきたムクロがすたすたとこちらに歩き始め、いきなりアニータの首を鷲掴みにした。



「がはぁっ!?」

「む、ムクロ!? 何をっ……」

「ムクロさんっ……!?」



 驚く俺とレドをよそに、今までにない剣幕で怒鳴るムクロ。



「死にたいだと!? お前っ、誰かが死ねば他の誰かが悲しみ、傷付く! お前は今それを証明しているだろうが! 何が死にたいだっ、なら死ねっ! このまま絞め殺してやる!」

「かはっ……! ごほっ……がっ……が……ぁ……」



 片手で持ち上げられたアニータが両手でムクロの手を掴み、バタバタと暴れるが当のムクロは爪を突き立てられようが、顔面に蹴りを入れられようが全く動じていない。



「や、止めろムクロ! 死んじまう!」

「ムクロさんっ、止めてくださいっす!」



 俺達でムクロを止めようと駆け寄ってもムクロはこちらを見向きもしないので、二人がかりでムクロの手を抑えるが……それでも動かない。



「ムクロっ……!」

「か、はっ……ぁ……がっ……ぶぼっ……」



 そうしている内にもアニータは顔色を真っ青にさせ、口から泡を噴き始めた。

 涙と鼻水にまみれて白目を剥いているし、どう考えても死ぬ寸前だ。



「ムクロッ!!」



 仕方なく、剣を抜いた俺がムクロに斬りかかろうとすると、ムクロは急に力を抜き、アニータを床へと落とした。



「かはぁっ……!? ごほっごほっごほっ!! かひゅーっ……こひゅーっ……!」



 打ち付けた背中を一切気にせず、咳き込みながら必死に酸素を取り込むアニータ。

 俺とレドがアニータの背中を擦り、何でこんなことを、とムクロを睨んだ。



 直後。



 ムクロは再びアニータの首を掴み、持ち上げた。



「がっ!? んがっ、ぁ……がぁっ……!」

「ムクロ! もう止めろ! 何をっ……」

「貴様は黙っていろッ!」

「っ、がはっ……!?」

「し、シキさん!」



 飛び掛かるようにして止めた俺は腹を強打され、動きが止まってしまった。



「ううっ……」

「だっ、だずげでっ……! くるじっ……!」

「死にたいんだろ? ほら、死ねよ。どうせ死ぬんなら死に方はこちらが決める。そうやって苦しみながら死ね」

「がはぁっ……い、い゛や゛だぁっ……じにだぐないっ、じにだくっ……」

「ムクロさんっ、止めるっすよ! このままじゃ本当に死んじゃうっすっ!」



 腹を抑え、悶絶する俺の横で助けを求めるアニータとそれを止めようと必死にしがみつくレド。

 しかし、ムクロは止まらない。



「殺せと言ったのはこいつだ。何故止める」

「そんなのダメっす! 今はそう思ってるだけっすよ!」

「そう思ってるから殺してやるんだ。こいつは死を望んでいるんだぞっ?」

「人が死にたくなるなんて普通じゃないっすよ!! 少し時間が経てばきっと!」

「詭弁だな。こいつの気持ちをわかるのはこいつだけだ。なら楽にしてやるのが道理だろう」

「だ、だから止めてるんすよ! どう見ても楽になんて!」



 いってぇ……こ、この感じ、内臓にまで達してるっ……けど、あの激痛を耐えた俺なら……!



 あまり経験のない内臓へのダメージを気合いで捩じ伏せた俺はゆっくりと立ち上がると、またムクロの腕に掴み掛かった。



「だずげっ……だすっ……か、は……ぁっ……」

「ムクロっ、アニータは助けてって言ってるだろ……! 死にたくないともっ! 何でお前はっ……!」



 そこまで言うと、ムクロは力を緩め、再びアニータを落とした。



「がはぁっ……!! ごほっ、ごほっ! ごほっごほっ! ひゅーっ……! ひゅーっ!」



 変な呼吸をするアニータの前に立ち、ムクロと相対する。



 ――何考えてんだこいつは!? いきなり殺そうとするなんて……!



 俺が混乱している間にも、アニータを睨み付けているムクロはまた手を伸ばし始めた。



「ムクロっ、止めろっつってんだろうがっ!」



 果たして俺の制止の声と、



「がはっかはっ、ひっ、ひいいっ! ごめんなさいごめんなさいごめんなさい! こ、殺さないで! 私っ、死にたくないっ!」



 アニータが決死の叫び。



 どちらが早かっただろう。



 死を望んだアニータが死がどういうものかを知り、拒んだ。

 そして、それを見たムクロは泣きそうな顔で諭すように話し始めた。



「……苦しい、だろ? 死ぬっていうのはそういうことなんだ。とても痛くて苦しいものなんだよ……お前がそうやって苦しんでる時、この二人は止めようとしてた。何でかわかるか? 二人ともお前に死んでほしくなかったんだ。親や知人が死んでお前が悲しんだように、お前が死ねばこの二人も悲しむし、怒るんだよ」

「はふーっ……はーっ……はーっ……」

「それだけじゃない。お前を守ろうとして死んだ奴等はどうなる? お前に生きてほしくて頑張ったんだぞ? お前に生きてほしくて死んでいったんだぞ? お前の命はそいつらの命と引き換えに存在している。お前の命はお前のものであると同時にそいつらの命でもあるんだ。お前が死ねば、そいつらは何故死んだ? 何の為に死んだ? ……それを、肝に銘じておけっ」

「ぐすっ……うぅっ……うええぇんっ……!」



 泣き始めたアニータに吐き捨てるようにして言ったムクロが外に飛び出て行った。



「……レド、アニータを」

「わかったっす……」

「すまん」



 レドにアニータを任せてムクロの後を追うと、ムクロは近くの木にもたれ掛かって俯いていた。



「む、ムクロ……」

「っ……ぐすっ……ずずっ……」

「泣いてる……のか?」



 俺は声の掛け方を完全に間違えた。

 鼻を啜っていたからそうだと思って、何も考えずに訊いてしまった。



「煩い! あっち行け!」



 涙で目元を腫らしたムクロが強く睨んでくる。

 思わず謝りながら訳を訊く。



「ごめんっ、俺、てっきりお前が本当に……」

「そんなことする筈ないだろ!? あんなっ……あんな子供が死にたいって……殺してって言ったんだぞ! こんな悲しいことがあるかっ……!」

「……ごめん。俺の、せいで……」

「そうだ……そうだよっ、お前のせいだ! よく考えろ! お前のっ……シキの行動があの子を苦しめたんだよ!? あの時、シキは大人が悪いって言ったじゃない! 周りの大人の行動が子供達の未来を奪ったって! それ、なのにっ……!」

「…………」



 あの時というのはコーザ達の村のことだろう。



 あの時……確かに俺はそんな感じのことを考えていた。周りの大人がちゃんとした対応をすれば子供達の人生までめちゃくちゃになることはなかったと。

 そして、確かに俺の行動によっては町が滅亡することはなかったのかもしれない。



「この世界には生きたいって思う人がいっっぱい居るのに、あの子は死を望んだ! これがどれだけ悲しいことかわからないの!?」

「……ごめん」



 俺が《直感》に従わなければ……

 俺が『邪神の使徒』として聖騎士ノアを憎く思わなければ……



 全て俺の責任で、全て押し付けられた責任だ。



 俺がこの世界に来なければ……俺がライ達の召喚に巻き込まれなければ……



 どんなに考えても、結局はそこに行き着く。



 だからこそ。



「ごめん……ごめんな……」



 そうやって、謝ることしか出来なかった。



 ムクロは俺の正体を知っているようなことを言っていた。

 だからこそムクロも、



「謝らないで……私はシキより悪いんだよ……シキとは違って、全部全部見て見ぬ振りしてっ……」



 と、泣くことしか出来なかったんだろう。



二章の内容な気がしますが……まあ、それはさておき来週の更新も遅れるか出来ないかもです。書けたら更新します。

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