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闇魔法の使い手  作者: 葉月 縷々
第3章 冒険者編
127/334

第120話 砂漠の国の姫

ちょいグロ注意です。



『いやっ! 止めて! お姉ちゃんっ! 私の為にそんなことっ』

『あらぁ? 片目くらいどうってことないわよぉ。全部お姉ちゃんに任せてれば良いんだから……ね?』



 あぁ、またこの夢だ。



 遠い遠い、昔の記憶。



 私がまだ何も知らなくて……何もわかってなかった時の夢。



『や、やだ! ダメ! 絶対ダメ! あの人達が約束を守るって本気で思ってるの!?』

『ふふ、心外ねぇ……私だって同じ気持ちなのに……けどね、他ならない私が()()未来なの。この国には私の瞳が必要で、それが片目だけで済むっていうんだから……それくらい良いじゃない』

『そんなの嘘! 私の為なんでしょ!? 私が困らないようにって……!』

『あらあら……自意識過剰よぉ? まあ、強ち間違ってもいないんだけど……』

『だったら!』



 これ以上は見たくない。



 なのに……夢の中の少女を、駄々を捏ねる過去の私を後ろから見ていることしか出来ず、目を逸らすことも出来ない。



 何度目だろう。



 私は後何回この夢を見れば良いんだろう。



『いつも言ってるでしょう? 私は正しいと思ったからやるの。例え世界が間違ってるって言ったとしても、それは私が決めたことよ。私が正しいって言ったら私にとってそれは何よりも正しい。だから……』

『っ!? や、止めてっ!! ダメぇっ!!!』

『っ……!!』



 ブチン……あるいはボロリと……私の命の恩人が私の目の前で、自らの瞳をもぎ取った。



 瞳があった場所からは止めどなく血が流れていて、酷く痛々しい。



 そして、恩人の手には異様な煌めきを放つ瞳が握られている。



 とても見てられない、何度見ても思わず目を背けたくなる光景だ。



『いやあああああっ!! だ、誰か! 誰か回復魔法をっ! 一人くらい使えるでしょ!? 何で皆、黙って見てるの!? おかしいよ! お姉ちゃんがっ……お姉ちゃんの目がぁっ……!!』

『……わ、わかってたけど……めちゃくちゃ痛、い……わねぇ……はぁ……はぁ……こ、れで……良い……かしら?』

『あ、あぁ……協力、感謝する』

『ふふっ……何が協力よ……私の可愛い妹を、人質に……し、して、おいてっ……』



 夢の中の私も、その光景を後ろから見ている私も、何処か神秘的な力を感じさせる眼球を渡すお姉ちゃんの姿と腰の引けた老人が震えながら受け取っているところを見ることしか出来ない。



 否、夢の中の私は錯乱しているか。

 半狂乱になって暴れている。



 多分、今の私でも同じように暴れたと思う。



 いや……寧ろ、今の私ならこの老人を殺せたのに……



 そう、思ってしまう。



 当然のように自分の瞳をもぎ取ったお姉ちゃんに対し、化け物を見るかのような目で見つめているこの老人も、腰を抜かし、悲鳴を上げ……あるいは嘲笑っている周りの俗物達も。



 力が無かったあの頃の私ではなく、今の私なら。



『さ、てとっ……これ、で……取引は、終了……私の、瞳、を……差し出す……代わりに、わ、私の妹と……この国の、未来を……全力で守る……それはわかって、いる……わよ、ねぇ?』

『わ、わかっている! 今更約束は違えん!』

『あらぁ? はぁ……はぁ……そ、そう、かしらぁ……? 私の、もう一つの目には……貴方達が堕落し……殺される、未来しか……見えて、いないのだ……けれど……』

『何だと!? ……っ、そ、その為に貴様の目玉を頂いたんだろうが! これさえあれば我々も未来を見通すことが出来る! この国はもう安泰だ!』



 力強く答えた老人は私が知っている今の彼よりも若く、また自信に満ち溢れているように見える。



 しかし、お姉ちゃんは数秒固まった後、我慢出来ないと言わんばかりに大笑いをし始めた。



『………………ふふっ……ふふふふ! あはははは!』

『な、何がおかしい!?』



 激昂する老人。

 それを残った方の瞳で、冷たく見つめるお姉ちゃん。



『皮肉よ、ねぇ? ふふふっ……み、未来を見通せるからって……必ず、しも……い、良い未来に、辿り着ける……訳じゃ、ないのに』

『ほざけ! 貴様っ、何を根拠に!』

『ふふっ……あんた達が、今っ、し、証明した、じゃないっ……未来を見通せる私が……こんな、未来を望んでいたと思って……? こ、れがおかしくないなら……一体何がおかしいって言うのよ……!』

『っ……』



 お姉ちゃんの言葉に、老人と周囲の人間がハッとしたような顔で俯いた。



 私と同じ金の髪を持つ彼女は【先見之明】という未来を見ることが出来る非常に強力な固有スキルを持っている。厳密に言えばあの人の瞳にその力が宿っている、らしい。



 そんな彼女が今、その大事な瞳を強奪される事態になっている。



 未来予知が出来るのに、何故?



 この国の王であり、私の実の父でもあるあの老人もそう思ったんだろう。



『な、何なのだ貴様は! 何が言いたいっ! 何が目的だ! 何がっ……一体何が見えているっ!?』



 人は理解が出来ないことに恐怖する。

 未知との遭遇には必ず不安を抱く。



 老王はすっかり顔を青ざめさせると、唾を飛ばしながら捲し立てた。



『すーっ……はーっ……やぁっと慣れてきたわぁ。……何が、と言ったわね? 簡単よ、この未来が一番()()()()()の。この国はもっと豊かになって、もっと人が増える。そして……もっと人が死に、もっと民が飢える。そんな中、あんた達は私の力に溺れ、堕落している。この国を……民をより良い方向へと導くには私という犠牲が必要だった。ただそれだけのことよ』



 服の一部を破り、即興の眼帯を作ると血が溢れる左目を覆い隠したお姉ちゃんは事も無げに続ける。



『他じゃ駄目。あんた達はどの未来でも腐ってる……元が元だもの、当然よねぇ? だから少しでもバカな真似はしないように私の力を授けた。後は時が来るのを待つだけ……私の可愛――』

『――貴様っ……黙っていれば不敬だぞ! 何様のつもりだ!』

『てくれるまで、ね』



 最後の方の言葉は老王のせいでよく聞き取れなかった。



 この夢はいつもそう。



 あの時、私が聞こえなかった声や見てなかったものを見聞きすることは出来ない。



 だからお姉ちゃんがどんな顔をしているのかもわからない。



 唯一わかるのは……



『レナ。私の可愛い可愛い妹……もうお別れの時間よ。……貴女はこれから色んな苦労をして、色んな力を付けるわ。その力はこの国を守り、導く為のもの。私の力だってある。だから、貴女は中からこの国を守りなさい。私は外からこの国と貴女を守る。中と外、両方から未来を見ていればそれほど悪い結果にはならない筈……でもこれだけは覚えていて? 何かあったら……もう無理っ、どうすることも出来ないっ……って思ったら私を呼ぶこと。お姉ちゃんだもの、私はいつでも何処でも駆け付けるわ。だから……ね? また何処かで会いましょう?』



 そう言って私を抱き締めると、瞬く間に姿を消してしまったお姉ちゃんの声がとても優しかったこと。



 そして……この夢がもう終わってしまうこと。



『や、やぁだあ! お姉ちゃんっ、行かないで! 私を一人にしないでよぉっ!』



 手をひらひらとさせながら人混みの中に消えていったお姉ちゃんを必死に呼び止める私の声が少しずつ遠ざかっていく。

 私の意識が戻りつつあるのだろう。



 (もう少し……お姉ちゃんと居たかったな……)



 あの温もりは今でも鮮明に思い出せる。



 甘く優しい声も私を包み込んでくれた柔い胸も……まるで母を思わせてくれる。



 (お、姉……ちゃん……私は…………)













「……様っ、レナ様っ。王女様! 大丈夫ですか? うなされていたようですが……」

「…………」

「レナ様?」

「ぇ? あっ、ううんっ……な、何でもないわ。大丈夫っ」



 ナタリアが心配そうな顔で覗き込んできたので、慌てて目元の涙を拭い、泣いていたことを気取られないようにする。



「……何かありましたら仰ってください。私は貴女の専属メイドなのですから」



 ……バレていたらしい。普段は意地悪な彼女が態度どころか声音まで優しいなんて風邪で寝込んだ時以来だ。



 (専属メイド……私の世話役にして、護衛……本来なら使用人がメインの仕事なのに、身内のせいで余計な仕事が増えている可哀想な人……ごめんなさい、私がもっとしっかりしていればこんなことはさせないのに……)



「……大丈夫よ。本当に大丈夫なの」

「そう、ですか……」

「ええ」



 今日は細々とした雑務があるだけで時間を押されている訳ではないけど……ま、起きてしまったのなら仕方ないわね。

 仕事仕事……っと、その前に……



 私は徐にベッドから立ち上がると、軽く伸びをして部屋の窓の外を覗いた。



 あれから八年。



 平民として生きていた私をいきなり王女として祭り上げた父、老王は老けに老け、年々頑固で愚かになっていく王として有名になっていて、私はお姉ちゃんの言う通り、色んな力を付けた。



 (元はと言えばあんなものが出てきたのが間違いだったのよ……)



 窓の外、砂埃の侵入を拒む『風』の属性魔法による結界が包んでいる王都に異変がないことを確認した私はキラキラと光を反射する巨大な湖を見下ろしながら毎朝、同じことを思う。



 砂漠の国シャムザ。



 国土の殆どが砂漠である私達の国は他の国と比べ、とても貧しい。

 王都に限らず、人が集まる都市は全てオアシスを中心に作られていて、村等は存在しない。



 作れる物はどうしても限られるし、食糧だって常に枯渇気味。

 当然、国力だって低い。



 筈だった。

 少なくとも、あれが見つかるまでは。



 私は湖の近くにある、私達の国が他国よりも栄え始めた所以であり、お姉ちゃんの瞳を奪い、紛争や他国とのいざこざを度々巻き起こしては国民に被害を出させる所以を忌々しげに睨んだ。



 国家施設や冒険者ギルド等の重要施設以外の建物は白いレンガで統一されている王都で、唯一、暗く怪しいそれは遺跡と呼ばれるものだ。

 どのように造られたのか、不気味なまでに整ったブロックのようなもので形成されている古代の遺跡。



 外見は茶色く変色しているものの、遺跡の中からは真っ黒なものも発見されている、材質も作り方も全てが謎のブロック。私達の魔法や武器でも表面を削ることしか出来ない異物。



 あれ単体でもかなりの価値として評価されている為、売るだけでかなりの金額になる。

 しかし、古代の遺跡から発見出来るのはそれだけじゃなかった。



 古代の遺物(アーティファクト)と呼ばれる未知の魔道具や強力な古代兵器。

 人々の役に立つものから恐ろしい兵器、使い方すらまともに理解出来ないものまで、古代のありとあらゆる物が発掘される。



 いつしか王都以外の場所でも古代の遺物が発見され、そこから発掘されるものがシャムザ独自の産出品として他国へと売られることになった。

 アーティファクトはどれもこれも凄まじい効能を持つものばかりで、あのブロックよりも価値があるとされている。



 お陰で国は潤い、食糧難や困窮する国民の生活は改善されたけど……



 アーティファクトに目を付けた他国……特にパヴォール帝国からのちょっかいが増え、他国民が移り住んできたことで犯罪も増えた。

 更に、アーティファクトの中には固有スキル所持者を人柱にすることで、その力を発揮出来るようになるという、禁忌とされるものまで続々と発掘され、悪用されている。



 お姉ちゃんもその被害者の一人だった。



 幸い、お姉ちゃんの【先見之明】は瞳にのみ、効果が発揮されるものだったから片目を犠牲にするだけで済んだけど……国の存亡の為に国民から二度と戻らないものを奪うなんて、国王や貴族がやることじゃない。

 人によっては身体そのものが必要になったり、臓器や五感が必要になったりする場合もある。



 お姉ちゃんの力を振るうアーティファクトは今も玉座の間で老王に使われていて、国の繁栄の為にと常日頃から頼られている。

 実際、確かに国は栄えていっているけど……



 それでも。



 あんなアーティファクトさえ出てこなければ……古代の遺物が出てこなければ、お姉ちゃんは……無駄な争いは生まれなかった。



 いつ見ても、どう見ても、そう思ってしまう。



 貧しいながらに平民や貴族、王族が協力しあって生きていた国なのに、今では他国からの侵略を防ぐ為、平民から金品や男手を奪ってまで防衛に力を入れている。



 (お姉ちゃん……貴女は今、何処に居て、何を見ているの……? この国は正しい方向に導かれてる……?)



 私には未来なんて見えないから老王や私が祭り上げられる原因となった愚兄とは違った手段で国の為に動くことしか出来ない。

 先日のイクシアの救援だってそう。あの二人がアーティファクトの使用は許さないと言うから馬を使って移動し、元来持ち合わせていたものだけでの戦闘行為を余儀なくされた。



 一応、聖軍ほどじゃないにしろ、ある程度の借りは作れたと思う。

 イクシアの存在が少しでもパヴォール帝国を躊躇させられれば良いんだけど……



「――! ……!? ……っ!!」



 何やら廊下が騒がしい。

 大方、父か兄上が騒いでいるんだろう。



「――ります王子様! レナ様は今っ」

「使用人風情が私に意見するなッ! それに許可なく王族の名を呼んだな!? 不敬だ! 一族郎党極刑にするぞ!」



 ……兄上だったか。



 そう思うや否や、私の部屋のドアが凄い勢いで開け放たれた。

 ノックすらない、蹴りを入れられたのかと思うほど乱暴に。



「……おはようございます、兄上」

「おおっ、レナ! 今日も美しいな! その艶のある金の髪っ、凛とした表情っ、蒼穹のような瞳っ! 平民として生きていたなんて信じられない美貌だぞ!」

「お褒めに預かり、光栄です。それにしても……仮にも女性の部屋に随分なご挨拶ですね? 加えて、お戯れも程々にしていただきたい。貴方が今、脅した者は私の大切な使用人。貴方の身勝手な独断で処分して良い命ではないのですよ?」

「はははは! 許せ! 妹の名を軽々しく呼んだのが気に食わなくてな!」



 この会話も何度目だろうか。



 色は黒いけど、私のように長い髪に、私のような褐色の肌。

 そして、私とは似ても似つかない肥えた身体に、整ってもなければ不細工という訳でもない。凡庸な顔立ち……いや、愛嬌のない太り方をしてるからどちらかと言うと、遠慮したい顔かも。



「ひひっ……」



 ……やっぱり違う。顔じゃなく、視線かもしれない。



 私の瞳、顔、首筋、鎖骨、胸、脇、腹、尻、脚……兄はいつもそれらを吟味している。

 あまりに露骨。私が戦闘に精通していなくてもわかっていたであろう下卑た視線だ。



 腹違いとはいえ、妹を見るような目じゃない。



 それが客観的にわかるから先程の使用人は私の部屋に入ろうとする兄を止めようとしたし、専属メイドのナタリアも鋭い目付きで睨んでいる。



「それで……何かご用でしたか? 寝起きなので、色々整えてからにしていただきたいのですが……」

「私は構わんぞ! お前はいつ見ても美しいからな!」



 ……誰も貴方の感想なんて訊いてないんだけど。



「そう、ですか。して、何用で?」



 じゃあ早く言ってよ、みたいな目で促す私。



 この人の前だと王女の顔を取り繕うのも疲れるのよね……そのニヤついた顔面に蹴りを入れてやろうかといつも思っちゃう。



「んん? おお、そうだった! ……例の小型魔導戦艦が砂賊に奪取された件で、漸く目撃情報があったのだ。王女でありながら、武官でもあるお前に是非、砂賊の捕縛、ひいては討伐隊の選定をしてもらいたくてな。先日のイクシア援助もある。兵もお前の選定なら文句は言うまい」



 思い出したかのように小声で言ってきてるけど、元々声が大きいから全然隠せてないし、私の耳に囁くようにして言うのはまだ良いとして胸元に視線を落としているのがとてつもなくムカつく。

 本っ当に気持ちの悪い兄だ。



 まあ……こういう、欲に眩んでる時は扱い易くて助かるんだけど。そろそろ身体を動かしたかったし、丁度良い。



「わかりました。では、私が赴きましょう。部隊の選定は今日までに、三日後には出発します。ナタリア、準備を。それと誰か、騎士団長に取り次ぎを頼む」



 「……え? は? なっ!?」と何やら焦っている兄を横目に慌ただしく動き出す私と周囲。



 ナタリアは私が常用している鎧や剣を、使用人は三人ほどが私の部屋に入り、着替えの準備を、一人は騎士団の元へと走っていった。



「お、おいレナ! な、何もお前自らが行く案件ではないだろう!? 何をそんなっ……」

「小型とはいえ、魔導戦艦です。何に使われるかわかったものではありませんからね。一人の戦力として赴かせていただきます」

「なっ……もしお前に何かあったらこの国はどうする! その身体に傷が出来たらっ……この後は食事会も予定しているんだぞ!?」



 はぁ……この人は……どこまで愚かなのかしら。



「その為に文官である兄上が居るのでは? 傷だって付くのが普通です。戦場での傷は戦士の誉れ。兄上も常日頃言っていることでしょう。食事会に関しては申し訳ありません。今、初めて聞いたので、何も考えておりませんでした」



 早口で捲し立てる私と若干、ニヤッとするナタリア。

 私がチラリと視線を向けた瞬間、彼女は、



「王子様。いつまでもここに居られましたらレナ様が着替えられません。早急にお引き取りを」



 と、兄を締め出すように押し始めた。



 生産職で、最低限しか身体を鍛えていない兄と専属メイドとして身体を鍛えている軽騎士職のナタリアでは圧倒的なステータス差がある。

 必然的にどんどん外へと押されていく。



「き、貴様無礼だぞ! 誰の許しがあって!」

「私が許しました。例え兄上でも乙女の着替えを覗こうとするのはどうかと思います故」



 まあ、覗こうとっていうのとはちょっと違うと思うけど。



「レナ! 私達は兄妹だぞ!? 何をそんなに恥ずかしがる! 水浴びもそうだ!」



 ほらね。

 この愚兄はあまつさえ、お風呂すら一緒に入ろうとしてくる変態だもの。言うと思った。



「兄妹だからこそです。良からぬ噂が出る可能性もあります。そうなれば我々の立場はどうなりますか」

「そんなもの、私の力で握り潰せば!」

「……そうまでして私の裸にご興味が? ナタリア、早く兄上を締め出して。少し乱暴でも構わないわ」



 アーティファクト云々より、この人が居なければ私はこんな目に合わなかったし、王族として祭り上げられることはなかったのかもしれない。お姉ちゃんだって……

 そう考えると、本当に腹が立つ男だ。



「か、かしこまりましたぁっ」



 少し喜色が漏れているナタリアの返事の後に、ドン! という衝撃音、



「ぐ、おおっ、ぐへぇっ!?」



 という兄が痛がる声が聞こえ、これまた乱暴にドアが閉められた。



「はぁ……ありがとう、ナタリア。朝から疲れたわ」

「いえいえっ、私も大手を振ってあの馬鹿王子を壁に叩きつけられたので!」



 茶色いポニーテールを揺らし、嬉しそうに笑うナタリアと私の寝間着を脱がせながらぐっと親指を立てる使用人達。



 少し軽い雰囲気だけど、私はこういうノリが好きだ。

 元々平民だしね。



「……着替えくらい自分で――」

「――駄目です。レナ様は良くても我々が駄目です。我々の仕事を取らないでください」

「え~? こうやって手を上げてるの面倒臭いんだけど……ただ突っ立って着替えさせてもらうのも結構恥ずかしいし……」

「レナ様はこの国の女王となられる方ですよ? ある程度の我慢は必要です」

「う~ん……部屋の中でくらい楽してたいのに……」

「もうレナ様ったら……」

「ふふっ、流石、他の方とは違いますね!」

「何よ……だめ? 不敬よ?」

「ぶふっ、ちょっ、もうレナ様っ、止めてくださいよぉ」

「不敬罪だ~、一族郎党、極刑にするぞ~」

「「「あははははっ」」」



 等と談笑する内にも「レナ! おいレナ! 開けろ! 着替えなんかどうでも良い! 本当にお前が行くのか!? どうしても!? 何故だ! 答えろ!」と、扉を叩く音が聞こえる。



「品性の欠片もないわねー……」

「どうでも良い割には必死ですし」

「本当、何であの方が正式な王族で、レナ様は違うとか言われてるんでしょうね……」

「平民の血が少しでも混ざってたら違うらしいわよ。何が違うのかはわからないけど」

「何か王様が変わってからこの国も変わりましたよね~……」



 着替えが終わり、姫騎士とか言われる見た目になったので魔剣を腰に差して鏡を確認する。



「確かに豊かにはなったけど、他の国の動きは怪しくなったし、魔物の行動も……」

「あ、魔物と言えばレナ様、ここのところ人喰いワームが増えていると聞きます。外でのお仕事も良いですが、十分、気を付けてください」



 兄を完全に無視して会話していた使用人の一人がふとそんなことを言ってきた。



「……そうね。この前は子供が犠牲になったって聞いたし……わかったわ。隊の皆にも言っとく」



 人喰いワームとは最低でも三メートルくらいの長さを持つ巨大なミミズのことだ。

 大きいものなら十メートルを越える時もあるあいつらはシャムザでは主流の魔物で、地面からいきなり襲い掛かってきては体内にある大量な歯で噛み付いてくる危険な存在とされている。



 私も一度だけ大口を開けた人喰いワームを目の前で見たことがある。

 その時は涎のようなものが分泌されている中、ギザギザになっている歯が体内中に生えているのが見えて恐怖を覚えた。



 あれはあまり出会いたくない敵ね。



「レナ様なら大丈夫ですよ。初めて人喰いワームに襲われた時も無傷だったんですよね?」

「え? ま、まあそうだけど……」

「な、ならそんなに心配しなくても大丈夫……ですかね」

「ううん、ありがとう。そういう心配は嬉しいし、身が引き締まるわ」



 そう言いつつ、準備を終えた私は使用人達に手を上げながらドアを開け、廊下に出る。

 そして、開いたドアに再び吹っ飛ばされ、「ぐえっ!?」と壁に叩きつけられている兄に声を掛けた。



「兄上、床で何を……? いえ、失礼。それより、砂賊の目撃情報はどちらでしょうか?」

「……フロンティアの方だ」



 不貞腐れているような表情の兄はつまらなそうに答えた。



 ……私と会えないのがそんなに苦痛なのかしら。私は当分、兄上と顔を会わせずに済むのが嬉しくて仕方ないんだけど。



「フロンティア……大分北の方なのですね。しかも国境すれすれ……わかりました。必ずや砂賊を捕らえ、魔導戦艦を取り返して見せましょう」



 魔導戦艦……古代兵器の一つ。乗員の魔力を吸って空を飛ぶ不思議な乗り物。



 他の古代兵器が搭載されてなければやりようはある。



 それに、相手は砂漠の海賊……時間を掛ければ食糧は枯渇する。



「では兄上。王都は任せました」



 私はナタリアを連れ、騎士団の兵舎の方へと足を向けた。



レナは一章の最後、ノアと一緒にライやイクシアの援軍を務めた子です。

気になるorお忘れの方は62話参照。まさか二章が一年も続くとは思ってなかったので、作者もうろ覚えだったりします(汗)

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