第118話 習性
すいません、遅れました。
習性……いや、生態と言い換えても良いかもしれない。
ライみたいな単純な奴に限らず、聖騎士ノアやレーセンにだってその傾向はある。残念ながら今の俺では忌々しい聖騎士共のそれを100%引き出すことは出来ないが、俺を救ってくれる訳でもなく、かといって聖軍側に立っている訳でもない、謂わばどっち付かずの状態をキープしているライなら容易い。
「このクソ勇者ッ! テメェ何してやがった! お前がっ……お前がそんなんだから俺も、アクアもっ!」
「ち、違っ……俺はお前の力に――」
俺が暴走しかけてから……じゃないな。魔力回復薬と、もう一つの薬っぽい飲み物を飲んでから、か。
聖騎士ノアの動きが活発になった。
完全復活とまではいかないものの、キレは戻ってきており、ステータスで圧倒している筈のライを相手に善戦している。
ただ止めようとしているだけで本気を出せてないってのも理由に入るんだろう。が、それでも勇者だ。その筈なのにアクアを殺した魔剣で、あるいは例の盾で、経験の浅いライの行動の一手、二手先を読んだ上でその動きを完封している。
恐らくスキル頭痛を緩和するような効力を持つ液体だったんだろう。じゃなきゃ説明が付かない。
「――それが迷惑なんだよ! 何が力だ、この役立たずっ! マナミも守れねぇ、そこのバカ女の手綱も握れねぇ、挙げ句には俺はおろか、何の罪もない人を助けることも出来やしねぇ……お前みたいに理想を掲げるだけで何も出来ない奴ってのはな! お前らが見てきた盗賊以下だ! 力の伴わない正義は悪にも劣るたぁ良く言うぜっ!」
「っ……」
「ふっ」
「こやつっ……!」
マナミを抱えたままのレーセンに形だけ斬りかかりながらライを罵る。
何やら傷付いたような表情のライの横で、チラチラとこちらを確認していた聖騎士ノアが笑った。何かがツボに入ったらしい。
「わかった……俺がノアを……こいつを止めて、そこのジジイを無力化すれば良いんだな? そうすればお前は俺を……」
許す、とでも?
はっ、笑わせる。
動きを止め、確認するように訊いてくるライについ漏れそうになった笑いを必死に抑え込んだ俺は、
「そういうことは何か一つでも有言実行出来てから言うんだな。お飾りの勇者、様っ!」
許すとも信用するとも言わず、ただ促した。
同時に長剣から魔粒子を噴き出させ、レーセンの獲物を弾き飛ばす。
――……これ以上の消費は不味いな。もう魔粒子は使えない。
「くっ!」
「マナミ! お前も何か言ってやれ!」
「うっ……わ、私、は……」
レーセンが移動スキルで後退し、捕まっているマナミが急激なGに呻きながら黙り込む。
まあまあの反応だな。俺と同じように否定も肯定もしないってのはそれはそれでライのケツに蹴りが入る。
「マナミまでっ……ノア! もう止めてくれ! 加減なんて出来ない!」
「なら私を殺し、アレと共に行けば良いでしょうっ。そうしようとしない時点で貴方は!」
「違う! 俺はあいつに謝りたいだけでっ」
「謝るっ? 何処にそのような必要がありますかっ……前も言いました、アレは子供のように駄々を捏ねているだけです。黙って死ねば良いものを……!」
「何でそうなる! 魔族がそんなに嫌いか! 見た目の違いだけでこんなっ……!」
少しだけ、ライの動きが良くなった。
スキル無しで何とか気絶させようとしていた手抜き状態から、戦闘系のスキルを織り混ぜた、一般人から見れば殺しあいのレベルまで。
掠りもしなかった聖剣が聖騎士ノアの魔剣に当たるようになり、無詠唱の魔法で牽制と移動の誘導の後、移動スキルで肉薄している。
――ま、そうなるよな。お前なら。もう少し理性があれば俺の戯れ言がわざとらしいことも、全部演技だってこともわかったろうに。
昔からあいつはそうだった。自分で考えてるつもりになって乗せられて……お前のそういうところは俺が一番知ってるんだよ。
何を言われれば感情が揺れ、どう言えば思い通りに動くのかも。
あいつが欲して止まない俺からの言葉も、マナミの信頼も全て。
――馬鹿がっ。俺はもうお前らとは……そうだ、俺はお前みたいな奴にはなれない。お前は最初からそういう奴で、そういう生き物なんだろ? それがよくわかった……わかってたよ。だから、俺はっ……!
「貴様、友人を何だとっ…………その目っ、まさか!」
「おっと」
俺の中の黒い感情に見切りをつけていると、武器の補充が終わり、疾走してきたレーセンに勘付かれてしまった。
「おらぁ!」
「っ、邪魔をっ!」
しかし、マナミの【起死回生】を利用した自らの巨体を生かした体当たりを仕掛けるリーフに一瞬だけ意識が向いたタイミングで【狂化】し、移動。
いとも容易く体当たりを躱したレーセンが脚を折れるほどの威力で高速移動している俺を捕捉する。
移動のミスか、はたまた何かの策略か。
リーフの後ろに隠れるようにして移動し……そのまま通り過ぎた俺の気配に、目が見えないからこそ、色んなことを思ったんだろうな。
空中でくるりと体勢を変えた俺は無事な方の脚で着地を決め、あまりの衝撃にバキバキと嫌な音が鳴り響くのを気合いで捩じ伏せながら、レーセンがリーフの巨体の前に居る内に再び地面を蹴り出した。
「貴様っ、何……を、ぐぅっ!?」
「あぅっ!」
「がはぁっ……!」
「盲目なんじゃなかったのか? いや、なまじ気配を追えるから何するかわからなかったのか」
【起死回生】の効果で治り始めてはいるものの、壊れていることに代わりはないため、最初の移動に比べると遅かった。
けど、この攻撃にそこまでのスピードと威力は要らない。
まさか、盲目の奴相手にこんな手を使わされるとは俺も思わなかったけどな。
「き、貴様っ、仲間ごとっ……!」
両目が見えないから気配だけで周囲を探っている。
そんな状態、ジル様にやらされた気配感知練習くらいでしか体験したことないが、やってなくても想像すりゃわかる。
仲間の後ろに突っ込んできた奴が何するかなんぞ、俺でもわからねぇ。
何をするにしたって仲間の身体は邪魔だし、かといってこの状況で大した戦力ではない冒険者にこの場を任せる訳にもいかない。
ましてや仲間ごと串刺しにするなんて。
良く言ったところで正気の沙汰じゃないからな。
「悪いな、リーフ」
「ごはっ、ごほっ……おまっ、容赦無さすぎだろ!」
「剣抜けば治るから勘弁してくれ」
「ひっでぇ……」
ここまで近付けば、とレーセンに抱き付くリーフに軽く謝罪しつつ、今の衝撃で吹っ飛ばされたマナミの位置を確認する。
そして、繰り返し、ライと聖騎士ノア、レーセンとリーフ、最後に……ミサキ。
――分断出来た。これで……いや、ここが良い。この位置なら何とかなる。あの二人なら……あの二人の移動速度なら……!
「ここだリーフっ! 後は頼んだッ!!」
「がはっ……お、おうよっ!」
両方の脚が完治したタイミングで、今だと判断した俺はアクアが遺した俺の短剣を使い、思いっきりミサキに斬撃を飛ばした。
左腕一本を代償に放たれた斬撃は轟音と共に進み、ミサキの肩に直撃する。
「ひぎゃあっ!?」
ミサキの悲鳴、更に飛び散る夥しい量の鮮血。
先ず、ライが反応した。
「ミサキっ!? ユウ! 何をっ!」
斬り合っていた聖騎士ノアを無視し、ミサキの前まで移動してきた。
「愚かっ! これだから魔族はッ!!」
何やら歓喜し、やはりと言うべきか、踏み込みスキルで俺の方へと突撃してきた聖騎士ノアが気付いた時には俺の姿はない。
当然だ。俺は既に移動している。
狙いは転がっているミサキ――
――ではなく。
マナミだ。
左腕はぐちゃぐちゃ、脚だって今の移動で潰れた。
無事なのはリーフ達に長剣を突き刺し捨てたが故に無手となった右腕と着地用の片脚のみ。
「守るもんが多い正義の味方ってのは大変だよなァッ!! それが自分の女なら尚更よおおおっ!!!」
「え……?」
ミサキに向けていた本気の殺意。
お前のせいでアクアが死んだんだ、という恨みに似た悪意。
それを突如、向けられたマナミはただ呆然とするばかりだった。
俺はマナミを殺せない。
殺したくもないし、考えることも無理だ。あいつは俺の大切な友達だから。
ライですら拒絶した俺を唯一、昔からの目で見てくれた奴だから。
だから……だからこそ、ミサキへの殺意を利用した。
向けるだけで良いんだ。ただそれが霧散する前に。
実際、マナミを認識した瞬間、幾らかそれは減った。
けれど、それは確かな殺意で。
――そうすれば、ライっ、お前なら……!
「ま、マナミいぃっ!」
そうだ、前に来るよな。マナミを守る為に。
予想通り、ライはマナミの前で聖剣を盾にした。
そうなると……更に。
更にその前に出てくるのは。
「くっ、最初からそのつもりでっ!」
聖騎士ノア。
ライがお前を殺せないように、お前もライを殺せないこと。
いいや、死なせられないことはわかっていた。
お前達、聖神教の目的は魔王討伐と魔族という種の滅亡。
イコールで、【不老不死】の魔王への対抗手段足る勇者の一人を殺られる訳にはいかない。
「ライ。これが俺の本心だ。……死ね、そいつと一緒に」
ミサキに続き、マナミを殺そうとした俺に驚き、思わず突っ込んできたライの顔がくしゃりと歪んだ。
そんなライを守るように『神の盾』とやらを突き出し、最後の悪足掻きか、俺の進行方向に魔剣を向ける聖騎士ノア。
奴の狙い通り、魔剣は仮面に開けられた視界確保用の穴を通り、俺の右目に突き刺さった。
一瞬で片目が見えなくなり、想像を絶する激痛が襲ってくる。
だが、幾ら目玉を貫く剣でもその大きさがネックとなり、脳にまでは至らない。
仮面に開けられた穴は俺が周りを見る為のものだ。剣なんて大きいものが通るほどの大きさじゃない。
そして、この仮面はこいつの魔剣を容易に弾くくらいの硬度を誇る。それはさっきの攻防でわかっていた。
だから刺さるとしても切っ先だけ。
眼球を二つに分けられようとも、脳にまでは至らない。
故に。
それら全てを理解していたが故に、痛みや驚愕による身体の反射運動は最小限に抑えられた。
「――ッ」
そうして、勢いそのままに目の前の盾を殴り付けた瞬間。
音が弾けた瞬間。
〝化け物め〟
確かに、聞こえた。
音が遅れて聞こえた。
つんざくような、空気を……大気を揺るがす衝撃音。
次の瞬間、聖騎士ノアの魔剣は半ばから折れ、その持ち主とライは地平線の彼方目掛けて飛んでいった。
聖騎士ノアを気絶させた時の光景と類似しているが、違う点が二つ。
何度もバウンドし、最後には地面を削りながら消えていった人物が二人居ること。
殴り付けた俺の負傷が右腕だけじゃないこと。
ライは兎も角、あの白騎士だけは生かしておけない。あのまま死んでくれれば良いんだが……
「~~っ……!!!」
返ってきた衝撃に少しだけ後退し、無事だった脚で着地した俺は現実逃避の思考も虚しく、あまりの激痛に悶絶していた。
似たような痛みこそ経験はあるものの、やはり目玉が潰される痛みは何度経験しても耐え難い。右腕も……痛い。少なくとも語彙力が死ぬくらいには。
涙も鼻水も、意図せずして出てくる。
だが、喉から出そうになる絶叫だけは何とか堪えた。
直ぐ様、ぐちゃぐちゃにひしゃげた四肢が元通りになる。
戻らないのは右目。折れた魔剣の破片が突き刺さったままの右目だけ。
「ぁっ……ぁ……ユウ、く――」
「――黙れよっ……お前があいつらを癒してなければ……俺だけを癒していれば簡単にっ……あぁ……そうだっ、お前なんか……お前なんか存在しなきゃ良かったんだっ……! お前さえ居なければ……!!」
内心とは正反対の、思ってもないことを。
眼前で座り込んでいるマナミに言う。
――嘘だ……お前の性格ならそうするってわかってたし、お前はそういう奴だ。どんな状況でも、目の前で人が死ぬのは嫌だよな。けど……
「シキぃっ! 早く離脱をっ、抑えられねぇ!」
リーフの声が聞こえてくる。
あぁ、全く……今更になって罪悪感が出てきやがった。
――俺はマナミに謝ることも出来ず、本来なら死ぬ筈のないリーフを見捨ててっ……
痛みとは別の涙が落ちそうになる。
それすらも捩じ伏せた俺はマナミに向けて伸ばしていた手を途中で止めると、脚が壊れない程度にジャンプし、タイミングを計って魔粒子を噴出する。
「痛ぇ……畜、生っ……痛ぇよっ……」
漏れる弱音を情けなく思いながら、ずぼっ……と右目の破片を無理やり抜き取り、捨てる。
右目は潰れたままだが……もうどうでも良い。
もうマナミに頼りたくない。
そうすれば俺は……
そんなことを思い、上空へと上がっていく。
「ゆ、ユウ君っ、目が!」
マナミの【起死回生】はまだ届く。
実際、マナミは俺に拒絶されたにも関わらず、力を使おうとしたんだろう。
必死に手を伸ばしていた。
だから今度こそ完全に、拒絶する。
「黙れえええぇっ!! 安っぽい同情でっ、俺を救おうとするなあああぁぁあっ!!!」
俺の言葉にビクリと震えたマナミは。
せめてと言わんばかりに何かを投げてきた。
短剣のようにも見えたそれが何なのかは近付いてくるにつれ、わかった。
魔法鞘だ。
「さっき拾ったの! ユウ君っ! 私は――」
マナミの声が聞こえなくなった。
同時に、首に短剣を突き刺され、倒れそうになりながら……しかし、それでもレーセンに抱き付くリーフの姿を最後に。
俺は戦場から逃亡した。
色々拙くなったけど漸く次章に入れる……次の次には移りたいものです。
後、来週の更新、厳しいかもです。




