第11話 最強の剣聖
気絶したミサキさんの脚は火傷で痛々しいことになっていた。
火球として完成してたからな。魔力を纏えば触れられるというだけで遮熱性はない。
マナミが【起死回生】で元の美脚に戻しているのを横目に、「次は俺だぁ!」と勇ましく出てきたのは早瀬。
さっきまで腰を抜かしてたくせに威勢が良い。
奴の職業と固有スキルはステータスの敏捷値に成長補正が掛かるらしい盗賊と同じく敏捷値を跳ね上げる【電光石火】。
盗賊って犯罪者じゃないん? 勇者パーティに犯罪者入れるん? とかの疑問はさておき、纏めると物理法則を無視した加速や動きが可能。
レベルが一だから成長もクソもない筈なのに、目で追えるか追えないかくらいの速度で走ってるのを見たことがある。講師にどやされて逃げてるとこだったけど。
何でも良いから一撃入れたら勝ちという条件だ。正直、ライの次に合格しそうな奴ではある。
そこまで考えたところで、何故か剣聖と目が合った。
「…………」
「……?」
じっと見つめるような視線。金と黒の竜の瞳は恐ろしいようで、飲まれるような深さがある。
思わず見惚れそうになりつつ、「何だ……?」と目でその真意を問うと、プイッと早瀬の方を向かれてしまった。
だが、向いた次の瞬間にはそれまで動きのなかった早瀬が目と鼻の先まで肉薄している。
「ははっ、先手必勝ッ!」
油断と捉えたんだろう。
実際、剣聖の目を見ていたからわかる。僅かに見開いた。驚いていた。
長剣より短く軽いショートソードの刀身は少女の肩目掛けて振り下ろされ――
――文字通り、弾かれて何処かに飛んでいった。
「……は?」
何が起きたのかわからないといった様子で早瀬が固まる。
その弾みで両腕が持っていかれ、万歳でもするようなポーズをしている奴の手に剣はなかった。
見れば、剣聖は獲物を乱雑に振り抜いたように残心している。
ただ剣で弾いた。
瞬きよりも速かった攻撃の更に上を行く速度。
ゾッとするようだった。
背中に冷たい汗が流れ、本格的に無理ゲーだろと絶望する。
「お、俺よりっ……速いだとっ!? 野郎ッ!」
武器がないのならと、吠えた早瀬はヤンキーパンチにヤンキーキックをお見舞いし始めた。
それなりの速度ではあるが、素人らしく腰は乗ってないし、重心がぶれているからか、俺でも視認出来る。
左フック、右フックと横からの拳は少し下がるだけで避けられ、ならばと繰り出した横蹴りはミサキさんのものよりも稚拙さはあれ、速度は確か。
しかし、それでも剣聖はその上を行く。
「はぁ……」
明らかにつまらなそうな溜め息を一つ。
以後の右ストレートやジャンプ気味の膝蹴り、体当たりに飛び蹴りと全ての攻撃を、身を捻り、首を傾け、半身になり、少し屈んで躱していく。
見えてるんだ。
俺は再び戦慄した。
見るのと体験するのでは体感速度が違う。
その筈なのに。
「は、速い……」
「あの距離でっ?」
「しゅごひ」
ライ達もあんぐりと口を開けていた。
「クソっ、クソっ、このっ……蜥蜴野郎がああぁっ!!」
何もかもを軽々と躱され、遊ばれているように感じたのか、それとも時間切れを恐れたのか。
早瀬は最後の一撃とばかりに怒鳴ると、姿を消すような勢いで突撃。剣聖の背後から目を見張るような回し蹴りを放った。
対する少女は先程尻尾で待ち構えていたように、剣を置くようにして構えた。
俺とライが咄嗟にマナミの目を覆うと同時、身の毛のよだつ鈍い音が響く。
「ぐあああああっ!?」
絶叫染みた悲鳴と共に倒れ込み、足を押さえる。
脛に直撃したらしい。
少々折れ曲がっているのも恐ろしいが、剣聖の獲物に血が付着しているのもグロい。
「うげっ」
直視してしまったらしいリュウが思わずといった感じで目を背け、兵や騎士達からも悲鳴のような声が漏れた。
「痛ぇっ……痛ぇっ……痛ぇよぉっ……!?」
早瀬は想像を絶する激痛に悶絶しており、地面の上でのたうち回っている。
痛がり方が普通じゃない。
「こ、これはっ……」
「くっ……ゆ、ユノっ、すまんが治してやってくれ! 我々では治せんっ!」
イケメン(笑)達の美丈夫講師が駆け寄り、グレンさんに首を振って見せた。
ショッキングな光景を見せまいという俺達の配慮は何処へやら。呼ばれたマナミは「は、はいっ」と飛び出していった。
尽く……尽く失格した。
イケメン(笑)は兎も角、他の二人は割りと良い動きだったのに。
この人まさか……弟子をとる気ないな?
そう思った次の瞬間。
剣聖が持つ長剣が俺に向けられた。
「あるさ。……次はお前だ。拒否権はねぇ」
「へ?」
何処からともなく聞こえてきたマヌケな声が自分のものだと気付くのにも時間が掛かった。
え、俺? 俺っ? 俺ですか? はい? 何でっ? えっ、ていうか今っ……?
あまりの混乱に脳内は真っ白になり、取り敢えずライを押し出す。
「うぉいっ、さらっと人を盾にするなっ!」
「ぶち殺すぞ」
ライのとんでもなく焦った声と剣聖の、美少女とは思えないドスの効いた声が俺の耳を貫いた。
「すーっ……さーせーん……」
「舐めてんのかテメェ」
人を射殺せそうなほど鋭い瞳が少し呆れたように細められた。
何故かはわからないが、興味の対象になったらしい。
折角のご指名だ。イケメン(笑)みたいな失態はごめんだし、早瀬みたいな大怪我も……いや、そうじゃないな。
勝ちに行こう。
最初から負ける前提ってのは男じゃないよな。
第一、ライ達の隣に立つ為には努力が必要なんだ。
何が何でもこの人に打ち勝ち、稽古をつけてもらう。
「確認しますけど……どんな方法でも良いんですよね? 当てされすれば何でも」
確固たる覚悟を以て挙げた俺の質問に、剣聖は犬歯を剥き出しにするほど獰猛な笑みを浮かべた。
「良いぜ? 来いよ」
煽るように指でくいっくいっされる。
この反応。やっぱりこの人……
つぅか初めてだわそんなんされたの。
少し脱力しかけるも、一息吐いて深呼吸。
俺の職業は武闘士と狂戦士。適正武器みたいなものはない。
武闘士は武器全般を装備するのに補正が掛かる万能職業だし、狂戦士は逆に使い辛いという武器が存在しない。
強いて言うなら用意された武器の中で、弓だけが苦手なくらいか。触ったことすらないし。
だが、今回は弓を使う。
「お、おい……コクドー……? そんなもん持って一体何をっ……経験があるのかっ?」
「ユウっ、何してるんだよっ、剣とか槍で良いだろっ」
制止してくるグレンさんや注意してくるライを無視し、俺は弓を手に取った。
否。
厳密には弓を含めた全ての武器を。
「はっ? 他のもっ……? ど、どうするつもりなのだっ?」
グレンさんを皮切りにどよめきが走り、辺りが騒がしくなる。
「外野は黙ってろ」
「し、しかしですなっ」
「あれが奴の考えた戦術なんだ。このオレが認める」
剣聖とこの国の人間が何やら話していたが、黙々と俺でも扱えそうな獲物を持てる限り持ち、残った分を地面に刺していく。
そうして用意された全ての武器を装備するか、刺すかして準備を終えると、一声だけ掛けた。
「じゃ……行きますっ」
返答は短かった。
「おうっ」
何処か楽しげで、新しい玩具を見つけた子供のような、無邪気な笑顔。
俺はその笑顔目掛けて手に持っていた片手斧を投げ付けた。
「「「「「はあぁっ!?」」」」」
初めて持った、投げたというのもあり、狙いは大きく逸れて手前に落ち、転がっていって漸く剣聖の元に辿り着いたが、当然軽く弾かれる。
金属と金属が当たる音が鳴った瞬間、外野が一斉に驚愕の声を上げた。
「卑怯だぞ!」
「ちゃんと戦え!」
「相手は剣聖なんだぞっ、礼儀を弁えんかっ!!」
「いっけえええぇっ!」
ワーワーと凄い野次だ。
しれっとリュウも叫んでたな。そんな眼鏡掛けた蝶ネクタイの少年じゃないんだから……と、ツッコむよりも他の武器を投げる投げる投げる。
何で魔法が良くて武器がダメなのか。
戦場で弓以外の何かが飛び交わないのか。
邪道で戦う相手に狡いとか卑怯だとか言って止めさせるのか。
そう問い質してやりたいが、今は時間の無駄だ。
長剣、大剣、ショートソード、短剣に軽盾、片手斧、両手斧、弓に矢に槍、短槍、ハルバード、鉄球に鎖鎌、鞭……
尽く外れるか、弾かれるが、尽く投擲する。
「ん……ん……?」
それまでニヤニヤとした顔つきだった剣聖の表情は曇っていた。
野次に気分を害したのではない。
俺の狙いが読めなくて困惑してるんだ。
「なああんたっ! やっぱ心を読む固有スキルかスキル持ちだろっ!」
カマを掛けるのではなく、正面から訊く。
「クハッ、わかるかっ!」
そりゃ、さっきからちょくちょくそんな言動をしてたからな。
「おらおらおらおらぁっ!」
取り敢えず刺したものが無くなるまで……身体が軽くなるまで投擲を続ける。
無論、当たりも掠りもしないが、剣聖は俺が投げた武器で囲まれつつある。
刀身の方が重いから普通に落ちるものとまた地面に刺さるもので半々程度。
弾かれた短剣が近くの槍の取っ手に当たって跳ね、剣聖が避けることあった。
俺には《武の心得》という、アスリート顔負けレベルで身体の動かし方がわかるスキルがある。
だから初日の訓練もそれ以降も付いていけた。
こうして慣れれば今日初めて触った武器もある程度狙い通り投げられる。
ミサキさんの動きも恐らくは元々持っていた技術と同スキルによる相乗効果だろう。
「だからっ……!」
地面に残っていた最後の槍を投げつけた後、刃の部分だけでも一・五メートルはありそうな大剣を持った俺は颯爽と駆け出した。
「最後は特攻かッ!」
釈然としない様子ではありながらも、待ってましたとばかりに笑って見せる剣聖。
俺が近付くにつれ、外野のブーイングや野次が強くなった。
その中には親友達の声もある。
「の、残り二十秒だぞ! ユウっ!」
「頑張って!」
「ぶちかませえええぇっ!」
有難い、嬉しい、煩い。
初めての実戦。
初めての剣。
初めての攻撃。
その何もかもに胸が高鳴る。
高揚する。
緊張もあった。
ダッシュして数秒の時点で息切れとは訓練の成果が感じられない。
しかし、剣聖との距離は五メートルを切った。
「おっ……しゃああああっ!」
俺は身の丈ほどの大剣を思い切り横に薙いだ。
ブォンッと風を切った刀身は付近に刺さっていた武器の山を叩いて吹き飛ばし、やたらめったらに剣聖を襲う。
「っ、やっぱりテメェっ?」
飛んできた周囲の武器達を剣で叩き落とし、尻尾で払い落とし、体勢を変えて躱す剣聖。
「ははっ、読めないかっ!」
俺は笑いながら円を描くように走り出した。
近くにある大量の武器を今度はこの距離で飛ばしてやる、と大剣を振りかぶり、地面に横たわっているものを蹴ろうとした……
刹那。
「思考系のスキルだな?」
竜の瞳が俺を射抜いた。
俺の中の警鐘がけたたましく鳴り、「な、何か不味い!?」という勘に身を任せてその場で伏せる。
にゅるり。
そんな擬音では生易しい勢いで伸びてきた竜の尾が死神の大鎌のように振られた。
ガシャーンッと剣聖と俺の間に落ちていた殆どの武器がその尻尾によって弾かれ、飛んでいく。
「うわっ!?」
「あ、危なっ!」
「貴族の方をお守りしろ!」
「ああもうっ、ユウっ、めちゃくちゃだよ!」
外野が煩い。
突っ込むように伏せたから腕が痛い。胸が、腹が痛い。
目の前に落ちていた短剣を何の気なしに拾い、腰に差しながら立ち上がる。
この試練。残り十秒もない。
なのに、折角考えた投擲作戦も打ち破られた。
打つ手は……ない。
俺に出来るのは正面突破のみだ。
「全く……尻尾は狡かぁないですかね……?」
「クハッ……邪道で戦う相手に狡いも卑怯もねぇんだろ?」
何とも意地の悪い笑みだった。
それなら俺にも考えがある。
流石にこれは……と思っていた最後の手段。
「ならこれでぇっ!」
俺は徐に地面を蹴った。
抉れた部分から砂や土、小石が飛び、散弾のような広範囲攻撃となって迫る。
「クハハハッ! 上等ッ!」
流石に砂埃のような細かいものまでは斬れまい?
そんな俺の思惑通り、高笑いした剣聖は反復横飛びの要領で横に跳ねた。
未だ武器の散乱している方向に。
ほんの僅かな瞬間だが、足が浮いた。
――今だ!
俺は蹴るようにして飛び出すと大剣を振りかぶる。
「っ……!?」
飛んでから墓標のように並ぶ武器の群れに気付いたのか、剣聖チラリと視線をそちらに向けて「邪魔臭ぇっ!」と叫んだ。
再び尾が伸び、それらを弾く。
要するに……
「伸びたな!? これでもう尻尾は使えないっ、残るはぁっ!」
「剣のみってかっ! バカにしてくれるッ!」
俺は今度こそ彼女目掛けて、渾身の力を込めて大剣を振るった。
そして、今度こそ正面から剣を返され、目の前で火花が散った。
「ぐおっ!?」
想像以上の衝撃に腕が……いや、身体が持っていかれる。
空中でひっくり返るように、身体が浮いて飛ばされる。
完全に体勢を崩された。
後はもうみっともなく倒れるだけだ。
どうしようもない。
ここまでか。
そう諦めたその時。
「チッ」
剣聖の舌打ちが聞こえた。
同時にピシッ……と何かが割れるような音も。
その二つの音が俺の背中を押した。
下手に耐えようと力を込めるのではなく、逆。
力を抜いてその勢いと大剣の重みを利用して、反回転する。
大剣が下に、俺は空中で逆立ちするように頭を下向きに。
「くうぅっ……おっ、お、おっ……おおおおおっ!!!」
恥ずかしげもなく咆哮した俺は大剣を思い切り地面に刺し込むと、取っ手と刀身に乗っかるように立ち上がり、ジャンプした。
「おぉっ? け、剣をっ? 足場にっ?」
剣聖をしても予想外の行動だったらしい。
裏返ったような声。あれだけ鋭かった竜の瞳もまんまるになっている。
「ぜやあああぁぁっ!!」
ガキィンッと大剣が砕ける音を背に、俺は先程腰に差した短剣を抜き取り、両腕を突き出す。
正真正銘、最後の一撃だった。
「クハッ……だが、距離が足んねぇなッ!」
そう笑った剣聖の顔が徐々に歪んでいくのがやけにスローに見えた。
俺はまだ属性魔法が使えない。
魔力は感じ取れても、魔法に昇華出来ない。
だが、魔力は力だ。エネルギーだ。見たことはないが、魔力単体でも動く魔道具の存在も知っている。
それなら。
魔力を放出するだけでもエネルギーになるんじゃないか?
いや、ただ放出するんじゃなくて、傘のような形状で細かく……粒子状に出せば人一人の身体くらい浮かせられるんじゃないか?
殆ど土壇場の判断。
酷く拙く、傘になっているか、粒子状になっているかも怪しいものだった。
だが、それは確かに俺の身体を押しやった。
最後の一撃は殆ど一直線に突き進み――
――剣聖の長剣に阻まれた。
嘘だろ……? ここまで来てっ……? いや、で、でもっ……!
そんな思いが脳を支配する。
それを肯定するように「……合格だ」という声が聞こえた。
仕方ない……と諦めるような感情が乗った声。
遅れて、短剣を受けた長剣が砕け散る。
体当たり気味に突き出した短剣はそのまま剣聖の胸を突いた。
今度は短剣が砕けた。
ステータス差だろう。
鈍い音が身体中に鳴り響き、鋭い痛みが走った。
俺の手首も折れたかもしれない。
「……は、ははっ……か、硬すぎだろ、あんたの胸っ……」
乾いた笑いが込み上げた瞬間、俺は意識を失った。
体力切れの魔力切れだ。
視界が暗くなる直前。
「誰が絶壁まな板娘だごらぁッ!」
そんな怒号が聞こえた気がした。




