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闇魔法の使い手  作者: 葉月 縷々
第3章 冒険者編
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第114話 激戦の果てに

グロ(ry



「クハハハハハハハハハハッ!」



 先程までの威勢はどこに行ったのやら、俺が高笑いしている内に大混乱に陥り、瓦解する聖騎士達。



「くっ、あぁっ……あ、たまがっ……!」



 見ればスキル頭痛で動けなくなった聖騎士ノアが灼熱地獄の如き光景の中で、苦悶の表情を浮かべながら地面に膝をついていた。



「この『力』の使い方を知ったタイミングでっ……クハッ、殺してくれってかぁ!? 良いぜ、お前も燃やしてやるっ……!」



 ニタァと笑った俺が手を翳せば炎が噴き出し、轟々と唸る。

 そうして顕現した幻想的な輝きを放つ紫色の炎は俺の意思に則り、聖騎士ノア目掛けて飛来していく。



 しかし、頭を抑えている聖騎士ノアを守るように一人の影がその前に立ちはだかった。



「やらせるかっ! ええいっ、貴様ら、何を躊躇している! 再生者の力でどうせ死なないのだ、ノア様の盾になれぃっ!!」



 レーセンだ。

 口調が更に崩れているところを見るに相当焦っているらしい。



 ――はっ、お前はどうせ治ると高を括れるだろうが他はどうかな。鎧すら溶かす炎を見た奴がそんなこと出来る訳っ……



 という俺の楽観的推測は大いに外れ、レーセンの命令を聞いた数人の聖騎士達の行動は迅速だった。



「「「「「し、承知!」」」」」



 驚くべきことに聖騎士達は僅かの迷いこそあったものの、覚悟を決めると《縮地》や例の踏み込みスキルを使ってレーセンの前に移動したのだ。



 ――こ、こいつら、己の信仰の為に地獄のような苦痛すら受け入れるのか……!?



 俺が目を疑う間にも俺が放った紫色の炎は聖騎士達を軽く飲み込み、多少の時間差を経て元々燃えていたレーセンや後方で守られていた聖騎士ノアすらも包んでいく。



「「「「「ぐあああああっ!!?!?」」」」」

「ゆ、ユウ君止めてっ! この火はダメ! 狡いよっ、こんなの絶対ダメ! 皆おかしくなっちゃう! 死なないからってこんなこと!」



 生きたまま焼かれた者達の断末魔のような悲鳴にマナミが半狂乱になって暴れ始めた。

 余程焦っているのか少し錯乱気味だが、そんなことはどうでも良い。どうしても聞き捨てならない言葉があった。



 ――は? し、死なないから? 死なないからって言ったのか……? こいつッ!!



 恐らく初めてマナミに純粋な怒りを覚えた。

 釈然とはしなくてもマナミの性格ならと我慢できていたものが軽く吹っ飛ぶくらいの苛立ち。



 心の何処かでは抑えるべきだとわかっている筈なのに俺は止まれなかった。



「黙れ……」

「え……?」

「黙れっつってんだよッ! 死なないからだぁ!? それがわかっていたんなら何であの時助けてくれなかったんだ! あのアホ女にも言ったけどな! 俺も痛かったっ、死ぬかと思った……! 死んだ方がマシだった! わかっているのか!? 直接的な原因はライだとはいえ、お前の存在も俺が魔族になった理由の一つでもあるんだぞ!!」

「そ、そんなっ……」



 ――何を勘違いしてやがる!? 死なないから何しても良いんじゃねぇっ、元から殺すつもりだってのがまだわからないのか! 俺もこいつらもっ、今この場に居るお前以外の全員が互いを殺そうとしてるってのに、何て舐めた女だっ! 



「俺が召喚に巻き込まれなければ……あの時、お前やライと一緒に帰らなければっ……お前達さえ、居なければっ!」

「酷いっ……わ、私はそんなつもりじゃっ……」



 存在の拒絶とも捉えられるであろう俺の気持ちはマナミの心に深く突き刺さったのか、嗚咽するような声が背中から漂ってきた。



「ユウ君が魔族か人族かなんてっ……角が生えてたってユウ君はユウ君でしょ……? 私はただ、ライ君やユウ君と一緒に居たかっただけでっ……」

「…………」



 マナミの涙ながらの訴えは怒りに染まった俺の心を急激に冷やした。



 ――一緒に、居たかった……? だから力を求めてたのか? 『再生者』として利用されるとわかっていた筈なのに……それでも俺達と……



 ……あぁ、そうか……マナミも俺と同じだったんだ。



 二人が居れば異世界だろうがどこだろうが……と思っていた俺と。



 そう思った瞬間、ライ達への憎悪が急激に薄れ、俺の心の動きを反映するかのように周囲の炎が揺らいだ。



「っ、な、泣くなよっ!? 泣きたいのはっ……泣きたいのはこっちだ! そんなこと、俺だってっ――」



 同じことを考えていた、と続けようとした刹那。



「――逝ねやああああああっ!!」

「「っ!?」」



 泣きたくなった俺と既に泣いていたマナミの会話を遮るように揺らめく炎の合間からソーシが現れ、巨大なハンマーを振ってきた。



「なっ、がはぁっ……!?」

「うぐぅっ!」



 マナミに気を取られていた俺はその殴打を回避出来ず、腹部に直撃してしまった。



 空気と血を吐き出しながら陥没した腹に目をやった俺は両手の炎を後ろに向けて強く出すことで勢いを殺し、着地する。

 後方から上がる新たな悲鳴に視線を送る間もなく、全方位に燃え広がっていた紫色の炎が俺達目掛けて一直線に迫ってきていることに気が付いた。



「ぅっ……ごばぁっ……! ごほっ、ごほっ!」

「ひ、火がこっちにっ、何で……!?」



 あまりの痛みと衝撃に視界が歪む中、マナミが俺の心を代弁し、驚く。



「う、『ウインドウォール』! ほ、ほほほっ、自らの炎に焼かれて死ぬが良いのじゃあっ!」

 


 そんな声が真上から聞こえてきた。



 血を吐きながら頭上に目を向けてみれば、ゥアイがへっぴり腰で宙に浮いているのが見える。



 ――あいつに魔粒子装備はっ……魔法で自分を浮かせてるのか! 野郎っ、同じ『風』の属性魔法で俺達の方に燃えている味方を吹き飛ばしやがったっ!



「がはっ……正気か!? こんなことすればマナミも!」

「ひぃっ、こ、こうなったら多少の犠牲は覚悟の上よ!」

「俺は見てないが、貴様はさっきその炎に自分すら焼かれたらしいじゃないか! はははっ! どんな気分なんだ!? 自分の炎に焼かれるってのはっ!」



 俺の言葉に怯えながら、そして、笑いながら答えるゥアイと魔粒子ジェットで飛んでくる味方を躱し、下がるソーシ。



 ――また炎を飛ばしてっ……いや、吹っ飛ばされた時の勢いは殺せても全方位から迫るフルプレートの人間を止めることなんて出来ねぇ! このままだと炎に焼かれる以前に圧死しちまう! 仮に全身から炎を出したとしてもっ……!



 混乱を起こすだけの筈が予想外に紫色の炎の使い方を理解出来たことで勝機が見え、気付いた時には降って湧いたような絶望的な状況に追い込まれた。



 次から次へと変わる戦況。



 ――ジャンプして避けても上にはゥアイが居るっ。仮にも上級騎士のあいつが俺の行動を予測してない筈がねぇ! この状況……俺の少ない手札ではどうにも……!



「……だからって、簡単に諦められる訳っ、ねぇ……だろッ!!」



 俺は両手の炎を止めると、代わりにゥアイに向けて〝粘纏〟を放出した。



「……何じゃ? 黒いのが……ひ、ひいいぃっ!?」



 糸のように薄く細く伸びた〝粘纏〟が逃げようとするゥアイの背中に命中したのを確認した瞬間、綱引きのように一気に手繰り寄せ、迫り来る火ダルマの一人に向けてぶん投げた。



「ぎゃっ……!?」



 自分が飛ばした味方に正面衝突し、短い断末魔と共に呆気なく頭部が潰れて死んだゥアイ。

 しかし、術者が死に、制御の外れた『風』の属性魔法は直ぐに霧散したものの、勢いが付いているからか、飛んでくる火ダルマ達に止まる気配はない。



「こなっ……く、そおおおおおおおおおっ!!!」



 俺達の代わりに圧死したゥアイをそのまま思いっきり引っ張った俺はグルグルと回転することで、ゥアイと衝突してくっ付いた火ダルマを振り回し、飛来する火ダルマ達にぶつけていく。



 〝粘纏〟のお陰でぶつかってはくっ付き、質量を増す肉壁は途中で右腕が千切れるというアクシデントこそ招いたものの、見事殆どの火ダルマ達を受け止めることに成功した。



「く……そっ……」



 悪態をつきつつ、何人か飛んできた火ダルマを身体を捻って躱すと同時に肉壁を引っ張り、近くまで手繰り寄せると再び〝粘纏〟を使ってゥアイだけを摘出する。

 そうして出てきたゥアイは火ダルマとくっ付いたせいで炎が燃え移ってはいたが、マナミの【起死回生】で傷一つない状態だった。



「き、さまあああああっ! よくも、ゥアイをッ!!」



 どこからか、ソーシの雄叫びが聞こえてくる。

 声の位置からして下がるのを中断して真っ直ぐこちらに向かってきているようだ。



「だよ、な……大事な女が殺されたら来るよな……わかってたさ、だからこいつが必要だった……っ!」

「ユウ、君……? ま、まさかっ!?」

「おらっ、受け取れえぇっ!」



 マナミも俺がやろうとしていることに気付いたらしい。



「止めてっ! ユウ君っ!」



 自分に燃え移らないように再び糸状の〝粘纏〟でゥアイを捕えた俺はマナミの制止の声も聞かずに正面から突撃してくるソーシに向けて腕を振った。



 先程とは違い、最低限の長さにしかなっていない〝粘纏〟はゥアイの死体をいとも容易く引っ張り上げ、ソーシ目掛けて投げ飛ばすことに成功する。

 流れるような動きで〝粘纏〟を再使用し、ゥアイと俺の手を繋ぐ糸を切断。地面に突き刺さっている長剣を抜くと、疑似縮地で飛んでいくゥアイの後を追い――



「う、ゥアイっ!?」



 ――と、思わず武器を捨ててまで飛んできた最愛の人をキャッチしたソーシをゥアイごと叩き斬った。



「ぁ、がっ……!?」



 瞬間、背中にくっ付けているマナミの〝粘纏〟の拘束も解き、真上に回転させるようにぶん投げる。



「きゃあっ!?」

「……回る視界の中で特定の誰かを見つけて狙うのは難しいだろ」



 千切れた右腕同様、左腕も千切れかけており、想定以上に狙いが逸れてしまった。ソーシが驚愕の声を上げている通り、そのせいで即死させることが出来ていない。

 加えてマナミの【起死回生】の効果範囲は海の灯台のようにくるくると回転していた。そのまま使われていたらソーシが復活してしまう可能性が高い。

 


 そして最後に、俺はマナミの性格をよく知っている。



「俺を治す為に速度特化……三角形みたいな尖った形状に変えたお前なら同じことをすると思ったよ」

「そんなっ……!?」



 今度こそ俺の予想は的中し、【起死回生】の力はソーシの真横を通るように火ダルマになっていた聖騎士達が治していった。



「……………………」



 そして、マナミをキャッチした頃にはゥアイの後を追うようにソーシも完全に沈黙した。



 後は……



「ぐおおおっ……の、ノア様っ、ご無事か!?」

「はぁ……はぁ……助かり、ました……くっ……れ、レーセン……他の、者達は……?」



 再度、俺の炎を受けても尚、立っているレーセンと味方が稼いだ少しの時間の間に例の白い盾で自分を守ったらしい聖騎士ノアのみ。

 他は壊滅状態だ。残っている者も直に炎に飲まれる。



 紆余曲折あったものの、これで奴等を殺せる。



 だと、いうのに。



「ぐっ……はぁっ……ハァっ……アア? あ、頭が割れるっ……!」



 苦痛の声だらけの中、誰かの声がやけに響いた。



 聖騎士ノアの声じゃない。



 遠くから聞こえるようで近くから聞こえてくる慣れ親しんだこの声……



 多分、俺だ。



 《闇魔法》は使用魔力を『負』の感情で補うことが出来る。



 だが、代償が無くなる訳ではないらしい。



 頭が痛い。



 視界が歪む。



 気分が悪い。



 吐きそうだ。



 身体と頭の中をぐちゃぐちゃに混ぜられているような形容し難い感覚。



 正直、立っていられないほどの苦痛だが、ここで膝をつけば聖騎士ノア達に致命的な隙を見せることになる。それは俺の〝死〟に繋がってしまう。

 意地でもそんなことは出来ない。



「ぐ、あ、あああっ……!?」

「ゆ、ユウ君!? どうしたのっ!? ひっ、つ、角がっ」



 涙の後が残るマナミが泣きそうな顔で抱き付いてきた。



 角が、何だ? どうしたってんだよ……



 そう思い、苦しみながらも長剣を構え、震える右手を角に伸ばす。



 少しすると、違和感を覚えることもなくなった俺の黒い角に指先が触れた。



「っ……ま、また……伸びてる、のか……?」

「これっ、あの時と同じっ!? だからっ……だから止めてって言ったのに! その『力』は使っちゃいけないんだよ! 魔族になった後も使い続けたらあの時みたいに魔物になっちゃうっ!」



 煩いな……使わなきゃお前も殺されてたんだぞ……



 意識が朦朧とし始めたからか、俺の抗議が口から出ることはなかった。



「ユウ君っ、ユウ君っ……誰かユウ君を助けてっ! このままじゃユウ君がっ……!」



 だ、ダメだっ、この、感じ……魔力も……体力も……気力も……尽きた……



 感覚も《直感》も身体の限界だと訴えている。



 【起死回生】で肉体的な疲労はないというのに、ここに来て好き勝手《闇魔法》を使っていたツキが回ってきたらしい。



 スキルにはスキル頭痛という限界があるように、例え魔族に堕ちていたとしても、一度魔物にまで変貌したとしても《闇魔法》の限界は変わらず存在した。

 恐らく、そういうことだろう。



 完全に力尽きた俺はそのまま崩れ落ち、マナミに抱かれる。



 マナミの体温と柔い感触が顔に伝わるが、それらを意識する余裕は微塵もなかった。



「……! ……っ! ~~……!? ……!」

「っ!? ……! ~……っ!」



 何やらマナミが叫ぶような声が聞こえた。

 後から聞こえてくるのは聖騎士ノアのものだろうか。



 俺を殺そうと近付いてきた二人から俺を守ろうとしてくれてる……のか?



 ――悪いな……マナミ……ボヤけて見えやしねぇ……けど、ライがそこまで来てるんだ……後、数秒でっ……それまで……!



 【起死回生】を以てしても身体が動かないと《直感》で理解させられたように、ライが目と鼻の先まで来ているのはわかっていた。



 ――そう、だ……ライさえ来れば助かる……マナミを人質にっ……



 そこまで考えてから気付く。



 自分の計画の愚かしさに。



 身体が動かないのにどうやってマナミを人質にして逃げるというのか。



 …………。



 ……………………。



 ……………………………………。



「マナミっ、ノアっ、ミサキっ! こ、この惨状はっ……」



 待ちわびていた人物だからか、勇者だからか。



 そいつの声はハッキリと俺の耳に届いた。



 ……大馬鹿だな、俺。



 最後の最後でこんなミス……



「あの炎……いや、その角っ、ユウと同じ……ま、まさかっ、ユウ!? ユウなのか! マナミっ!」



 ここに来て、体力配分を見誤った。



 魔族に堕ち、魔物にすら堕ち、《闇魔法》は強く、便利でも耐え難い苦痛と代償が必要な『力』だとわかっていたのに。



「くっ、お前には聞きたいことが山ほどある! 死ぬんじゃないぞ! ユウっ!」



 この状況は……非常に、不味い。



繁忙期でもないのに時間の取れなさが異常な件について。

ということで来週更新、厳しいかもです。

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