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闇魔法の使い手  作者: 葉月 縷々
第3章 冒険者編
117/334

第113話 惨劇の再来

遅れました。

濃厚な戦闘回なので話ががが……後、グロ注意です。



 聖騎士ノアとレーセンが後退し、戦法を変えてから十分が経っただろうか。



 現在、俺の身体には至るところに穴が空いており、マナミの【起死回生】を受けているにも関わらず塞がっていない。

 理由は簡単で、『火』や『土』、『氷』で象られた針と矢、そして、本物の矢が刺さっているからだ。



「矢なら腐るほどある! 引き続き再生者様に当てないよう注意しろ!」

「ぐぅっ……!?」

「っ……!」

「ってぇし、うざってぇ!」


 

 グサグサと俺の身体に突き刺さっていく数本の矢。

 途端に襲ってくる痛みと異物が体内に入っている違和感に思わず立ち止まってしまえば待っているのは一向に壊れない盾と魔粒子ジェットを使った聖騎士ノアの体当たりだ。



 《狂化》したまま地面を蹴り、聖騎士ノアに直接当てるのではなく、足場を破壊して牽制した俺は自らの攻撃力に粉砕された脚が元通りになるのを確認しつつ、今刺さった矢だけでなく、属性魔法で作られたものまで無理やり引き抜き、回復させる。



「~~っ……!!」



 物理的なものには当然のように返しが付いているとはいえ、肉ごと抉り取れば回復の対象になる。問題は『火』で創造されたものだ。

 それらは魔力で構成されているため、こちらも魔力で手を覆わないと掴むことが出来ない。一度、創造され物質化した『土』や『氷』とは違って『火』はそもそも物質じゃないからな。



 物質化した方は苦肉の策として常に《狂化》を使っておくことで、わざと貫通させ、出てきた返しを掴んで返し側から抜いているが『火』に関してはレーセン達を燃やしてやった時に一度魔力が尽き、そこから時間経過で回復したほんの僅かの魔力も大暴れで再び尽きている。完全に打つ手がない。



「ひぃっ、く、首がっ!」

「う……撃て撃てぇ!」

「化け物がぁ!」



 とは言っても魔粒子ジェットや爪斬撃、両腕の手甲も無しの状態にしては耐えている。マナミの【起死回生】を受けても確実に死ぬように首から上を狙ったこともあり、俺を囲んでいた聖騎士達の六割以上は死んでいるので、寧ろ五分五分か、少し押し気味なくらいだろう。

 が、そのせいで残った聖騎士達は焦っているらしく、属性魔法や弓矢による遠距離攻撃が全く止まないのは心臓に悪いが。



「ってぇっ……クソッ、バカすか撃ちやがって! こいつらを殺す気か!」



 と、近くの聖騎士を盾しても全員が命中率を上げる何らかのスキルを持っているのか、マナミや味方の肉壁の安否を気にせず撃ってくる。

 俺がどんなに激しく動いてもその狙いは正確であり、外すか俺に当たるかの二択のみで、マナミにだけは当たることはなく、稀に盾にした聖騎士に直撃し、即死しても攻撃は止まらなかった。



 相変わらずの味方ごと殺そうとする躊躇の無さと転移魔法による終わりのない豊富な攻撃手段はとても厭らしい。

 極め付きはゥアイとソーシ、ミサキが戦線に参加したこと。魔力残量を気にせずに暴れたお陰で全体の人数が減ったから何とか耐えられているとはいえ、雑魚三人の存在は正直、鬱陶しいの一言に尽きる。



「でぇいっ! チッ、ゥアイ! 今だ!」

「わ、わかっておる! 『ウインドカッター』!」

「しつっこい! さっさと観念なさいッ!」



 俺を殺すための攻撃に晒された聖騎士が無言で崩れ落ちた瞬間、頭上から巨大な槌が降ってきたので再び地面を蹴り、後ろへ下がる。

 目の前で死体が潰れ、飛んできた血飛沫を振り払っているとそこへ『風』の刃が殺到、宙に浮いている状態を維持したまま地面に脚を当てることで敢えてバランスを崩し、マナミごと倒れて躱した俺は「ふぎゃっ!?」という悲鳴を聞く間もなくゴロゴロ転がって立ち上がると、眼前まで迫ってきていたミサキの蹴りを防具の無い腕で受け止めた。



「っ、しつこいのはテメェらだボケ!」

「はあっ!? アタシをあんな目に合わせておいてっ!」



 ジル様の素材で作られた脚甲モドキは遺憾無くその頑丈さを俺の腕に伝え、鈍い音が体内に響き渡る。



 ミサキの右脚に装備されていた俺の籠手は改造されており、形状が変わってしまっている。

 だからと言って無視したのは悪手だった。気にせず剥ぎ取っておけば……いや、どうせなら右脚を斬り落とせば今みたいに反撃しようと思わなかったかもしれないのに、と後悔しながら右手を伸ばし、ミサキの脚を掴もうとした次の瞬間、《直感》が発動したので急いでその場を離れる。

 


「――『彼の者を穿て、光の矢』!」

「っ!? ちぃっ!」



 舌打ちとほぼ同時に頬の横を文字通り、光る矢が通り過ぎた。

 『聖』の属性……聖騎士ノアの魔法だ。



 さっきからこればっかりだ。

 少しでも隙があれば魔法、無ければ盾に隠れての体当たり。



 幸い、《縮地》や例の踏み込みスキルは使ってこないからそこまでの脅威ではないが、それでも魔粒子ジェットを使った特攻はそれなりに速い。

 下手にカウンターを狙っても無理に攻撃に固執せず、噴き出す魔粒子の向きを反転させて逃げるから反撃すらまともに出来ない。



 何なんだとたたらを踏めば、そこからまた雑魚三人と遠距離攻撃の嵐に見舞われる。



 何とも腹立たしい状況であり、ウザいことこの上ない連携攻撃だが……まあ、やりようはある。



「その首貰ったぁっ!」

「我、望むは灯火の……ぎゃあっ!?」

「彼の者を、がっ……!?」



 全身が修復されたのを見計らって詠唱をしている聖騎士達の元へ突撃。移動と攻撃の代償として片脚と片腕を犠牲に十人ほどの首を飛ばす。

 目の前の光景に呆然とする聖騎士達に思わず獲物を振りかぶりかけるが、何とか堪えて後退する。



 ――っと、無理はダメだ。焦るのもダメ……冷静に、冷酷に見ろ。少しで良い……時間さえ稼げればライが来るんだ。そうなればマナミという人質が生きる状況へと一転する。俺が考えるのは俺とマナミの生存だけで良いっ……!



 視界には恐怖に取り憑かれ、これでもかと隙を晒している聖騎士達の姿が見えるものの、《直感》は下がるべきだと告げている。

 目的を思えば深追いは無駄なことだと自分を宥め、再び回避と防御に徹する。



 やはりと言うべきか、聖騎士ノアがスキルを使わなくなったのが大きいな。

 奴は俺に気絶させられる直前にギリギリだった、みたいなことを言っていた。恐らくスキル頭痛が来る寸前まで身体を酷使して俺と張り合っていたんだろう。



 だからスキルではなく、魔力回復薬で回復出来る魔力を使って攻撃してくる。



 それに……



「おらぁっ!」

「せぇいっ!」



 ソーシの殴打やミサキの蹴りはもう何度も見た。

 少なくとも動きと速さに慣れるくらいには。



 力強く振られた巨大なハンマーをダッキングの要領で躱し、それに隠れるようにして飛んで来た蹴りを長剣でガードする。



「っ……!?」

「惜しいな……もう少しで脚を飛ばせたのに」

「こ、このっ……さっきからあんた卑怯なのよっ!」



 自爆を狙った俺の思惑とは裏腹に同じ素材で作られた脚甲モドキと長剣は不快な音を立てつつも均衡した。

 互いに衝撃で後ろへ下がらせられ、俺はその勢いを利用して二人の元を離脱する。



 一方、ミサキは先程までの果敢な表情を崩し、青ざめさせるとその場で固まったまま動かなくなった。



 ――そうやって動けなくなるのは拷問が効いてる証拠だ。あれだけ痛め付けられれば嫌でもトラウマになる。痛めつけた張本人である俺を攻撃出来たのは称賛に値するがな。



「『ウインドランス』! ち、ちょこまかとっ……ひっ……!?」



 同じ理由でゥアイの属性魔法もどこか挙動がおかしい。

 『風』だから見辛いが俺と目が合うだけで魔法の制御がぶれているように感じる。酷い時はあらぬ方向に向かうこともあるくらいだ。



 ――こいつはこいつで、あの状態でよくもまあ生きていたもんだ。半殺しどころかさっきの俺くらい死にかけていた。完治したっつっても拷問を受けたミサキと同等かそれ以上の精神的ダメージはあると思うが……



「んぐぅっ……!?」

「なっ、テメェどこ狙ってやがる!? 魔法制御が怪しいなら使うんじゃねぇ! マナミに直撃したらどうすんだ!」

「ひぃっ!? ソーシ、怖いのじゃあっ!」



 『風』の槍のような見えない何かが俺の横腹を掠め、背中にくっ付いているマナミにまで当たったので思わず怒鳴ると、驚くべきことにゥアイは耳を塞いで逃げてしまった。



「「………………は?」」

「お、おいっ、ゥアイ!? こ、この外道っ! ゥアイに何をした!」

「ビビって逃げただけだろこのバカップルが!」



 聖騎士らしからぬ全力逃亡にソーシと共に絶句する。

 数秒後、ハッとしたソーシが怒鳴り返してくるが、正直俺に当たられても困るというもの。予想以上に心が折れていたからといって、まさか逃げるとは思わないだろう。

 


 若干、コント染みた空間を形成しつつもそれをぶち壊すかのように聖騎士ノアが再び突撃してきた。

 今度はレーセンも同時だ。



「ゆ、ユウ君っ、もう止めて! 誰も殺さなっ」

「うるせぇ! 黙ってろっつったろうがっ!」



 多種多様なスキルを使いすぎて限界に達した聖騎士ノアは兎も角、レーセンの連続スキル攻撃は厄介どころじゃない。

 まだふざけたことを抜かすマナミに言葉を返しながら攻撃と牽制を兼ねて地面を蹴り飛ばし、同時進行で距離をとる。



「っ……」

「まっこと厄介ですな……」

「……ええ、そうですね」



 敵わない相手には近付かないのが一番だ。

 二人共、タイマンなら殺せる相手だが、揃えば面倒だし、有効打を与えたところで数秒で回復してしまうこの状況だと勝てない。



「マナミ! いい加減、【起死回生】解きやがれ! 殺されるぞ!?」

「嫌だ! そしたらユウ君は皆を殺す! 私はっ、私の求める未来の為に、ユウ君にも私にも皆にも……この『力』を使い続けなきゃいけないの!」

「祈るだけじゃ望む未来は手に入らねぇんだよ! 回復しか出来ないんなら俺だけを癒せ!」

「絶対にやだっ!」

「くっ……オオオオオオオオッ!!!」



 ミサキとゥアイ以外の全員が脚が治りきっていない俺の元に移動しようとしたので、マナミとの会話を中断し、《咆哮》を使う。



 聖騎士ノアやレーセンという例外を除き、殆どの者が軽く吹っ飛ばされ、体勢を崩していく光景の中に面白いものが目に入った。



 幾つか属性魔法が飛んできていたのは見えた。

 しかし、タイミングが悪かったんだろう。俺の《咆哮》で制御が効かなくなり、互いにぶつかると爆発霧散したのだ。



 ――成る程、こういう使い方も出来るのか。……とはいえ、このスキルは使い過ぎれば直ぐスキル頭痛が来る感じがする。敵の総数、互いの位置、体勢の関係上、タイミングの見極めと使うか回避するかの判断が難しい。今みたいな危うい状況でしか切れない手札だな。



 瞬時にそんな感想を抱きつつ、拳で地面を殴り付けて砂埃を起こし、視界を悪くさせた俺はその隙に魔力残量を確認する。



 ――一割……いや、五分以下。魔粒子ジェットで言えば十回強く出せるか否かってところだな。あの『力』……《闇魔法》なら魔力が少なくても『負』の感情で補える。牽制も兼ねて聖騎士ノアを落ち着かせるか。流石の奴でも焼かれれば少しは静かになる筈……



 この時、俺は油断していた。

 マナミの姿が見えなければ攻撃を躊躇うと勝手に思い込んでいたのだ。



 相手は感知系スキル所持者であると事前にわかっていたにも関わらず、得意の視界封じ。

 隠密系のスキルをも持っている奴からすれば俺自らが殺してくれと頼んだようなもの。



「シィッ!」



 兎に角、俺は背後から無音で迫っていたレーセンに気付かず、マナミに当たらないよう配慮され、尚且つ俺の体勢を確実に崩す為に絶妙な軌道を描いた刺突をもろに受けてしまった。



「がぁっ……!?」

「ゆ、ユウ君っ!」



 刺されたのは右腰、脚の付け根。

 狙ったのか、偶然なのかは不明だが、右脚から下の感覚がブツリと切れた。



 脚以外の《狂化》を解いていたのが仇となったようだ。

 咄嗟に回避出来るようにと防御力が0になっていた俺の脚はまるで抵抗という抵抗をすることなく、レーセンの短剣を受け入れ、骨の髄にまで突き刺さった。



「しまっ……!? あ、脚がっ――」

「――死になさい」

「っ!?」



 《直感》が反応しない脚への攻撃に加え、感覚が途切れたことに気を取られた一瞬を狙った聖騎士ノアの突き。



 ご丁寧に今まで使わなかったスキルまで乗せているらしく、その速度はジル様の次に速い。



 ――こいつ、らっ……!?



 俺は動かなくなった脚で踏ん張ろうとするのではなく、逆に力を抜くことでカクンと崩れ落ちるように膝を付き、聖騎士ノアの長剣を躱した。



「くっ!」

「なっ、どこまでっ!」



 直撃は避けたものの、俺の首目掛けて一直線に迫っていた白い剣は俺の仮面を掠り、頭皮を削りながら頭上を通り過ぎていく。

 スキル頭痛という代償を払ってまで行った渾身のコンビネーションをギリギリのところで躱された形となった聖騎士ノアは目を見開き、驚きの声を上げた。

 


「っ!?」

「るせぇっ! ……燃え、ろおおおッ!!」



 この距離ならと、両手を向けて〝粘纏〟付きの炎を放射する。



 が、俺の手から出てきたのはただの〝粘纏〟であり、炎なんて欠片も出ていなかった。

 何なら気配でも感じたのか、聖騎士ノアは俺が《闇魔法》を使うより速く後ろに《縮地》で下がっていったので誰も居ない空間に黒い霧、靄のようなものをシュルシュル出すだけとなっている。

 


「……あ? 何で炎が出ないんだ?」



 運の良いことにレーセンも俺の気配にビビって距離をとってくれ、一瞬の気の緩みが命取りとなる戦場で自問自答出来るくらいの余裕が出来てしまった。



 ――魔力は減ってるし、《闇魔法》を使った時の嫌な感じもする。……あの紫色の炎を使った時、俺はどんな状況だった……? 確か……怒っていた、よな? イケメン(笑)達の時もさっきも……視界が歪むくらい頭に来ていた気がする……あの炎を使う為には強い『怒り』という『負』の感情が必要……?



 自分にそう問いかける中、遅れるようにして頭から血飛沫が舞った。



 仮面が良い感じに軌道を逸らしてくれたこともあり、斬れたのは額と後頭部の中間くらいだ。

 血が流れてきて視界が潰れるということもない。



 ――……いってぇな、剣弾くとかどうなってんだこの仮面。てか今の仮面無かったら脳ミソぶち撒けてたんじゃ……



 増殖した思考の一つが何となくそんなことを思い、背筋がゾッとする。



 ――いや、今はここから離れるのが最優先だ。早く回復しないと……



 仮面の頑丈さとそもそもの有無に救われたことに安堵しつつも俺の手はレーセンの短剣を掴んでおり、コンマ数秒の間で覚悟を決めた俺は思い切り抜き取った。



 ズボッ……! と大きな音を立てて抜かれた短剣は血に塗れていたが、脚の感覚が完全に途切れていたからか、歯を食い縛ってまで痛みに備えた俺の覚悟も徒労に終わり、不気味なまでに痛みがないまま常時使われている【起死回生】によって感覚が復活し、穴も塞がれていく。



「マナミ、頼むから俺にだけ使っててくれ。今、死にかけたぞ……」

「……ダメ、だよ。ユウ君が誰も殺さないって約束するなら考えるけど」



 なら無理だな。

 シキとしての俺ではなく、紛れもないユウとしての俺が出るほどのピンチはマナミの顔色を著しく悪くさせていても曲げられないものは曲げられないらしい。



 数秒程して動けるようになった俺は先程聖騎士達が陣取っていた場所を思い描くとそこに背中……マナミを向けると地面を蹴って後ろ向きに体当たりを仕掛けた。



「ふぎゅっ!?」

「出てきたぞ! 狙いを……何っ!? う、撃ち方止めぃっ!!」



 強力なGに押されて出たマナミの変な悲鳴と共に土埃から出てきた俺が、まさかマナミを盾にするようにして突っ込むとは思っていなかったらしく、声を張り上げていたレーセンが焦った様子で止めるのが見えた。



 しかし、時既に遅し。



 背中に手を回し、マナミの頭を抑えることで身体を丸めるようにはしたが、迫ってきていた属性魔法と矢は見事にマナミに命中してしまった。



「もがあああああっ……!!?」



 ダンジョンでのレベリングにより、マナミのレベルはかなり高く、後衛と生産職の並行職でも異世界人特典で異常なステータスを持っている。

 俺と違って防御力が低い訳でも0にした訳でもないのだから、急所にさえ当たらなければ耐えられると思った。



 事実、マナミは俺の背中に口を当てて悶絶しているが、即死はしていない。



 ――……冷静に考えれば痛みで気絶する可能性があったか。ま、【起死回生】で自分を治してるから問題はないな。一応、矢が脳に当たらないように《金剛》使った手で庇ってたし、結果オーライだと考えよう。



 それより今後の動きだ。



 狙い通り、聖騎士達の群れの中に入れた。後はどう動くか……



 先程右肘から先を吹き飛ばされたせいで長剣があるのは左手のみ。魔法鞘もどっかに飛ばされたから実質、手持ちの武器はそれだけ……そして、〝粘纏〟付きの炎は失敗したばかり。混乱を誘えるあの炎なら兎も角、また靄を噴き出してしまう可能性もある。



 何とも判断に迷う。



「つっても、こんだけ近けりゃ選択肢は一つだけだがなァッ!!」



 大して放てず、成功しても失敗しても結果がわかっている斬撃と一か八かの炎。

 どっちを選ぶか、ではなく、俺はどっち道炎を使わざるを得ない状況なのだ。



 なら迷っている暇なんてありはしない。



 俺は長剣を地面に突き立てると、両手を大きく広げ、再び《闇魔法》を使った。



 今度はライへの恨みや裏切られた悲しみ、聖騎士ノアとレーセンへの殺意、ジンメンを転移させて街を壊滅させた聖騎士達への怒りを乗せた。



「っ……」



 瞬間、俺の頭の中にレーセン達を燃やした時のような強い不快感や頭痛が走った。

 


 ――くっ、さっきよりも、強いっ……これならっ、いける!



 聖騎士ノアに向けて紫色の炎を出そうとした時とは違った感覚。

 今回は出せるという確信があった。



 轟ッ!!



 と、出している俺ですら熱いと感じる凄まじい熱を放った紫色の炎が両手から噴射される。



 ステータスを見る余裕はないので、感覚で魔力の残量を感じとってみれば魔力がまた尽きようとしている。

 だが、紫色の炎は『火』という魔法の枠組みではなく、スキルである《闇魔法》の一部扱いのようで、驚くほど魔力消費が少ない。



 全身から出した時は殆ど全ての魔力が持っていかれたというのに。



 どうやら《闇魔法》は俺が思った以上に『負』の感情で魔力を補うことが出来るスキルらしい。



「俺の制御が甘かったから魔力消費が激しくなったのか……理解したっ、理解したぞこの『力』! クハッ、クハハハハハハッ! 燃えろ燃えろっ! 全てを焼き尽くせええぇっ!!!」



 俺は身を焦がすような『負』の感情を維持しながら身体を回転させ、再び全方位に紫色の炎を撒いた。



「う、うわああああっ!」

「またあの炎だと!?」

「逃げろっ! あれに近付くっ……ぎゃああああっ!?」



 聖騎士達からすれば悪夢の再来。



 奴等はフルプレート装備でも早く動けるが、それには単体という前提がある。

 一人一人が動けるからといってここまで固まっていれば意味はない。



 瞬く間に辺りが業火に包まれ、阿鼻叫喚の光景が形成された。



 味方を今も尚生き地獄に突き落としている炎から逃れようと後ろに下がろうとするが、互いの装備と身体が邪魔になり、動けない。

 そうこうしている内に炎が燃え移り、盛大な悲鳴が上がる。



 金属をも溶かす超高温に悶絶しつつも少しでも距離をとろうとし、肩が当たった、助けを求めて抱きついた、味方を無視して突っ切ろうとした者達から次々と炎が広がっていく。



「クハハハハハハハハハハッ!」



 肉が焼ける臭いと大量の人間が泣き叫ぶ声で溢れる中。



 俺の笑いが止まることはなかった。



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