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闇魔法の使い手  作者: 葉月 縷々
第3章 冒険者編
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第112話 踵

すいません、遅れました。

アクア視点なのとグロ注意です。



 リーダーが死んだ。



 あっという間だった。



 僕達のような冒険者は出自や環境もあって聖軍や国軍と違って質が低い。

 冒険者ギルド自体は国と関係ない組織だからその恩恵を受けている冒険者の数は多いけど、現状で言えばその数も少なかったからどうしようもなかった。



 先ず、初手に放たれた属性魔法で石を投げていたレドの同年代の若手冒険者達が殺られた。

 気配的にレド以外が全滅したと思った時にはリーダーが聖騎士の剣に貫かれていた。



「っ……!?」

「嘆かわしい。この私がこんな劣等種共の相手をせねばならんとはな」



 人を人と思っていない冷たい目。



 リーダーを刺した聖騎士が兜から覗かせていたのはそんな目だった。



「よくもっ!」



 大剣を盾に突撃していたリーフがその聖騎士の元に辿り着き、ボロボロになった獲物で斬りかかる。

 が、後ろに居た二人の聖騎士が交差させるように繰り出した長剣に止められてしまった。



「邪魔すんじゃねぇ!」

「なんと野蛮なっ!」

「大人しく死ねぃ!」



 大剣と長剣を使った二対一、聖騎士と冒険者の斬りあいが始まる。



 しかし、リーフの大剣は既に折れかけており、二人の聖騎士が持つ長剣は素材からして上等なもの。

 ステータスも技術も劣っている相手を二人同時に戦うのは自殺行為だ。



 魔法は避けれた、僕も援護をっ……



 どう考えても不利な状況で剣戟が鳴り響く中、いきなりの先制攻撃に体勢を崩していた僕が立ち上がった途端、その耳障りな音を遮るかのように悲鳴が上がった。



「ぐあああっ!?」



 死地を悟ったリーダーが聖騎士の兜の中に自身の剣を突き刺していた。



「へっ、お返しだ馬鹿野郎……おらっ、もっと味わってくれよっ」

「ぐっ……貴、様あああっ!」

「っ……」



 ぐりぐりと顔に刺さった剣を動かされ、思わずといった様子でリーダーを蹴って離れた聖騎士はそのまま抜き取った長剣でリーダーを斬り殺した。

 肩から腹に掛けて斬られ、今度こそ動かなくなったリーダーを横目に《縮地》で二人の後ろに回り込んだ僕は「くっ、私の顔に何てことを!」と喚きながら無防備な背中を晒すそいつにシキから貰った短剣を思い切り突き刺した。



「ぎゃあっ!?」



 兜と鎧の隙間、うなじを狙った。

 手応えはあった。確実に貫通したし、殺せた。



「次……!」



 リーダーの死に自分が何かを思う前に行動を起こす。



 リーフの……いや、『御三家アトリビュート』のモットーは命大事に、だ。

 命がなきゃ幾ら金があっても仕方がない。金が命の代わりになるなら躊躇なく捨ててしまえと教わった僕はもう居なくなってしまったフレアと違って感情の処理が出来る。



 それでも知り合いが死ぬというのはとても辛い。

 これまで何度か経験したことのあることだけど、やっぱりキツい。



 だから感傷に浸ってしまう前にこいつらを……殺す!



「ちっ、剣がっ……!」

「今だ!」



 リーダーを殺した聖騎士が倒れる寸前、ずぼっ! と短剣を抜いた僕は再び走り出し、剣が折れてしまったリーフの元へ加勢に入った。



「させないっ」

「それはこちらの台詞だ!」



 聖騎士の獲物の前では対して役に立たない皮の防具のみになってしまったリーフを守るように短剣を突き出して迫っていた長剣を受け止める。



「っ!」

「っ!?」



 本来正面からぶつけ合えば長剣よりも弱い筈の短剣が聖騎士の長剣に食い込んだ。

 兜で顔は見えないが、長剣の挙動から相手が動揺しているのが伝わってきた。



 流石、シキの武器だ。非力な僕を何もかもが上である聖騎士相手に対等の戦いに引き上げてくれる。



「わりぃっ、助かった!」

「良いから! そっちお願い!」

「わぁってる!」



 それでも職業も技術もレベルも何一つ勝てていない相手に油断は出来ない。

 そんな聖騎士と一対一に持ち込んだんだ。リーフも一人くらい何とかしてほしい。



「ええいっ、何なのだその禍々しい短剣は!」

「誰がっ」



 教えるものか。



 これはシキがくれた大事なものだ。絶対に手放さないし、手放せない。



 ……リーフも貰っておけば良かったのに。

 折角、「大剣はないんだ、悪いな」と言って黒い長剣を渡そうとしてくれたシキの好意を断るから今みたいな状況になる。



「っ、っ!」



 長剣を一撃で刃毀れどころじゃない状態にした短剣なら鎧も容易く斬り裂けると思ったのか、僕の前に居る聖騎士は回避に徹している。

 重い防具を装備しているとは思えない速度で僕の攻撃を躱し続けるそいつは腰に手を伸ばしては止めるを繰り返していた。



 一体、何を……っ、こいつも短剣持ってるのか!



 見れば長剣は短剣が当たった箇所が半ばまで斬れていた。



 あの様子では何処かにぶつけるだけでも折れてしまうだろう。

 下手したら振るだけでも折れるかもしれない。



 だから腰にある予備の武器を抜こうとしているんだ。

 ステータスが高くても防具の差や獲物のリーチを考えれば身軽な僕の方が早い。けど、逆に言えばその内、どちらかが同等になれば簡単に殺られるということ。



 なら僕に出来ることは……



「させないと、言っている!」

「くっ!」



 余計な行動を取らないよう牽制しつつ、攻撃の手を緩めない、だ。



 攻撃してこないのなら僕でも行ける。攻めの一手で押せる!



「何っ、ぐぁっ!?」

「これ、でっ……!?」



 ただでさえ瞬間移動と呼ばれるほどの速度の《縮地》に気配が薄くなる《隠密》を織り交ぜた僕の十八番に驚いた聖騎士の喉元を突いた瞬間、近くの木陰から『火』の球がこちらに向かっているのが見えた。



 もう一人居たっ!? この距離っ、仲間ごとっ……!



「くあぁっ!?」



 咄嗟に左手に持っていた僕個人の短剣に魔力を通して投げつけたものの、短剣が当たった直後に爆発し、それによって生まれた風圧で僕は強く吹き飛ばされた。



 宙を舞い、ゴロゴロと転がり、小石や地面に頭やら肩やらをぶつけながら木に打ち付けられ、漸く止まった僕は満身創痍と言える状態だった。



 (つぅっ……。……? あれ、左手の感覚が……無、い……っ!? そ、そっか……さっきの爆発に近かったのは左手だもんね……)



 僕の左手は爆発で酷い有り様になっていた。

 指は無くなり、肘と肩が両方とも変な方向に曲がっている。



 そして、それを自覚した瞬間、凄まじい激痛が襲ってきた。



「っしゃおらあああっ!」

「ぐがぁっ!?」



 経験のない痛みに隠れていた聖騎士のことを忘れた僕の耳にリーフの雄叫びが届いた。

 素早くそちらに目を向けるとリーフが聖騎士の上に馬乗りになり、絞め技の要領で兜の方向を僕の左手のように曲げていた。



 聖騎士の兜は首にもフィットさせるタイプのものだ。あれなら首の骨も折れている筈。

 しかし、今はそんなことに安堵している暇はない。



「リーっ……フ……も……一人……後、ろっ……」



 敵は三人じゃなかった。僕を撃った奴がそこに居る。



 そう言おうとしたけど、声が出なかった。



 痛みのせいか、日頃無口になりがちだったせいか、言葉が上手く出てこない。

 恐らく両方だろう。



 こちらを見て、血相を変えたリーフが走ってくる。



 リーフは後方はおろか、周囲にも視線を向けてない。

 隠れていた聖騎士にも飛ばされた火球にも気付いていない。



 このままではリーフが殺られる……



 そう思った次の瞬間。



 赤黒い何かがリーフの前に飛び出た……ような気がした。

 ハッキリとは見えなかった。ただ、一瞬暗い赤色の何かが見えたのは確かだ。



 そして、先程、リーダーの最期の抵抗で悲鳴が上がったように、僕が投げた短剣が目の前で爆発したように、リーフに向けて一直線に進んでいた火球がいきなり弾けた。



「リーフっ……!?」



 どこからか聞こえる悲痛な声が自分のものだと気付かないまま、僕は目が痛くなるのも無視して爆発に背中を押されるリーフを注視した。

 


 リーフに直撃する前に爆発した……今のは……やっぱり見間違いじゃない……?


 

「ぐわあああっ!」



 僕と同じように吹っ飛ばされたリーフは顔から地面にダイブしかけ、何とか受け身をとっていた。

 両手を地面に上手く当てることで体勢を整え、勢いを殺すリーフ。



 それでも相当な威力だったのか、最後は地面に顔面を突っ込ませたが、数秒後には「いってぇっ!? 何だ今のっ!?」と血塗れでも元気な顔を見せた。

 どうやら無事らしい。



 しかし、ほっと息をつく間もなく、どこからか再び悲鳴が上がった。



「いったぁっ……」



 今度は本当にそう思っているのか疑問が残る悲鳴だったが。



「んー……ん? ん~……なーんか見覚えあるんだよなぁお前ら……どこで見たんだっけなぁ……」



 そんなことを言いながら爆発の中から現れたのは右手をさすっている赤毛の女。



 黒いドレスと白い肌、シキと同じ紅い瞳……何より、あの真っ黒い隈。



 間違いない。

 あの人はシキの……



「取り敢えず……死ね」

「ぴぎゃっ!?」



 何が起きたのかわからなかった。

 いや、正確に言えば見えなかった。



 その人が腕がぶれた瞬間、聖騎士が隠れていた木に何かが貫通したような巨大な穴が開き、血飛沫が舞った。

 それだけでなく、その後ろの木々まで轟音と共に破壊され、倒れていく。



 魔力は感じなかった。

 それに、あのポーズ……まるで石のような小さい何かを投げたような感じだ。



 でも、そんなことはあり得ない。

 どんなに強くて人が視認できないどころか環境破壊を簡単に引き起こすステータスなんて、それこそ()()世界最強の剣聖でもなければ……



「あ~……誰だっけなー……ん~……あぁ……? あれ、ちょっと待って。……あれ? 私って……誰だっけ……あはっ、あははは……わかんなくなっちゃった……おーい、またかよ~……また私は……んん? また? またって何だ? 何回もあったのか? ……わからん……私は誰? ここはどこ? 頭の中から離れない黒い鬼は……お前らは……………………貴様らは誰だ?」



 呆然としていた僕達に生気の感じられない視線を向けてきたかと思えば、初対面でシキに当てられた殺気とは比べ物にならないレベルの『圧』を飛ばしてきた。



「「っ!?」」



 シキの時は思わず武器を抜こうとした。

 殺気をぶつけてきた、脅威であると、敵だと認識してしまったから。



 でもこの人のは洒落にならない……敵とか以前に勝てないと思い知らされた。



 人としてじゃなく、生物として。

 比べるのも烏滸がましいくらいの次元の差を感じた。



 駄目だ、身体に力が入らないっ……息も出来なっ……



「かひゅっ……」

「っ……かっ……はっ……」



 リーフも同じ状態らしく、青い顔で固まっている。



 折角、聖騎士を倒せたのにリーフの知り合いを助けてくれた恩人に……シキの大切な人に殺されるなんて……



 そう思ったのが正しかったんだろう。



「……シ……キ……助けっ……かはっ……」



 戦いに関わらなければ優しい一面を見せるシキを思い出し、彼の名を呼んだ。



 すると、たちまち『圧』は消え失せ、息が出来るようになった。



「……シキ? シキ……シキ……おお? 覚えが、ある……」

「「ごほっ……ごほっごほっ! こひゅっ……はーっ……はーっ……」」



 何やらぶつぶつと呟くその人の前で咳き込み、何度も深呼吸をする僕達。

 この人はシキの連れだ。僕達の町に来た時、それこそシキが殺気をぶつけてきた時、シキに背負われていた行き倒れ……名前は確か……



「そうだ……そうだ! 私はムクロ! 頭の中のあいつはシキだ! シキ元気かなー! 確かシキと別れて……何日だ? ん~? 何週間? 何年? 何十年? ……駄目だ……何も思い出せない………………あうあう~……あっ……ぁ……も、もうやだぁ……ぐすっ……何なのっ……あたしっ、何もしてないのにっ……うええぇんっ……」



 ぽんっと手を叩き、笑顔になったかと思えば首を傾げ、不安げな顔へと変化させるムクロ……さん。最終的には泣き出してしまった。



「相、変わらず……はーっ……はーっ……情緒不安定、だなっ……」

「そ、だね……」



 取り敢えず、危機が去ったと一安心するべきなのか、今すぐ逃げた方が良いのか、判断に悩む。



 リーフの知り合いを町から逃がす時、ムクロさんは僕達と一緒に国境まで同行していた。

 今みたいに急に泣き出したり、倒れたり、記憶が飛んだり、口調がコロコロ変わるからちょっと怖かったけど、道中で現れる盗賊や魔物を何かの魔法で粉微塵にしてたからとても頼りになったのを覚えている。



「ぐすっ……ずずっ……ぁ……何、これ……煙草……じゃないな。は、葉巻……? 何であたし、葉巻なんて……」



 息を整え終わったので、ムクロさんに話し掛けようと立ち上がった直後、ムクロさんは首を傾げると服の中に手を突っ込み、本人が言ったように葉巻のようなものを取り出した。



 それが何なのかを理解した僕達が止めようと思った時には遅かった。



「ちょっ、それっ」

「嬢ちゃんっ、そいつは止めっ」

「ちょっと吸ってみようかな……火は……■■■……これで良しっ。すぅ~っ……は~……う~、何かこれ頭がクラクラするぅ……でも煙くない……何でだろ? あ、れ? ……な、んか……気持ち良く……なって、きたぁ……あひっ、あひひひっ……」



 間に合わなかった。

 ムクロさんは魔法で火種を作り出すと怪しげな色の煙を出す葉巻に口を付け、思い切り吸ってしまった。



 再びぶつぶつと言い出したムクロさんの焦点は合っておらず、涎や鼻水まで垂れ流しになっている。



「……ね、ねえリーフ、あれって」

「言うな……納得したぜ。あの形状と症状……ありゃあ……。いや、どのみち、記憶が混濁してる時点でその嬢ちゃんはもう末期だ。放っておいた方が良い。シキの知り合いだし、助けてもらったけどよ……」

「うん……」

 


 恐れと感謝、哀れみが混ざった複雑な視線を送りながらムクロさんの横を通り過ぎ、避難民の安否を確認しようとし……僕達が連れていた百人程度の町民の死体に気が付いた。



 避難民が……最後の生き残りが……死んでるっ……!?



「う、嘘だろ!? 何でっ……」

「全員、どっかしら消し飛んでる……まさかっ、さっきの!」



 骸と化した町民達は頭や上半身が肉片状になっていて、悲鳴を上げることすら出来なかったことが窺えた。

 ムクロさんが殺してくれた聖騎士は《気配感知》に特化している僕が気付かなかったほどの手練れだった。十中八九、斥候や暗殺者タイプの聖騎士。隠密系のスキルである《消音》も持っていた可能性は高い。



 ということは……爆発の音も悲鳴も無音にすることが出来るかもしれない。



「……誰か生きてる奴はっ……生きてる奴は居ないか!? 誰か! ……っ、おい、セーラはどうした! せ、セーラっ!」



 狼狽えるリーフと周囲を見渡していると、ごろんと力無く倒れているギルド職員の首無し死体が目に入った。



 多分、セーラだ。

 あの血に染まった服……間違いない。さっき回復魔法を使う為に走り回ってた時に付いたものだ。



 守り、切れなかった。



 聖騎士四人を相手に誰もっ……



「うぅっ……痛い……っす」

「っ!? れ、レド! お前っ、生きてたのか!」

「痛たたたた! 止めてくださいっす! 傷に障るっす!」

「良かった! 良かったああっ……!」



 先程まで悔しそうに泣いていたリーフが号泣しながら傷だらけのレドを抱き締めた。

 僕達と同じように属性魔法で吹っ飛ばされたっぽいけど、リーフと同様、比較的軽傷で済んだらしい。



 レドは生きてるっ……ならもう一人くらい生きてる人が居るかもしれない。

 僕は《気配感知》に意識を研ぎ澄ませた。



「…………っ! 居た! リーフ! あの中に生きてる人が居る!」

「何っ!? どこだ! アクア! 早く教えろ!」

「ぎゃっ」



 僕の声にレドを放り出し、僕の後を追ってくるリーフ。

 だ、大丈夫かな、今、後ろからレドの悲鳴が聞こえたけど……



「こ、こいつぁ……アニータちゃんじゃねぇか! 見たところ目立った傷は無さそうだが……」



 死んだように眠るアニータは町でシキに当たった時と同じ、服が傷と汚れにまみれているだけで大きな傷は見受けられなかった。

 僕は生存を確実に確認するため、直ぐ様、胸に耳を当てた。

 


「……息はある。多分、気絶してるだけ」

「そうかっ……良かったっ……!」



 気配では生きているように感じられるが、それもかなり弱っている。

 死にかけている可能性はあった。でも、聞こえてきた鼓動からして今すぐにでも死ぬという状態ではなかった。



 二人の生き残りの存在に詰まっていた息が漏れた。



 本当に良かった。

 後は国境まで離れられれば……



「…………」



 既に最悪に違いがそれでも最もとは言えない現状に安堵していた僕はリーフが押し黙っていることに気が付いた。



 数年の付き合いだから何となく何を思っているか想像は付く。



「……シキのところに?」

「あぁ、この二人以外は死んじまったからな……全部あいつに任せて逃げるなんて、やっぱり俺には出来ねぇよ」

「この前もそう言って戻ったもんね」



 リーフは知り合いと一緒に逃げている途中の道で静かになったと思ったらいきなり「お前らだけで逃げろ」と言って一人で戻っていった。

 その時の位置やムクロさんの実力もあり、僕とフレアもリーフの知り合いをムクロさんに任せるとリーフの後を追って町に戻ってきた。



 リーフは他人に過ぎないシキが戦っているのに相手が相手だからと自分だけ逃げているのが許せなかったんだと思う。

 前回とは違い、今回はまさか聖軍があんなやり方で町を攻撃してくると思っていなかったからの逃走だ。少しでも生存者を逃がしたかったが、その生存者が二人だけならここにはムクロさんも居る。何とかコミュニケーションをとって守ってもらうことも出来る筈。



「あう……んがっ!? 視界がぐわんぐわん……シキぃ……どこに居るの……? シキっ……ぐすっ……一人に、しないでよ……」



 一瞬正気に戻ったのか、どこかへトリップしていたムクロさんはハッとすると、泣きそうな声で助けを求め始めた。



 ……多分、ムクロさんはシキのことを気にしてこの辺を彷徨いていたんじゃないかな。二人共、別れる時抱き合ってたし……死んでほしくない、みたいなことを言っていた気がする。

 リーフと同じように途中で戻って……いや、リーフの知り合い達は護衛が居ないと長距離の移動は厳しいものがある。何とかして近くの村にでも届けてから戻ってきた……?



「えっ……と……ムクロ、さん? ちょっと、リーフの知り合い達は?」



 再び葉巻を吸い、目を回しているムクロさんに訊いてみる。

 薬物中毒の人は頭のネジが大抵ぶっ飛んでて話も出来ないけど、決めた直後なら少しの間だけまともな意識に戻ると聞いたことがある。それなら会話出来るのでは? と思っての行動だ。



「ふぇ……? あ、あぁ……前の奴等ならキチンと最寄りの村に……んん? ……あーっ! お、お前ら途中で逃げた奴等だな!? 思い出したぞ! シキに守ってやってくれって頼まれたのに居なくなったから泣いちゃったんだぞ!」

「そ、そう……それはごめん……」



 泣いちゃったんだぞ、と子供のようなことを言われてたじたじしてしまう僕だが、それと同時に返ってきた言葉に安心する。

 やっぱり、この人ならレド達を任せられる。



「……そのシキを助けに行ってくる……いや、シキを絶対、貴女のところに向かわせる。だからこの二人を前と同じように最寄りの村に届けてくれない? お金は出すから」

「アクアっ……」

「止めたって無駄。フレアは町で死んだ。リーフも町で死ぬつもり。なら僕だって……そもそもジンメンが来なかったら突撃してた。違う?」

「……そう、だな」



 リーフもフレアも僕も町に戻ってきた時点で死ぬつもりだった。

 生まれ育ったこの町を少しでも守りたかった。なのに、気が付いたらシキに避難民を任され、避難民と一緒に逃がされていた。僕達の覚悟を見抜いたシキが混乱に乗じて僕達を上手いこと乗せて逃がしたんだ。



「何やってんだろうな、俺達。またあいつに押し付けて逃げて来ちまってよ……」

「でもこれで心置きなく死ねる」



 ムクロさんならレドやアニータのことも守りきれる。

 僕達の力じゃ足手まといかもしれないけど……今度は僕達がシキを助ける番だ。弱いとか言ってられない。



「嬢ちゃん。また……頼めるか?」



 リーフが手持ちの金を全て渡しながら言った。

 これはお願いじゃない。お金を有無を言わせず受け取らせたから強制に等しい。



 ムクロさんもそれをわかっていたんだろう。

 さっきまでラリっていた人とは思えない真剣な表情だ。



「私、も……」



 行きたい、とは言わなかった。



 ただ、小さく「保険の楔は打ち込んだから今も生きてる筈……とはいえ、誰かの助けがなければ死ぬ……だが、ここで私があいつを助けたらあいつの為にならない……」と呟いたのは聞こえた。



 この人は何者なんだろう?

 ふざけているようで信じられないくらい強いし、壊れていると思えばこうしてまともな顔も見せる。



 さっきの葉巻はこの辺だと有名なものだ。

 あれを吸えば大抵、普段のムクロさんのように情緒不安定で支離滅裂なことを言うようになる。



 けど……この人のはどこか違う気がする。薬に関係なく、元からおかしいような……第一、薬物中毒者なら今みたいな会話も怪しい。吸って直ぐだし、簡単な意志疎通ならと思ってたけど、ここまで意識がハッキリしてるなんて普通はあり得ない。



 ならこの人は一体……?



 魔族のシキと一緒に居たけど、シキは行き倒れだと言っていた。

 一応、魔族である可能性はあるものの、シキと違って角もないし、他に人外らしい特徴もない。見た目は完全に人族のそれ……謎は深まるばかりだ。



「わかった。その代わり、約束だ。シキを頼む。あいつは多分……強い奴のところに居るとダメになる。何度も救われている私にまた守られたらそれを恩に感じて………………兎に角、ここまで来たのは良いが、生憎私はあいつのところには行けない。だから……」



 行けない、というのは途中で詰まったところを見るに僕達みたいにレド達が居るからじゃなく、彼女なりの事情があるということだろう。

 あの二人のことはムクロさんからすればどうでも良い存在の筈だ。



「こいつが言ったろ? あいつは絶対あんたのところに行かせるって。あの町は……もう終わりだ。あんな小さい町一つの為にシキみてぇな奴を死なせる訳にはいかない。何としても……」

「死んでもシキを助けるから。その代わりに」

「この二人を守れば良いんだな?」

「あぁ」

「お願い」

「……わかった」



 僕達の実力を知っているからこそ、僕達が死ぬとわかっているからこそ、ムクロさんの返答には間があった。

 じゃなきゃ、申し訳なさそうな顔はしない。



「な、何言ってんすか二人とも! お、俺もシキさんのとこに行くっす! もう皆居なくなっちゃったっす! なら俺だってっ!」



 と叫んでいるレドを軽々持ち上げ、倒れているアニータを肩に乗せたムクロさんは堂々とした足取りで国境の方へ向かっていく。



「……どう見ても狂っているとは思えない動きだな」

「どちらにしてもあの強さだし、頼りになる。お陰でシキを助けに行ける」

「そう、だな、感謝しねぇと」



 その後ろ姿を見送った僕とリーフはそう言いながら目を合わせると、直ぐ様走り出した。



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