第111話 最悪の組み合わせと弱点
続グロ注意。
「あははははははははははっ!!!」
正気を疑うほどのバカ笑いをしていた時、シキは歓喜していた。
限り無くゼロに近かった確率の賭けに勝ったことに。
条件付きだが、この殺しあいに勝ちの目が出てきたことに。
何より、自身の生存に。
彼はレーセンとレーセンが指揮する聖騎士達に囲まれた時点で己の生存確率が極端に低いことを自覚していた。
仮に全方位からの属性魔法による総攻撃を耐えきり、生き残ったところでまともに動けなくなるのではないか、マナミが目を覚まさないのではないか、という不安もあった。
だが、結果的に見れば上々。
〝無我の境地〟と感情の爆発という予想外のこともあったが、致命傷を負ったにも関わらず生還した。
(生き残れた生き残れた生き残れた生き残れた生き残れた生き残れたっ……!! やったっ! 助かったっ……腕がある! 脚も動く! 腹も痛くない! あはっ……指が落ちた! めちゃくちゃ痛ぇ! あははははは! 俺……俺っ、生きてる! 治ったんだっ! 俺は完全にっ……)
レーセンの長剣を強く握ることによって生じた激痛で生を実感したシキはその高揚感と安心感を必死に宥め、内心だけに留める。
つい笑いは漏れてしまったものの、マナミという最強の回復役を手に入れる為には近付く必要があったのだ。
心の片隅で「そういや、完全回復のくせに発狂は治らないんだな。ま、そんなに便利な訳ねぇか」と思いつつマナミを抱き締めた時などはもう我慢出来ず、再び笑ってしまったが、ここまで近付けばこちらのものと言わんばかりにジルやムクロとはまた違った柔い感触と甘いとすら感じるマナミの匂いごと抱き締め、思考に耽る。
(……捕まえた。相手はざっと七百。それも殆どが属性魔法を撃てる奴等……手甲が無いのはちと痛い、か……今までの感じだと、演技や思考系スキルと同様、《直感》ならスキル頭痛を起こし辛い。即死するような攻撃なら自動的に発動する筈だから多分大丈夫……って、多分ってなんだよ多分って……チッ、よく考えたら《直感》の詳細を知ってる奴は敵ばっかじゃねぇか。自分の力がわからないとか不安以前の要素だぞ……)
まさに起死回生と言える死の淵からの復活。
当たりどころによっては即死する遠距離攻撃手段を持ち合わせた数百人に囲まれている絶望的な状況は変わらないにしても、希望が見えたのは大きい。
(……まあ良い。後はマナミを〝粘纏〟で俺にくっ付ければ……)
聖軍の攻撃を牽制出来る上に【起死回生】を促せる。
問題があるとすれば――
「当然、お前らだよな」
《縮地》で後ろまで迫ってきている聖騎士ノアと、
「全員、ノア様の援護だ! 魔法で奴だけを狙えぃッ! 無理なら牽制! ノア様と再生者様に当てるなよ!?」
尚も燃えながら指示を出しているレーセンだろう。
(何でかは知らんが、ライがこの場に居ないってことは町の方に向かってるってことだ。こいつら聖軍がマナミだけを呼ぶってことはないし、呼んだらあいつの性格上、勝手に付いてくる。……待機命令を無視して特攻したとかそんな感じか? ミサキのこともあるし、マナミに戦場は見せたくない。恐らくそんな理由だけで動き、聖軍はその行動力を見誤った)
自分を越え、下級の聖騎士だけでなく、レーセンやミサキ、ゥアイを復活させた挙げ句、一番厄介な聖騎士ノアまで包み込んだ【起死回生】の力に舌打ちをしつつ、迫り来る刃を《狂化》した脚で地面を蹴り、躱す。
「なっ、くっ!?」
「「「「「ぎゃあっ!?」」」」」
轟音と共に凄まじい土煙を起こしながら行った疑似縮地は聖騎士ノアの攻撃を空振りに終わらせ、詠唱を行っていた数人の聖騎士に体当たりを仕掛けさせると、後ろの聖騎士達にまで被害を出すという結果をもたらした。
「ぐえっ」
「ぐうっ……! わ、りいっ、制御ミスった」
「ユウ君っ、何を……きゃあっ!?」
胴体や腕をひしゃけさせながら吹き飛び、仲間と一緒に仲良く肉塊に成り果てた聖騎士を横目に、潰しかけたマナミに謝り、今の移動で壊れた脚が治っていくのを確認し終えると直ぐ様、〝粘纏〟を発動。黒い靄で包んだマナミを背中にくっ付け、再び疑似縮地で移動する。
(……いってぇな。《狂化》状態の疑似縮地……速いのは良いんだが、移動の度に脚がぐちゃぐちゃになりやがる。代わりに片脚だけで移動すれば残ったもう片脚で着地と移動が可能……千切れたりして根本から失くならない限り、直ぐに回復するみたいだから……一応逃げられなくもないな)
「ひっ……ユウく……むぐっ!?」
「舌噛むぞ、黙って俺を治してろ」
たった一歩を踏み出すだけで脚が折れ、天変地異の如き音を轟かせながら地面が割れていくという凄惨な光景に青い顔をしているマナミの頭を軽く叩いたシキは《縮地》で再び距離を詰めてくる聖騎士ノアと紫色の炎を置き去りにして迫るレーセンの猛攻を何とか躱し続ける。
(聖騎士ノアとレーセン、聖騎士約七百を相手にタイムリミット付き。マナミという人質は使えるには使えるが……俺に後がないのは奴等もわかってる。殺しはしないと高を括られれば窮地は変わらねぇ)
そうこうしている内にボッ! と再発火したレーセンが一瞬硬直し、聖騎士ノアがそれを補うように例の踏み込みスキルで目にも止まらぬ刺突を繰り出してきた。
「っ!? ええいっ、馬鹿の一つ覚えみたいにっ!」
「斬ってしまえば再生者がショック死する可能性も否めませんからね」
油断とまではいかなくとも、思考に気を取られ、寸でのところで成功した回避に冷や汗を垂らしたシキは毒を吐きながら即座に距離をとった。
「うぅっ……な、何でユウ君がノアちゃん達と殺しあってるの? ユウ君っ、一体何がっ」
「…………」
何故、こんな状況になっているのか。
マナミからすれば当然の疑問に思わず固まるシキ。
(何故、か……聖軍が攻めてきたから? フレアが殺されたから? 聖軍、引いては俺のせいで何千、何万もの人間が死んだから? ……違う。俺はただ売られた喧嘩を買っただけ。俺の〝敵〟として立ちはだかったから殺す。例えその中にライやマナミがいたとしてもっ……)
そう思い、言葉を返そうとしたところで聖騎士ノアとレーセンの顔に僅かばかりの焦燥があることに気付いた。
(焦ってる……のか? こいつら、上手くやれば俺を殺せるのに何で焦って……っ、待てよ……? ……そうだっ、ライだっ。俺にだけタイムリミットがあると思ってたが……あいつが町に行ったんならあの惨状を見た筈っ、レーセンがそれに気付いた上で追及を逃れる為に、あるいは聖騎士ノアの救援を優先し、わざと置いてきたんなら……ライの参戦までのタイムリミットは俺の制限じゃなくっ……!)
レーセンは聖騎士ノアとその護衛、『聖歌隊』がやられているという伝令に加え、シキが起こしていた戦闘音に焦りを覚えて転移魔法で戻ってきた。
それまで町の対処に追われていた部下を引き連れ、町に向かっていたライと入れ違いになる形で、だ。
現在の町とその周辺はジンメンと聖騎士達の強行突破によって沢山の死体に溢れている。
子供から大人、冒険者や貴族に至るまで町に残っていた者達の死体だ。聖軍が何らかの処置を施していなければ死体はそのままである可能性が高い。
ライがその光景をどう思うだろうか。
ジンメンが放つ即死胞子で死んだ者達については事前に情報を得ている為、悔しさか悲しみ、怒り、それらに近い感情しか浮かばないだろう。その光景だけならば正義を謳っている聖軍が起こした惨劇だとは夢にも思わない。
ならば、魔法で生き絶えた者達は?
先程シキが焼かれ、貫かれ、潰され、斬られたように魔法では目に見える形で人為的なものによる被害であるとわかってしまう。
ともすれば流石のライでも疑念が浮かぶ。
何故魔物以外に魔法で死んでいる者達が居るのだろう、と。
(魔法の光ってのは目に付きやすい。移動中でも見えていたジンメンを攻撃している筈の光が町民にも向けられていたと知れば、あいつは必ず戻ってくる。奴には《気配感知》があるから町の中心まで行けば町全体の生存者確認も容易いし、移動スキルも充実している。早ければ【紫電一閃】を使ってでもこちらに来るだろうな)
ライの固有スキル【紫電一閃】は一瞬だけ自身の身体を電気に変える力だ。
直進的な動きしか出来ないが、その瞬間だけ雷の速度で移動出来る為、下手をすれば気付いた時にはこちらに居る、ということすらあり得る。
聖騎士ノアの盾を使った突撃を疑似縮地で避けた瞬間、既に後ろにはレーセンが回っており、長剣が両脚を斬り落とさんと振りかぶっていたので残った片足を地面に当てることで体勢を崩しながらも空中一回転で横凪ぎを躱す。
直ぐ様、体内に残る魔力をかき集めて何とか背中から魔粒子を噴射し、着地したシキは荒くなる息を必死に整えながら思考を続けた。
(ちっ……今ので完全にガス欠っ……!)
(飲み過ぎて効果は薄くなってるだろうが、ないよりマシだっ、魔力回復薬!)
(マナミはっ……昏睡状態だったんだ、持ってる訳ねぇよなっ!)
(クソっ……対して聖騎士ノアとレーセンは町の状態を見られた上にマナミを人質に取られている現状でライが来れば不利になるとわかっているから焦ってる。最悪、町に関しては『ジンメンの胞子が舞っていたせいで調査出来ず、生存者の確認を怠って攻撃してしまった』とか何とでも誤魔化せるが、マナミという人質はアウトだ)
聖騎士ノアとレーセンの立場から見ればマナミは再生者という便利かつ強力な駒の一つに過ぎない。
シキに友人という人質が通じなかったように、聖騎士ノア達にも再生者という人質は通用しないのだ。
聖騎士ノア達とは違い、立場や状況的にシキが人質として利用する過程で少し傷付けるくらいなら然程問題にはならないが、もしマナミを殺してしまえば次に死が確定するのは彼だ。シキにはマナミに頼る以外の回復手段がないのだから。
故にシキはマナミを人質として使わないし、使えない。
一方、聖騎士ノア達はマナミに直撃させないという細心の注意は必要なものの、生き残る為にシキが必ずマナミを守ろうとすることを知っている。二人が幾重にも攻撃を重ね、部下には属性魔法による援護を指示したのは間違ってもマナミを失うことはないと理解していたからだ。
とはいえ、もし万が一マナミに直撃し、殺してしまった場合のことを考え、マナミごと殺してしまえという指示は出さなかったのだろう。
そして、だからこそ。
だからこそ聖騎士ノアとレーセンは焦っている。
両陣営が互いに扱いに困っている回復役はライにとって最愛の人なのだ。
客観的に見れば、聖軍からマナミを守ろうとするシキという図だ。
ライがその場に居合わせれば疑心が生まれるどころの騒ぎではなくなる。
シキがライとマナミが町に来れば聖軍は止まると予見したにも関わらず、聖軍が攻撃を止めないのは自ら『ジンメンに襲われている、手遅れだ』という大義名分を作り出したからだ。
その上でライ達に待機命令を出していた。ライ達が町の状況を知らないが故に町は攻撃された。
しかし、ライは既に町のことを知っている。
謂わば、ライにはもう聖軍に対する疑心が生まれている状態。そんな状態でマナミを守ろうとしているシキを見れば。これまで散々、自己の感情だけで凄まじい行動力を発揮していたのだ。聖騎士ノア達がどんな言い訳をしようと、ライが問答無用で斬りかかってくることも想像し得る。
「っ、ノア様っ!」
「わかっていますっ」
レーセンが再び攻撃に加わり、苛烈なコンビネーションで追い詰めてきたと思えば魔法の輝きが視界に入り、二人が瞬時に横に跳ぶ。
その後ろから迫っていた属性魔法は球や弾丸のような形状をしたものばかりだった。狙いはシキの腕や脚と徹底している。
「巧いなっ、聖軍ッ!」
一部にちらほらと頭部を狙ったものがあったのでシキは咄嗟に両腕を盾にして脳を守った。
「ぐぅっ……!」
今日だけで何度目かになる腕がぐちゃぐちゃになる感覚に苦悶の表情を隠しきれなかったシキだが、チラリとマナミに目を向け、怪我がないことを確認すると炎で造られた短槍に貫かれた右脚と岩の塊をぶつけられた左脚を天秤に掛け、右脚の方で地面を蹴り、距離をとる。
「ユウ、君っ……止めっ、止めてっ……ノアちゃんっ、攻撃を止めさせてっ……!」
薬物が『抜』けきっていないせいか、先程より幾分か弱々しくなったマナミに対し、シキは固有スキルを使ったまま後ろへ下がり続ける。
(俺の炎と目玉の痛みで起きただけで時間が経って眠くなってきたのかっ……こいつらマナミに何を使いやがったんだ!)
「頼むから固有スキル切らせるなよマナミっ、俺が死ぬっ!」
「わかっ、てるっ」
しかし、シキが回避と防御に集中する筈もなく、全回復した両腕を使って属性魔法が直撃した際に運良く飛んでいかなかった二振りの鞘から長剣を取り出すと斬撃を飛ばして応戦する。
聖騎士ノアとレーセンは当然のように避けるが、詠唱に集中していたらしい聖騎士達の数十人は一瞬で帰らぬ人となった。
「ゆ、ユウ君っ!? 止めてっ! 殺さないで! これは何かのっ、何かの間違いだから!」
「俺が攻撃されてる時は静かになるくせにっ!」
「違うよ! 何も殺すことはっ!」
「馬鹿がっ、殺そうとするってことは殺されても文句は言えねぇんっ……だよッ!!」
人の〝死〟に何を思ったのか、目を見開いたマナミに言葉を返しつつ、《狂化》のお陰で初撃とは比べ物にならない威力の斬撃を放つ。
聖騎士ノアは避けきれないと判断したのか、盾を前に出し、レーセンは《縮地》で宙へと逃れるが、やはり後ろの聖騎士は真っ二つになっていく。
「クハッ! クハハハハハッ! 良いなァこの回復力ッ! さっきのお返しだ聖騎士共ォッ! 受け取れやあああああっ!」
振る度に折れ曲がる両腕を交互に使うことで斬撃を飛ばした瞬間に片腕が治り、治った片腕が折れた次の瞬間にはもう片方の腕が治りと延々と繰り返される暴力の嵐。
衝撃を殺しきれず盾を構えたまま吹っ飛んでいく聖騎士ノアを狙い、ただ前方にだけ放つのではなく、周囲を牽制する為にも全方向へ飛ばされている。
いつの間にやらの数を半分程度にまで減らしていた聖騎士達には目もくれず、《空歩》と《縮地》で真上から斬りかかってきたレーセンの長剣を一瞬だけ《狂化》を切った腕で受け止めると、シキの両脚は地面にめり込んだ。
「何っ!? ええいっ、この化け物がぁっ!」
「黙って死ね盲目ジジイッ!」
シキの長剣に受け止められたレーセンの獲物は一撃で刃が欠け、それに気付いたレーセンはシキの眼前の空を蹴って離れる。
それを狙い、腕が折れない程度に弱めた威力の斬撃を飛ばすが、シキの予想通り、また《空歩》で躱された。
(どうなってやがるっ!? 何で奴にスキル頭痛が来ない! あそこまで連続で使えばライでもっ)
瞬間、マナミを無視するかのような殺傷力を持つ属性魔法が飛んできたので腕と脚を捨て、急所に当たる魔法だけを的確に長剣で弾く。
斬ってしまえば霧散はするだろうが、形状や聖軍のこれまでの厭らしさを考えれば爆発する可能性もある。
目や耳が潰れれば致命的な隙が出来てしまう。必然的に弾くしかなかった。
「ちっ、くしょうがああっ!」
『火』の球が右肘に直撃し、やはり爆発したせいで、その先が長剣ごと吹っ飛んでいき、片目を潰された苦い思い出のある『氷』の針を腹や脚に生やしながら属性魔法を弾く続ける。
「……成る程っ、貴様の殺し方がわかったぞ!」
「テメェっ、一々声が煩ぇんだよッ!」
「私もっ、わかりましたっ」
『氷』の針が刺さりながらもギリギリで致命傷と即死を避けるシキの姿からヒントを得たのか、地面に着地し、再発火したレーセンと戻ってきた聖騎士ノアは目配せをすると、一気に後退した。
「ちぃっ! マナミッ! あいつら回復させんの止めろっ! 死にたいのか!?」
胴体と首が泣き別れていた聖騎士や臓物や脳の汁を撒き散らしていた聖騎士だけに留まらず、大火傷をしているレーセンと欠けた長剣、聖騎士ノアまでも回復させる【起死回生】に思わず舌打ちをするシキ。
しかし、マナミも負けじと言い返す。
「ダメだよっ! そんなことしたらもっと死んじゃう人が出る! ユウ君っ、もう止めてっ! この黒いのも外して!」
心優しいマナミからすれば殺意に満ちていると言っても大多数の人間が命を落とす光景はとても許せるものではないのだろう。
だが、シキが優しいにも限度があると怒ってしまうのも無理はない。
どうやら人間は真っ二つにしてもある程度の時間は生き延びることが出来るらしく、マナミの温情のせいで即死を免れたかなりの数の聖騎士達が立ち上がろうとしている。
幸い、自分達の下半身や仲間の臓物に気を取られているのか、攻撃を仕掛けてくる様子はないが、〝敵〟すら【起死回生】の対象になってしまうのでは厄介極まりない。
「出来るかっ、全員皆殺しだ! ぶっ殺してやるっ!」
「何でそこまでっ!」
「わからないんなら黙ってろッ!」
「だからユウ君には何も言わずに皆を治してるんでしょっ!?」
他人の〝死〟とシキへの反感で意識を保っていたマナミは薬物が少しずつ『抜』けてきたらしく、調子を取り戻している。
〝敵〟の数が減らないのは不愉快ではあるものの、マナミに固有スキルを使わなくて良くなるという事実はとても良い。
その意識を少しでも戦闘に持っていける。
それに……
「……クハッ。いや……そう、だな……奴等を治したいんなら勝手に治してろマナミ。こうすりゃっ、どうせ意味はねぇんだからなッ!」
上半身と下半身に別けさせて即死しないのなら首を跳ねれば問題はないと言わんばかりに適当に飛ばしていた斬撃を聖騎士達の首付近に狙いを定めて放ってみれば残るのはやはり物言わぬ死体達のみだった。
稀に生き残る者も居るようだが、首を跳ねられても即死しない運の良い者達は仲間達の血飛沫を浴びて動けなくなっている。
兜や鎧という装備は防御力を高める代わりに俊敏性を死に、液体に弱くなる性質を持つ。
兜の中に血が入れば何も見えなくなり、外さざるを得ない状況に追い込まれる。
鎧で言えばある程度は防げるが、頭から血を被れば嫌でも鎧の中に入ってしまう。
只でさえ身体が重く、視界が狭まるのだ。
目は見えなくなり、密封され、発汗している身体は生暖かい血で包まれるとなれば大抵の者は動けなくなるというもの。
シキの攻撃がそれらの防具で防げないのも問題だろう。
そのせいか、偶々生き残った者達は抵抗を止め、必死に仲間達の死体に身を隠している。
「誰だって死にたくねぇよなァッ! クハハハハハッ!」
「そ、んなっ……」
マナミに出来る最大限の抵抗は無駄に終わった。
聖騎士ノアとレーセンが後退し、余裕が出来たシキはその事実に再び高笑いを決め込んだ。
◇ ◇ ◇
「異世界人と魔族の馬鹿げたステータスで《狂化》、それに耐える武器と再生者の力……単純な力押しがここまで厄介だとは……」
「しかし、弱点はありましたな」
たった一振りで大量の部下が死んでいく光景に目を細める聖騎士ノアと歯噛みをしているレーセン。
二人が見ていたのは部下の死やマナミの抵抗、シキの高笑いではなかった。
『氷』の針に貫かれ、今も尚、血が滲んでいるシキの腹部と脚。
【起死回生】は障害物を無視することが出来ない。
ただの傷や欠損なら治るが、何かに貫かれ、刺さったままの患部は効果対象にならないのだ。
「今までの傾向を見るに、《直感》で即死だけを避けているのでしょうね」
「やはり奴の《直感》は奴自身の死に……?」
距離があるからか、時折飛んでくる斬撃を余裕で躱しながら互いの認識を共有していく二人。
「間違いありません。その炎のこともあります。アレは死を恐れている」
「くっ……で、ですが、奴は一度死を覚悟したような素振りを……」
確信を得たように、自信に満ちている聖騎士ノアが現在進行形で紫色の炎に包まれ、苦しんでいるレーセンにチラリと目を向けた。
「……偶然でしょう。あの状況に陥ったからその境地に至れたまでのこと。死なないと油断している今なら……」
「では急所と再生者殿を狙わず、致命傷になり得ない箇所を集中して狙いますか」
「ええ、号令はお願いします。……私の《直感》が勇者ライの移動を告げています。時間がありません」
「はっ、承知しました!」
レーセンとの会話が切れた直後、聖騎士ノアは詠唱を開始した。
マナミは【起死回生】の効果範囲を自身を中心に回転させているのか、一定のタイミングで治るレーセンや聖騎士達の身体に何処からか聞こえてくる「身体がっ、目がっ……治ったぞおぉっ!! ゥアイッ! ゥアイはどこだああああっ!」という雄叫び。
レーセンはマナミの粋な計らいと仲間の声に苦笑しつつも身体を蝕む凶悪な火を見つめると小さくぼやく。
「全く、あやつは……纏わりつく炎、ほんに厭らしい魔法じゃな」
数秒後。
レーセンはすぅと空気を吸い込み、最大限に声を張り上げた。




