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闇魔法の使い手  作者: 葉月 縷々
第3章 冒険者編
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第110話 笑面夜叉

すいません、遅れました。

後、グロ注意です。



「ぐあああああっ!?」



 レーセンですらもがき苦しむ中、シキはマナミの上に倒れ込み、死にたくない一心で固有スキルを使用していた。



 【抜苦与楽】の能力でマナミの身体から害のある物質が『抜』けていることを感じとると、放った張本人をも襲う地獄の業火に身を包まれながら唯一動かせる首で必死にマナミを揺すった。



「マ゛ナミ゛っ、マナ゛ミ゛ぃっ……っ! 起きでっ……ぐれぇ……っ! ぐっ、あああっ……熱ぃっ……痛いぃっ……!!」



 刻一刻と減っていく自身の命。恐らくHPの値は一割を切っているだろう。

 腕は無くなり、脚も動かない。唯一動かせるのは首だけ。魔力も尽きた。



 既に紫色の炎はシキの身体からマナミに燃え移っており、マナミが目覚めなければ聖騎士やシキだけでなく、マナミも死んでしまう。

 魔族化直後ならまだしも、数ヶ月経った現在ではマナミに恨みなどない。あるのはマナミだけは信じてくれていたというすがるような気持ちだ。



 彼女の中の理想像とシキの実態がかけ離れていたからか、一時は不仲になったこともあったが、ジルやムクロのように自分を恐れず、日本に居た頃からの友人として接してくれていたマナミを殺しかけている。



 その事実はどうしても焦りを強くしてしまう。



 (早くっ……早くしないとお前も俺もっ……起きてくれよマナミっ!)



 発狂のせいで、回らない頭を何とか働かせ、揺する。



 鎧や兜を溶かすだけあって、シキとマナミ、近くで燃えているレーセンは既に皮膚が焼け爛れ、目玉や鼻、喉などが所々焼け潰れている。

 流石のレーセンでも戦場で数百人の仲間諸とも火だるまになった経験はないらしく、止めを刺そうとシキの元に来たりはしていない。鼻と口が溶けて呼吸が出来ず、魔法が使えなくなったことにパニックになっているのだろう。



 しかし、だからといってどうということでもない。



 シキの四肢で残っているのは折れた左脚と感覚の途切れた右脚だけであり、言ってしまえば被弾のない首しか動かせないのだ。せめて腕が残っていればもっと強く揺らせたのに……と裂けていた頬が焼けて傷口が広がり、歯茎や血塗れの歯を丸出しの状態で歯噛みしながらマナミに顔を当てるシキ。

 レーセンと同じように顔のパーツが全て溶けているが、幸か不幸か、裂けた頬から呼吸が出来、話すことも出来る。そして、マナミの体内からは『睡眠障害を起こす害物質』というワードで『抜』いているので、死んでしまう前に起きる可能性は十分にある。



 だが、遅かったようだ。



 体力も尽きたのか、シキの動きは非常に遅くなっており、もう首を動かす力さえまともに残っていないのがわかる。

 『抜』き始めて一分も経ってない。マナミが起きないのもわかるが、シキからすれば自分どころかマナミ自身の命に関わることだ。必死に動かなくなってきた首を動かし、マナミを揺らし続ける。



 (嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だっ!! 死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくないっ!!)



 人間が人間足る所以である理性は消え失せ、生存本能と生への執着のみで動いているシキ。

 それでも、マナミに目を覚ます様子はない。



 このままでは絶対に起きないと《直感》で感知したシキは一瞬の葛藤の後、ある行動をとった。



 最早、手段を選んでいられないと額から生えている黒い角をマナミの瞳に突き刺したのだ。



 深々と突き刺さる角。

 静かに溢れ、流れる血。



 両目が潰れているので理解していて行ったのか、偶然だったのかは不明だが、眼球はシキが最も痛いと感じた部位だった。とはいえ、その痛みは他の部位を喰われながら味わったものだ。気を取られる痛みが他にあるのならばある意味軽減されたものと言える。それでもシキが死んだ方がマシと思うほどだ。あくまで少しだけ、という範疇を出ない。



 しかし、マナミはどうだろうか。

 全身が溶けるほど焼かれているものの、鋭利な角を人体の急所に突き刺された。一点にほぼ集中している激痛という点ではシキの痛みを越えている。



 痛覚は生物の殆どが持つ機能だ。痛みや怪我がなければ生物は危険を感知、あるいは覚えることも出来ない。

 謂わば痛みは自身の身に危険が迫っている警告なのだ。その痛みがシキの味わった生き地獄と相違ないものであれば。例え薬物に苛まれていようとマナミの意識が表面化するのも当然と言えた。














 ◇ ◇ ◇



 シキの角が眼球に刺さった瞬間、マナミの身体はビクンッと強く跳び跳ねた。



 (……ぇ……? ~~っ、あああああっ!!? 熱いっ……痛っ……痛いいっ……!)



 内心の絶叫に遅れて悲鳴が上がる。



 (え? えっ、何っ、何なの!? 目がっ……目が痛いっ! 身体が熱いっ!?)



 マナミは何が起きているのか、全くわからなかった。



 遠くから聞こえる甲高い悲鳴も瞳の痛みと全身を包んでいる熱の前には気にならない。

 ましてや、それが自分の声だとは思わないだろう。口が溶け、ほんの一部しか役割を果たしていないのだ。声が変質するのも無理はない。



 それでも、咄嗟に【起死回生】を使ったのはシキと同じように生存本能からか。



 しかし、ダメージが全て無くなる筈の固有スキルを使っても痛みは治まらない。

 当然だろう。紫色の炎も瞳に突き刺さる角も取り除かれていないのだから。



 (何が起きてっ……えっ……? 目が見えない……何か、刺さって……)



 焼けていた皮膚や溶けた一部が元通りになり、再び同じように傷を作る中、マナミはシキの存在に気が付いた。



 両腕が無く、溶けた顔の肉が魔物のような仮面に付着している不気味な鬼の姿に思わず悲鳴を上げるマナミ。



「きゃあああああっ!? だ、誰かっ、助けてぇっ!!」



 どんっ、と強く押されて角が抜け、軽く吹っ飛ばされたシキは腹を貫通しているレーセンの長長剣で地面に縫い付けられ、完全に力尽きた。



 一方で再生を阻害するシキの角がなくなったことによって瞳も元通りになったマナミは奇しくもシキが味わった生き地獄に近い拷問を受けていた。

 幻想的な輝きを放つ超高温の炎は地面に身体を擦り付けようと身体を叩こうと勢いが弱まる様子すらない。



「熱っ、熱いい! 熱いよぉっ……! ライ君っ、ライ君! 助けてぇっ……!」



 己の固有スキルのお陰で死ぬことはない。

 代わりに生きたまま焼かれ続ける。



 喰われる方が苦痛か、焼かれる方が苦痛か。

 それは実際に体験した本人にしかわからない。



 だが、化け物染みた精神力を見せていたシキが他人に助けを求め、幼児退行し、最後には発狂した拷問だ。マナミも同じように何らかのアクションを起こすのは当然の帰結。



 シキの場合は手段を選ばず、上記の行動をとった。

 命が懸かれば人はプライドを捨て去る。それが人として普通の反応なのだろう。でなければ人を信じず、自分の中で全て完結させてきたシキがライに助けを求めた理屈が説明出来ない。



 そして、マナミもまた同じだった。

 違ったのは助けを求めた相手だろう。最初は最愛の恋人だった。しかし、最後に出てきたのは……



「ライ君っ……ライ君…………ゆ、ユウ君! ユウ君、助けてぇっ……熱いっ、ぐすっ……熱いよおぉっ……!!」

 


 過去に助けてもらった相手だった。



 次の瞬間、絶叫に近い形で名前を呼ばれたシキはピクリ……と反応した。



「あ……ぅ……ぁ……あ…………が……」



 地面に倒れたまま裂けた頬から出てきたのは言葉ではなかった。

 誰がどう聞いてもうわ言や唸り声の類いだろう。



 赤の他人であれば確実に無視したであろう言葉にならない叫び。その上、マナミは全身が溶けるほどの炎で焼かれている。普通であればそもそも気付かないくらいの呟きに等しい叫びだ。



 しかし、それを上げたのは他でもないシキ――ユウ=コクドウのものであり、マナミが心底から求めた人物の声である。

 例え絶え間ない熱と痛みに襲われていようと、ライとほぼ同列に慕っている友人の声を聞き間違える筈がなかった。



「ユウ、君……? もしかしてっ……ユウ君なのっ!? そ、そんなっ……何でこんなっ……」



 髪が散り、肉が溶け、服が燃え、全てが元の形状に戻る。

 何とも不思議な光景の中、マナミは苦痛に顔を歪めながらも驚愕し、困惑した。



 ライやミサキと盗賊の捕縛中に意識を失い、気付いた時には目玉を抉られており、全身には火だ。挙げ句に自分達の目の前で『付き人』(化け物)に連れ去られ、生きているかも怪しかった友人が瀕死の状態で倒れているときた。

 ミサキが怒りによって痛みを忘れたように、シキが〝無我の境地〟で〝死〟を克服したように、マナミは驚愕と混乱で自分が燃えていることを忘れた。

 


 だが、シキに残された時間はもう数分もない。

 〝死〟を《直感》したシキは最期の死力を振り絞って声を張り上げた。



「ぐあああぁぁっ……! ま、マ゛ナ゛ミ゛ぃっ……助げでっ……! 俺っ、死にだぐな゛いっ……!」



 少し前まで同じ言葉を鼻で笑っていたシキの醜い命乞い。



 本来の場所からではなく、頬から出ているからか、その声はその醜さを強調しているかのようだ。

 同郷であり、元とはいえ仲間だったミサキを拷問し、ゥアイと共に人質として利用するだけしながら二百人以上もの命を奪っておいて自分だけは助かりたいという醜悪な姿。



 しかし、シキに気付くまで生き地獄から逃れようと必死に悶えていたマナミは彼が何を行ってきたのかを知らない。

 周りで自分と同じように苦しんでいる者や既に焼け死んでいる者が居ることにも気付かない。



 ただ、助けを求めた相手が目の前に居る。

 その事実しか理解出来なかった。



「ひ、酷いっ……待ってっ、す、直ぐ治すから!」



 全身を包む炎のせいでまともに目も開けられない中、マナミは先程突き飛ばした瀕死の鬼がシキ――つまりはユウであると完全に認識した。



 否、してしまった。



 そのことに気付いたレーセンは「それだけはダメだ!」という使命感、あるいは焦燥感で苦痛を捩じ伏せ、シキに止めを刺すべく《縮地》で肉薄する。



 瞬間移動とも言える神速の移動スキルは身体を包む炎をその場に置いていき、一秒すらない短い間に再びシキの元へと辿り着かせた。



「ぐうぉおおおおあああぁぁぁっ……!!」



 絶叫とも怒号とも取れる声を上げながらシキの腹部を貫通している長剣を掴んだ次の瞬間。



 シキの後方で事切れていた聖騎士達がみるみる内に元の姿に戻っていった。

 炭と化していた身体や黒焦げになっていた肉は再生し、燃え尽きていた手足は草木の成長を早送りしたかのように生えていく。その上に衣類、鎧に兜と少しでも原型を留めていた装備すら修復され、姿を現す。



 それだけではない。

 近くに倒れていたミサキやゥアイ、レーセンまでもが傷も無ければ火傷の痕も無い状態へと戻った。



「なっ……」



 感知系スキルでそれらを察知したらしく、全快したレーセンはその効果範囲と効果速度に絶句する。



 イクシア含めた各国の即席連合軍とオーク魔族のゲイル率いるオークの軍勢による戦争後、ありとあらゆる被害を修復、再生したからか、マナミの【起死回生】はレベルが上がっており、効果範囲が一気に拡大され、使い方も応用が効くようになっていた。

 これまでの、『意識した場所に半径三十メートルの円形の完全回復領域を作り出す』という力から『意識した場所に百メートルまでの任意の形状の完全回復領域を作り出す』というものへと昇華したのだ。



 今回で言えば円形ではなく、針や三角形のような尖った形状の領域を作り出した。



 当然、速さを意識した【起死回生】はシキを越え、レーセンやその他の人間をも治す。

 その結果として、シキの後方百メートル弱に存在する全ての物体が元の形状に戻った。



「し、しまったっ……ええぃッ!!」



 そうこうしている内にボッ! と再び紫色の炎に包まれたレーセンが自身の状態を忘れたように一瞬硬直するものの、直ぐ様握り締めた長剣に力を込める。



 今も尚、倒れたままのシキを貫いている長長剣が腹部から無理やり胸部に移動させられ、巨大な線を描いていく。



 内臓も骨をも無視した軌道に遅れてゴポゴポと赤黒い血を噴き出すシキの胴体。



 長剣の切れ味と聖騎士としての高いステータスに物を言わせて腹から鳩尾付近に掛けて裂き、やがて心臓に達するかと思われた瀬戸際で。



 何者かの腕に刀身を掴まれ、止まった。



「っ!?」



 【起死回生】の効果が維持されている為、先程のマナミのように燃え、傷付いては再び治っていたレーセンは思わず息を飲んだ。



 貫かれ、焼き潰れていたシキの両目は完全に再生を終えているにも関わらず、閉じられている。



 が、静かに掴まれた刀身は微動だにしない。



 手のひらや指が長剣に食い込み、流血している。



 それでも刀身を握る左手に込められた力は弱まる気配すらない。



 人体の内側をこれでもかと覗かせていた線が塞がれ、溶けていた身体ももげた右腕もひしゃげ、穴を作っていた両脚も全ての傷が無くなった。

 


 レーセンが視線だけをずらして見てみれば、刀身を握り締めているのは無くなった筈のシキの腕だ。

 手甲ごと斬り落とされたからか、装備していた筈の黒銀の手甲はない。が、確かに欠損していたシキのものだった。



「き、貴様っ……!」



 瞑目していても腕が動いているのだ。シキに意識があるのは一目瞭然。



 レーセンは瞬時に長剣から手を離すと、凄まじい速度の手刀を落とした。

 明らかに何らかのスキルが使われた手刀は勢いも相まってさながら本物の短剣を振り落としているかのようだ。



 しかし、それも掴まれた。

 他ならぬ、シキの右腕によって。



「ぐぬぅっ!?」



 メキメキィッ……ゴキャアッ……と何かが握り潰された直後、シキの顔に夥しい鮮血が掛かり、燃えたまま殺気を撒き散らしていたレーセンの顔が一瞬で蒼白になった。



「ユ、ウ……君……?」



 何故シキ(ユウ)が瀕死だったのか。

 何故レーセンがシキ(ユウ)を殺そうとするのか。

 何故シキ(ユウ)が自分に対して何の反応も示さないのか。

 何故シキ(ユウ)()()()()()のか。



 マナミは全てがわからなかった。



 レーセンやマナミからすれば永遠、あるいは時が止まったかのようにも感じる数秒、はたまた十数秒の時を経て。



「……………………………………クハッ……クハハッ……ぶくくくっ……クハハハハッ……! クヒッ、クヒヒヒヒッ! クヒャヒャヒャヒャヒャっ!! あははははは! はーっはっはっはっはっ! フハハハハハッ!!!」


 

 シキは口元に浮かんでいた笑みを深めると、高笑いを始めた。



「ははははははははっ!! あひゃひゃひゃひゃっ! 」



 不気味な。



 それはもう不気味な笑い。



 何かの病気なのではと思うほどの狂気を感じさせるバカ笑い。



「………………えっ?」



 混乱の極みに達したマナミが声を発したその時、レーセンの長剣を掴んでいたシキの指が斬れ、ボトボトと落ちた。



 力を入れすぎたのだろう。



 しかし、激痛に襲われた筈のシキの笑いは止まることはない。



「あはははははははははははははははっ!!!」

「っ……」



 絶望と恐怖を含んだ表情でレーセンが後退りする。



 瞬く間に新しい指が生え、再びレーセンの長剣を掴んだ。



「………………っ!? ゆ、ユウ君っ……!? ダメっ、掴まないでっ! また指がっ……」



 未だ嘗て見たことのない規模の爆笑に空恐ろしさを感じていたマナミはその光景にハッとすると、再び刀身に手を食い込ませ、血を流すシキを止めるべく一歩を踏み出した。



 その一歩を引き金にしたかのように。



 シキの両目がカッと開かれた。



 力強さを存分に含んだ紅い瞳はこれでもかと輝いており、生気に満ちている。

 【起死回生】の効果によって失明した後遺症がある筈もなく、焦点は合っており、固まっていたレーセンを素通りすると青い顔をしていたマナミを捉えた。



「ユウ君っ……」

「……………………」



 マナミがそれを自覚し、声を掛けた途端、ピタリと笑うのを止めた。



 そして、地面に縫い付けられたままマナミに右手を伸ばす。



「痛い思いをさせた。……悪かったな」



 そんな言葉と共に開かれた手のひらから黒い影のようなものが放たれた。



「っ……!?」



 靄のようでいて、霧のような黒い〝闇〟――〝粘纏〟――に飲まれ、再び姿を現した時、マナミを包んでいた紫色の炎は消えていた。



「え……? あ、熱くない……? ひ、火がっ……消え、た……?」

「やっぱりか。〝粘纏〟の性質を持ってるなら同じ方法で『剥がせる』と思った」

「え? え? ど、どういう……こと? ……え?」



 両手を何度か開いたり閉じたりしながら炎が消えたことを確認したマナミが自分とシキを交互に見る。



 そんなマナミを無視するかのように納得したシキはムクリと上半身を起こすと全身から〝粘纏〟を放出し、自身をも焼いていた厄介な炎を消した。



 そうして肺付近にまで達していた長剣を抜き、くたびれたように身体を伸ばしながら悠然と立ち上がるシキ。



 貫通していた異物が乱雑に抜かれ、噴き出すように出血するが、直ぐに塞がれ、傷痕すらも消える。



 混乱しながらも【起死回生】の力は消えていない。



 マナミの性格を表すような優しい心意気にふっ……と優しい笑みを浮かべたシキは両手を広げ、徐にマナミを抱き締めた。



「マナミ……ありがとう。本当に、助かったっ……死ぬかと思った……今度こそ……本気で……」

「ちょっ、ユウ君っ……ぁ……んっ……え、えへへ……どう、いたしまして? ねぇ、ユウ君……な、何があったの?」



 首もとに埋めるようにして顔を押し付けてきたシキ(ユウ)に対し、くすぐったそうに、そして、嬉しそうにはにかみながら訊くマナミ。



 状況は読めないが、シキ(ユウ)に会えた。



 その事実はマナミの警戒を完全に解かせた。



 身体の力が抜かれた自然体で、それこそライが自分にするような、愛しいと心の底から思っていると思わせる優しい抱擁に混乱していた頭も徐々に落ち着き、シキ(ユウ)の背中に手を回したところで……



 気付いた。



 シキ(ユウ)の後ろで燃え盛る炎に包まれて悲鳴を上げている聖騎士達の姿に。



 苦虫を噛み潰したような顔でこちらを睨んでいる聖騎士ノアに。



「へ? あの……ゆ、ユウ君……?」



 おずおずと上を見上げ、マナミの知らないシキではなく、ユウ=コクドウ……否、黒堂優の顔を見つめる。



 飛び出ている黒い角に合うようにして造られた魔物を模した仮面。



 視界確保の為に広がる穴の先に見えるのはマナミがよく知る鋭い目付き。

 その瞳は紅いものの、日本に居た頃のように優しさを含んでおり、後方の惨劇に気付いていないような様子すら感じさせる。



 しかし、その下。



 口元に広がっていたのは……



 狂喜と狂気に満ちた、裂けたような笑みだった。



「クククッ……」

「ひぁっ……」



 耳元で囁くように漏れた笑いに固まるマナミ。

 続けて聞こえてきた能面を思わせる感情のない、



「捕まえた」



 という言葉に。



 マナミは今度こそ震えた。



大変申し訳ないのですが、今回の話で書いては消して書いては消してを繰り返したからか、燃え尽きちゃった感があるのと仕事が繁忙期に入りつつあり、時間が取れなくなってきたので次話投稿は再来週になります。仕事も小説も脳が休養を欲して働いてくれなくて既に支障が……

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