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闇魔法の使い手  作者: 葉月 縷々
第3章 冒険者編
111/334

第107話 対峙

グロ注意です。

また、数話前にてミサキの目に何かしたような描写がありながら何故か直後からすっぽり抜けていたので修正しています。

一応、今話で説明しているので読み返す必要はないです。すいませんでした。



 《狂化》のせいで時折折れる脚にミサキが隠し持っていた回復薬をチビチビと掛けたり、飲んだりしつつ跳ぶこと数分後。



 シキは聖騎士達らしき人影が囲むテントを視認した。

 テントの周りこそ警備が居るものの、その数は少なく、後ろや下を見る限り殆どの聖騎士は出払っているようだ。



「あそこか」

「そ、そうですそうです! だから指から手を離しっ……いだあああぁっ!!?」

「煩いっ、耳元で騒ぐな。……ライとノアは?」



 上空なので声を潜めることもないと思ったのか、普通に叫ぶミサキの数本しかない指をポキポキとあらぬ方向へ折りながらマナミの場所を聞き出したシキは『雷』の希少な属性魔法が使えるライとレーセン達やミサキのように謎の物体から魔粒子を噴き出して飛べる術を持っている敵が居る状況で空に居るのは不味いと判断し、着地後、一番厄介な二人の所在を聞いた。



「わ、わからないわよっ! こんな距離でわかる訳……ぁあああああっ!!」

「どこまでも煩い女だなァ。よくもまあそこまで元気で居られるもんだ」



 先の戦闘で本当に盾にされたミサキは『火』の弾や『風』の斬撃、『土』の岩石と『水』の弾によって酷い有り様である。

 幸い頭部への直撃はなかった為、致命傷ではないようだが、ひしゃげた胸当てや斜めに入った大きな線はその悲惨さを強く物語っている。



 服が消し飛んでいることもあり、胸や腹部は丸見えになっており、腕に至っては脚と同じく潰れている状態だ。

 胴体も肌が晒されているだけなら兎も角、所々皮が剥がれて見えている肉に色気どころか吐き気を催してしまう。



 それでも顔を真っ赤にして怒り続けて抵抗するので短剣を抜き、刃先で胸の傷口を撫でてやる。



「ギャアアアアアッ!?」

「っと、揉んだ方が精神的に来たか? 悪ぃな、あまりにもグロいから揉む気にもなれなかったぜ。……あ? クハッ、おいおい……よく見りゃ乳房は兎も角、その先なんか失くなってんじゃねぇか」

「ああああっ、痛い痛い痛いぃっ!! わかったっ! わかったから! 何でもするし、何でもして良いから痛いのは止めてよぉぉ……っ!」

「マジで減らねぇ口だな。……最初から従っておけばそこまでの傷は負わせなかったものを」

「煩いバカぁっ……痛いっ……痛いぃ……!」



 どの道、精神的な攻撃は止めないシキに泣きながら懇願するミサキだが、役に立たないのでは《気配感知》を持っている意味もない。



 (こいつのこの怪我……前以て魔粒子を出す装備回収してて良かったな。危うく使い物にならなくなるところだった。こいつ曰くノアが『パヴォール帝国から流れてきた物』だと言って渡してきたらしいが……粒子や分子の存在を知らない現地人の奴等が魔粒子を使える厄介さはレーセン達に苦戦を強いられた俺がよく知っている。逆に言えばこの装備無しでも魔粒子を使える俺達(異世界人)に持たせれば戦力強化に繋がる……)



 と、そこまで考えてから軽く首を振り、『今』のことに集中するシキ。

 レーセン達やミサキが謎の装備を扱えるからといって、まともな事前情報や練習無しに扱えるとはシキ自身、到底思えなかった。



 (いや、先ずは終わった後より、終わらせることが先決か……とはいえ、この感じ……やっぱ一筋縄じゃいかねぇな。こうなったらマナミが起きてることを期待するしかない)



 神の使徒が互いを認識出来るように、シキは感知系スキルも無しにマナミが居るであろうテントの中に聖騎士ノアの神々しくも何処か禍々しい嫌な気配を感じとった。

 それは恐らく向こう側も同じ。



「俺が町に居ることを予め知っていてレーセン達を寄越し、殺せなかったから俺の行動を予測して先回り……逆の立場なら俺でも同じことをするだろうな。それに加えて……」



 聖騎士ノアが先手を打ったように、シキも聖騎士ノアがとる可能性のある行動を推測した結果、少しだけ焦りを覚える。



「ぐすっ、いたいっ……何でアタシがこんな目に合わなきゃいけないのよ……ライ、助けてっ……」



 表面上には出さず、そのまま()()()()()()()()布で覆われていない方の瞳からボロボロと涙を流すミサキにチラリと視線をやると、再びテントの方へと戻した。



 (このアホ女の話ではマナミが意識を失ったのは大分前。今の今まで起きないってのは不自然が過ぎる。何も無ければ良いが……)



 聖軍による薬物投与で昏睡状態に陥っているのではないかと疑いつつもシキは戦う用の長剣ではなく、人質による脅迫の為、短剣を抜き、テントへの歩いていった。















「待っていましたよ人類の敵。……いえ、異世界の『闇魔法の使い手』」



 ミサキの《気配感知》でマナミの位置がわかるか否かといった境目に辿り着いた瞬間、凍てついているような無表情に白い長髪の女騎士がテントから出てきた。



 (図ったようなタイミング……成る程。《直感》で爪斬撃による先制攻撃を察知したのか。……俺の《直感》とはどうも違うらしいな)



 月白のドレスに白い鎧……所謂、ドレスアーマー姿の聖騎士ノアは白い魔剣を腰に差しており、左腕には見たことのない盾が装着されていた。

 盾はこれまた白く、上下に尖った菱形気味の楕円形。使用者の身体を半分近く隠せる大きさの盾の中心にはかなり複雑な魔法陣があり、その以外に余計な装飾は見受けられない。



 (持つんじゃなくて腕にくっ付けるタイプの魔道具……じゃないな。防具に魔法陣があるってことはより強力な……盾型の魔剣と考えておいて良い……盾がある分、素手より動かし辛いから左手に短剣を隠し持っている可能性は低い。腰に他の武器はなく、隠し武器を納められる格好でもない。武器は恐らくあの剣のみ。防具はドレスアーマーと盾……問題は盾の効果と例の装備か)



 レーセン達やミサキが装備していた魔粒子を放出する謎の装備。

 やはりと言うべきか、この世界に似合わぬ文明を感じさせる銀色の円錐はそれぞれ踵と太股、背中に装着されていた。



「おや、だんまりですか? 貴方の目的はこの再生者マナミだと思っていたのですが」



 油断なく観察していると、聖騎士ノアは何処からともなくマナミをその手に取り出した。

 マナミには意識がないらしく、だらんと力無く倒れており、聖騎士ノアはそんな彼女の襟元を片手で掴んで持ち上げていた。



「……わかっているなら話が早いな。こいつらを死なせたくなければマナミを寄越せ。変な動きをしても殺す」



 (人間を手元に転移させる、なんて芸当が出来るなら俺の内臓やら脳ミソやらを転移させれば全て終わる。それをしないってことは何らかの条件を満たさないと出来ないか、ノアが転移させた訳じゃない。……如何にもサシに見えるこの状況ならテントの中に他の聖騎士が居ると考えるのが妥当か)



 いきなり現れたマナミに動揺することなく、ミサキの喉元に短剣を突き付けたシキは同時に思考を高速回転させる。

 しかし、一方で聖騎士ノアも臆する様子はない。



「盧獲されたという上級騎士ゥアイと勝手に出撃した【縦横無尽】のミサキですか。四肢が無く、隈無く焦げている身体……同じく四肢を使い物にならなくした上に片目ごと頭部を覆う布……目を潰したようですね。……そして、友人を人質にされても動揺や驚愕の色は無し、と。成る程……相変わらずの冷酷さと勇者ライが言っていた演技系のスキル……ここまで非人道的な行いをするくせに全く読めないというのは実に厄介なことです」

「お前が言うな、お互い様だろうが」



 ふむふむと能面のような無表情で頷いた聖騎士ノアの瞳が仮面に隠された顔ではなく、身体全体を下から上に盗み見ているのをシキは見逃さなかった。



 (ダメージの有無と腕の状態、装備を把握された……チッ、レーセンと同じでこれまでの相手とは違うか。本当に厄介な奴等だ)



 互いに同じ印象を受けつつも、シキは強気に出る。



「ライが居ない今、お前がとれる選択肢は限定される筈だ。ライからの信頼や協力を得られなくなれば困るのはお前らなんだからな」

「そうですね。確かにそれは困ります。困りますが……何故勇者ライの意思に重きを置いているのですか? 彼を信頼し、援助しているのは我々です。我々の援助を得られずに困るのは寧ろ彼……引いては元の世界に帰りたい異世界人なのでは?」

「あいつが帰れる保証のない魔王討伐にそこまで――」

「――それはどうでしょう。最近の彼は貴方のような魔族や魔王を憎んでいるようにも見受けられましたが」



 被せるような聖騎士ノアの言葉に〝揺らされた〟シキの脳裏にダンジョンの街、ケイヴロックでのライの発言が過った。



『俺達はどうしても魔王を倒さないといけないんです!』



 シキがまだユウ=コクドウとして活動しており、ライ達のレベリングを終えた直後、やり方が鬼畜過ぎると謀反を起こされた時のことだ。

 ライは魔王の情報を教えてくれとジルに頼んだ際、そんな発言をした。

 


 以前はシキやマナミと共に本当に帰してもらえるのかと疑問に思っていたライが、だ。

 そのお陰で『真の勇者』と『闇魔法の使い手』は自身の魔法スキルを使用すると、互いが憎く感じるようになってしまうという性質に気付けたのだが、今回の件で言えば恐らく聖騎士ノアは手遅れだと言っているのだろう。



 (確かにケイヴロックの時点であいつと俺は……)



 可笑しくなっていた。



 そんな思考に費やされた一瞬の硬直。



 聖騎士ノアはそれを見逃さず、畳み掛けてきた。



「それに、彼が再生者マナミを誰よりも大切にしているのは明白です。ならば名も知らぬであろう聖騎士と彼の一番になり得ない小娘一人の命など、比べるまでもありません。他の者なら兎も角、私にそのようなちっぽけな人質が通用すると考えない方がよろしいかと」

「っ……!?」

「……そこまで言うか」

「その程度の命、ということです」



 相変わらずの無表情で淡々と告げる聖騎士ノアにミサキは息を飲んだ。

 シキも折角の人質が意味を成さないのでは少し不味いと焦りを覚えるが、損得勘定のハッキリしているらしい白騎士は二人の存在を「その程度」と揶揄して返す。



 (聖騎士ノア……こいつ、俺やトモヨと同じで感情より、理を取るタイプかっ。……けど、このアホの話じゃ顔馴染みの筈……例え知り合いだろうと求める結果の為なら捨てられると……? ……こうも簡単に味方を切り捨てられる決断力……俺と似ているようでいて決定的に違う。この女……今この場において最も嫌な相手だ……!)



 シキが聖騎士ノアの元へ来たのはマナミ本人、もしくはマナミの力の恩恵を手に入れる為だ。

 ミサキやゥアイの存在が人質に成り得ると判断しての強行軍。そうと判断しなければ千人の聖騎士相手に()()()()殺しあいを望もうとは思わない。



 しかし、マナミの力で人質と自分の回復させることを前提に進んで来たのに、その人質が通用しないとなればとれる手段は限られる。

 だからといって人質を手放すことも出来ない。聖騎士ノアからすれば二人を救いつつ、シキを殺すことが最善なのだ。二人は救えずともシキさえ殺せれば良いという次善を選ぼうと、救えるのなら救いたい筈だ。



 (テント内に居るであろう聖騎士のせいでこいつらを投げ捨てるのは危険……あまり時間を掛けても転移魔法で数を揃えられる……転移出来る奴等相手に逃げ切ることなんて尚更不可能……不味いな……俺、本気で死ぬかもしれない……)



 自身の立場を理解したシキは忍び寄る〝死〟の気配に冷や汗を流し始める。



 聖騎士ノアはそれすらも見通したように言い放った。



「わかりましたか? 貴方はただ死ぬ為にここに来た。飛んで火に入る夏の虫……確か異世界にはこんな言葉がありましたね。魂の穢れた魔族風情が人を騙るからそうなるのです。大人しく裁きを受けなさい」



 (……どうするっ。どうするどうするどうする……! 不味いっ、考えろっ! 頭を回せっ! 俺の能力じゃ人質も無しに千人なんて相手出来ない……ましてや片腕だけでなんてっ……ならノアを人質に……いや、人質を見殺しに出来る奴が応援を呼ばない訳がない。前衛なら兎も角、魔法使いの数を揃えられた時点で詰む……逃走は論外っ……ヤバい……マジでヤバいっ……!)



 オーク魔族のゲイルと対峙した時とは違った緊迫感。

 しかし、シキを包むのは桁違いの絶望。ありとあらゆる手が通用しないと……どんな抵抗も無駄だと告げてくる〝死〟の予感だ。



 変な汗は止まらず、目が回る。

 ぐわんぐわんと視界が歪む中、まともな思考も難しくなっていく。



 ただ脳内にあるのは己の〝死〟のみ。



 (クソっ……クソクソクソぉっ! 俺がっ……この俺がこんなところで死ぬっ……!? 人質が居なきゃ何にも出来ないのかよっ! 馬鹿みたいに、何も考えず突っ込んだだけの死にたがりだってか!? クソっ! 俺に勇者並みの力がっ……才能さえあればこんな状況……っ! 俺はまだジル様にもっ、ムクロにも!)



 数時間前、ミサキに対して言った言葉が自分に返ってきた。



 因果応報。

 自業自得。



 そうわかっていても素直に死ねる筈がなかった。



 故にシキは覚悟を決めた。



「――んだ……」

「……はい? 何か言いましたか?」



 十秒近く固まっていたシキの口が漸く開く。

 が、あまりに小声だった為、聖騎士ノアは首を傾げた。



「言えてないんだよ……」

「…………」



 今度はハッキリ耳に入ったのだろう。

 シキの言葉に、その様子に、白い女騎士は口をつぐんだ。



「俺はっ……! まだあの二人に何も言えてないッ!! 俺を救い、守り、安らぎをくれたあの二人に……! 何も返せてないんだっ! 俺は……こんなところでっ、死ぬ訳にはいかねぇッ!!」



 短剣を納め、代わりにジャキンッ! と力強く長剣を抜いたシキはミサキが「ひっ!? や、止めてっ、アタシっ、死にたくないっ!」と悲鳴を上げるのも気にせず構えた。



「……愚かな。こちらには再生者マナミが居るということを忘れたのですか? 彼女の命が惜しくば、無駄な抵抗は……」



 しかし、相対する聖騎士ノアは目を細めつつも至って冷静にマナミを持ち上げ、人質として使おうとする。



「こいつらに価値がなかったように……マナミにも人質としての価値はない。……いや、逆か。マナミの場合、()()()()()んだ。マナミを殺せば困るのは俺だけじゃない。お前や聖軍が一番困る。ライの怒りの矛先は勿論、世界の均衡を崩せる『力』を自ら手放す馬鹿は居ない……違うか?」

「……………………」



 〝死〟を覚悟し、死ぬ気で生き残ると息巻くシキの出鼻を挫く筈の手はミサキ達という人質が通じなかったように、無駄に終わった。



 シキの言う通り、マナミの『力』は世界のバランスを崩すものだ。マナミ一人の存在で不死の軍勢を作れ、飢えない国を維持出来る。

 そんなマナミを殺せないのは自身の生と今この場においての不死状態を求めているシキ個人ではなく、全ての人族なのだ。



 神の使徒として、聖女・聖騎士として、世界を平和に導く役割を持つ一人として。



 聖騎士ノアはマナミを殺す訳にはいかない。マナミの損失は魔族や獣人族を滅ぼしたい聖軍や人族の国全てに待ったを掛けてしまう。



 加えて言えば傷付けることも絶対に出来ない。下手に嫌われては『力』を利用出来なくなる。

 そして、奴隷として強制的に従事させることも不可能。ライの存在というのは当たり前のことだが、相当に大きなものなのだ。



「熱くなっても冷静さを失わないとは……どこまでも嫌な相手ですね……!」



 初めて聖騎士ノアが〝感情〟を見せた。



 ギリッ……と歯軋りし、不快感を剥き出しにした生の顔だ。



 流れるようにマナミをその場に落とし、剣を抜く。

 右手の剣と身体を盾に隠すような構え。



 シキとしては有難いことに前に出てきてくれるらしい。



 (応援を呼ぶ様子もない……いや、もう呼んでいる可能性はあるか。虎視眈々と俺が隙を晒すのを待っている可能性も。だが、それを抜きにしても……有難いっ!)



 ニィッ……と口角を上げたシキは「それこそ……お互い様……だッ!!」と短く返した直後、ダァンッ! と地面を蹴って飛び出した。



「っ!?」



 《狂化》を使った疑似縮地は本物の《縮地》を思わせる力量を発揮し、瞬時に聖騎士ノアの目の前に辿り着く。

 目を見開き、硬直した聖騎士ノアの盾……に見せかけて脚を狙った横凪ぎは一歩下がるだけで躱されてしまった。



 ザンッ! と音を立てて空気を裂いた長剣を盾の端で抑え、前に出てきた聖騎士ノアはたった一歩の踏み込みとは思えない力強さの突きを放ってきたので、シキは長剣と左半身から魔粒子を噴出し、素早く一回転。そのまま位置をずらして突きを躱した。



 凄まじい勢いで回る世界で再び剣を振るったシキは初の感覚を味わった。



 剣も鎧も兜も盾も……全てを叩き斬ってきた長剣が聖騎士ノアの白い盾に弾かれたのだ。

 


 自身のステータスを大きく越えた速度、防御力の無くなった身体は直ぐに異常を訴えた。



 (くぁっ……!? この感じ……手首が折れたっ! 何だこの盾っ……! それに今の踏み込みも……何らかのスキルかっ!)



 とはいえ、斬れずとも衝撃は伝わったようで、聖騎士ノアは顔を若干歪めながらズササッ! と後退する。

 その隙に疑似縮地で後ろに下がったシキは残った最後の回復薬を開け、手首に掛けた。



「……ってぇな。何だその盾は……普通の盾じゃないな?」



 先程、聖騎士ノアが行った一度の踏み込みで小さなクレーターが出来ていることを確認しつつ、あくまで冷静に息を整える。



 ここまで濃密な〝死〟の予感はシキにも経験がない。

 その為か、たった一度の攻防で息が詰まってしまったようだ。



「貴方こそ……あの時よりも、報告よりも……強い。……《狂化》、ですね?」



 一方で聖騎士ノアも無表情を崩し、苦痛の表情で訊いてくる。

 盾を持つ左腕に生じた衝撃の痛みを覚えているのだろう。



 互いに本気という訳ではなく、様子見の一撃。



 しかし、受けた傷は認識を改めるに相応しいもの。



「ふーっ……余計な重りを背負い、左腕は使えない。必然的に魔粒子ジェットは影響を受ける……ウザってぇ……」



 ミサキ達を背負い直しつつ、器用にも折れた右手で剣を持ちながら取り出し、掛けていた回復薬が尽きるのを見届けたシキは手首の様子を確認し終えると、再び構えた。



「利はこちらにあるというのに……一撃で全てをひっくり返すことが出来る圧倒的な攻撃力と死を覚悟した特攻精神……恐ろしいものです……」



 聖騎士ノアは痛みのせいで戦闘に支障が出ると判断したのか、左腕に回復魔法を掛けつつ、構える。



「けどな……俺は死ぬ訳にはいかねぇんだよッ! 絶対に生きてやるッ!」

「しかし……引く訳にはいきません。絶対に殺します」



 攻撃力と気概しか勝っていないという、今だ嘗てない不利な状況で。



 シキの戦いは幕を開けた。



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