第106話 卑怯者
生きているのかも怪しい全身黒焦げのゥアイと恐怖の表情のまま気絶しているミサキを担ぎ、リーフ達の護衛をすること二十分。
時折現れる斥候の騎士やジンメンを問答無用で斬り殺して進んでいたシキは聖軍が攻めてきている北門とは真反対の方角に位置する門……つまり、南門を視認すると、徐に口を開いた。
「なあアクア。俺が何故リーンや子供達を殺して吐いていたと思う?」
敵に襲われるor襲う時以外は無言だった為、アクアはいきなり話し掛けてきたシキに何事かと瞬きを繰り返すものの、エルティーナが愚かにも剣を手放した時のことだと理解すれば直ぐに言葉を返す。
無論、周囲の気配は探ったままだ。
「……唐突過ぎ。えっと……罪悪感とか……忌避感?」
「そう、だな……確かにそれもある。……実はさっきエルティーナを殺した時も全く同じ感覚を味わった。多分、リーン達の件がなければ俺は今頃ダウンしてたと思う」
そう言えば……とでも言いたげな声音で何度か頷くシキの姿は先程まで獰猛な笑みを浮かべて高笑いしていた者と同一人物とは到底思えない。
しかし、どこか沈んでいるようで、どこか興奮している。
歪かつ抽象的だが、アクアは確かにそう感じた。
「リーン達を殺した時とエルティーナを殺した時な……レベルが上がったんだ。ステータスが上昇してほんの少しだけ身体が軽くなるあの独特な感覚。直ぐにピンと来た。ここ最近、俺が魔族になってからは一度も上がってなかったからな。そんな俺が魔物ではなく、人間の雑魚を殺しただけでレベルが上がった……」
「こう、なった……?」
「多分、純粋な経験値だけじゃなくて精神的な成長も経験値の内に入るんだろう。俺はその感覚が気持ち悪かった。俺の中に俺がこの手で殺した女子供の魂が入ったような……あいつらを喰って血肉にしたようで……そう考えたら吐き気が止まらなかった」
アクアがつい溢してしまった疑問に答えが返ってくることはなかったが、何となくシキの言わんとしていることは理解出来た。
シキは殺人によるレベルアップにより、どこかカニバリズム的な感覚を覚えてしまったのだろう。
シキの性格を鑑みれば普通の盗賊や事情を知らなければ特に思うことはなかったようにアクアは思う。
しかし、実際の相手は悲しい理由で盗賊に堕ちざるを得なかった若い女や年端もいかぬ幼子達であり、エルティーナに至っては剣を向けられたとはいえ、知り合いなのだ。
幼く未来のある女子供を、数ヶ月間、苦楽を共にしてきた仲間と言っても過言ではない相手を、自らの手で、そして、自らの意思で殺した。
善人でないだけで悪人というにも中途半端なシキのことだ。時間が経つと共にそんな自覚が芽生えてきたのだろうとアクアは思った。
「そう……」
「……悪いな。何か……冷めたようで冷めてない……変な感じがするんだ。多分、戦闘が始まれば俺はまた理性を失う……その前に誰かに知ってほしかった。俺は……俺が求める結果の為に手段を選ばないだけで何もしたくてしている訳じゃないって」
そう言って軽く俯くシキはとても幼く見えた。
冷静で飄々としている普段の姿は仮のもので、激情に身を任せる若さを持ち合わせていることをアクアは知っている。
まるで成人したばかりの若者特有の青臭さを拭いきれていない歪な存在……否、寧ろ成人している筈なのに、まだその歳になる直前の少年のような姿だった。
「「…………」」
互いに何となく気まずくなり、無言になる二人。
そんな二人の元へつい先程まで遠くに見えていた門が少しずつ迫り、その全貌が露になっていく。
壁や民家を見るに聖騎士やジンメンの姿はない。無惨に破壊された家々があるばかりだ。
「シキは……変。大人みたいな感じと子供みたいな感じが混ざったような……っていうか無理やり混ぜた? ような感じがする」
もうすぐ別れの時だと悟ったアクアは前々から思っていた疑問を投げ掛けた。
やたら己を偽り、本心を隠そうとするシキのことだ。返ってくることはないだろうと思いつつ、訊くだけ訊いたらしい。
「……クハッ。そりゃそうさ。俺は今、17……いや、もう18、かな。このせか……っと、この辺りだととっくに成人してるだろうが、俺の故郷では成人まで後二年もある。言っちゃ何だが俺はまだ子供なんだ」
「…………」
予期せぬ返答に今度こそ、目を見開いて驚くアクア。
しかし、それも数秒のこと。
少しすると、アクアは少しだけ笑い、
「そう。じゃあ僕で卒業しておいた方が良かったんじゃ?」
と、からかいの言葉を送った。
こんな時に弱気とも取れる本音や事情を話すということはシキにとってもアクア達にとってもよろしくはない。
それを解す為の言葉だった。
「……は? 卒業? どういう、意味……って…………お前な……」
一瞬、本気で首を傾げた直後、何かに思い至ったらしく、シキは仮面越しでもわかるほど露骨に呆れながら脱力した。
「残念ながら俺に男色の気はない。今のところ出会いもクソもないが女一筋だ。それに、そこまで飢えてないんでな」
「……そう。本当に残念」
「……おい、今度のはどういう意味だ?」
冷や汗のようなものを流しながら真意を問い質してくるシキの姿は確かに子供らしかった。
「ふふっ……」
「……ったく」
その光景が堪らなく可笑しく見えたアクアが微笑み、シキは頭をガリガリと掻く。
方法は兎も角、シキはリラックス出来たようだった。
「ありがとな、話聞いてくれて。リーフやリーダー達にもよろしく言っといてくれ」
「……自分で言わないの?」
風で声を届かせれば一方的にではあるが、別れの挨拶くらいは出来るだろう。
そう思ったアクアとは対称的にシキは緩んだ気を引き締めると無言で首を振った。
「したら辛くなる。これが今生の別れになるかもしれないんだ。ま、そう簡単にするつもりはないがな」
「……わかった。僕とヤってみたかったって言ってたって言っておく」
「俺に何の恨みがあるんだ……」
最後かもしれないと言われてもアクアは動ずることもなく、冗談を返した。
未だ底知れぬ力を見せているシキのことだ。言葉通り、簡単に終わる玉ではないだろう。
「うぅっ……いっ……つぅっ……! こ、こは……?」
「……チッ。空気読めよこのアホ女。……んじゃ、アクア。またな」
「うん……また」
乱雑に背負われていたミサキが指のない両腕やひしゃげている両脚、そして、適当な布で覆われた片目に呻きながら目を覚ました。
シキは「気絶させた方が……いや、いつ目を覚ますかわからねぇし、放っときゃ良いか」と、舌打ちをしつつも、手を上げて再び北門に向かっていく。
避難民を迂回するようにして歩き出したので、必然的にリーフの近くを通ることになる。
が、アクアが見る限り、言葉を交わすことはなかったようだ。
二人は無言で視線だけを交わすと、そのままそれぞれの目的地へと見据えた。
二時間後。
数十分前からアクアやリーフ達の耳に悲鳴を含めた怒号と凄まじい衝撃音が届くようになった。
避難民の様子を見るに、聞こえているのは護衛に付いている冒険者だけではないらしく、町を抜けても尚届く戦闘音や時折不自然に揺れる地面に怯えている。
「シキ……」
町中ならば建物の殆どが崩れているので見通しが良くなっており、魔法の輝きぐらいは確認出来ただろうが、町を囲む円形の壁は聖軍が破壊した北門以外は無事な為、シキの現状はわからない。
唯一、判断出来るのは未だ戦闘が続いていることのみ。
戦闘音が聞こえる限り、押しているにしろ、押されているにしろ、シキは戦っているのだ。
「そろそろ国境に繋がる森に入る! もう少しの辛抱だ!」
「確かこのまま方角に村が幾つかあった筈だ。そこで十分ほど休憩をとろう」
既にジンメンの姿はなくなったのでリーフとリーダーは先頭に移動してきており、アクアと共に魔物の気配がない不気味な森と化している木々の間を歩いている。
シキがここに居れば「命が懸かっているのに疲れたもクソもないだろう」とリーダーの意見を一蹴しただろうが、避難民達は目の前で家族や友人を失くしており、自分達も多かれ少なかれ怪我を負っている。セーラがある程度回復魔法を施したとはいえ、精神的なダメージを負っている以上、気休めにしかなっていないのだ。
そんな状態で強制された一時間以上にも渡る移動は心身共に疲れ果てている彼等を更に追い詰めることになる。
シキと同じく命優先であるリーフが何も言わない辺り、同じ判断を下したのだろうとアクアは思った。
「アクア、さっき言ったことだが……」
「……本当。魔物の気配が一切ない。ジンメンが居ないのは良いけど、他の魔物まで全くないというのは変。それに……」
「ジンメンが町に来たことに気付いて俺達のように移動を開始したと考えれば、この先にある村は恐らく……」
「……まあ、妥当な判断だな」
「最悪の事態は考えておいても良いと思う」
聖騎士に勝るとも劣らない《気配感知》スキルを持っているアクアの感知範囲はかなりの広範囲に渡る。
しかし、今のところ魔物という魔物の気配は一切なく、先にあるという村の方向に意識を集中してみても人の気配は感じられない。
冒険者が一人でも居れば話は多少変わるだろうが、魔物への対処を深く考えていない村であれば既に飲まれている可能性はある。
かといって座る場所もない木々の間で休憩させるには避難民がひ弱すぎる。
ただでさえ町から村への移動をしたことがない者達ばかりなのだ。命が懸かっているので文句を言ってくる者こそ少ないものの、それも時間の問題と言えた。
「……リーフ、胞子避けの風は?」
「町を出てからは魔法が使える避難民の何人かと離れるに離れられなかったレドみたいな数人の子供冒険者達に任せてる。万が一があれば死ぬのは自分達だけじゃないって言っておいたからある程度は持つだろう」
「《気配感知》に引っ掛からないから要らない気がするけど……」
「いや、リーフじゃないが万が一ってのはある。一応の策ってのは打っておいた方が良い」
「そう……」
そんなことを話しながら遠目でも廃墟とわかる村が見えてきたその時だった。
「っ!?」
アクアの感知範囲に一人、また一人と次々に独特の気配を漂わせる者が現れ始めた。
「っ、ジンメンか!?」
「こんな時にっ!」
反射的に短剣を抜いた自分に反応し、それぞれ武器を構えたリーフとリーダーにアクアは待ったを掛ける。
「……違う。気配はいきなり現れた。しかも……この、増え方は……」
アクアの言葉に「まさか……」と言った表情で振り向くリーフ達。
しかし、感知に集中しているアクアは二人に反応することなく普段の無表情を崩すと、焦ったように声を張り上げた。
「不味いっ。こっちに向かってきてる! 感知された!」
「チッ! そう簡単には逃がしてくれねぇか!」
「ええいっ、情け容赦って言葉を知らんのか聖軍は!」
何キロ、あるいは十数キロもの距離でも戦闘の轟音を届かせるシキに引き続き、とうとうアクア達にもお鉢が回ってきたらしい。
「お前ら死にたくなけりゃ隠れてろ! ジンメンを転移させてきやがった聖騎士様だ! 助けなんか求めても殺されるからな! 気を付けろよ!」
と、叫ぶリーフの隣でシキに貰った黒い短剣を構えたアクアだったが、聖騎士と接触する直前、色々なものをごちゃ混ぜにしたような不気味な気配に気が付いた。
「誰……? この、感じ……何処かで…………」
「アクア! 何してる! 正面に集中しろ!」
「……わ、わかってる!」
しかし、目視出来る距離で剣を抜き、殺気を駄々漏れにして向かってくる聖騎士達の姿を確認してしまったアクアは直ぐに感知範囲ギリギリで止まったまま動かない異様な気配のことを頭の隅に追いやった。
リーフはエルティーナにすら劣っており、リーダーは仲間が居て真価を発揮するタイプ。対してアクアは感知にのみ特化している斥候だ。
シキから魔剣を渡されていても避難民を守りながら聖騎士数人の相手をするには役不足が過ぎる。
「セーラ! 回復頼んだぞ!」
「は、はいっ!」
「レド! お前らは石を投げて援護だ! 魔法は温存しておけ!」
「はいっす!」
シキとは雲泥の差があるが、たかが数人、されど数人……アクア達にとってワンサイドゲームに近い理不尽な戦いは何の合図も宣言も無しに飛んでくる属性魔法によって始まった。
◇ ◇ ◇
時は少し遡る。
幾らか元気がないとはいえ、変わらず騒ぐミサキにゥアイの姿を見せることで黙らせたシキは聖騎士が次々と雪崩れ込んできている北門付近に到着していた。
(思ったより数が多いな……この分だと、一人一人とまではいかなくても感知系スキルを持ってる奴が居ても可笑しくはない……もう少し開けた場所があれば一気にぶっ殺せるってのに)
存外、町を囲んでいる壁は仕事をしたらしく、壁付近は兎も角、その周辺はジンメンによって倒壊しているだけで魔法による痕跡は見受けられなかった。
ミサキ達の姿を見せながら攻撃するには両腕が必要だ。
しかし、シキの左腕はなけなしの回復薬や回復魔法を使っても動かないときた。
片腕しか使えない現状ではどうあっても動き方をよく考えなければならない。
(マナミの【起死回生】があれば左腕だけでなく、他に負傷している部位も治せる。ついでに死にかけているこいつらもだ。……変にこいつらを盾にして攻撃に回るより、マナミが居る場所に突撃した方が利口な気がするな)
そう考えたシキは背中に乗せているミサキに話し掛けた。
「……お前、《気配感知》は持ってるか? っと……小声で話せよ? さっきみたいに騒いだらその舌、斬り落とすからな」
「っ……も、持ってるけど……な、何……?」
恐喝染みた質問に身震いしながら返事をするミサキ。
シキが自分の為に人を平然と傷付け、殺せることを身を以て思い知らされたので、全身の痛みに悶絶しながらも掠れるような声で話している。
「それで良い」
短く返したシキは内心驚いていた。
(持ってるのかよ。前にステータスを見せてもらった時はなかった筈だが……命が懸かった状況での行動でスキル取得を促せるのはやっぱ異世界人特有の……)
ミサキに比べれば遥かに死線を潜っている筈のシキが感知系スキルを持っていないという現実に何となく世の理不尽を覚えるが、無いものを悔いていても仕方がない。
「しくったな。もう少し知っておくべきことがあった……」
「ひっ……も、もう指は止めてっ……何でも話すからっ!」
「なら静かにしやがれっ」
「へぶぅっ!?」
シキが何の気無しに漏らした独り言に思わず悲鳴を上げるミサキだったが、代償として顔面を殴られ、鼻や口から激しく血を噴き出した。
「……つあぁっ……あ、あんた……まともな……し、死に方、しない……わよ……」
「ほざいてろ」
それでも変わらない減らず口にうんざりしながらも思考を止めなかったシキの思惑はやはり的中することとなる。
「……むっ、そこに誰か居るぞ! この禍々しい気配……報告にあった魔族だ!」
「何だと!?」
「こっちだ! 数を揃えろ!」
出来るだけ息を殺していたつもりでもスキルの力はどうあっても強力だ。
シキの出来得る限りの努力も虚しく場所がバレてしまった。
「はっ……漸くあんたがぶっ飛ばされ……ぶべらっ!?」
「うるせぇ」
「あ、あんられっ! 一々、人の顔を殴ることないれひょ! 一応あたひ女なろい!」
「自分で一応とか付ける時点で自信がないんだろ? 黙ってろよアバズレ」
「~~~……っ!!」
顎は跳ね上がり、血を噴き出すレベルの殴打に理不尽だと抗議しても侮辱の言葉しか返ってこないことに、片方の瞳しか自由ではないにも関わらず、人を射殺せそうな睨みをくれるミサキ。
しかし、シキは気にせず走り出す。
「居たぞ! 詠唱開始! 間を開けずに攻撃――」
「――するのは良いがこいつらは死ぬぞ! わかったらさっさと道を開けろ!」
ゥアイではなく、一目で人と判断出来るミサキを盾に集まりかけていた聖騎士達の元へと疾走していく。
長剣を持ちながら開けた数本の指だけでミサキを抑えているので安定しない。
とはいえ、片腕が使えないのではそうする他ないだろう。
「なっ……み、ミサキ殿!?」
「四肢が……」
「貴様っ、勇者様の伴侶となられるお方になんてことを!」
ミサキの存在に、ミサキの痛々しい姿に驚愕、憤慨する聖騎士達だが、動きは止まった。
「クハッ! バカ共がっ!」
有難いことに聖騎士達は魔法を放つ際、盾を構えた数人を前に出すらしく、一つに固まっていた。
辺りを見渡す限り、今攻撃すれば他の聖騎士達にもマークされてしまうが敵の数を減らさないのでは話にならない。
シキはミサキを手放すと、二つの意味で固まっている聖騎士達に斬撃を飛ばした。
既に走っていることもあり、ミサキは慣性の法則に則ってシキの胸に引っ掛かっているので前方に向かって移動を続ける限り、唯一使える右腕は自由のままだ。
「盾を構え゛っ゛!?」
「「「ギャァッ!?」」」
三人の盾持ちは盾ごと口から上を、指揮官らしき者と後ろの魔法使いらしき三人は胴体から上を一斉に地面に落として静かになった。
「ひぃっ!?」
「黙ってろっつってんだろっ、舌噛んで死ぬぞ!」
盾を持ち、防具を纏っている筈の人の身を幾人も貫通していった斬撃は遥か後方に居た一人の聖騎士の首を飛ばして漸く消えた。
しかし、その間をシキが黙って見ている訳もなく、何事かと赤い花が咲き誇る方角に視線を向けた者から次々と斬撃を飛ばしていく。
「クハハハッ! 思ったより多かったが、思ったより強くもねぇな!」
時折、魔法で相殺されるものの、近付きさえすれば魔法や剣を返す間を与えることなく、死を振り撒ける。
問題は後方からの攻撃だが、疑似縮地で前へ前へと進むシキは聖騎士を斬りながらも数人の聖騎士をわざと生かすことで生きた盾とし、攻撃を躊躇させている。
その隙に斬撃を飛ばし、蹴り、斬って、刺す。
本来、人を守る為の盾や鎧、兜は意味を成さず、まるで何の弊害もないかのように斬られていく。
聖騎士達の動きを見るに、寧ろわざと動きを阻害し、鈍くなっているような印象すら受ける始末だ。
「き、貴様ぁっ!」
「『聖歌隊』は何をしている!」
「何故誰も攻撃しない!?」
既に十数人がやられ、パニックを起こしている数人の聖騎士が何やら叫ぶが、やはりミサキを掴み、前に掲げれば動きは止まる。
「おらおら死神様のお通りだ! こいつと自分の命が惜しけりゃ退がりやがれ!」
「ちぃっ……」
「み、ミサキ殿がっ……」
初見では必ず止まってくれる聖騎士がシキの言うことを聞いて後退しても待っているのは……否、飛んでくるのは己を死に追いやる斬撃のみ。
「ギャアッ!?」
「がっ……!?」
「おの、れっ……!」
前に出てもミサキを盾にされればどうしても剣を振ることが出来ず、剣や盾ごと斬られていく。
「くっ、こいつ卑怯なっ!」
「戦場で汚いも卑怯もねぇんだよマヌケがッ!」
しかし、相手はイクシアの加勢に来た際に味方ごとオークを斬り捨てていた聖軍である。
時間が経つにつれ、少しずつ攻撃が増えてきた。
「一人の命と我々の命っ、残念ですが優先順位というものがあります!」
「ミサキ殿っ、申し訳ない!」
「たかが異世界人一人ごときでっ!」
とうとうミサキごと殺そうと剣を振り下ろしてきた聖騎士の腹に蹴りを入れ、鎧ごと粉砕したシキは後ろから来た横凪ぎに、そのまま聖騎士の腹に体重を乗せることで前に倒れて回避する。
剣が髪を掠ったことに若干の冷や汗を流しながらも腹を貫通してしまった脚を抜き、ミサキをその死体に押し付けると身体を一回転させて周りの聖騎士を一気に叩き斬った。
「だとよアバズレ!」
「う、煩いこの人殺し!」
「まだほざくか!」
「当たり前でしょ!?」
飛んできた属性魔法を斬り落としつつも直ぐ様ミサキを拾って移動を開始したシキは再びミサキを地面に叩き付けると、今度は黒焦げのゥアイを掲げた。
「ちぃっ! わかりにくいだろうがこいつは聖騎士だ! 上級のゥアイ! 聞いたことくらいはあるだろう! こいつが死ねば同じく上級のソーシが黙ってないぞ!」
流石に上官に当たる人物だと言われてしまえば手を出せないのか、顔の判別も出来ないゥアイの姿に一瞬固まった。
「クハハハハハッ! 優先順位はどうしたァッ!? クハハッ、仕方ねぇかッ! ガキは殺せても自分の命は惜しいからなアァッ!」
シキはニタァと口元を歪めると、再度斬撃を飛ばし、棒立ちになった十数人を一度にあの世へと誘った。
「こ、このっ……卑怯者っ! 人を盾にコソコソと逃げ回って! 正々堂々と戦いなさいよ!」
ミサキの精神力はシキの想定をどこまでも越えているらしく、怒りによって再び痛みを忘れたミサキはシキにとって聞くに堪えない戯れ言を宣い始めた。
「煩いっ! 綺麗事だけで結果が変わるものかッ!」
「だからって何人殺せば気が済むのよ! もう百人は越えた! 私とその人を人質に聖軍の人達を脅して!」
「俺の目的は聖騎士の殲滅だ! 百人どころか全員ぶっ殺すんだよッ! 正々堂々だぁ!? そもそも何故お前達の流儀に則る必要がある! そこまで言うならこいつらを黙らせ、タイマンさせろ!」
「出来る訳ないでしょこの分からず屋!」
痴話喧嘩のように叫びながらもシキが攻撃の手を緩めることはない。
斬撃を幾重にも飛ばし、躱せない者を次々と葬り去っていく。
(魔法使いは詠唱の途中で殺せるから順調と言えば順調……殺せたのは人質一人につき五十人ってとこか。全体が千人だと考えれば微妙だな。せめて二割は削りたい。チッ、味方ごと殺そうとするやり方とその覚悟……敵ながら実に理に適ってやがる。やり辛いったらありゃあしねぇ……が、まだやりようはあるな)
「敵は卑劣にも異世界人と上級騎士を人質にとっている! しかし、ここは戦場だ! 誤射も許される! そのまま奴を焼けぃっ!」
どうやらシキを囲んでいた十人ほどの詠唱が完了したらしい。
シキはその号令が耳に入った瞬間、半ば反射的に斬撃を飛ばしていた腕を止めると、躊躇いなく《闇魔法》の『粘纏』を使った。
「ぐうっ……!? 相変わらず嫌な感じがする魔法っ、だな……!!」
「へ? ちょっ……何よこれ!? は、離れないっ……!」
近くに落ちていた首のない聖騎士二人の死体と腹に穴を開けている聖騎士を騒いでいたミサキごとくっ付け、文字通りの肉壁を作り出したシキは《闇魔法》の使用によって頭の中がぐちゃぐちゃになるような感覚を覚えながらも飛来する様々な属性魔法に突き出した。
「イギャアアアアッ!?」
角度を調整して聖騎士達に当たるようにはしたものの、属性魔法は揃ってバスケットボールほどの大きさだった。当然、嫌でも何処かしらに直撃する。
女らしからぬ悲鳴を上げるミサキをよそに、襲い掛かってきた衝撃に少しだけ後退したシキはゥアイにこれ以上の被害がないのを確認すると、舞い上がった土煙に乗じてミサキを聖騎士達から離し、マジックバッグからロープを取り出した。
『粘纏』の性質上、くっ付けたものを外すには付着した黒い〝闇〟を押し流すようにしてもう一度『粘纏』を使用しなければならない。お陰で聖騎士達が黒く染まった謎の物体になってしまったが、気にする必要もないだろう。
「っ!? 生きているぞ! 《縮地》を使って捕捉されないようにしろ! 誰か! 今の内に救援を呼べ! ノア様にも報告だ!」
感知系スキルを持っているのか、先程からやけに面倒な一人の指揮官に内心舌打ちをしつつも『風』の属性魔法を使い、器用にもゥアイとミサキを背中にくくりつけていく。
既にある程度の長さにしてあるので、強めに手首を捻ればロープは独りでに動く。
起こした風でゥアイとミサキを固定すれば自分を中心に回り出したロープはぐるぐると三人を巻いてくれるという、強力なステータスと魔法ならではの方法だ。
(これで右腕は使える。が、代わりに左腕ごと縛ったから一目で片腕しか使えないことがバレちまう。そして今の命令……これ以上数を減らすのは無理、か……。大体百五十人前後……ま、深追いしても仕方ない。無理せず確実にってな)
やがて、自分を中心に円を描いていたロープの先端が戻ってきたので、それを掴み、身体に巻かれたロープに差し込んで縛ったシキはミサキに「マナミの場所を教えろ。大体の位置はわかるだろう?」と声を掛けると、魔粒子ジェットだけでなく、《狂化》を使って高く飛び上がった。




