表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
闇魔法の使い手  作者: 葉月 縷々
第3章 冒険者編
109/334

第105話 揃う役者達

遅れました……納得のいく文にならなくて何度書き直したか……



 上級序列七位の座を二十年以上も守り続けている老騎士レーセンは私の信頼出来る部下の一人であり、師であり、親……あるいは祖父とすら言える存在です。



 聖騎士というだけでも一般的な国軍の騎士等とは比べ物になりませんが、上級騎士ともなれば給金は桁外れなものになります。

 他の聖騎士達がそれを娯楽や鍛練、装備に費やす中、レーセンは孤児院の経営に全ての財を投じており、空いた時間があれば子供達に剣や知識等、生きる為の術を教える変わり者と呼ばれています。



 しかし、道楽で開いている筈の孤児院から何人もの聖騎士を輩出していることもあり、最近では金を払ってでも子供を入れてほしいという者まで出る始末。気付いた時には聖都テュフォスにおいてレーセンの孤児院を知らぬ者は存在しないほどには有名になってしまいました。

 レーセンが子供好きで全ての子供達を快く引き取っているのも原因でしょう。育成所的な環境としては完璧に近い施設なので自然と優秀な子ばかりになります。その子達が互いに切磋琢磨し合って更に成長し……と、一人一人の知識、技術が一般の平民と一線を画すのも当然と言えるでしょう。

 


 各言う私もその孤児院出身です。

 戦争孤児だったらしい私をレーセンが可哀想に思って拾ってくれたお陰で聖女であり、聖騎士であるという、聖神教の為に生まれたようだと評される並行職ということがわかり、現在の地位に落ち着きました。



 自分で言うのもなんですが、私は既にレーセンを越えているので祖父のように優しく、先生のように厳しく育ててくれた恩人を部下として使うことに忌避感や後ろめたく感じる気持ちはありません。

 ただの聖騎士でしかないレーセンと私とでは土台が違うのです。年期の入った鍛練を小さな頃から受けさせられていたのも理由の一つでしょう。しかし、それ以上に私の方が才能があった。それだけの話です。



 にも関わらず、レーセンと真正面から戦えば苦戦を強いられます。

 流石に明確な敗北はしないものの、スキルの連続使用によるスキル頭痛を軽減、あるいは無効化することが出来る固有スキルを持っているらしく、スキルの数は勝っていても、その速度、熟練度、使い方で翻弄されてしまうのです。



 故に私はレーセンに絶大な信頼を寄せており、今回『ジンメン』と呼ばれている〝厄災〟の調査、前線基地の配置を命じていました。



 過去の記録によればジンメンは即死性と発火性を持ち合わせる胞子を散布すること以外に脅威的な特徴を兼ね備えているそうです。



 それは繁殖力。

 人間の死体の山、または人間の死体の塊に例の胞子が掛かるとその死体は木のような見た目に変化していき、途中で完全な木の姿になった後、最後はジンメンになるそうです。



 一説ではその為にジンメン達は人間を認知すると噛み付いてくるのだとか。人知れず食した人間達を吐き出し、胞子を掛けて仲間にする。

 そんなおぞましい真相は定かではなく、あくまで憶測になりますが、人間を認知した瞬間から噛み付いてくるのはそういう理由があるのではないかと言われています。



 報告ではイクシアの王都南部にて突如、謎の森が幾つも発生しているようです。十中八九、ジンメンでしょう。

 他にも胞子を散布する役割を持つ散布型の存在や胞子が掛かってから数時間でジンメンと同じように奇妙な動きをし始め、全身が人間の肉で出来た人面型になった事例もあるそうですが、それも事実なのか……その厄介過ぎる習性と数、攻撃の性質のせいで目撃情報がないので過去の記録以外に情報が入ってこないのが痛いです。



 とはいえ。



 そのジンメンを使って既存の町を攻め落とす策は度々来る報告を聞くに上手くいっているようでした。



 立案者であるレーセンとその隊の者達が無惨な姿で戻ってくるまでは。



 上級騎士は凄まじい給金が弾まれる代わりに常人ならば命が幾つあっても足りないほど危険な仕事を任されます。

 にも関わらず、一度足りとも〝死〟を感じさせることがなかったレーセンが同じ上級騎士数名と共にボロボロの状態で帰ってくるという事態に、人形と揶揄される私でも動揺が隠せませんでした。



 曰く、鬼の子にやられた、とのこと。

 勇者ライ達と似た若い顔立ちに高い身長、黒い角と凄まじい膂力……どう考えても〝アレ〟でしょう。



「私や勇者ライを含めた本陣が辿り着く前に基地を作ろうとした彼等の気遣いを〝アレ〟が無駄にした……? やってくれましたね、『闇魔法の使い手』……」



 最近になって一向に目を覚まさない再生者マナミに業を煮やして我々の言うことを聞いてくれるようになった勇者ライが町に辿り着くか否かといった瀬戸際でこの反撃。



 厄介というより不愉快です。



 町の生存者を天に召すべく、次々と部下達が行軍するのを見て勝手に飛び出していった【縦横無尽】のミサキといい、既にジンメンに落ちたと何度も説明しているのに「何で町を攻撃する必要がある! 生き残った人達が居たらどうするんだ! ミサキだって町の中に行ってしまったのに!」と騒ぐ勇者ライといい……



 あぁ……とても不愉快です。



「ほ、報告! 報告ぅっ! 聖女ノア様に至きゅ……ひぃっ……!?」

「……何ですか? 報告があるのなら素早くなさい。それと戦場では聖騎士と呼ぶように」



 教祖様から直々に頂戴した魔剣を強く握り締めていたからか、僅かに漏れてしまった殺気を感じたからか、報告に来た兵が悲鳴を上げながら尻餅をつきました。



 一定のリズムで突撃する部下達の遥か後方でゆっくりと進む私と勇者ライの足を止めておいてこの体たらく。



 各々が己の役割為だけに生きていればこのような面倒が起こらなくて良いものを……つくづく不愉快な戦場です。



「の、ノア……どうしたんだ? 何に怒っているんだい?」

「…………」



 勇者ライ、貴方とその他の異世界人にです、とは言えません。



 私は努めて無表情に「いえ、怒ってなどいません」と少し及び腰のライに視線を向けてから報告兵に目で早くしなさいと促します。



「は……はっ! し、失礼致しました! 町の門を破ることに成功! やはり生存者はおらず、続々とジンメンの排除に成功している模様! この様子ですと、一時間もしない内に落とせるかと思われます!」



 そこまで報告してからチラリと勇者ライの方を隠し見た報告兵を近くに呼び、勇者ライに聞こえないように真の報告ともう一つの報告をさせました。



「冒険者が残っていたらしく、少し抵抗を受けました。また、生存者達が一つに固まって逃げ出そうとしているのを斥候が確認致しました。それともう一つお耳に入れたいことが。……再生者様が先程目を覚ましたようです。頭が働かないのか、周りを見渡した後、再び眠りについたそうですが……如何致しましょう?」



 再生者マナミがいつまで経っても目を覚まさないことを利用し、「彼女が戦場に出る前にこの戦いを終わらせられれば聖都から回復魔法専門の騎士を呼べますよ」と勇者ライを唆した矢先にこれですか……



 何故我々が攻めている今この瞬間にも〝アレ〟が逃げ出さず、無駄な抵抗をしているのかと思えば……抵抗が長引けば長引くほど【縦横無尽】のミサキや勇者ライが奴を含めた生存者達と接触する可能性は高くなる……そうなればジンメンどころではなくなります。

 もしや〝アレ〟の目的は……



「成る程……」



 〝アレ〟の……『闇魔法の使い手』の考えが読めました。

 ですが奴の手は幾らでも崩せます。レーセン達を打ち負かした代償に受けた傷を残したままでどれほど抵抗を続けられるか……例え回復薬や回復魔法を使ったとしても報告通りの怪我ならば完全な回復は不可能。それこそ再生者マナミでもなければ。



 ……そう言えば再生者マナミは魔族化した奴の姿を見ても勇者ライを止めようとしたんでしたか。

 ならばボロボロの状態である奴と再生者マナミが接触した場合に起こり得る結果は大方予想が付きます。



 レーセン達で処理出来ない以上、私が出るしかありません。

 今のところは勇者ライの足を止めつつ、奴の完全回復を止める手を打つ他ないでしょうね。



「……は、はい?」

「いえ……わかりました。では、また例のものを使ってください」

「はっ! 承知致しました!」



 小声で返し、報告兵を下がらせた私は首を傾げる勇者ライの元へ歩み寄ります。



 (不死性を持たせられる再生者が居なくなるのは少し厳しいですが、元よりそんな馬鹿げた力はないようなもの。私が単独で出てもその差は恐らく埋められない……パヴォール帝国から流れてきた()()装備を使ったレーセン達が破れたのなら私にもそれ相応の装備が必要です。あまり使いたくはなかったのですが……『神の盾』を使う時が来たようですね……)



 表向きは無表情に内心は思考を高速回転させながら勇者ライに話しかけました。



「どうやら再生者マナミが目を覚ましたようです。顔を見せに行っても良いですよ?」



 残念ながらその頃には再び眠りについているでしょうが。



 (勇者ライ。貴方が前線に出るには少し早いようです。精々、最愛の人に愛でも囁いて――)



「――何だって!? そ、そうか、マナミが……なら早くこの戦いを終わらせないと!」

「……はい?」



 何を……言っているのでしょうか、この人は。



「だから、早くこの戦いを終わらせないと! マナミには戦場で力を使わせたくないんだ……あの力は病院とか治療院とかで死にかけている人に使うべきなんだよ!」

「は、はぁ……」



 いえ、治療院に居る時点で緊急性はないので戦場での傷の方が一刻を争うと思うのですが。

 


「よぉし……そうと決めたら俄然、やる気が出てきた。ミサキは先行したし、町の門は開いた……なら……! ノアっ、確かジンメンは胞子がヤバいんだよね?」

「……え? え、ええ、まあ……はい……」

「わかった。じゃあ……俺も先行する! ノア、来るのは良いけど死なないようにね!」



 混乱する私をよそに、勇者ライは《空歩》で空へ上がると町の方へ飛んでいきました。



「…………」



 色々と突っ込みたいですが、取り敢えずわかるのは一つ。



「何なんですかあの人……今まで会った人の中で一番読めません……」



 我々の思うように動けば良いものを……



 あの行動力、余程の阿呆か、余程の大物か。



 勇者ライへの私の認識は少々甘かったようです。



「……急がなければなりませんね」



 消えゆくライの後ろ姿に呆けていた私は我に返ると直ぐ様行動を開始しました。












◇ ◇ ◇






 運が悪かった。



 エルティーナが衝撃的な真実を告げた時、シキやリーフ達が愛用していた宿屋の娘、アニータは近くで蹲っていた。



 先の爆発で運良く、あるいは運悪くアニータは軽い打撲や腕の骨折だけで済み、目立った外傷も負わなかった代わりに家族と最愛の人は壁の染み、あるいは物言わぬ骸へと成り果ててしまった。



 偶々トイレに行き、一緒に避難していた家族達の元へ戻る途中で爆発が起きた。



 そして、折れたらしい腕を抑え、足を軽く引きずりながら家族の元へ行き……絶望した。



 涙が出ることはなく、ただただ放心するしかなかった。



 放心し、その場に倒れ、セーラに治療され……シキ達が揉めている場所の近くで丸くなっていた。



 故に、運が悪かった。



 近くで寝かされている人々の中で唯一、意識があったことも。



 シキ達の会話を聞いてしまったことも。



 何か一つでもタイミングがずれていれば起こり得ないことばかりだった。



 全ての責任が自分にあるのだと言われ、思わずエルティーナの首を跳ねてしまったシキが自分と同じように絶望の最中におり、放心しているのだと理解していても衝動のままに動く身体は止められなかったし、身長差や怪我を無視し、無理やり押し倒して何度もビンタしたせいで全身を激しい痛みに襲われてから自分が何を口走っているのか自覚した。



 しかし、齢14にして家族や恋人の死を黙って受け入れろというのは酷だろう。

 ましてや、まだ悲劇に遭って間もないのだ。十分が経つか否かといった状況で身体に湧く衝動を抑えることは出来る筈がなかった。











 ◇ ◇ ◇





「全部……全部、シキさんのせいだ! シキさんのせいで! シキさんの、せいでっ! お父さんもお母さんもっ、私の幼馴染みもっ……皆、皆死んじゃった……町の人だって……! 何でっ? 何でこんなことをするの? 私達、シキさんに何かした……? ねえっ……黙ってないで何とか言ってよ! 皆を……皆を返してッ! このっ……魔族! 絶対っ、絶対許さないんだからあぁ……! う、うわあああんっ……!」



 仮面越しでもわかるほど動揺しているシキを鬼気迫る勢いで往復ビンタし、最後には倒れ込んだシキにもたれ掛かって力無くポンポンと叩くアニータ。



「返してっ……返してよっ……皆、悪いことしてないのに……何で……!」

「……………………」



 だが、シキに反応はない。



 空虚さすら感じる瞳をアニータに向けるばかりだ。



「……成る程な。つくづく巧妙な奴等だな、聖軍ってのは……」

「どういう、こと?」



 シキとアニータを横目に一人納得したリーフにアクアは首を傾げる。



「恐らく今までのは全部シキを追い込む為の策だ。エルティーナ達に情報を流せば聖騎士ノアの影響を受けておかしくなっている奴等は確実にシキを問い詰めるだろう。それを認めるにしろ、否定するにしろ時間は稼げる。ギルド内にジンメンを転移させ、胞子を撒かせる時間がな」



 リーフは飛んでいくエルティーナの生首と噴き出す血に気絶したセーラを起こしながら続けた。



「過去にジンメンと戦っていた奴の付近でいきなり爆発が起きた事例が何度かあった。魔法の暴発かと思ってたんだが……ジンメンの胞子が原因と考えればさっきの爆発も頷ける。それに、問い詰めた時でも爆発が起こった後でも『シキの行動が原因でジンメンが現れた』という情報は俺達に対してもシキに対しても大きな揺さぶりになる。もし言わなかったとしても『シキは魔族である』という情報が狂信者に渡ってるんだ。どう転がろうと爆発は誘発出来ると考えたんだろう」

「……汚い奴等」

「そうだな……だが、それが奴等のやり方であり、仕事だ。逆に言えば奴等の行動はシキや俺達町の住人の排除がジンメンの殲滅に一役買うことの裏付けでもある」

「シキは兎も角、町?」

「考えてもみろ。奴等はギルマス達に支援や援護ではなく、宿とか飯とか『戦う為の環境』を要求したんだぜ?」



 再び首を傾げたアクアに答えたのはリーフではなく、腰を抜かしたレドを引っ張って立たせていたリーダーだった。



「……ということは?」

「お前な……」

「学がないのだから仕方がない」

「そこは胸張るとこじゃねぇよ」



 単純にわからない、というのもあるのだがアクアのそれは思考放棄の域に達していることもあり、リーフとリーダーの二人は揃って嘆息する。

 


「す、すいません、俺もわかんないっす……」

「………………クハッ、クハハハハッ……そうか……俺が甘かったせいか……腕どころかこいつみたいに首を跳ねれば良かったんだ……そうすれば組織のNo.2を失った聖軍がこの町を攻めてくることはなかった……」



 顔を青くさせながら静かに挙手したレドに黙り込んでいたシキが反応した。

 突如として笑い出しただけでなく、首から上を失い、ピクピクと痙攣を続けるエルティーナの身体に蹴りを入れている。



「「「「…………」」」」

「シキ、さん……?」



 シキの様子に思わず固まったリーフ達と同じように、泣きじゃくっていたアニータも漸くまともな動きを見せたシキに赤く腫れた目元を擦りながら視線を向ける。



「……クククッ、つまり奴等は戦力よりも千人を越える軍勢が籠城に使える規模のある程度整備された土地と食糧を欲しがった。イコール、ジンメンの件は短期決戦では解決出来ず、長期的に事に当たろうしているということ……奴等にとってジンメンは時間を掛ければ対処出来る相手……」



 何がおかしいのか、如何にも抑えきれないようにケタケタと嗤うシキは両腕をだらんと下げるとアクアやレドの疑問に答えを示した。



 リーフ達が見た瞳と口しか見えないシキの表情は涙で濡れていた。

 その涙が何を意味するかは窺えない。しかし、仮面でも隠せない涙の量と獰猛な笑みは見るものを一人残らず恐怖させた。



「すまない、アニータ。お前らも。『封印』の魔法……知識としては知っていたが、まさか人間の身体に封じられるとは知らなかったんだ。謝って済む問題じゃないのはわかっている。罵ってくれても構わない。……だから――」



 そうしてシキはとんでもないことを口にした。


 



 









 十分後。



 リーフ達はレーセンの策にハマることなく、シキと行動を共にしていた。

 ジンメンが跋扈する町中をぞろぞろと行軍するのは生き残った数十人の避難民達だ。



 歩ける者は自力で、『風』の属性魔法が使える者は胞子避けの魔法を使いながらリーフ達のような比較的強い者に囲まれるようにして歩いている。



「そろそろ聖騎士がさっきの爆発の様子を見に来ている頃だ。アクア、《気配感知》頼んだぞ」

「わ、わかった」



 敵と遭遇する確率の高い正面には高レベルの《気配感知》を使えるアクアと町側の戦力最強のシキがおり、右翼と左翼にそれぞれリーフとリーダー、後方は『火』以外の属性魔法を使える者とレド、回復魔法を使えるセーラが付いている。



『リーフ、リーダー……わかってるな?』



 自らが作り出した風に自分の声を乗せることで二人に確認するシキ。

 拡声器的な魔法ということもあり、リーフ達の近くを歩いていた避難民が何処からか聞こえてきた声にギョッとしているがリーフとリーダーは無言で手を上げることでシキに答えた。



「よし……問題は逃げ道を封じないほど相手が愚かじゃないこと……俺が力尽きる前に何とか出来れば良いが……」



 避難民を含めた全員があちこちから聞こえてくる奇声に恐怖する中、シキは独りごちる。



 シキの策は単純に言えば囮である。



 辛うじて生きている聖騎士ゥアイとミサキを人質にシキが聖軍の気を引き、リーフ達の逃亡が成功するまで時間を稼ぐ。

 そして、そのリーフ達が町を出るまでは護衛をする。



 シキが言い放ったのはそんな荒唐無稽な策だった。



 シキの言う通り、ここまで用意周到な聖軍が逃亡者を見逃す筈がない。

 確実に包囲網を張っている。



 そう読んだシキは同じことを考えたリーフとリーダーに「奴等が使える転移魔法を利用する。勝ち戦と決まったこの戦場で突如現れた魔族が二人の人質を手に暴れまわる……ただでさえ、向こうは千人と数が決まっているんだ。人質でビビってる間に百人以上の聖騎士をぶっ殺せば包囲網に回っている人員を呼び戻す筈だ。移動に時間が掛かるんなら報告すら来ないだろうが、奴等はお誂え向きに瞬間移動出来るんだからな」と、人質の二人を見せて言ったのだ。



 最早、言葉を発することも儘ならないほど衰弱しきっているゥアイと全身血塗れで手足の指が何本も失くなっている若い少女のミサキの姿に流石の二人も化け物染みているシキが百人以上を殺す時間くらいは怯んでくれるかもと思ってしまうのも無理はなかった。



『それに俺は魔族だ。聖軍が人類の敵と定めた魔族を見逃すと思うか? 味方の女騎士とうら若き乙女を人質にとった卑怯な魔族を……クククッ』



 続けて言うシキの口元がニタニタと厭らしい笑みを浮かべていたのには顔を引きつらせていたが、シキの言葉も尤もである。



 シキとしてはライが来るまでの時間稼ぎさえ出来れば聖騎士達の気を引く必要はない。ミサキの情報によれば未だに目を覚まさないマナミが、ミサキが飛び出したタイミングで起きていればあるいは……とも思う。

 とはいえ、リーフ達に説明したように力尽きるまで暴れようが何とか生き残り、ライと望まぬ再会を果たそうがリーフ達は生き残れるのだ。ここで捕らえられ、殺されるとわかっていても自分のせいで生を望む者達を殺してしまった贖罪にはなる。



「……シキ、前方左で崩壊している民家。ここから見て三つ目の家の角に何か居る……気がする。隠密系のスキルを使ってる? ような感じがするから多分……」

「わかった。他は居ないんだな?」

「………………少なくとも感知出来る範囲には居ない」

「OKだ」



 小声で報告してきたアクアに短く返しながら、



 (殺した数に比べて生き残る数が少なすぎるがな……)



 と、内心で己の皮算用に付け加える。



 しかし、そんなことを言っていても始まらない。



 やらねばリーフ達も殺されてしまうのだ。



 (俺はもう……あんな思いはしたくない……フレアだけでもキツかったのに……皆まで殺されたら……)



 警戒を続けるリーフとアクア、俯いたまま絶望に浸るアニータに目を向けたシキは無言でジルの刀剣を魔法鞘から出すと疑似縮地を使ってアクアが報告した位置に肉薄した。



「っ!?」



 壁の後ろで誰かが驚き、距離をとったのを感知した瞬間、壁を蹴り抜き、瓦礫を飛ばす。



「何っ!?」



 飛んでくる瓦礫に目を向きながらも何とか回避した、剣と盾だけを装備している軽装の聖騎士が本物の《縮地》を使って後退する。



 が、レベルが低いのか、高いステータスに物を言わせて移動していたシキが待ち伏せていた位置で丁度よく止まってくれた。



「騎士なのに隠密とはこれ如何に……そうは思わないか?」

「なっ……くっ!」



 物腰は柔らかく、しかし、動作は獣のように力強いシキの斬撃は聖騎士の盾を容易に斬り裂く。

 腕に当たらずとも、頑丈な盾がまるでバターのように斬れた様に一瞬、目を見開くものの、再び後退しようとする聖騎士は流石と言ったところだろう。



 だが、シキは《縮地》に必要な、脚に力を込めるコンマ数瞬の間を見逃さず、脚を伸ばして聖騎士の足の甲を踏み潰した。



「ぐああっ!?」

「ゥアイもそうだが、即座に転移しないってことは……やっぱ詠唱が長いんだな」



 片足を潰しても油断せず、悲鳴上げている聖騎士を観察するシキ。



「さて……ここに何の用だ、聖騎士さんよ」

「ぐっ……な、何のことだ! 私は偶々そこに隠れていただけの冒険者だ! 何でいきなりっ……!」



 命乞いにも等しい白々しい演技に、シキは「クハッ!」と思わず吹き出しながら答えた。


 

「残念だが、貧困な環境で努力を強いられる冒険者の殆どはお前ら聖騎士や国軍の兵士ほど強くはない。よってお前が冒険者ならさっきの瓦礫に当たって死んでいる。そして、そもそも俺の仲間の《気配感知》にギリギリ引っ掛かる程度に気配を断てるスキル持ちの冒険者はお前らが攻めてきた時点で逃げ出している。ついでに言えば冒険者みてぇなバカ共に足を潰されても状況を説明出来るほど冷静でいられる奴は滅多に居ない。つまり、だ。お前は紛うことなき聖騎士。飛んで火に入る何とやらだ。違うか? あぁ?」



 ここまで言えば聖騎士と言えど黙ってはいられない。



 既に人の煽り方を覚えたシキの予想は当たっていたらしい。



「このっ……! 黙っていれば、存在そのものが汚らわしい魔族の分際でえぇっ!!」



 果敢にも残った足で踏み込み、騎士らしい西洋剣を振り上げた聖騎士はその剣ごと真っ二つにされ、絶命した。



「ゥアイやミサキなら兎も角……末端の末端である斥候がまともな情報を持っている訳がない。その命の価値すらまともじゃないなんて……哀れだな、組織の末端ってのは」



 崩壊した町を、生き残った人々の心を、死地に赴くシキの姿を紅く染めるような深紅の刀身が紅蓮の如く煌めく。



「魔力を通すだけなら消費はしない……出来るだけ節約したいが……さて、どこまで殺れるか……クハッ、今回は人間とマジの殺しあい……あぁ、昂るなァ……!」



 後ろから聞こえてくる聖騎士達の雄叫びを背に、シキは刀剣の血を落として魔法鞘に納めるとリーフ達の元に戻っていった。



「戦力差はざっと一対千……クハハハハッ……さあ、理不尽な戦争の始まりだ……ッ!!」



GW前で忙しくなるので次回も遅れるかも……下手したら書く暇なくて投稿出来ないかもです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ