第104話 加速する悲劇
すいません、また遅れました。
今回もグロ注意です。
「いだあああああああっ!? や、止めてえぇっ! もう止めっ……あ゛あ゛ぁぁぁあぁあーっ!! 痛い痛い痛い痛い痛い!! 助けてぇ! な、何でもするから! 何でもするからああ……っ!」
「それは何度も聞いた。今ので全てかと訊いている」
「そうですそうです! 全部話したから! アタシが知ってるのはそれくらいでっ……はぁ……はぁ……かはっ……」
奇声と植物が跋扈する町の民家に不法侵入していたとある男女が〝話し合い〟を終えようとしていた。
「…………」
黒い二本の角と目元だけを隠したような仮面が特徴の男は日本であれば女子高生をやっていそうな年齢の少女の顔を鷲掴みにし、恐怖に染まりきった瞳を覗き込んでいたのだが、やがて射抜くような視線を外すと暫しの間、考え込むように黙り込んだ。
「ひくっ……ぜ、全部、本当ですっ! 嘘なんて付いてないっ! ひっ……て、手が……だ、だから早く回復魔法か回復薬を使ってぇ……! アタシっ、このままじゃ出血多量で死んじゃうぅ!」
その様子を怪しまれていると感じたらしく、少女は号泣しながら何とか自分を信じてもらおうと身振り手振りで信用を得ようとしたものの、視界に入った数本しか残っていない自分の指と手の甲を貫通する男の短剣に〝死〟を連想してしまい、出血を止めてくれと懇願した。
「状況はわかるが……この期に及んで自分の心配か? どうにも信用出来ないな」
「へっ? ち、違っ……アタシは――」
「――ま、ハナから完全な信用なんかしてないがな。少なくともお前視点の情報は手に入った。終わりにしてやる」
「ひぎゃぁっ!?」
グダグダと喚く少女にゴミを見るような目を向けた男は思考を止め、ズボッ! と、一際大きな音を立てて少女の手から短剣を抜き、軽く振って血を落とす。
そして、近くで溜まっている夥しい量の血と何本かの手足の指の横に落ちていた数本の短剣を拾っていく。
「ぁっ……あっ……血、血が……止まんないっ……ゆ、ユウっ……助けてっ……アタシ死にたくないっ……痛いよぉ……!」
「……俺の体験談から言わせてもらえば人は腕がもげようが脚が潰れようが顔面を喰い千切られようが簡単には死なない。痛いのは我慢しろ」
「そんなっ! 痛い……痛いっ……ライっ、ライいぃ……助けてよ……もうやだ……ぐすっ……何でアタシが……こんな……目に……」
「わかったか?」
「……ぇ?」
〝話し合い〟に使った全ての道具を仕舞った男――シキは憎悪ともとれる激しい怒りに満ちた瞳で少女――ミサキに質問した。
しかし、当の本人はどういう意味なのかわからず、ありとあらゆる己の体液で汚れた顔で首を傾げることしかできない。
「俺の痛みだ。お前がユウと呼ぶ奴はお前が味わったものよりも数段……いや、次元の違う拷問を受けた。お前にはわからないだろうな。目玉も鼻も口も喉も指も腕も肩も臓物も局部も脚も骨の髄すら生きたまま喰われた俺の気持ちなんて」
「…………」
「それをひたすら治された。治されて喰われての繰り返しだ。永遠とすら思える苦痛だった……確かにお陰で死にはしなかったさ。あぁ、死ななかった……いや、死ねなかった。信じてもいない神にだって祈ったし、助かるなら何だってするとも思った。強盗だろうが殺人だろうが強姦だろうが……死んだ方がマシと思えるあの生き地獄の代わりにありとあらゆる業を引き受けろと言われたなら泣いて喜んだだろう。だが、結果はどうだ? ライもお前も他の奴等も……力のある奴は助けてくれなかったよな?」
「……で、でもっ」
「助けようとはした、か?」
被せるようなシキの言葉にミサキは再び押し黙った。
話していく内に感情的になり、震えていた自分の声に気付いたシキは一つ大きく深呼吸をすると、ミサキの瞳を静かに見据えて続けた。
「助けようとしてくれていたのはわかった。ライやリュウが頑張っていたのもな。……だがな。何度も言うが、その結果はどうだったのかと訊いている。俺は結果を重んずるタイプだ。過程なんざどうでもいい。大事なのはその結果だ。助けようとした結果、待っていたのは何だ?」
「……助けられなかった……ら、いの……拒……絶……?」
「そうだ……そうだっ!!」
「ひぃっ!?」
思い出せば思い出すほど落ち着けないらしい。
一先ず落ち着いたかのように見えたシキは態度を一変させると、ミサキが悲鳴を上げるのも気にせずに近くの壁を黒銀に煌めく脚甲に覆われた脚で蹴り抜いた。
「俺はお前らの為に努力してきた……! 俺の求める結果は間接的にお前らを救っていた筈だ! 地竜の時も、盗賊の時も! お前らが何もしなかったから俺がしてやったんだろうがっ! いずれ誰しもが経験しなきゃいけねぇことをあぁだこうだと嫌がるテメェらの為に!!」
「ひいいいっ!! ごめんなさいごめんなさいごめんなさいゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイ!」
手甲と同じく鈍く光る黒に染まった剣を抜いてまで辺りを破壊しまくるシキの姿に完全に心が折れたらしく、ミサキはただ踞って謝るばかりだ。
「……俺が欲しいのはお前なんかの謝罪じゃない。……いいや、そもそも誰かの謝罪なんざ糞食らえだ。何の価値もない。……そうだっ、俺が欲しいのは……謝罪じゃなく……」
〝お前らの死そのものだ〟
シキは確かにそう言った。
最早、自分にあるのは激しい憎しみだけだと胸の内をさらけ出した。
「聖軍も勇者もイクシアもあの男も……この世界もっ!! 俺をこんな地獄に引きずり込んだ全てが許せないッ! 何が正義だ! 何が悪だ! 何がっ……化け物、だ……っ! 俺をっ……俺をこんな姿にしたのは誰だッ!? お前がそこまで痛め付けられる羽目になった原因は何だッ!?」
「ゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイ!」
「答えろおおおおっ!!」
「ひいいっ!? あっ、ああぁっ……ぁ……」
四肢をズタボロにされたミサキは丸く蹲ることしか出来ず、壊れた機械のように同じ言葉を繰り返すのみ。
それが気に食わなかったシキは自分がそうさせたと自覚しているにも関わらず、ミサキの眼前の地面を蹴り、陥没させてしまう。
衝撃と恐怖に後ろへと飛び上がったミサキは両脚を開いたまま失禁し、力無く項垂れていく。
「ぁ……ぁぁ……あ……」
やがて、自分のもので汚れきったミサキの瞳から光が失われていくことを確認したシキは荒くなった息を整えると、小さく呟く。
「お前を見ていてよくわかった。存外、目は口ほどに物を言う……仮面で顔を隠している筈の俺がわかりやすいのも目に感情が乗っているからなんだろう。お前のお陰で一つ勉強になった。これは覚えておかなきゃな……」
ピクピクと痙攣し、気絶したミサキを跨ぐようにして立ったシキは今の蹴りでダメージを受けた脚には目もくれずに長剣を構えるとミサキの瞳に向けた。
「それともう一つ。俺はお前が嫌いだ。無意識に人を見下すところも努力は必ず報われるとでも言いたげな真っ直ぐ過ぎる瞳もこんな地獄で色恋沙汰に現を抜かせる能天気なおつむも。……お前の全てが俺をイラつかせる。見ているだけで不愉快だ。……だから、という訳でもないが……」
世界最強の生物の素材で作られた装備は全て『付き人』によって黒く染められた。
故に白銀ではなく、黒銀に輝いており、例え謎の染色をされようとも、その切れ味は変わらない。ましてや、刃先による刺突など変わろう筈がない。
「さっき訊いた情報に何か一つでも嘘があれば……こうなるからな?」
次の瞬間、何度目かになる街中に響くような絶叫が再び木霊した。
半壊したギルドにて。
「――と、そんなところだな」
「「「「「……………………」」」」」
「何だ?」
「「「「「お前(貴方)が怖いん(だ)(です)(す)よ!!」」」」」
「……慣れない尋問までしたのにそれは酷くないか?」
しかも同郷で同い年の女を、と内心で呟くシキ。
しかし、リーフやアクア、セーラにリーダー、レドの五人は首を振り続ける。
「いやいやいやいや! お前、鬼か!? いや、鬼か……」
「わかるけど……わかるけどっ……」
「うわぁ……この子、こんなに若いのにっ……」
「もう少しやり方ってもんがあんだろうよ」
「シキさんマジぱないっす……色々漏れそうっす……」
突如現れた謎の少女と知り合いだと言って出ていった後、身も毛もよだつような絶叫が延々と聞こえてきていたのだ。
リーフ達からすれば「何事!?」と恐怖に怯えてしまうのも当然と言えた。
その原因が知り合いが敵を捕虜としていて、拷問……ではなく、平和的な〝お話〟をしていたからと聞いては震える他ない。
セーラやレドに至ってはミサキの悲惨な状態に涙目である。
「し、シキさぁん……この子に回復魔法掛けちゃダメですか? このままじゃ死んじゃいますし、幾ら何でも可哀想ですよ……」
「お前な……幾らこいつが元凶って訳でも嬉々として攻めてきた訳でもないにしても一応敵だぞ、お人好しにも程があるだろ。チッ……まあ、構わんが完全には治すなよ。せめて止血程度で止めろ。魔力も無駄だし、下手に暴れられても困る」
「お、鬼っ、魔族! ……あっ、悪魔!」
「何とでも言え。手段選んで助かる状況じゃないだろうが。後、ちょっと気にして言い方変えても酷いからな?」
「……まあ、確かに」
「それでも納得は出来ないっすけどね……」
「「…………」」
外国人に日本人が若く見えてしまうように、こちらの人間からするとミサキの容姿は成人したてか、成人してないくらいの少女に感じるらしく、憐れみの目で提案するセーラにシキは呆れながら妥協案を出す。
直ぐにセーラから抗議の声が返ってくるがシキとしては一つの手段をとったに過ぎず、結果的に考えれば確かにリーフ達の為にもなっているので、アクアやレドは納得いかなそうな顔をしながらも頷き、比較的理解のあるリーフとリーダーも複雑そうな顔をするしかない。
「そういや、聖騎士とエルティーナ達はどうした? 応急処置は間に合ったのか?」
シキは「町に人が居るなんて聞いてない!」と騒ぐミサキを連れてギルドから離れる際、ゥアイとエルティーナの応急処置をセーラに頼んでいた。
理由は人質やちょっとした考えが理由なのだが、セーラの顔を見るに結果はあまり芳しくなかったようだ。
「一応、お二人は生きています。ですが、あくまで生きているだけで、あれでは……。ついでに言うと信者の人達も悲惨ですかね。町の人や冒険者の方を優先したので大半の方は亡くなりました」
「そう、か……まあ、二人以外はどうでも良いから冒険者と避難民優先で構わん。その二人にしても生きてさえいりゃあ状態もどうでも良い」
「辛辣ですね……」
「魔法使うにも回数限界があるだろう? 疲れもするし、魔力だって持たない。それを補う魔力回復薬にも限りがあるんだ。人質として使える聖騎士は兎も角、エルティーナや信者達を治す理由なんて無いに等しいだろ」
「…………」
セーラとしては、それでも救いきれない命に何とも言えない無力感を覚えたらしく、少し俯いている。
が、そんなセーラをガン無視して辺りを見渡したシキは四肢の内、腕が一本しか残っておらず、全身が黒焦げになっているゥアイらしき物体と右半身……正確には右腕が消し炭に、背中側の鎧が溶け、ひしゃげ、酷い有り様になっているエルティーナを発見した。
「あれで生きてるのか……」
「……はい、息も意識もあるようです」
人間の生命力に少しだけ目を見開いたシキは「フレアとの違いは……HPの差、あるいは防御力……いや、あの傷だとHPだけか?」等と思考しつつ、エルティーナの元へと向かう。
やがて辿り着いたシキは一旦、思考を止めると見えているのかすらわからない弱々しいエルティーナの瞳を見ながら言った。
「あの時……お前やアクアとリーンの一味を討伐した時、俺は奴等の自業自得だと強く思った。取れる手段は他にもあった筈なのに、殺される道を態々選んだ……いや、選ばされたにしろ、結果的に見りゃ同じだ。自ら死にに行った。今、それと全く同じことをお前に思っている」
あれほど聖神教の人間としての狂気を撒き散らしていたエルティーナだが、煽りとも受け取れるシキの言葉に反発することはなく、意外にも素直に頷いた。
「そ……う、だな……私……も、そう……思、う……」
「答えろ。何で俺をあそこまで醜く憎めたんだ? 親の敵みてぇに火炙りだ、火炙りだと……自分でおかしいとは思わなかったのか?」
その様子を見たシキは今なら聞けるかもしれない、と純粋な疑問を投げ掛けた。
幾ら魔族が嫌いだとしても、信者は兎も角、エルティーナはシキの性格や力を知っていた筈なのだ。
敵味方関係なく、直ぐ暴れようとする危うい一面もあれば、普通の冒険者と違い、先を見据えて思考することも素直に人のアドバイスを聞ける長所もあった。
強制的だったとはいえ、この数ヶ月、一緒に居たエルティーナならどうしても「何故そこまで自分を……」と思ってしまう。
「………………わから、ない……」
「……何だと?」
「わからない……んだ……何故……じ、『人類の敵』と……称される……魔族の、お、お前が……悪人では、ないのか……何故、悪人ではないと、知って……いるのに……憎くて、憎くて、仕方が……なかった、のか……」
「…………」
息も絶え絶えといった状態のエルティーナの発言に後ろでリーフ達が何やら騒いでいるような気がするが、シキの耳にそれらの雑音が入ることはなかった。
理由もないのに堪らなく憎い。
その症状とも言える謎の現象で思い出すのは自分の《闇魔法》とライの《光魔法》。
(使えば使うほど互いが憎くなる俺達……『闇魔法の使い手』と『真の勇者』は対極の存在……そして……俺は『人類の敵』として……『邪神の使徒』扱いになっている……なら……『真の勇者』も『神の使徒』になっていてもおかしくはないよな……? 聖騎士ノアで言えば他の使徒に近付くと影響を受ける。エルティーナ達は恐らくその影響で……それに加えて……)
もし、同じ神を信仰する使徒同士ではなく、敵対し合う神々の使徒同士が近付いた場合はどうなるのか。
ただでさえ、神の手先と言われる聖神教の中で最も神に近い筈の聖騎士ノアが近付くだけで他の信者がおかしくなるのならば、かつて邪神や『付き人』が言っていたように神が善悪で勢力を分けているこの世界で、その神と敵対関係にある邪神の使徒になってしまった自分にも影響力が発生するのではないか?
シキの脳裏にふと、そんな疑問が浮かんだ。
そう仮定すれば先程、エルティーナ達と相対した時に暴走の兆候が見られたのも頷ける。
煩い、ウザい、死んでくれ。
そんなことを思うことはあれど、エルティーナ達に自らの手で殺したいほど憎く思う気持ちはない。
(……そうだ。確かリーダーが以前言っていたな。嫌い合っている神を信仰している奴等が出会うと影響がどうたらと……冷静に考えれば聖騎士ノアもか……《直感》が奴は〝敵〟だと決めつけるから何の疑問も持たずにそう思ってたが、まさか……チッ、この仮定が事実なら神々が定めた善悪のルールに信者を巻き込んでいることになる。それも望まぬ争いと悲劇を生むクソみたいなやり方で……)
「素質がある者に魔族、あるいは聖神教への嫌悪感と殺人衝動を植え付けることで強制的に世界を善悪で分けたのか。人を盤上の駒みたいに……何が神だっ。そんな下らない理由の為にフレアは死んだっていうのか……!?」
神に魔族を憎く思わされたせいでフレアが巻き込まれたのだと思えばシキの口から恨み言が漏れてしまうのも仕方がなかった。
しかし、その発言だけはどうしても許せない者が居た。
「薄汚い魔族の分際でっ……主様を愚弄するなああああっ!」
「っ!?」
死に体の状態である筈のエルティーナが尋常じゃない様子で吠えた。
先の落ち着いた態度と致命傷を受けた主とは思えない変貌ぶりにシキは思わず、たじろいでしまう。
「主様は至高の存在なのだっ……主様こそ至高……主様が正義……主様が全て……っ! 世界は主様の為に……!」
「……至高だか何だかはどうでもいい。偉いから何したって良いのかって話だ」
「……っ!!」
エルティーナの中の神を根底から否定するシキの言葉に反応し、ギョロりとした睨みをお見舞いしてくるエルティーナ。
シキはその瞳に例の怪しげな光が宿っているのを確認しながらも続けた。
「人の意思をねじ曲げ、争わせる。それが神か? 邪神と呼ばれてもおかしくない所業を何故そうも肯定出来るっ」
「邪神、だと……!? 貴様っ……言うに事欠いて邪神だとっ!? ええいっ、主様には何か深い考えがおありなのだ……!! 何故わからないっ!」
一瞬ポカンとしたような面持ちの後、一気に顔を真っ赤にしたエルティーナは傷口から血が噴き出るのも気にせず捲し立てる。
「わかる訳ないだろ! それに付き合わされる身にもなれ! 巻き込まれた奴だって居るんだぞ!? お前以外の信者だってっ!」
一方でシキも曲げられない。
どう考えても神はおかしい。そうとしか思えなかった。
「至高の存在足る主様の為に死ねるのならば本望というもの……! 信仰心のしの字も知らない貴様ら魔族にはわかるまい!」
「……お前だって……お前だって被害者だろうに……!」
決して仲が良かったとは言えないエルティーナだが、魔族をここまで嫌う彼女が正体を隠していたとはいえ、魔族である自分と一定の関係を築けていたのだ。
自分と同じように憎く思わされている彼女が何故、神を信じるのか理解出来る筈がない。
故にどこか悲痛そうな声で叫ぶシキ。
それが悪かった。
「被害ではない。救いだ。我々は主様に救われたのだ。野蛮で狡賢く、獣にも劣る化け物を滅ぼす為に……この惨状の元凶である貴様の首を討ち取る為に……!」
エルティーナの口から更なる油が投下されるきっかけをシキ自らが作り出してしまった。
「元凶……? 元凶だと? どういうことだ? 確かに俺の存在がお前達を狂わせた可能性もあるが……そもそも聖騎士ノアや神の存在が――」
そして、エルティーナの言葉に堪らず訊いてしまった。
「――そうではない! 惨状というのはこの町のことだ! 聖騎士様は仰っていた。貴様が聖騎士ノア様を傷付けたせいでノア様の身体に『封印』されていたジンメンがこの地に現れたのだと」
その返答は冷静でいなければならない状況であるシキやリーフ達の冷静さを失わせるには十分だった。
「『封印』……」
「そうだ……貴様がジンメンの『封印』を解き、我々を滅ぼした。貴様が我々の町を滅ぼした……貴様のせいで我々もこの町の人間も、コーザ殿達の村も……! 全て滅んだのだ! 何もかも貴様のせいだ! 災いを呼ぶ悪魔め! 死を以て罪を――」
エルティーナの言葉は最後まで続かなかった。
瀕死の状態で叫んでいた時点で死ぬことは確実だった。
しかし、止めを刺したのは別のものであり、別の者だった。
「俺が……ノアの腕を斬り落としたから……ジンメンが現れた……? 俺が…………俺のっ、せいで……コーザ達が……リーンや子供達が……ふ、フレア……が……町が…………大勢のっ……大勢の人間……が……?」
黒銀の爪剣を掴んだままの右手で頭を抑え、震えるシキ。
町には何千、下手をしたら何万という人間が生活しており、その周りに存在した村の存在や盗賊等の二次被害を鑑みればジンメンの被害は計り知れない。
『どうでも良い』だけで、決して『死んでほしい』対象ではない何万人の命が自分のせいで傷付き、失われた。
エルティーナの言葉が事実ならば、コーザの村の悲劇を生み出したのもフレアを殺したのも聖軍を呼ばせ、町を壊滅させたのも間接的ではあるがシキである。
精神が崩壊し、今も尚摩耗を続けているシキの心を更に蝕む現実はどこまでも非情だった。
「な、何だよ、それ……それじゃあ……ルークやプル……」
「エイル達が死んだのも……」
「町の人が……私達が今こんな状況に陥ってるのも……」
エルティーナの言葉を受け、シキに疑心の目を向けるリーダーにレド、セーラ。
「…………」
「し、シキ……」
そして、信じたくない……と言いたげなリーフとアクア。
エルティーナ達を唆した聖騎士は……否、その聖騎士を寄越した聖騎士レーセンはやはり狡猾だった。
町中での仲間割れにジンメンの胞子と聖神教の信者を利用した意図的な爆発。
止めに一つ一つの選択が死を呼ぶ状況で疑心暗鬼を生ませる情報。
唯一の誤算は捕虜となったミサキの存在のみ。
レーセンの手は……どうしようもなくシキを苦しめた。
結果的に、それが外れかけていたシキの箍を完全に外すことになるとは思いもせずに。




