第100話 被害
壁に上がる途中で遠目に特攻を仕掛けていった冒険者達が全滅しているのを確認したシキは町の門を破壊しようと画策している聖騎士達を無視して町に入り、近くの民家の窓にゥアイを投げ付けた。
「ひぎいぃっ!? ひゅーっ……ひゅーっ……こ、これで全部っ……ひゅーっ……知ってることは話したのじゃあっ! ……はっ……はっ……じゃ、じゃからこの息苦しいのを何とかしてたもうっ……!」
「そうか。なら……用済みだな」
濁りきっているガラスを割りながら壁に叩き付けられたゥアイは後を追ってきたシキの無慈悲な言葉に凍りつく。
「……へ? ま、まさか……」
「あぁ。そのまさかだ、よ……っ!」
「ひぃいいいっ!?」
ザンッ! という音と同時に壁が裂かれ、ゥアイは悲鳴を上げながら沈黙した。
しかし、幾ら待っても民家の部屋の床に赤い液体が垂れることはなく、壁に大きく開かれた口からヒューヒューと風を送り込んでくるばかりであった。
「……なんてな」
「か、かひゅっ……」
その口の真下……ギリギリで頭皮を削られる程度に済まされたゥアイが変な呼吸音を出しながら倒れ込んだ。
その結果、頭からダラダラと血を流れ始め、漸く床が赤く染まっていくが、当の本人に意識はない。
「攻め方もわかった。【抜苦与楽】の意外な使い方もわかった。取り敢えずギルドに……ってこいつ漏らしやがった。チッ、汚ぇ騎士様だな」
長剣を鞘に納めていると、ゥアイの倒れている辺りから独特の臭いが漂ってきたので水筒を取り出し、その部分だけ濡らしてやる。
「口を塞ぎでもしない限り、一々触れて酸素を『抜』いてたら時間の無駄だよな……いやはや、途中で気付いて良かった。危うく時間を無駄にするところだった。クハッ、こんな時までマンガやアニメを忘れねぇとは己のオタク心には恐れいる」
見れば唯一無事だったゥアイの右腕は完全に折られており、通常とは真反対に折り畳まれている。
指も数本があらぬ方向へ向いていたり、自嘲するように放たれたシキの言葉からキツい尋問を移動中に行っていたことが容易にわかる。
「痛みじゃ屈しないってのには驚いたが……まあ、思考系スキル無しで痛みに耐える奴等だからな……」
どうやら拷問とも呼べる苦痛にゥアイは耐えたらしいが、最終的に行われた拷問により聖軍の情報はチョロチョロと床や自分を汚している体液のようにシキに漏らしてしまったようだ。
「全身の血管を行き来している赤血球には身体の内部に取り込まれた酸素を身体中に行き渡らせる働きがある。だからそれを『抜』いちまえば幾ら呼吸しても酸欠状態から抜け出せない、か……我ながら恐ろしい拷問だな」
正確には赤血球に含まれるヘモグロビンという物質がその働きをしており、人間が貧血を起こす理由の大半はこのヘモグロビンの不足によるものである。
実際、徐々に『抜』いていったところ、ゥアイは早期に低酸素状態に陥り、常に貧血、目眩を起こしている状態になっていたので、シキは触れさえすれば十数秒で対象に酸欠を強制させることが出来ると証明されてしまった。
簡単に人の心を折り、苦しみ抜いて殺す手段としては最適とも言える攻撃ではあるが、戦闘中に十数秒も相手に触れられるのであれば斬るか殴った方が早いので時と場合を選ぶ必要はある。
とはいえ、尋問にはもってこいの手段だろう。特に後々殺すと決めた相手なのであれば尋問を終え次第、放置するだけで勝手に死んでくれるのだから。
「どんなに息しても息苦しいなんて……人によっちゃ痛みと同等の苦痛だ。保健とか理科の授業じゃなくて、召喚される前に流行ってたサブカルチャーで覚えた知識がこんなところで役に立つとはな。一度『抜』いちまえば戻せないからその辺は問題だが……用済みなのは確かだし、最低限人質として機能する程度に刻むのは確定として……喉は斬っておくか」
そう言ってゥアイの声帯付近を斬り、回復薬を掛けた。
既に致命傷レベルまで喉を斬りつけたのに普通に話していたのだ、声帯を傷付けておけばフレアのように魔法行使も出来なくなる。
自分が聖騎士バンと同じことをしていると自覚していてもシキは自分の判断が間違っているとは思っていなかった。
出血多量と酸欠で青ざめていた顔が更なる出血によって土気色に変化しているが、後衛とはいえ聖騎士だ。高いステータスが枷になって死ぬことはないだろう。
「下手にステータスが高いと楽にも死ねない。ジル様も言ってたな。強い職業でレベルが高いと必然的にHPも高くなっていくからそういう奴が死にかければそれだけ地獄を見ると……それはそれで可哀想………………でもないな」
完全に無力化したゥアイを再びロープで縛り付ける最中、恐らく今居る民家の住人であろう小学生くらいの少年の遺体を見つけた。
目立った外傷はなく、泡を吹いて苦しんでいる表情から察するにジンメンの胞子を吸ってしまったらしい。
「誰が何と言おうと元凶はジンメンをけしかけ、その隙に攻めてきたお前らなんだ。……恨むんなら聖騎士になった自分を恨むんだな」
近くでその母親らしき遺体が少年に向かって必死に手を伸ばしていることに気付いたシキは流石に哀れに思ったのか、仮面を一時的に角だけを覆う形に変化させると器用にも口だけで魔力回復薬を飲みながら少年の服を引っ張り、少年を母親の側に寝かせた。
そして、生々しく見開かれた二人の目を閉じさせると少しの間、手を合わせ、ゥアイを引きずりながら外に出た。
「誰か、生きてる奴は居ないか! 怪我人でも良い! 今からギルドに行くんだ! ついでに護衛してやる!」
珍しく声を張り上げながら歩くシキだが、本当に生き残りが居るとは思っていなかった。
町は少し見ない間に酷い有り様に変化していた。
ジンメンの襲撃に気付いた時に掴まった時計代わりの鐘がある建物は崩壊し、至るところでは火の手や煙が上がっている。
シキからすれば物珍しい建物の数々も殆ど瓦礫と化しており、ドアや窓は何者かが無理やり入った、あるいは無理やり出ようとしたのかひしゃげていたり、ガラスが無惨に割られていたりと大混乱だったことが窺える。
(極めつけは……)
見渡せば見渡すほど見えてくる人の死体の群れ。
大半は喉や口元を抑えて苦しんで死んでいるが、上半身や首だけがない者も居る。
人の死には慣れた筈のシキでさえ吐き気を感じたのか、仮面越しに口を抑えている。
戦闘狂として暴れてしまう悪癖を持つシキではあるが、平和に暮らしていた人々の死を喜んだり、笑ったりする狂人ではないのだ。ただ殺しあいに魅入られてしまっただけで関係ない人間の死を望む気持ち等、微塵もない。
(仕方ない……仕方ない、か……)
今、シキの脳裏に浮かんでくるのはそんな冷たい言葉だった。
(仕方ない……今倒れてる奴等は弱いから死んだ、それだけの話だ。俺に何かが出来た訳でもないし、したところで何にもならなかった。だから……仕方ないんだ……)
当初、シキは今回の件でこの町が滅ぶことを確信していた。
ジンメンという対処できない問題が目と鼻の先で起きた矢先に聖軍の救援だ。救援とは名ばかりであり、一殺多生の考えで行軍してきた狂人達の存在は町の滅亡を動かぬものとしてしまった。
そう理解していても、覚悟があっても……
目の前のどこまでも続く光景は到底納得出来るものではなかった。
(これが、正義だって言うのか……わかっていたけど……こんなっ…………そして、俺はその正義を殺そうとしている……こんな惨劇を起こしてまで多を救おうとする聖軍の邪魔を……)
それは死んでいった者達の死を無駄にする行為ではないのか?
ふと、そんな疑問が浮かんだ。
(でも……聖騎士達は〝敵〟なんだ。俺やムクロに害を成し、魔族に堕ちてから初めて出来た仲間を傷付けた〝敵〟……〝敵〟は殺さないと、後々俺を殺しに来る……いや、俺だけなら良い……ムクロまで……)
そこまで思考して気付く。
(……あ? 何で……ムクロ、なんだ……? 『闇魔法の使い手』の俺が俺の命じゃなく、ムクロを重視……した?)
後ろから例の奇声を上げて首を伸ばしてきたジンメンを長剣で斬り刻みながら民家の屋根に上がり、辺りを見渡す。
やはり生存者は居ないらしい。
(……ダメだ、一度思い出したらムクロのことが頭から離れない)
また変なところで行き倒れてはしないだろうか?
眠っているところを魔物に襲われて怪我をしたりしていないだろうか?
リーフの知り合いの冒険者達を護衛する最中、聖軍の別動隊に待ち伏せされたりしてないだろうか?
死んだり……して、ないだろうか?
そんな漠然とした不安が浮かんでは消えていく。
「あ、れ……? おかしいな。俺はムクロのことなんか……どう、でも……」
何故か泣きそうになっている自分に気付き、仮面越しに目頭を抑える。
そして、どうにも様子がおかしい自分に対して【抜苦与楽】を使ったことで漸く気付いた。
(『毒以外で害を成すもの』で引っ掛かった……なら次は『魔法』……反応無し。なら……『スキル』……当たりか。あいつが持っていて、かつ俺が知っているスキルで人の頭ん中をおかしくするのは……《魅了》。まさか……俺に限ってあんなドジな吸血鬼にやられる訳…………『《魅了》による効果』……クソッ、マジか……。あの野郎、俺を《魅了》してやがった……!)
シキの【抜苦与楽】は物体を構築、あるいは内包している一部の物質を取り除くことが出来るスキルだ。
発動条件は物体から『この物体を抜きたい』と強く念じること。
その対象は物理的なものから魔法的な、あるいはスキル的な要素まで多岐に渡る。
そして、現在のスキルレベルに至るまでに『抜』いているという実感が湧くという効果を新たに得ている。
故に【抜苦与楽】で『抜』きたいものを虱潰しに念じることで一種の『検索』に近い形で自身や他の物体を調べることが出来るのだ。
『抜』きたいものが『抜』けていれば実感となってそれがわかるし、逆に『抜』けていないのであれば実感が湧かない。それはその『検索ワード』に該当する何かが物体の中に存在しないことを示す。
(排泄する必要のない魔族になったことで常用してなかったのが仇になった……『身体に害を成すもの』で使ってたのも悪かったっ……毒を盛られたことで他にも何かされてるんじゃないかと神経質になっていた……だから気付くのが遅れた……!)
《魅了》が高レベルのものならシキは既に物言わぬ人形か、感情を奪われた奴隷のような存在になっていただろう。
しかし、そうなっていないということはムクロの言った『初めて使った』という言葉は事実であり、低レベルのものであることがわかる。
そして、幸いなことに《魅了》は自覚すれば効果は薄れる。
その筈だった。
「おかしい……何で……消えない……俺の中からムクロが消えない……何で、何でなんだ……?」
イクシアのスキルの辞典に乗っていた情報は嘘なのか? 寧ろ逆なのではないか?
そう思ってしまうほど、シキの脳内からムクロの存在が消えることはなかった。
(さっきから『身体に害を成すもの』で『抜』いてた筈なのにどうして……身体……そうか、身体かっ! 《魅了》は身体には一切害はないっ……頭の中、だけ……だからか……リーンや子供達の時に何故かムクロの姿が頭ん中をちらついてたのも……あの時……ムクロと何かがあった日に《魅了》されてたから……)
それに気付くや否や、シキは即座に【抜苦与楽】で『悪影響を及ぼすもの』というワードで念じようとしたが、何故か出来なかった。
身体の奥、あるいは脳の奥からそれだけはしたくないという想いが溢れてきたからだろうか。
(俺はっ……ジル様のことが…………違うっ……俺はムク、ロのことが……好きで……愛して…………俺の中からこの想いを消すなんて……出来、な……い……!)
もうダメだった。
思わず座り込んでしまい、頭を抑える。
その行為には何の意味もないとわかっていても座らざるを得なかった。
(こんなこと……してる場合じゃ、ない……のに………………ムクロ、何で……お前は俺を《魅了》したんだ……? 俺を虜にしておいて……何で置いていった……何で一人に……したんだよ…………)
自覚したからこそ抵抗出来なかった。
ムクロによって強制的に持たされた偽りの気持ちだとわかっていても『抜』くことが出来なかった。
『お前は元からそんな奴だったのか? 殺されかけたから殺す。故郷ではそんな生き方をしてきたのか?』
いつだったか、ムクロに言われた言葉が脳内を反芻する。
『シキの望む戦いだし、止めはしない。殺しあいに魅入られた哀れな子だとは思うけどね。でも、死なないで。貴方は周りにとっては〝悪〟でも私にとっては良い子なの。だから……ね?』
そう言って抱き締められた温もりが頭から離れない。
何故か無性に泣きたくなったシキは『風』の属性魔法による胞子避けだけは消さないようにと意識しながら何とか堪える。
(あぁ……ムクロは俺と同じなんだ……俺がジル様に同情したように……あいつも俺に同情して優しくしてくれたんだ……冷めきった俺の心を癒すように抱き締めてくれて……優しく微笑んでくれて…………」
《魅了》されているからか、シキが考えることは自分に都合の良いものばかりだった。
(あぁ……ジル様とムクロに会いたい……姿形や性格は違うけど……二人は優しい……俺に優しくしてくれる……こんな嫌な現実を忘れさせてくれる……)
もしかしたら確実に訪れるであろう辛い現実や戦闘狂としての性による苦痛を和らげる為に《魅了》したのかもしれない。
そんな甘い考えが浮かんだ。
何かしらのクッションがあればダイレクトにそれらのような精神的ダメージを受けることはない。
今で言えば、確かにムクロへの想いによって目の前の現実から意識を逸らされている。
度々襲ってくるジンメンには対処出来ているのでそれほど深く《魅了》された訳ではないのだろう。
「そうだ……きっと俺の為にしてくれたんだ。本気の《魅了》なら意識もなくなるだろうし、自覚も出来ない……筈。邪な想いを抱きこそすれ、ムクロに心酔したり、崇拝したりなんてしてない……俺は多分、まだ正気だ……」
普段のシキからは考えられない前向き思考にして、すがるように弱々しく推測の域を出ない推測。
悪意を感じなかったという点では何故《魅了》し、一人で行ってしまったのかという謎を深めているが、そんな薄い理由ではムクロが善人であるという証拠足り得ない。
暫しの間、唐突な自覚によって苦しんだシキだったが町の門が破られた音で正気に戻ると再び移動を開始した。
◇ ◇ ◇
十分後、俺は冒険者ギルドに辿り着いていた。
要らぬ混乱を招いては面倒だと思ったものの、ジンメンが溢れる町中に放置することも出来なかったので、ゥアイは引きずったままだ。
「キャアアアアッ! せめて甘いもの好きなだけ食べるべきでしたああぁっ! ……ってあれ? し、シキさん!? ご無事で……え、ちょっ……ええっ!? その人、聖騎士様ですか!? な、何がっ……」
何やらバリケードで塞いであったドアを蹴り飛ばして入った俺は開口一番にギルマスとリーフ達の所在を近くで震えていたセーラに訊く。
「セーラ、ギルマスは居るか? リーフ達は……っと」
しかし、セーラがそれに答えるより先にリーフ達が駆け寄ってきたのが見えたのでそちらに意識を向けた。
「ようシキ! 無事で何よりだ! ……と、言いたいところだが何とも穏やかじゃねぇ荷物だな。……捕虜としてか?」
「お前ら無事だったかっ……良かった……いや、捕虜というより人質だな」
「……価値は?」
「一部の奴には効くだろうが……殆どないだろうな」
「そう、か……」
バンよりも強く、ことゥアイのことに限ればバン並みにカッカしやすいソーシの現在の姿を思い浮かべながらそう答えつつ、蹴飛ばしたバリケードを再び蹴飛ばして粗方直す。ドアは綺麗に粉砕されてたので近くにあったテーブルで代用した。
「兎に角、状況報告が先だ。ギルマスはどこに居る?」
「さっきシキが入ってきた時の音でこっちに向かってる」
「なら話が早いな」
《気配感知》はこういう時でも役に立つ。いずれ欲しい……が、言っていても仕方がない。ジル様に教わった技術で何とかするしかないだろう。
「おうおうおうおう! テメェ、新人のくせして何処に逃げていやがった! 俺達があいつら守ってる時によお!」
そうして先程から聞こえてくるドタドタという音の主を待つこと少し。
こんな時、こんな状況にも関わらず、以前テンプレよろしく絡んできたCランク冒険者、バッカスに再び絡まれてしまった。
相変わらずのデカい図体とやたら目立つ金髪モヒカンだ。
こいつ町に残ってたのか、意外だな。こいつこそ聖軍の情報を知り次第逃げそうなもんだが……
「悪いが今はそんなことを話している場合じゃないんだ。後にしてくれ」
「んだとゴラァッ! 俺様に意見するとは良い度胸じゃねぇか!」
さっきから何で状況を改善しようと動いている筈の俺が邪魔されなきゃならないのか。
こんな時だからこそ余計に苛々してしまうが、リーフが間に入ってくれた。
「おいバッカス、止めろ。シキは聖軍とドンパチしてきたばかりなんだ。お前がよく戦ってくれていたのはわかってる。だが、こいつも頑張ってたんだ」
「何ぃ? 聖軍だぁ? 適当なホラ吹いてんじゃねぇよ、上を目指さねぇ腰抜けリーダーが! 外見てみろ! 町はめちゃくちゃだ! 人だって大勢死んでんだぞ!? んな嘘付く暇があるなら何か手伝うのが筋ってもんだろうがっ!」
どうやらバッカスは町がここまで破壊されたことや町の奴等が死んだことに憤慨しているらしい。
口の聞き方や性格にわかりやすい難はあるが、そこまで悪い奴じゃないのかもしれない。
「何だ今の音は! ジンメンか!?」
「あ、マスター! シキさんが来てくれたんです!」
「……し、シキっ!? よく見たら全身傷だらけっ」
「なっ……こんのバカっ、何だってそんな大怪我を報告しないっ!? フレア! マジックバックから回復薬を!」
「っ!」
バッカスの意外な一面に驚いているとギルドマスターが焦った表情で顔を出し、セーラが説明してくれた。
それと同時にアクアが俺の傷に気付き、リーフがフレアと共に自分達のとっておきであろう回復薬を持ってきてくれる。
「気持ちは有り難いが持ってた回復薬を殆ど使い切って現状なんだ、そいつは自分達に残してくれ。……ギルドマスター、あんたに報告がある。話を聞いてくれ」
受付や隣接している酒場でも怪我人や胞子避けの魔法行使、急な襲撃によるストレスでの仲違い等、避難してきた町の人々や冒険者、ギルド職員で混乱の極致にある中、俺は矢継ぎ早に説明した。
先程、壁の上に居た冒険者達が聖軍による魔法攻撃を受け、その殆どが死亡ないし、町中に落下したこと。
無謀にも特攻を仕掛けた冒険者達を止めようと近付いたところ、別動隊らしき聖騎士達と遭遇。即座に交戦状態に陥ったが互いに続行が不可能なほどにダメージを負った為に敢えなく撤退したこと。
その際、聖騎士の一人を人質として捕らえたが特攻した冒険者達の死体を見たこと。
そして、町の門を破壊しようと大勢の聖騎士達が門の前に集まっていたこと。
レーセン達が上級騎士であることも全て話した。
勇者であるライ達が来るまで耐えれば恐らくこの戦いは終わるということもゥアイから得た聖軍の戦略もだ。
「うぅむ………………にわかに信じがたいが……リーフ、信用出来るんだな?」
「あぁ、こいつの強さは本物だ。嘘を付くようなタイプでもない。それに、あの時バッカスにやられたのが演技だったってのも気付いていたんだろう? だから早く治療してやってくれ」
「……どの道、聖騎士をここまで痛めつけられる奴だ。戦力にはなる、か……セーラ、回復魔法を」
「は、はい! シキさん、動かないでくださいね?」
「すまない」
回復薬は続けて飲んでいると少しずつ効果が薄れていく。
俺の怪我に関しては致命傷に近かったから薄れてでも使うべきだと判断して使った訳だが、それでも完全回復したとは言い難いし、左腕に関しては神経をやられたのか、まともに動きやしない。
回復魔法も同様に薄れる特性はあるものの、現状で言えば回復薬を使うよりは効果がある。
お陰で右足は動かすのに支障がないほどには治ったし、他の部位も殆ど回復した。
「……チッ、やっぱりダメか。あぁ悪い、言い方が悪かったな。あんたのせいじゃないから気にしないでくれ。……っと、そうだ、こっちの被害状況はどうなってるんだ? こっちに来る途中で色々見たから大方予想は付くが……」
回復魔法を受けても動かない左腕に悪態をつきつつ、そして、それにビクリと肩を震わせたセーラに謝りつつ、町の被害について訊く。
「町中は見ての通り、壊滅的だ。復興なんか夢のまた夢だな。町民は……少なく見積もっても八割は死んだ。うちに逃げてきた奴等を数えたって一割にも満たないだろう」
「冒険者もお前が見てきたのを入れれば多分殆ど全滅してるな。と、いうことはだ。俺達だけであの人数を守んなきゃいけねぇって訳だが……」
ギルマスが混沌としている後ろの方を見ながら言い、リーフはそれを受けて苦い表情で呟いた。
現実的に考えれば不可能。
悲しいがそう思わざるを得ない……
そんな心情が滲み出たような顔だった。
「やはり厳しいか……」
いつかのように逃亡、という言葉が脳裏を過る。
イクシアの時も絶望的な戦力差ではあったが……如何せん、今回は分が悪すぎる。
ライが来るまで耐えれば、と一見まともに感じる条件も現在の時点で聖騎士達が攻めてきていて、ライ達の姿が一切ないということはマナミに起きた何らかの問題が余程深刻であることを示す。
それがどれほどのものなのかはわからないが、ライがこの町の現状を……いや、ライがこの町そのものを知らなければどうしようもない。
そんなことすら不明瞭な現状だ。どうしたってジンメンという理不尽な脅威と聖軍という驚異に耐えることは出来ないだろう。もしかしたら一日どころか半日経てばこの町は落ちるかもしれない。
――せめて俺に勇者並みの力さえあれば……
歯痒い現実に俯く俺を追いたてるように、
「それに問題は他にも――」
と、アクアが何かを言いかけた。
しかし、その続きを俺の耳が捉えることはなく、直後に聞こえてきた、
「――見つけたぞシキいぃっ!! 貴様っ……貴様だけは絶対に許さんッ! 我が一族の誇りにかけて、貴様を殺してくれるっ!」
という中々に痛く、中々にヤバい宣言によってかき消されてしまった。
「チッ、今度は誰だ! …………クハッ、クハハッ……全くっ、次から次へと……! 今日の俺はやけに人気だな」
声の主と周りに控えている物々しい雰囲気、装備の奴等の姿を確認した俺は仮面に隠れた顔を盛大に引きつらせながら長剣を抜刀した。
「見ろ! 我々は何もしていないのに剣を抜いたぞ!」
「野蛮な! やはり魔族か!」
「全身に武器を吊り下げる等……何と愚かな……」
「あの仮面……まるで奴の正体を明かしているようなものじゃないか! 誰も気付かなかったのか!?」
「全ては主様の為に……全ては主様の為に……全ては主様の為に!」
何もしていないと宣ったのは思いっきり殺人予告をしてきたエルティーナだ。
そして、後ろで大量の武器を持ち、全身を防具で包んだ状態で好き勝手に言ってくれるのは修道服のようなものを着込んだ聖神教の信者達。
見れば全員の瞳が不気味なまでに白い光を放っている。
どう考えてもまともな状態ではないだろう。
「おいおい……矛盾とかブーメランって言葉を知らないのか?」
「私は……私はっ……貴様の正体が見抜けなかった自分が憎いッ! まさかっ……この私が聖騎士様に聞かされるまで魔族である貴様を一人の人間として認めてしまっていたなんて……あぁああぁ……おぞましい……おぞましいッ! 魔族を……穢らわしい魔物以下の存在を……私は人間等と……!」
……あぁ、成る程。そういうことか。
今現在、俺に向けている剣を以前にこれは家宝の剣なのだと自慢気に語っていたエルティーナの懺悔に近い独り言で大体わかった。
「ジンメンの投入、それによって生じる隙を狙った魔法攻撃と別動隊の正面突破……そして、イレギュラー的に発生した俺との戦闘で得た情報を使っての内部分裂……やってくれたな、狂信者共。全ては神の見業である転移魔法のお陰ってか……!」
「ええいっ! 人の言葉を話すなッ! わかっているのか!? 貴様は存在そのものがおかしいのだぞ!? そ、そうだ……火炙りに……魔族は火炙りにしないと……!」
……完全に狂ってやがる。
そこに俺が知っている正義バカのエルティーナの姿はなかった。
「対処が面倒な相手をこうも……!」
しかし、そんな現実を直視する間もなく、文字通りのイカれ集団を前にした俺を更に追い込むかのような現実が待っていた。
「このタイミングでっ……クソッ、聖軍ってのはどこまでっ……!」
「シ……キ……? 魔族って……どういう……こと?」
「…………」
「魔族、だと? チィッ、こんな時に人類の敵が紛れ込むとは!」
「う、嘘……シキさんが魔族な訳……で、ですよね……? し、シキさん……」
リーフだけは悪態をつきながら近くの椅子を蹴飛ばしていたものの、他の者の反応は俺に焦りを覚えさせるには十分だった。
まさに内部分裂。
俺は武器に手をかけてこちらを睨むアクア達にどう動けば良いのか、何て言えば良いのかがわからず、固まってしまったのだった。




