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闇魔法の使い手  作者: 葉月 縷々
第3章 冒険者編
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第98話 鬼

前回に引き続き、グロいシーンがありますので食事中の方等はご注意ください。




 ――ガキィンッ! ガキイィンッ! ガキイイィンッ!!



 地上から十メートルはあろうかという空中で剣と剣のぶつかり合う不快な音が辺りに鳴り響く。



「しつっこい!」

いね(死ね)ええええぇっ!!!」



 紫と白い礫のような光が輝いては消えていく。



「ほほっ、猿二匹がキーキー喚きよって! 『ウインドストーム』!」



 しかし、目の前の二刀流の短剣使いに気を取られれば後ろから風の咆哮とでも言うべき轟音と共に真空の砲撃が飛んでくる。



「っ!」



 後退した瞬間を狙われたので体勢を変えて受けることも出来なければ躱すことも出来ない。



 視線を動かす間にそう判断したシキは崩れた体勢のまま両肩と両膝から真上に向けて魔粒子ジェットを放つことで急落下して躱すが、悪寒を感じて肩の魔粒子ジェットを切り、膝からの噴射によって体勢を下に向けて長剣を構えれば一際大きな衝撃と金属音に襲われる。



「盲目がここまで不憫だとは思わなかった。レーセンは流石だな」

「どの口が……っ!?」



 一瞬、バンのように白い魔粒子を放出しながら飛んでいるソーシの姿が見えたものの、巨大な槌による殴打のせいで回転しながら上へと戻され、再びゥアイによる魔法の追い撃ちが来たが故に攻撃はおろか、まともに言葉を返すことも出来ない。



 極めつけは転移魔法を応用したレーセンの急襲だ。



 ゥアイの属性魔法と魔粒子ジェットを使ったバンの短剣術にソーシの殴打。

 それらに防戦一方になりながらも何とか攻撃をしようとした瞬間、音や気配もなく、いきなり背後や頭上から現れて斬りつけてくるのだ。



 (音も気配もない点からして、音を消すような何らかのスキルと気配を遮断するタイプのスキルを併用した転移……! 感知系スキルを持ってない俺じゃ対処しきれねぇ!)



 転移魔法の使用には当然詠唱が必要なので、ある程度のタイムラグはあるが、詠唱を限りなく短くしており、早さに特化している上に見えないという厄介な『風』の属性魔法を連続して放ってくるゥアイのせいで息をつく間もない内に攻撃される。



 (ちぃっ! やっぱりあの時、無理してでも殺しておくべきだった! あんだけ仲が悪かったくせに一対一(サシ)で敵わねぇと学習すればこうまで……! ええいっ、揃いも揃ってどっかしら欠損しているくせに!)



 視線だけでチラチラ見る限り、マナミに何かがあったというのは本当らしく、バン以外の三人も以前、シキにやられた深い爪痕を身体に残している。

 具体的に言えばゥアイは右腕を、ソーシは両目を、レーセンは左腕を消失しているのだ。



 ソーシに関しては内臓に激しいダメージを与えた筈だが少し顔を歪ませながらも動いていることから治っても神経は戻らないとわかっている目ではなく、命に関わる内臓を重視して回復魔法か回復薬を使ったのだろうと推測される。



 顎と舌が見るも無惨な状態のバンも含め、満身創痍とまではいかないとはいえ、寝込んでも良い筈の怪我人にここまで追い詰められている事実はライやジル等の別格以外に殆ど無敗を誇っていたシキからすればかなりの屈辱だった。

 多対一の正々堂々とはかけ離れた戦い方ではあるが、流石聖騎士と言ったところだろう。



「くっ!?」

「っ、浅いか!」



 気を抜いた訳ではなかった。



 四人の連携が思っていた以上に脅威的だと痛感した刹那、レーセンの長剣が首元を掠め、血飛沫が舞った。

 幸い致命傷ではないものの、日本であれば即座に救急車を呼ばれるほどの流血だ。



 思わず、空中でたたらを踏むようにして固まってしまった。

 今も尚、町に向けられている多種多様な属性魔法の嵐の中だというのに。



「ぐあああっ!」



 目が眩むような輝きが目の前まで迫り、咄嗟に身を丸めたが、両腕には『火』の玉、右足には『風』の斬撃、もう左足は『土』の塊が直撃し、頭部に至っては丁度直撃する寸前に『火』の玉と『風』の玉がぶつかった為に超至近距離で起きた爆発に巻き込まれ、一部の髪と肉が消し炭になってしまった。



 見れば左腕と左足は手甲と脚甲がある部分に当たったお陰で大したダメージではないようだが右腕と右足は直撃であり、腕は頭部と同様に一部が削られ、足は太ももが大きく裂かれている。



「っ!? ~~~っってぇえぇぇ……!!!」



 爆発の衝撃で属性魔法の嵐から抜けられたものの、怪我の具合を把握する以前にあまりの激痛に気が遠くなり、まともに思考することもままならない。



 が、その瞬間を待っていたのか、



すいあい(隙あり)いいぃっ!!」



 と叫びながらバンが突っ込んできた。

 両手の短剣をそれぞれ別の部位に向けている。どちらかを止められても確実に傷を付けるための攻撃だろう。



「しゃらくせぇッ!!」



 自分よりも力強く素早い魔粒子ジェットを放出しているので、どうしても避けられない。



 シキは短く吠えるとダメージ覚悟で左腕の籠手を突き出し、短剣を防いだ。



「ぐぅっ!?」

「はははっ! ちょうえい(直撃)ぃッ!」



 片方は止められたが、やはり残った方の短剣で脇腹を軽く刺されてしまった。



 しかし。



 一方でシキの苦痛の声に気を良くしていたバンだったが、頭に響いたメキメキメキィッ!! という何かが砕けるような音に気付いた瞬間、防がれた方の腕を通常とは真反対に折り畳まれた状態で味方の属性魔法の嵐の中に吹っ飛んでいった。



「ギィヤアアアアアアアアッ!!!!」

「ほっ!?」

「なんだ!? 何が起きた!」

「バンめ……油断するなとあれほど……!」



 思わず耳を塞ぎたくなるような断末魔の響きにレーセン達が驚く中、シキは地面に着地し、漸く一息つく。



「ふーっ……ふーっ……フーッ……! フーッ……!」



 しかし、それだけでは治まらず、息は荒ぶり、紅く染まってしまった瞳に怒りの炎が灯り始めた。

 


 どうやら暫く理性で抑えていたスイッチが入ってしまったらしい。



「クハッ……クハッ! クハハハハハハハッ!! そうだッ! 何で気付かなかった!? 多いなら減らせば良いんじゃねぇか……! クハッ、クハハハハッ!」

「ひっ……!?」

 


 後頭部と片足から致死量に至るのではないかと思えるほどの血をこれでもかと流しながらも興奮したように叫び、両手を広げながら高笑いをしたシキに顔色を青ざめさせたゥアイは狂ったように詠唱を始め、様々な属性魔法を周囲に浮かべ出した。

 一定の数の攻撃準備を終え次第、一気に攻めるつもりなのだろう。



「ならテメェからだなァッ! 女アアァッ!」



 リンス程ではないにしろ、上級に位置する聖騎士の属性魔法は脅威であると認識したシキは吠えるようにして狙いを定めると、両肩や両踵、両膝裏から後ろに魔粒子ジェットを噴出することで真っ直ぐ突撃を掛けた。



「やらせるものか!」

「クハッ、そうかよっ!」



 それを拒むようにして白い魔粒子を放ちながら直線上に現れたソーシが巨大な槌を横殴りに振るってきたので背中側の魔粒子ジェットを全て止める。流れるような動きで広げた左腕と右脚から限定的に再び噴出し、その勢いで身体を半回転させた直後に両肩から一瞬だけ噴射することで、攻撃の軌道から身を逸らす。

 胸元にブウゥンッ! という力強い風を感じながらすれ違い様に長剣を一閃した。



「な、にぃっ……!?」



 軽装とはいえ、鎧を身に付けていた為致命傷にはなり得なかったようだが、その鎧ごと腹部を斬りつけたので小さくないダメージにはなった。

 少なくとも鎧に関しては斬られた部分が大きく口を開けており、腹部も噴き出す血の量からして相応の傷になっている筈である。



「そ、ソーシ!?」

「っとくりゃあ、テメェも来るよなァッ! ええっ!? ジジイイィッ!」



 パートナーのソーシがやられたことで動揺したゥアイが悲鳴染みた声を上げ、シキは姿を眩ましたレーセンの急襲を予期した。



「こやつっ、自ら『魔素』を作り出すだけでなく、器用な使い方をするっ!」



 やはりというべきか、レーセンが現れたのはシキの背後だった。

 空中で仰向けになるような姿勢だったので真下からの接近になる。



「っ、そこかああああっ!!」

「なっ、ぬううううんっ!」



 ある程度、レーセンの動きを予測していたシキは再び魔粒子ジェットを腕と脚から噴出することで一瞬の内に身体の向きをレーセンに向けると、その勢いを利用し、そのまま回転斬りを企てた。

 しかし、レーセンはシキの真下に現れたのではなく、更にその下に転移し、そこから《空歩》と《縮地》のコンボで肉薄していたらしく、奇しくもシキの回転斬りはレーセンの攻撃を受け止めることとなった。



 ――ガキイイイィィンッ!!



 バンの時とは比にならない剣戟の声。

 続いて行われるは、やはり比にならない万力のような力が込められた鍔迫り合い。



 ギリギリ、ギギギイィィッッ! と互いに背中から魔粒子ジェットを放出することで嫌な音を立てながら向き合う。



「クハッ! 前はそんな玩具なかったよなァッ!? どうしたんだよそれッ!」

「ぐうぅっ……! 俺達も本気っ、ということ、だぁっ!」



 ただでさえステータスに分があるシキが己の獲物に手を添えて両腕の力を込めているのに対し、レーセンは右腕だけで耐えている。

 技術面で言えばレーセンの方が圧倒的に上回っているとはいえ、片腕を失った代償は大きいと言える。しかし、そんな状態でも耐えられているのは事実だ。シキはその事実に苛立ちを覚えながらも内心だけは何とか凍てつかせる。



 (あの時は俺達を雑魚だと思って油断していたからな。武器だけ持って来て返り討ちにあったから今度はフル装備ってところか。だが、謎の装備を抜きにしても……)

 


 強い。



 シキはライにジル、オーク魔族のゲイルや『付き人』のクロウという超常的存在以外の者に対し、掛け値無しにそう思った。



 何のスキル、あるいは固有スキルかはわからないが、ライを越える頻度で連続してスキルを使用出来ること然り。

 それらのスキルがどれも強力であり、対処に困る嫌らしいものであること然り。



 何よりも、対峙していると感じられる〝芯〟の強さ。

 的確かつ迅速な判断力、仲間からの信頼、豊富なスキル構成も厄介ではあるがスキルを使用するタイミングも絶妙だ。それに、その大量のスキルを戦闘技術に組み込んだ上でそれらを一挙に使いこなす技量……恐らく全て経験によるものだろう。



 このままでは不味いと判断したレーセンが蹴りを仕掛けるように見せ掛けて《空歩》でシキの目の前の空間を蹴り、そのまま《縮地》で後退する。



「ゥアイ! 中途半端なものでもいい! 魔法を撃てぃっ!」

「ほ……ほ、ほほ! 承知したのじゃ!」



 不完全なものでも基本的に前衛型であるシキには確かな効果がある。



「ちぃっ!」



 故にシキは自身の魔力残量を感覚で計って大きく舌打ちした後、先程直撃した属性魔法の嵐を連想させる連続、あるいは同時に放たれた幾つもの属性魔法を魔力を使い切るつもりで魔粒子ジェットを乱用し、無理やり躱す。

 《狂化》を使った、バンへの迎撃のせいで折れてしまったらしい左腕や出血多量のせいか、冷たくなってきた右脚からも噴出することでゴキンッ! バキィッ! と何かがへし折れるような音を立てながらも何とか回避していく。



「ってぇなァ、オイッ!」

「何なのだその動きは!?」



 魔粒子ジェットの噴射時に生じる衝撃に逆らうことなく、まるで人形か何かのように身体を揺られ……否、揺らして躱すシキの姿はレーセンにはかなり不気味に映ったらしく、ありえないと言わんばかりの形相でたまげている。

 レーセンの振り下ろしを後退して避け、その隙を真横から狙ってきた『風』の弾丸二つを両脚から魔粒子ジェットを噴き出すことで身体を一回転させて躱し、《縮地》で迫ってきたレーセンを今度は両肩から前方に噴き出して身体そのものを落下するように逸らして躱す。と思えばその動きをなぞるように長剣の握られた右手や肘の先から下に向けて強く噴き出させることで、それまでだらんと下がっていた右腕がビクンッと独りでに軌道を変えて動き出し、レーセンに死神の鎌を振るう。



「ぬぉっ!? 何度も何度も、化け物か貴様ッ!」

「盲目のくせに何もかも見えてるお前にだけは言われたかねぇな!」



 こちらが工夫して攻撃しているのにも関わらず、まるでそう来るとわかっていたかのように自然に躱すレーセンに言葉を返すシキだったが、十秒にも満たない短い時間の中で行われた神経を磨り減らす攻防はゥアイによる援護によって終わりを迎えた。



「――『ファイヤーバレット』!」

「っ、レーセンっ!」

「わかっているっ!」



 一度の瞬きの間に二十メートル以上離れた位置から目の鼻の先まで近付いてくるバスケットボールほどの大きさの回転した炎弾を上半身を逆くの字に逸らすことで避けた瞬間、上空から迫ってきたレーセンの剣を左腕の籠手で受けた。



 ――ガキイィンッ! バキッ、ゴキャアッ!



 剣と籠手がぶつかり、火花を散らせながら数瞬だけ均衡するものの、直ぐにシキの腕が鈍い音を立て、あらぬ方向へとねじ曲がってしまった。

 しかし、それでも尚、魔粒子ジェットを噴き出すことで再び均衡を保たせる。



「がっ……!? ~~~~……っ!! クハッ、使えねぇ腕っ、だな……!」



 魔粒子ジェットの角度や威力は調整したが、無理やり動かしたので完全に肘の関節がおかしくなったらしいシキは苦悶の声を上げながらも刃を返した。



「くぅっ……! こいつ、にはっ! こういう使い方もあんだよッ!」

「何っ!?」



 腕や背中から魔粒子ジェットを噴き出してレーセンの剣を耐えていたこともあるが、シキは驚いたことに長剣の刀身からも紫色の輝きを放った。

 先程までは躱していたレーセンも腕ではなく、剣筋そのものが突如として軌道変更したことに反応が遅れてしまい、肩から脇腹にかけて斜めに巨大な線が出来る。



「ぐぬぅっ!?」

「止めだジジ――」

「――させるか!」

「ぐっ!」



 顔を驚愕一色に染めたレーセンが吐血し、致命的な隙を晒した。

 その瞬間を狙い、長剣を振りかざした直後、ソーシが投げ付けてきた巨大槌に弾かれてしまい、獲物を地上へ落としてしまった。



 悪いことは続くもので、ソーシが稼いだ数秒の間にゥアイのとある魔法が完成し、レーセンに当てられた。



「――彼の者を癒したまえ! 『ハイ・ヒール』!」

「なっ、回復魔法だとっ!? ええいっ! 雑魚共が!」

「っ!?」



 全回復とまではいかなくとも、みるみる内にレーセンの出血は治まっていき、血色も戻っていく。

 これには流石に焦ったシキが殺気を全開にし、爪に『風』の魔力を通して斬撃をゥアイに向けて飛ばそうとするが、その直前で自身の身体の異変に気が付き、動きが止まってしまった。



 (っ!? 何だっ、急に身体がっ……!? クソっ、力が入らなっ……ぐっ、視界まで……ボヤけてっ、きやがった……!)



「んだよこれ……!?」



 一瞬全身に力が入らなくなり、視界がグニャリと歪んだ。



 戦闘中においてそれは無視できない不調だ。

 例えソーシやゥアイが体勢を整え終わっている姿が視界の端にあろうとも、歪んでいて理解出来ないのでは感知系スキルを持っていないシキには気付きようもない。



「今だッ!」

「「応っ!」」



 その隙を見逃さず、レーセンが長剣を振り上げ、ゥアイもソーシと共に属性魔法を放ってくるが、背中や脚に魔粒子を噴き出す謎の物体を装着しているレーセン達では出来ないであろう両膝の皿や両肩等、身体の前部分から魔粒子ジェットを噴き出す、という荒業でシキはそれら全てを無理やり躱した。



 その顔色は仮面で隠されているものの、自身の行動で体勢を崩し、ぐるんぐるんと空中で回転してしまっていることから咄嗟の行動であったことがわかる。



 (畜生……レーセンは盲目のくせに俺よか視界は広いようだし、俺への対処法をそれぞれが身体で知ってやがるせいで他も良い感じにウザってぇ。……クソっ、|この俺が()()()()()()()なんて……!)



「クハッ……毒か……」

「何っ!?」



 じわりじわりと熱を持ち始めた身体に疑問を抱き、そう言えばと記憶を辿ってみれば過去、ジルに精神修行と称されて摂取すれば確実に死ぬと言われる毒を飲まされた時に今と同じような体調に陥ったことがあるのを思い出した。



 《狂化》を使った裏拳で何処かへ吹っ飛んでいったバンの突きによるものだろう。



 (てか寧ろそれしか思い付かねぇ。あの野郎、狡猾にも短剣に毒を塗ってやがったな? 何が聖騎士だ、汚ぇ野郎…………クハッ、この俺が汚いと罵るか……皮肉だな)



 属性魔法の嵐に曝され、ボロボロになった身体を動かす為に魔粒子ジェットを無理やり使用したことや目の前で爆ぜた魔法によって刻まれた深刻な頭部の負傷もある。

 久しぶりに戦闘狂として暴れたせいでそれらの事態に気付くのが遅れたということもあるだろう。当然、聖騎士達の猛攻への対処もだ。



 だが、それ以上に身体を蝕む毒はとても強力なものらしく、抵抗する気力すら湧かなくなってくる始末。



「ぐうぅ……! はぁ……はぁ……!」



 刺された脇腹がズキズキと痛む上に異様な熱を帯びており、身体からは意図せず力が抜けていく。

 少しすれば意識も朦朧としてくる。



 立ち眩みと目眩、頭痛に腹痛、全身の熱と怠け、吐き気等、まるで重度のインフルエンザにでも掛かったようだった。



「……ふっ、今更気付いたところで何になるというのだ! 我ながら小心者よのぉっ!」

「くっ、そ……やら、れ……た……!」



 毒を盛られたことを感付かれ、一瞬焦ったレーセンだったが少しずつ弱っていくシキの様子に笑みを深めると己の反応を笑った。



「ほ、ほほほっ! そう言えばあの山猿の二つ名は《毒蛇》じゃったな。恐れ知らずで誰にでも噛みついて獲物を惨たらしく殺す。……よく言ったものじゃが、死んだ後に証明されてものぉ。ほほほ!」

「くっ……ははは……それよりレーセンだろう。俺が数秒すら抑えられなかった相手にバンの毒が全身に回るまでずっと耐えてくれた」



 グニャリどころか、ぐわんぐわんと歪み続ける世界が今度は横に激しく揺れる中、とうとう飛ぶことも出来なくなったシキは頭から地面へと落下していく。



「ぐっ……!」



 せめて頭部だけでもと首や背中から魔粒子を噴き出し、ほんの少しだけ落下速度を落とし、体勢を整えたものの、打ち付ける部位が頭から背中に変わったのみだった。



 (クッソ……クソ、クソクソクソクソクソクソッ! この俺が! こんな失態ッ! ジル様に顔向け出来ねぇじゃねぇか……!)



 どう考えても敗北としか言いようがない現実にシキは尚更怒りのボルテージを上げ、内心では強く悔しがっていた。

 そこに死への恐怖や毒に対する不安は一切なく、ただ〝俗物〟に負けたことへの嘆きのみであり……



 何よりその瞳はまだ生気と怒りに満ちていた。





 ◇ ◇ ◇



「ぐはぁっ……! ごほっ……ごほっ……はぁ……はぁ……ち、く……しょ……こ、れ……今ま、でで……一番……キ、ツい……」



 《金剛》スキルの制御すらままならないのか、仮面の口や横の隙間から盛大に吐血するシキ。



 勝敗は付いた。



 誰もがそう思える光景。



 否、誰もがそう思っているだろう。



 しかし、レーセンだけは嫌な予感を強制的に押し付けられるような感覚に襲われていた。



「ほほ! さて、どう殺してやろうかの」

「先ずは指だな。拷問好きのバンが言っていたが、指を潰された奴が最も泣き叫ぶらしいぞ。俺達にこんな大怪我を負わせたんだ。精々、苦しみながら死ぬが良いさ」



 絶対的な強さを誇っていた魔族を負かした事実に気が緩み、口々に殺し方を話し合いながら地上へと降りていく二人を見据えながらその感覚が何かを悟ったレーセンは静かに指示を出す。



「この感じは……《直感》。ゥアイ、ソーシ、降りるのは構わんがそいつに近寄るな。死にかけとはいえ、まだ息があるのだ。油断は出来ん」



 何よりも慎重に。



 「こひゅっ、こひゅっ……ひゅーっ……」と呼吸音すら怪しく、死に損ないと呼べるような状態の者への対処としてこの判断を素直に下せるのはやはり経験の技と言えるだろう。

 二人もカッカしているのならいざ知らず、レーセンの指示に背くほど愚かではないので着地を終えても黙ってシキを見ている。



 数分後、意識を失いかけているのか、焦点の合わなくなった目で虚空を見つめ始めたシキに漸く警戒を解き始めたレーセンはそれでも石橋を叩くように問い掛けた。



「鬼の子。バンの毒はどうだ? 奴は性格こそ難があるが、仕事は確実にこなす。今回で言えばお前の動きを止める盾と矛の役割を果たしていた。確か即効性はない代わりに耐え難い苦痛と熱を伴う毒、だったな。どうだ、痛いか? 苦しいか? 熱いか? 毒はお前を蝕んでいるのか?」

「……………………」



 とうとう力尽きたのか、反応はなかった。

 仮面に隠された顔がどのような表情を浮かべているのかはわからないが、唯一まともに動かせる右手で脇腹を抑えていることから戦意は失われたものと判断しても良いだろう。



 (……全ての質問に肯定した。ならば……) 



 yesとnoだけとはいえ、質問さえすれば例え対象が別のことを考えていたとしてもその二択を真相心理から読みとることが出来るレーセンはシキの心の反応に肩の力を抜いた。



「ほほほ! どうやら奴の毒はしっかり効いているようじゃの」

「よし。どう痛ぶってやろうか……楽しみだな、ゥアイ」

「そうじゃのぉ……先ずは目玉と舌じゃな。あやつの角をへし折って穴でも開けてやろうではないか」



 そんなレーセンを見て安堵したらしいゥアイとソーシは余程恨んでいたのか、先程話していた拷問を開始すべく、聖騎士にあるまじき醜悪な笑みを浮かべて歩き出した。



 (やれやれ、聖騎士が嬉々として拷問等と……バンもそうじゃが、どうも上級騎士は我が強くて困るの)



 レーセンは二人の聖騎士に大きなタメ息を吐きつつも、「まあ腕や目を潰されたんじゃ。今回ばかりは大目に見てやるか……」と、これから行われるであろう非道な行いに背中を反らし、歩き始めたところで、未だ残っている嫌な予感……《直感》にふと疑問を覚えた。



 (はて……最早、あの小僧に反撃出来る余力はない筈。何故、胸騒ぎが治まらない……?)



 聖騎士ノアのように自身の《直感》に絶対的な自信を持つ者ならば、確実性を得るため、剣をシキに向けていただろう。



 しかし、レーセンは歴戦の騎士であり、世の中に絶対という言葉は存在しないことを今まで生きてきた中での経験で知っていた。知ってしまっていた。



 故にそんなことはしない。

 が、どうにも腑に落ちなかったレーセンはふと足を止めると、シキの方に振り返り、最後の質問をした。



「……一応、聞いておこうか。貴様……()()()か?」



 果たしてシキの答えは……




















 yes。



 つまり、肯定だった。



 冷や汗が出るどころではない思わぬ反応に即座に抜刀したが、少し遅かった。



 レーセンでは盲目故に見ることは出来ない。



 しかし、地面に力無く投げ出された身体からは信じられないほど、カッと力強く見開く紅い瞳に、レーセンは確かに仮面の奥でニタァと裂けたように嗤う鬼の姿を幻視した。




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