第95話 逃亡と別れ
急いで書いたので修正するかもです。
「うぷっ……おえっ……~~~っ……!」
「大丈夫?」
「ほら水だ。……おい、言っておくが口は付けるなよ。後、帰ったらそこをピカピカに掃除しておけ」
「うっ……わ、わかっているっ」
リーンや子供達の件が耐えられないほどの精神的苦痛だったのか、人生で二度目となる殺人への忌避感と葛藤に苛まれてしまった俺は嘔吐を繰り返し、エルティーナの馬車の中で寝込んでいた。
加えて、隣には俺の顔を覗き込んで心配そうにしているアクアも居るし、御者として馬を操りながら水筒を投げてくるエルティーナも居るからこそ、一人だったら少し不味かったかもしれないと強く痛感していた。
――あぁ……一人旅だとこういう弊害があるのか……クソっ、我ながら柔な精神してやがる。
元々の俺の目的である異世界イクスを回る旅は絶対に一人で、と思っていた。
だが、同情出来る人間を殺した程度でここまで苦しむとは思っていなかった。これではまともに盗賊討伐すら出来ない。旅なんて言ってる場合でもないだろう。
――良い経験にはなった。賊には賊の過去があって、俺はその賊を容赦なく殺してきて……まだ二十にも満たない女子供が手段を選ばず……いや、選べずに死に物狂いで生きようとしていたあの姿……少なくとも得るものはあった筈だ。
どんな理由があろうと〝敵〟は殺す。
魔物然り、盗賊然り、聖騎士然り……俺がそう決めているのは全て未来の自分の為だ。
例え一匹、一人でも生かしてしまえば、奴等はいずれ報復に来る。
俺にやられた、という事実は死ぬまで忘れられないだろうからな。寧ろ死んでも復讐を望む奴だって居るだろう。
これに関しては色々気が合ったジル様とは唯一わかり合えなかった考え方でもある。
ジル様は世界最強と評される圧倒的な力を持っているが故に敢えて生かすことで未来の自分への挑戦者、復讐者を作り出す。
その選択は同じ戦闘狂としてわからんでもない。戦うのは楽しいし、殺しあいほど昂るものはない。そう断言できる。
しかし、それは未来永劫、死ぬまで独りで生きると決めた者の見方だ。
相手は何もジル様本人に危害を与えなければいけない訳ではない。もし仮にジル様に親しい人が居ればその人に報復することもあるだろう。或いは町、国等、関係ない大勢を襲い、「お前のせいで奴等は死んだ」という精神的な揺さぶりを掛けてくることだってある。
ジル様にはそれがないから生かす。
そんなことをされても心が痛まないから気にしない。
そして……どんなにそいつが強かろうが賢かろうが汚かろうが絶対に負けないという絶対の自信があるから堂々と自分を貫き通すのだ。
一方、俺はまだそこまでの域に達していない。
魔物なら直撃を受ければ場所によっては即死するし、盗賊は不殺の精神を貫いた場合、思わぬ反撃を受けるかもしれない。聖騎士ならステータス以外のあらゆる〝力〟において負けているから油断が許されない。今回のようにただただ被害を被っているだけの町の奴等が一方的な理由で殺されるのも納得出来ない。
立場、地位、環境、持っている力の違い……それらによってはどんな相手であろうと己を殺す術を有してるということを俺は知っている。
だから〝敵〟は絶対に殺す。いつか自分がやり返されないように、未来の自分が殺されないように。
事実、賊に堕ちてしまった人間相手に予断を許せば子供にナイフを突き立てられたエルティーナのように痛い目を見ることになる。
しかもそのナイフには排泄物のような物が塗られていた。恐らく、細菌や感染症を狙った毒目的だと思われる。ただの村人にそんな知識があるとは思えないから単に衛生的、精神的な苦痛を与える為のものという可能性もあるか。
エルティーナはエルティーナで聖神教の教会で売られている聖水を持っていたらしく、大事ないということだったが……確か『浄化』とかいう『聖』魔法が掛かった水、だったか。
効果は文字通り、身体に悪影響を及ぼすものを消滅、除去することが出来るらしい。
イメージは俺の【抜苦与楽】の上位互換って感じだな。
即効性は完全に向こうの方が上だけど、こっちは魔法やスキルによる悪影響も取り除ける。まあ、用途が違うから比べるものでもないが、普通の人間はそんなものを買う余裕もなければ持ち歩きもしていない。力を見せてでも助けたい相手でもないから俺は見捨てただろうし、聖水がなければ病に苦しむことになるか、死んでいただろう。
――とはいえ……
「うぉえっ……おろっ、おろろろ~っ……!」
「うわぁ……」
「悪い、アク……おええぇっ…………」
この苦痛は完全に想定外だった。
激しく嘔吐しながらゼェゼェと息を切らす俺に若干、引きながらアクアが背中を擦ってくれている。
気持ちは有難い。……気持ちはな。
けど、さっきから俺の顔ガン見してるから素直に感謝出来ん。何なんだこいつ。いつものように口元だけ変化させてる状態だから顔は見えない筈なんだが……
まあそれはさておき。真面目な話、思考系スキルがなければまともに動けなくなるほど狂ってしまった俺は既に殺人そのものは経験している。
殺されるとわかっていて賊に堕ちる奴等にはそれなりの理由があるということもわかっているつもりだった。だから今更、人を殺したぐらいでここまで苦しむ羽目になるとは思っていなかったのだ。
しかし、逆に言えば……つもりでしかなかった、ということだろう。
やはり、そうならざるを得ない環境に置かれた人間とそれを想像することしか出来ない恵まれた人間ではどうしても隔絶した差が生まれてしまう。
――そこだけはどうやっても埋まらないか……
「……そう言えばエルティーナ。俺が子供達を殺したことについて何かないのか?」
気を紛らすように、行きと違って安全運転であるエルティーナに話し掛ける。
やぶ蛇かとも思うがこの女騎士にしては妙に静かだったせいか、不気味に感じるのだ。
「何か、とは?」
「俺は……お前が止めようとしていたのを無視した……だから……」
「思うところがない訳でもない。が、貴様は私が危ないと思ったから斬ってくれたのだろう? 私は守るべき民だった者に剣を向けることが出来なかった。それどころか、挙げ句には捨ててしまった……相手に同情し、心を折られる等、正義の騎士としてあるまじき失態だ。本来なら私こそ罵られるべきなのだ」
エルティーナは騎士や国は民の為に……力有る者は力無き者の為に力を振るうべきだと考えるタイプの人間だ。
普段は傲慢でただ偉そうにしているだけのウザい奴にしか見えないが、根はそこまで悪い奴じゃない。
と言っても力や能力があるんだから正しいことの為に使えという考え方とは一生相容れないがな。
そんなものがあるなら自由に使って自由に生きたいと感じてしまう俺には到底理解出来ない。
「ふっ……」
「……貴様、笑ったな?」
「いや、悪い。冒険者のくせに騎士として騎士としてと……改めておかしな奴だと思っただけだ」
「私には私なりの理由があって冒険者をしているのだ。察しろ。そして何も聞くな」
「わかってるさ」
「ふんっ」
理由や過去はどうあれ、今のエルティーナは冒険者だ。
本人は騎士として失格くらいの感覚なんだろうが、本業の冒険者としても今回の件は失格だろう。
しかし、上から目線とはいえ、民の為に自らの命を捨てられるらしいこいつには本人なりの騎士道やら正義やら信念やらがあり、元民の、それも年端もいかぬ子供に剣を振るうことはそれに反するから出来なかった。
そういう理由なら俺は責められない。まあ命が掛かってるんだからとは言えるが、言ってしまえば自己責任だからな。兎に角、俺には納得出来る理由だったし、今行動に移せないで困るのは本人だ。それが出来ずに死ぬのも本人。後は知らん。
「結構、仲良い?」
「勘弁してくれ、大人しいからお互いに話せるだけだ。普段なら魔物を相手にするよりウザいぞ」
「聞こえてるんだが?」
「ほらこれっ……うぷっ」
「……落ち着いたと思ったのに」
「思い出しちまった……」
思惑通り話だ気が紛れていたらしいのだが、再び吐き気が襲ってきたのでまた床にモザイク必須なものを吐き出す。
胃の中は既に空っぽだから胃液しか出なくて大変苦しい。
「私に責める権利はないのはわかっているんだが……もう少し何とかならないのか?」
「なら゛っ、おろ゛ろ゛っ! ……ならん」
「そ、そうか……」
いつかは自分もそうなるのか……とでも思ったのか、エルティーナは手綱を握ったまま少し俯いた。
――さて……どこまで正気でいられるか見ておかないとな。それによって大体聖騎士ノアの居場所もわかる。
嫌な感触と気分に参りながらも内心だけはひんやりとした状態だった俺はそのまま冷ややかな視線をエルティーナに向けた。
「大体、町から十キロくらいだったな」
町に到着した後、馬車の内部を掃除しながら思案したことをリーフ、アクア、フレアの三人に告げる。
行きは飛ばしてたから曖昧だし、帰りは吐いてたから合ってるかわからないが、大まかに見てそれくらいの距離でエルティーナの様子がおかしくなった気がする。
具体的には聞いてもいないのに冒険者をしている理由やら正義の騎士としての何足るかやらを語り始めた。
まあ、それは話半分に聞き流したが問題は聖騎士ノアが目と鼻の先まで来ていたことだろう。
「東でアウト、南は町から大体十キロ先はセーフ……っつぅことは東寄りの北からこっちに来ている……?」
「だな。東はどこに居てもハイテンションだった」
「となると……自分の身体を中心に半径数十キロ範囲で人の精神状態に悪影響を及ぼすのか。うわぁ……何て桁違いで傍迷惑な生き物なんだ……」
「全くだ」
聖騎士ノアの影響のあまりのスケールに頬の筋肉を激しく痙攣させるリーフだが、少しすると真剣な表情で考え込み始めた。
その情報を元に逃げる算段でも考えているのか、逃亡のシミュレーションでもしているんだろう。
にしても……ムクロの奴は一体どこに消えたんだ?
「報酬はキチンと山分けしたし……よし、反省会をするぞ!」と拳を高く突き出したエルティーナを無視してギルドを出た後、道すがら探したが見渡す限り姿はなかった。
あの女のことだからそこら辺で寝てると思ったのに。
まさか先に逃げたとか? ……う~ん、あいつが返事もなしに消えるかな。消えるにしてもその辺はちゃんとするような……
「この状況……本格的にヤバい?」
「あぁ、ヤバいな」
「……っ! ~……! っ!」
「それな」
「……もしかして結構余裕ある?」
「ない。肝心の助っ人が消えたままだしな」
「じゃあそれで焦ってるの?」
「めちゃくちゃ焦ってる」
「…………」
何故かジト目のアクアは置いといて……ムクロの奴、マジでどこに消えたんだ?
ぁんの野郎……次会ったらただじゃおか――
「――呼んだ?」
「「うおっ、ビックリしたっ」」
件のムクロが後ろからいきなり現れたのでリーフと共に思わず肩を震わせる。
確かに俺の後ろは入り口だが、ドアの開く音は一切しなかった。高レベルの《気配感知》スキルを持つアクアの顔を見る限り、そちらも気付かなかったようだし、色々不可解過ぎる。
「……テメェ、どっから湧きやがった」
「呼ばれた気がして……来ちゃった」
いや、そんなテヘペロみたいな顔されても。ここリーフの部屋なんだけど……
「何よシキぃ……そんな顔しないでよ~、傷付くでしょ~?」
「仮面してるのに顔もクソもあるか。つぅか何でここに居るとわかった。何でいきなり消えやがった」
ムクロの超常的な力はある意味、ジル様を超えている。
気配や音は自力で何とかしたんだろう。
「ん~、声がしたから? 居なくなったのは……何でだろ、わかんないや。気付いたら外に出てた」
「お前な……」
だからって普通、人の部屋に入ってくるか? 気付いたらってお前……と脱力してしまう俺。
……まあ良い。役者は揃った。後はリーフの知り合い達の準備くらいか。
「あ~紹介しておくと、こいつがムクロ。変な奴だが腕は立つ。逃げる時の用心棒になる」
「よろしく!」
「お、おう……俺はリーフでこいつはアクア、そっちの喋れないのがフレアだ。よろしくな」
立つどころか俺が知る中で最強に近いがな。後衛だから比べるのも変だけど、ジル様並みに感じる。
「……ねえねえシキ。何で私が手伝う前提で紹介したの?」
「俺のところに来たってことはやってくれるんじゃないのか? 嫌なら構わないぞ。こちらで何とかする」
可愛らしく袖を引っ張って訊いてくるムクロに答えながらリーフに首尾はどうなのか訊く。
「せめてこの歳で独身の俺の前でイチャイチャすんの止めろや喧嘩売ってんのかお前ぇ……! ……ったく。信じてくれる奴と信じてくれない奴とで半分半分ってとこだな。言い触らすことだけは止めてくれと念押ししたから情報漏れの方は大丈夫だと思うぜ」
俺の返答に「む~っ、手伝ってあげても良いけどそれはちょっと勝手過ぎでしょー……?」とむくれ始めたので無言で頭をポンポンしていたからか、リーフは歯噛みしながら言った。
「「こんな奴とイチャイチャ? 止してくれ。……何だと? テメェ(お前)やんのか!」」
「そういうとこだぞ、バカップルが……」
「そ、そんなに私達ってお似合い……? 嘘っ……止めてよも~」
「ちょっと待て何故照れる。そんな関係じゃないだろ……え、違うよな? というかクネクネするな気色の悪い! しかし、そうか……どうするんだ? そいつらだけでも逃がすか? 猶予がどれだけあるかわからないし、往復まで出来る余裕はないぞ」
流石のムクロでも往復してまで助けてくれるとは思えない。そんな時間だってない筈だ。信じてくれた人達だけでも確実に逃がすのが得策だろう。
いやんいやんと頬を赤く染めながらクネクネしているムクロにチョップを入れながらそう問う。
「そう、だな……聖騎士ノアがそこまで近付いているとは思ってなかった。転移魔法でどのくらいの距離を飛んでくるかわからない以上、トンズラこくべきか……わかった。後、二日だけくれ。もう一度声を掛けてみる。それと準備もな。シキ、お前は良いのか?」
「……良いとは?」
「逃がしたい奴はどうなったんだ」
アニータを含め、俺が声を掛けた奴等は誰一人として信じてくれなかった。
逆の立場なら俺でもそうしただろうから非難するつもりはない。
「この風貌だ。元より信じてくれるだなんて思ってなかったさ。けどまあ……俺の方ももう一度だけ説得してみる。出発は二日後の朝で良いんだな?」
それでも、聖軍の目的が俺の予想通りならそんな理由で死んでほしいとは思わない。最終的な選択は向こうに任せるが、出来れば逃げてほしいものだ。
「ああ。怪しまれないように出る時間や門を分けて町の外で合流という形になるな」
「わかった」
その他、ムクロも含めて話し合いを終えた俺は直ぐ様、知り合いの元へと向かったのだった。
二日後。
俺達は総勢三十名程の知り合い達を連れて南下していた。
「まさかここまで集まるとはな……どうやって門番を欺いたんだ? 怪しまれたろうに」
「いや、あいつらの大半は元冒険者だからな。動ける奴や独り身の奴は夜の内に壁を上がって外に出てたんだ。壁の見張りもジンメンのせいで今は冒険者がメインだし、事情を話して見逃してもらったって訳さ。家族連れは普通に門から、だな。こっちも時間帯や出入口は変えたから問題ない筈だ」
「成る程」
確かによく見ればリーフの連れてきた奴等は足がなかったり、腕がなかったりと引退を余儀なくされた冒険者のような奴ばかりだ。下手に正面から行くよりはその方がずっと良い。
それに……俺の方はやはり誰も信じてくれなかった。
その辺は聖神教への一般人と冒険者の認識の違い故だろう。
「しかし……まさかセーラまで信じてくれないとはな」
「何だ、セーラ嬢も助けたかったのか? 随分と危ねぇ橋を渡ってたんだな」
「まあ、な。エルティーナもそうだが、皆根っから悪い奴って訳じゃないからどうしても見捨てるという選択が出来なかった」
というよりは知り合いが死ぬのは気分が悪くなるからだろうな。
等と思いつつ、適当なことを言う。
ギルマスに報告でもされたら面倒そうではあったが、セーラなら分別も付くし、知識もある筈だと思った。
実際は「聖軍が攻めてくるから逃げろ? まさか。シキさんってば、変なことを言うんですね~。大体、異世界から召喚された勇者様も来るって話でしたし、もし仮に拠点が欲しいというなら我々の死体はどうするんですか。どんな魔法を使っても痕跡は残りますよ」と意外な反応で断られたが。
聖軍の所業そのものは何となく知っているような感じはしたんだがな……とはいえ、言っていることは確かだ。
マジックバッグには生き物は入らないが死体なら入る、とも思ったけど、流石に町の人間全員を入れられるマジックバッグがあるとは思わないし、血の跡とかも残る。セーラが信じないのも無理はない。
「それと予定通り、後はお前らとムクロに任せるぞ。ムクロは護衛が終わり次第そのまま何処かへ行くらしいから放っておいて良い。逃亡先に関してはお前らのツテを頼るしかないだろうな」
「あ、あぁ、それは良いが……お前、本気で町に残るのか?」
「愚問だな。聖軍は俺に喧嘩を売った。俺はそれを買った。それだけのことだ。上手くいけば町の奴等も殺されないかもしれないしな」
正気か、とでも言いたげなリーフに当然だと頷く俺だが、そこまで上手くいくとは思っていない。
俺はただ聖軍の奴等を殺したいだけで、それらは二の次。出来れば死んでほしくないがな。無理なら無理と諦めるだけだ。
「そう、か……結局、町を捨てることになっちまったからな。お前とは良い仲間になれると思ったんだが……」
「……ふっ、こんな俺にそこまで信頼を寄せてくれるとはな」
「見た目が怪しいだけの奴が何を言いやがる」
そう言いながら軽く小突いてくるリーフに笑みを返しながら思う。
それは……どうだろうな。俺やムクロが魔族だと知ってもそう言っていられるとは思えない。人間は自分と違う奴を排除したがる生き物だからな……。
と。
リーフの言葉に思うところがあったのか、何もかもが謎に包まれているムクロが無言で俺の腕に抱き付いてくる。
多分、俺と同じことを思ったんだろう。
そりゃあまあ……ジル様や獣人の奴隷を初めて見た時は気持ち悪いとか変な感じ、とは思ったけど、見た目が少し違うだけの同じ生き物をそう思ってしまうのはとても悲しいことだ。
そして、それが〝普通〟ということも。
そろそろ戻った方が良いかも、という地点でリーフ達に別れを告げた俺はムクロに「後は頼んだ。……何でも言うことを聞くって約束、守れなくて悪いな」と耳打ちをする。
「良いよ。代わりに他のものを貰ったし」
「ん? 他の……もの?」
「そう、シキの大事な大事なものだよ」
「……相変わらず変な奴だな」
ムクロに何かをやった覚えはないんだがな……何言ってるんだか。
「シキの望む戦いだし、止めはしない。殺しあいに魅入られた哀れな子だとは思うけどね。でも、死なないで。貴方は周りにとっては〝悪〟でも私にとっては良い子なの。だから……ね?」
そう言って優しく抱擁してくるムクロ。
俺も何故かそれに答えながら返す。
「そっか。俺も話したいこととか感謝の気持ちとか色々あったんだけど……ありがとな、助けてくれて。ゴメンな、面倒事を押し付けて。目的地がどこなのかは知らないけど、君が無事に辿り着けることを願ってる」
また、学生の頃みたいな話し方になっちまった。
ジル様相手ならそんなことなかったのに……ムクロと話す時は何でこう…………
「うん。私も話したいこと……いっぱいあったよ」
「……じゃあ、またどこかで」
まるで恋人のように互いを抱き締め合った俺達はそっと離れると、手を上げながら真反対に向けて歩き始めた。




