第96話 嵐の前の静けさ
遅れました(汗)
例によって修正するかもです。
リーフやムクロ達と別れてから数日が経った。
今のところ、町の各所にある教会付近で起きる暴動事件の数以外に目立った異常はない。
聖騎士ノアの影響の仕方がわからない以上近付いてきているのか、その場に留まっているのかすらわからないのだ。
お陰で嵐の前の静けさを思わせる不穏かつ不安な毎日を送っている。
せめて使いか斥候でも出してくれれば良いものを……いや、斥候なら来ても気付けないか。
「どうしたものか……」
このままでは気付いた時には奇襲されているという最悪の事態になりそうだ。
聖軍の厄介さは転移魔法以前に純粋な数や世界からも認められている正義によるところが大きい。真正面から攻めてきても数で押し切られるし、騙し討ちしてくるにしても向こうが手を出す前に攻撃すれば町の方から悪者扱いされる可能性がある。相手のやり方次第とはいえ、簡単に思い付く方法だとどうやっても後手に回ってしまうのだ。
「あら、シキさんじゃないですか。今度は何に悩んでるんですか?」
「……休憩か?」
「はい、お昼休憩です。……相席でも?」
「そちらが構わないのなら」
「じゃ、失礼します。よいしょっと……」
どんよりとした気分の俺とは裏腹に明るく元気な様子で話し掛けてきたのは冒険者ギルドの受付嬢であるセーラだ。
現在、俺が悩んでいるのは冒険者ギルドに直結している酒場なのだが……もう少し自分の影響力を自覚してほしい。
そう言って俺の向かいの席に座った瞬間、周りからの視線が一気に増えた。
それに乗せられている感情は嫉妬や羨望なら可愛い方で酷いのだと殺気すら感じる。
一~二カ月前とはいえ、バッカスの件があったというのに……セーラにしろ、他の冒険者にしろ、呑気なものである。
――加えて言えば、鋭い奴は粗方町から離れ始めている。鈍くてもそこから気付きそうなもんだがな……
少し前にムクロを泥まみれにした商人っぽい奴同様、最近では冒険者も数パーティ規模で姿を消している。
そのことからもやはり聖軍の実態を知っている奴等は一定数居るということが窺える。
まあ古株の冒険者はリーフ達の逃亡の件を聞いたってのがデカいんだろうな。少しだけ持ち直したらしいリーダーとレドから本当に逃げたのかと訊かれたくらいだ。冒険者間では大分情報が出回っていると見て良い。
お互いの情報は金を積まれでもしない限り、売らないのが暗黙の了解である冒険者ではあるが、この調子ではギルマスや町のお偉いさんの耳に入るのも時間の問題だろう。
「それで……何に悩んでるんです?」
「聖軍の件だ。前も言ったが、時期どころかどう攻めてくるのかすらわからないんだぞ。あんたも早く逃げた方が良い。今なら強い冒険者だって居る。冒険者ギルドなんざ幾らでもあるだろう?」
手作りらしいお弁当をはむはむと可愛らしく食べながら訊いてくるセーラに何度目かになる説得を兼ねて説明する。
「ん~……またその話ですか? 勇者様がいらっしゃるそうですから大丈夫ですって~。……それより、大きな声では言えませんが軍ではなく、聖神教の人達の方が問題ですよ」
「……というと?」
「今朝、近くの歩行者を含めた数人が暴れだした信者に殴り殺されたらしいです。今週に入って五回目ですよ? 何でも、主様への信仰がどうたらって言いながら襲ってくるようですが……」
「あぁ……」
それなら丁度、今さっき見てきたなぁ……
暴走している時のエルティーナよりも酷い形相で「全ては主様の未心のままにィッ!!」と叫びながら原型がわからなくなるくらい通行人をボコボコにしていた。
まあその後、走ってきた憲兵に斬り殺されてたけど。
無差別に人ぶち殺すのが何故神の為になるのか、少し訊いてみたい気もする。神の存在を否定されたとか信仰を迫ったら拒否られたから、ついカッとなって……ってんならわからなくもないんだけどさ。
「そう言えば、シキさんって盗賊以外でそういう仕事受けませんよね」
「そういう……町中での対人戦闘を余儀無くされる系の依頼か?」
「えっと……まあ、はい、そうですね」
そりゃ苦手だからな。盗賊討伐だって本音を言えばしたくない。どこぞの誰かさん達のせいでどっかのアホ女騎士と組まされなければ一回受けたか受けないかくらいだろう。
「……この仮面付けた奴が血塗れで町歩いてたらどう思う?」
「悲鳴上げて色々漏らしながら憲兵さんを呼びます」
「即答な上に汚い奴だなお前……ま、簡単に言えば理由はそんなとこだ。返り血すらない素の状態で村に立ち寄っただけでも石投げ付けられるのに町中でそんなことしてみろ。憲兵だってルンルン気分で向かってくるぞ」
そして、多分最初は冷静に対処するけど、途中で面倒になってぶん殴って捕まる……いや、それじゃジル様だな。流石にない……よな? ……ないと思いたい。
「はえ~……てっきり周囲のものを壊しちゃうからとかの理由だと思ってましたよ」
「それもあるな」
というよりスイッチ入って暴走するのが怖いってのが一番の理由だが。
「シキさんって結構優しいですしね。意外と気が遣えるというか……」
「意外と?」
「……はっ! し、失言です! 忘れてください!」
「違うとか間違えたとかじゃないんだな」
「はい!」
「その威勢は大変よろしい。が、今のはどうかと思うぞ」
こうやって話してる分には良い奴なんだがなぁ……仕事が絡むとどうも面倒なんだよな。後、さっきから飛んできてる刺すような視線の数々。何で普通に話してるだけで夜道に気を付けなきゃいけないんだっての。
「なぁ、何であいつばっかりあんなにモテるんだ? やっぱ仮面か? 仮面なのか? ミステリアスな感じが良いのか?」
「……僕に聞かれても困る」
「っ!」
「あん? 何だ今のジェスチャー。顔って言いてぇのかコラ」
「……っ!」
「おう、何でちょっと考えてから頷いた? おちょくってんのかお前……! てかあいつ仮面だから顔もクソもねえだろうが!」
何やら後ろが騒がしかったので振り向いて驚いた。
「お前、ら……何してんだこんなとこで」
見慣れた赤、青、緑の信号みたいな髪色に個性的な面々。当然のように行われるプロボクサー顔負けの殴りあい……
この町から南に位置するフロンティアというデカい都に向かった筈のリーフ達パーティ、『御三家アトリビュート』だった。
何故ここに居るのか、何故戻ってきたのか……思わずポカンとしてしまう。
「おうシキ! モテる秘訣教えろよ!」
フレアにヘッドロックを掛けながらそんなことを訊いてくるリーフ。
普通に会話してるだけでモテている訳ではないので返答に困る。……というか、それよりもだ。
「あ~……それより何で戻ってきたのか訊いても?」
「へっ、俺達ゃこの町で生まれ育ったんだぜ? 一時でも離れようと思った自分が憎いくらいには愛着がある」
「……死ぬぞ?」
ジンメンだけでも対処出来ないのに聖軍とやり合おうってんなら確実に死ぬ。
リーフの洞察力と経験ならそれがわかる筈だ。
「あぁ、わかってる。けどよ……それはお前さんも同じだろ? お前にはお前の理由があって戦うのかもしれねぇが、その戦いはこの町の為になるんだ。そんなつもりがなくても、何の関係もない奴が故郷の為に死ぬかもしれねぇ戦いに挑もうってのに俺達が逃げるってのは筋が通らない。そうは思わないか?」
「馬鹿がっ……! ほ、本気で死ぬんだぞ? 俺の戦いだって意味はないっ、ただの自己満足だ! 理由はどうあれ、聖神教に目を付けられてしまったこの町はジンメンや聖軍に打ち勝とうとも滅ぶ運命にある。それでも――」
「――おう。それでもだ」
少し寂しそうでいて、誇らしげに……そして、達観したような面持ちでニッと笑うリーフ。
それは多分、死地に赴く者の……いや、死地をここだと自ら定めた者の顔だった。
「……本当バカ」
「お前もだアクア。何も俺に付き合う必要は……!」
「付き合うつもりはない。シキと同じように結果的にそうなるってだけ」
「詭弁だ! 結果的にそうなるならっ」
「ふっ。ならシキも同じ」
「っ……」
そんなリーフを口では罵るものの、その顔はやはりリーフと同じように寂しげなアクア。
この町で生まれ育ったと言っても過酷な生活を送っていただろうに、町を想う気持ちはリーフと同じらしい。
「っ!」
「フレアっ……お前まで……魔法も使えないのに何で戻ってきたんだ」
「おうおう言うじゃねぇか。なあフレア? ……こいつはもう冒険者生命を断たれたんだ。どうせ食っていけないなら俺達と……とかそんな感じだろ?」
「……?」
「いや、違うのかよ! そこは頷いてくれっ、恥ずかしい!」
「何言ってんだお前……」とでも言いたげな目で首を振るフレアにカッコ付けた台詞を吐いてしまったリーフは思わず顔を隠す。
「……っ! っ! ぁっ……!」
「わかんねぇ……」
「何て言いたいんだ……?」
頑張ってジェスチャーをしてくるフレアだが、仕草が多すぎてどうしてもわからない。
「多分……魔法が使えなくても出来ることがあるって言いたいんだと思う」
「っ……そう、か……」
逆に言えば、それは誰にでも出来ることではないのか?
そんな冷たい言葉が出かけたが、何とか抑える。
例えそれでもと、この町の為に、町の人々の為に戻ってきたんだ。
その気持ちや覚悟は俺にはないものだ。純粋にムカついたから殺すってだけの俺とは比べるのも烏滸がましい。
「あぁ……そうかよ……勝手にしろ……それで死んでも文句言うんじゃねぇぞ?」
「お? それが素か。やっぱ若いんだな」
「死んだら文句は言えない」
「……っ、っ!」
「全く……」
前々からわかってはいた。
ライみたいに自分を犠牲にしてでも、というタイプじゃない。
マナミのように人と人が争うなんて……というタイプでもない。
けど。
こいつらは良い奴だ。
――もし、ジンメンや聖軍が居なかったら……俺はリーフ達の真の仲間になれただろうか? 今みたいに仮面で顔を隠し、口調や性格を偽ってまで自身の安全を優先せず、互いが互いを想える関係に。そして、町の人達の為にと命を賭けられる仲間に…………。
……ハッ、下らねぇ。
俺の中のジル様はそう言っている。
あの人ならそんなもの要らないと強がって切り捨てる。
でも……俺には無理だ。種類は違ってもライやマナミのようにこいつらは……俺には眩し過ぎる。
俺やジル様とは根本的に違う存在。
けど、だからこそそういう奴等と一緒に居たい。こいつらみたいになりたい……俺はそう思いますよ、ジル様。
「……何か私、空気になってません?」
「「「「………………」」」」
「な、何ですかその目は」
「「「すまん(ごめん)、忘れてた」」」
「酷いっ!」
そうして戻ってきたリーフはリーダーやその他残っている冒険者達を呼び集めると、ちょっとした集会を開いた。……らしい。
その中には素行に問題がある者達、バッカスのような奴も居ればギルドマスターのような役職持ちまで居たとか。
俺とアクアは町中で暴れている神父をどうにかしてほしいという緊急の依頼で席を外していた為、細かい内容は知らないがリーフ達は事情を話したようだ。
敵はジンメンだけでなく、聖軍まで居るという絶望的な状況について。
その結果、大半の冒険者はその日中に町を去っていった。
当然だろう。
これはもう完全な負け戦。ジンメンの驚異から逃れられても、聖軍の暴挙から町を守ることが出来ても聖神教を敵に回してしまうのだから。世界の敵に自らなりたがる奴等なんか居ない。ましてや、自分から死ぬとわかっていて残るなど……
だというのに。
「まさかこれだけ残るとはな……」
「「「「「うおおおおおっ! やってやるぜええぇぇっ!!」」」」」
現在、町を囲む壁の上で三百人ほどの冒険者達が雄叫びを上げているのを見て、げんなりとした気持ちになりつつも、それでいて励まされるような感じがして少し笑ってしまう。
相手は千人。
一人一人が回復魔法や属性魔法のいずれかを使え、転移魔法という特殊な魔法まで扱う化け物集団であり、対人戦闘までこなせるスペシャリスト。
一方、こちらの戦力は約三百。
魔法も戦い方もしっかりとした環境で教えてもらった訳でも鍛えてもらった訳でもないという完全我流のめちゃくちゃ集団。……しかも半分以上は素人に近い新人。
「……負ける気しかしないな」
「「「「「んだとゴラァッ! やんのかテメェ!!」」」」」
残ったのはこの町に特別思い入れがあり、若さという諸刃の剣を持つ奴等ばかりだ。
逆に去っていったのは戦力差や社会的立場を客観的かつ現実的な目で見れる奴等。
当然、絶望的な戦力差に力が抜けるというもの。
しかし、若い……いや、これじゃ現実を知らない馬鹿共の集まりだが、その馬鹿共からすれば俺の言葉は到底許せるものではなかったらしく、割りとガチでキレられた。半数くらいが武器を抜いている辺り、その本気さが窺える。
「煩い……」
小さい呟きに振り向けば、巻き込まれた形で近くに居たらしいアクアが耳に手を当てていた。
昨日までの静けさ何処行った?
そんな感想が強く浮かんでくる光景である。
集会ではリーフからだけでなく、ギルマスからの情報提供もあったようだ。
最近はあまり姿を見かけていなかったのだが、どうやら色んなお偉いさんに声を掛けて聖軍の救援を断ろうとしていたらしい。たまに見かけても疲れきったような顔だったし、断られ続けた結果が今回の情報提供なのだから中々厳しい現実を見せられている気分だ。
――商人や冒険者が知っている聖軍の恐ろしさを貴族や領主が知らない筈はない。ギルマスの訴えを聞き入れなかったってことは何かしら向こうに利益がある……か、もしくは何らかの契約を交わしている、とか? 例えばジンメンの駆除を依頼する代わりに町も土地もくれてやる、だから自分達の命は見逃してくれ、そんな感じの密約があれば頷ける結果ではあるが……
聖軍がそれを守るかというと怪しいところだ。
一般人からすれば聖軍は正義の味方であり、神の使徒だが、その裏の顔を知る者を態々生かす必要はないだろう。幾ら世界的に認められていてもそいつらを逃がして変な不信感を煽らせるよりさっさと殺した方が早いからな。逆に貴族達からすれば金銭や土地で命を買うつもりであったとしても聖軍からすれば強奪出来るんだから要求を聞くこともない。
要するに死人に口無し。
死人が何を知っていようが、どれくらいの金銭を持っていようが死んでしまえば真相は闇の中ということだ。
かといって逃げたら逃げたで神敵扱いされる上に領民を見捨てたとして貴族としての位を剥奪される。
お偉いさんも既に詰んでいる状態なのだろう。
「どうどう、落ち着けお前ら。シキも煽るなよ」
「……そう言われてもな。聖騎士を三人以上同時に相手取れる奴……いや、この際、聖騎士と比べても自分は魔法や武術をまともに使えていると自負がある奴でも良い。居るか?」
「「「「「…………」」」」」
「ほら見ろ」
「現実も突き付けないでくれや……」
暴動が起き掛けていたのを見て諌めに入ってきたリーフに俺の質問で大多数が押し黙る光景を見せ付ける。
万が一聖軍に勝ったところでジンメンはどうすんだって話だし、そのジンメンをどうにかしたところで聖神教からは確実に敵視されるし、本気で詰んでいるこの状況だ。現実を見なきゃ生きられないだろう。
……尚、何か俺の質問に自信満々の笑みでバッと手を上げたアホが数人居るが、彼等は出来たところで数人じゃ何の意味もないということをわかってるのだろうか。
「……現実は一旦置いておこう」
「一番置いたらダメなやつだろそれ」
「ああもう、っるせぇな! ちょっと黙っててくれよ! ……取り敢えず、ギルマスの情報によると攻めてくるのは確実らしい。各々はそれまで英気を養ってくれ」
半ば無理やり解散させた冒険者達を横目にリーフが小声で抗議してくる。
「おいっ、何であんなこと言ったんだ。士気が下がっちまうだろうがっ」
「奴等も今ので少しは戦力差を理解しただろう。残っていて何を今更……とは思ってしまうが逃げ出す奴も居るだろう。が、代わりに連携はしてくれる筈だ。少なくとも互いに協力し合わなければ戦い以前の問題だということを知っているんだからな」
「ん、う~む……そう言われるとそうかも知れんが……」
その、『案外、まともな理由で煽ったんだなこいつ……』みたいな意外そうな顔を止めてほしい。
俺だって自分の命が懸かってるんだから少しでも頑張ってくれなきゃ困るっての。
◇ ◇ ◇
同時期、町の外れにて。
――ゴゥエゴエッゴギェアァッ!
一見、人の顔に見えなくもない頭から大量に見え隠れする牙のようなトゲを赤い口の中に生やした植物の魔物がとある空き家で独特の奇声を上げた。
それらの特徴にに合わさるはニュルニュルと蠢く足を模した蔦や伸び縮みする茎のような首……
その姿は正に、この町の人間が『ジンメン』と呼び、恐れるものだった。
――ゴゥエゴエッゴギェアァッ!
――ゴゥエゴエッゴギェアァッ!
――ゴゥエゴエッゴギェアァッ!
時間が経つにつれ、空き家に次々と広がっていく奇声。
同一の形状にして、互いに異色という不気味な風貌の植物は人知れずその数を増やしていく……
やがて増殖し続けた植物の重さに耐えられず、空き家は轟音と共に崩壊するが、そんなことは些細なことだと言わんばかりにどこからともなく植物が現れては奇声を上げる。
その奇声は刻一刻と大きく、増え、響いていく。
このまま時が過ぎていけば、いずれ町の者に届くことだろう。
しかし。
今はまだ、その異変に気付く者は居なかった。
――ゴゥエゴエッゴギェアァッ!
――ゴゥエゴエッゴギェアァッ!
――ゴゥエゴエッゴギェアァッ!
――ゴゥエゴエッゴギェアァッ!
――ゴゥエゴエッゴギェアァッ!
――ゴゥエゴエッゴギェアァッ!
――ゴゥエゴエッゴギェアァッ!
――ゴゥエゴエッゴギェアァッ!
――ゴゥエゴエッゴギェアァッ!
――ゴゥエゴエッゴギェアァッ!
――ゴゥエゴエッゴギェアァッ!
――ゴゥエゴエッゴギェアァッ!
――ゴゥエゴエッゴギェアァッ!
そして、その奇声が町の至るところで聞こえ始めるのも……
もう少し、先のことだった。




