第9話 固有スキル
二週間が過ぎた。
リンスさんの授業のお陰でこの世界や魔法に関する知識をかなり得られたし、訓練の方も身体が慣れたのか、幾分か楽になった。それでもキツいにはキツいが。
グレンさんからは正式に謝罪を受けた。
何でも『闇魔法の使い手』云々のことを聞いてなかったらしい。
ザル過ぎだろ……とズッコケそうになったが、俺の意思で今後も鍛えてもらうことにした。
雷と癒野さん……ライとマナミは勇者で再生者。チート持ちと判明している。
リュウは兎も角、二人と肩を並べて戦うのなら鍛えておいて損はないだろうという判断だ。
特に、俺はステータスが高い訳でも珍しい訳でもなく、その上魔法の才能も殆どないとわかったし。
他にも、あんまりこの国を快く思ってなさげなエナさんから色々教わったり、国の大図書館で勉強したりと、日本に居た頃とは思えないほど勤勉な毎日送っていた。
今日は固有スキルとは何か、自分の固有スキルはどういう能力なのかを知るべく召喚者全員が訓練場に集められており、パーティごとに離れて話を聞いている。
「~であるからして~……固有スキルは千人から一万人に一人が持つ特別な力で~……勇者という例外を除き、基本的には一人につき一つしか持てないものになります~」
リンスさんの話し方やふにゃふにゃした声は慣れてくると段々眠くなってくる。
が、今回は割りと真面目な話ということでグレンさんやイケメン(笑)達の講師も居る為、サラリーマンの兄ちゃん以外は緊張感のある顔で集中していた。
「同時期に同じ固有スキルを持つ人は~……コピー系、強奪系、その他、特殊な固有スキル所持者でない限り~、存在しません~。なので皆さんが持つ力は~、唯一無二、皆さんだけの能力なのです~」
これも異世界人特典なのか、固有スキルという能力自体が珍しいのに、俺達異世界人は全員が固有スキルを所持している。
酷い評価を受けたリュウや戦闘に加われないサラリーマンの兄ちゃんも例外なく。
「種類としては先程言いました特殊な能力系と~……物理的影響を及ぼす系~、精神的影響を及ぼす系等が挙げられますね~」
と、そこまで話したところでトモヨさんが「はい先生」と手を上げる。
トモヨさんはイケメン(笑)の取り巻きの一人で黒髪眼鏡っ子の委員長みたいな人だ。
真面目そうというか何というか……固そうな感じで、スポーツ少女のミサキさんや「ですぅ」口調のおどおどロリ巨乳、シズカさんとは合わなそうな性格をしてるが、意外にも社交的でイケメン(笑)さえ居なければ俺達ともそれなりに交流がある。
「何でしょうか~?」
「例を見たいです」
「成る程~……ではでは勇者のお二人さんは前に出てください~」
呼ばれたライとイケメン(笑)がリンスさんの横に立ち、何をすればと困惑した表情を浮かべる。
「お二人の固有スキルは過去に所持者が居たので~、使い方や能力は漠然とですが知られています~。先ずイナミさんは【明鏡止水】……感情の起伏を極限まで失くすことが出来る精神系の固有スキルと~、【紫電一閃】……自分の身体を電気に変える物理系の固有スキルがあります~」
リンスさんから何かを言われたライが「……? え、えっと……こう、ですか?」と訊いた次の瞬間。
「うわっ!?」
ライの右手がバチバチと放電する電気状になり、すっとんきょうな声を上げた。
ほんの一瞬の出来事ではあったものの、自分でも驚いたらしい。
「「「「「おぉ~っ」」」」」
俺達も初めて魔法を見た時のように感動し、拍手する。
「このように~、まだスキルレベルが低いので一瞬しか使えませんが~……使っていくうちにレベルは上がりますし~……全身を電気に変えて、雷の落ちる速度で移動出来るようになると言われています~」
そうしてイケメン(笑)の横に立った後、リンスさんは説明を続けた。
「次にテンコーシさんは【不撓不屈】といって~……簡単に言えば気持ちで負けなくなるようになるものと~、【唯我独尊】……他者の固有スキルやスキルの使用を封じる能力を持っています~。精神系と特殊系ですね~」
つまり……めげないし、しょげないと。が○こちゃんかな?
「精神系は効果がわかり辛いので省きますが~……テンコーシさん、念じるような感じで【唯我独尊】の発動をお願いします~」
「は、はいっ。……あれ? これで出来てますか?」
「ちょっとそのままにしておいてくださいね~。ではイナミさん~、【紫電一閃】をお願いします~」
「わかりました」
返事をしたライだったが、今度は一向に電気状になることはなかった。
本人的には使っているつもりらしく、「あれっ? あれっ、な、何でっ?」としきりに首を捻っている。
「ではでは~、一歩ずつ離れて使ってみてください~」
「はい………………あっ」
一歩、二歩と離れても変化は無し。三歩目でライの両手が光り、何とも恐ろしい放電音が響いた。
「と、こんな感じで~、効果範囲があるものもあります~。テンコーシさんの【唯我独尊】は現状二メートル程度のようですね~」
中々……いや、かなり面白い話だった。
その後、質問したトモヨさんは感謝を述べ、勇者二人が元の位置にもどる。
「今日は皆さんの固有スキルについて知りたいと思いますので~、各々離れて試してみてください~。物理系を持つ人はくれぐれも気を付けてくださいね~」
ということでグループごとに分かれた。
どうやらヤンキーの早瀬はイケメン(笑)のパーティに参加したらしく、ワイワイと騒いでいる。
俺達は俺達で集まりつつ、交互に見せ合うことにした。
監督役としてそれぞれの講師が付いている為、危険と然程ない。
周囲に召喚時と居た記録係が居るのはちょいと気になるが、スルーだ。
「ユノの力はそうだな……こうするのがわかりやすいだろうな」
言うや否や、グレンさんが腰から抜いた短剣で自分の腕を斬り裂く。
アニメのように噴き出すことはなかったが、最初は中の肉まで見えていた傷口が少しずつ赤黒くなり、やがて結構な勢いで血が滴り出した。
俺達は突然の凶行にドン引きし、言葉を失ってグロテスクな腕を見ていた。
「ユノ、【起死回生】……使えるな?」
「は、はいっ、やってみますっ」
日本なら大怪我だというのに、平然としてるグレンさんが怖い。
見本にと自分の腕を自分で斬る肝も凄い。
唖然とする俺達をよそに、青い顔のマナミが近付き、グレンさんの腕を包み込むように触る。
「お願いっ……治って……!」
祈るような、泣きそうな声に遅れて、腕の傷はまるで逆再生したかのようにみるみる塞がっていった。
グレンさんは十秒もしないうちに元通りになった腕の具合を確かめ、俺達に確認させるように動かしてみせる。
「これが【起死回生】。『再生者』と呼ばれる最強の修復能力だ。人だけに限らず、壊れた建物や武器、防具をも完全な状態へと戻し、エリクサーのような超高級品でもなければ治せない欠損級の怪我でも治せる。戦闘中に使えば不死身の前衛の出来上がりだ。凄いだろう? ま、失った血までは戻せないこと、職業まで『再生者』になっちまうのが玉に瑕だがな」
何処か自慢げに語るグレンさんからはマナミに……いや、マナミの力に対する尊敬のようなものが感じられた。
軍を預かり、国を守る身としては喉から手が出るほどの力なんだろう。
確かに今の光景を見てしまえばマリー王女や他の貴族達があんなに喜んだことにも納得がいく。
しかし、当の本人は地面を赤く染めている血を見て気分が悪そうにしていた。
「ま、まだ直接触れないと使えないみたい。ただ……レベルが上がれば離れても使える、かも……」
自分に与えられた特別な力に喜ぶでもなく、はしゃぐのでもなく、震えている。
何ともマナミらしい反応だ。
物体全てに使えるというのなら、食糧等にも使える。
リンゴを一口齧って使えば元通りになる訳だ。
下手をすれば世界を変えかねない神秘の力。
それがマナミの【起死回生】だった。
「チート持ちの二人の次は気が引けるなー……」
そう言って前に出たのはリュウ。
俺達相手ならもうどもることも緊張することもなくなった彼はオタク特有の早口クソ長長文を垂れ流し始めた。
「僕の固有スキルは【鶏鳴狗盗】といって一個体につき一回だけ30%の確率で相手が持つスキルをコピー出来る能力で発動条件は攻撃されることなんだけど一回しか使えないしコピー出来るのは相手が一番要らないと感じてるスキルに限られるし何が凄いってステータスが全部クソザコになるデバフ付きで――」
なんちゃらかんちゃら、なんちゃらかんちゃら。ペラペラペラペラ。
要約すると、劣化コピー能力らしい。
試しに俺達三人でリュウを腹パンしてみたところ、俺のスキルがリュウのステータスに追加されていた。
「な、何で殴るの……痛いよ……」
「いや何かイラッときてな」
「ユウが殴ったからつい……」
「わ、私は手加減したでしょっ?」
「いやいやいや全員ステータス差考えてっ!? ステータスのHPの項目、1減ってるんですけど! 三十分の一死んだんだよ今っ!?」
俺は鼻ほじで無視し、ライは素直に謝罪。マナミは早速【起死回生】で癒していた。
最後は俺か。
「ふっ……」
自嘲するように笑ったつもりだったが、三人には別の意味に見えたようだ。
「何で格好付けた?」
「勿体ぶるね」
「フラグフラグ」
全員に無言の拳骨を食らわせた後、堂々と前に出る。
…………。
出たのは良いが、使い方は何となくわかっても、見せろと言われれば何も思い付かなかった。
俺は堪らずうるうると目を潤わせながらグレンさんを見た。
「そ、そんな目で俺を見るな気色悪いっ。あー……こ、コクドーのは……【抜苦与楽】か。……そ、そうだな……誰かコップに塩水を持ってきてくれっ、大至急だ!」
ということで俺達の前に一つのコップが用意される。
「全員、指を入れて舐めてみろ」
そう言われて一口。
「「「「しょっぱっ!?」」」」
全員が仰け反るくらい塩辛かった。
え、これを……どうするの……?
みたいな顔をしてるライ達の視線が俺に集中する。
俺は何とも微妙な顔で、「使い方はわかるな?」と訊いてきたグレンさんに頷いた。
「んじゃあ……やってみます」
ちゃぽん……と指を入れ、待つこと十分。
「……ユウは何やってんだ?」
「ああし始めてもう結構経ったよ」
「何か察しが付くなぁ……」
待つことに飽きたのか、ライ達が体育座りで俺を待っている。
ウザい。
ウザいが、まあ仕方ない。俺でも同じ反応すると思う。
少ししてもう良いかと指を抜き、ペロリと舐めてみる。
「ん」
俺はマジシャンさながら大袈裟な手振りでコップを差した。
「舐めろって?」
「な、何で……?」
「やっぱりかー」
三人はぶつぶつ言いながら指を入れ、その水滴を口にした。
「「「うん、水っ」」」
示し合わせたようにハモった三人に対し、グレンさんが苦笑いしながら説明してくれる。
「【抜苦与楽】は触れた物体から特定の物質のみを選定して除去出来る固有スキルだ。毒や病原菌を『抜』いたりと意外とバカに出来ん力だぞ」
フォローこそあったが、ライは「へー……で?」と辛辣な反応で、マナミは「お、同じ物理系だねっ」と顔を引きつらせていた。
リュウは何となくわかってたようでうんうん頷いている。
わかるよ、魔法あるじゃんって思ったんだろ?
回復魔法の中に同じことが出来る魔法があるって習ったもんな。
俺達、異世界人は習わなくてもイメージだけで大体魔法が使えるとも習ったもんな。
…………。
そうだよ畜生ッ! 何でだっ! Why!?
泣きてぇよ。
マジで何で俺ばっかこんな目に遭わなきゃならんのだっ。
「しかも、めっちゃ時間掛かるんだな」
「はい……」
「他には?」
「これだけです……」
「いやー、あっはっはっ、ユウとは仲良くなれそうだよっ」
「人の無能を笑うな」
ええいっ、揃いも揃ってバカにしくされやがってっ。
俺は胸を張って自慢してやった。
「わかってないなお前ら。除去だぞ除去。発動条件は触れること。触れた相手の脳ミソから水分を抜いたり出来るんだぞっ?」
「そんなことが出来るくらい近付けるなら殴った方が早くない?」
「ぐうの音も出んわ。……じ、じゃあっ、トイレだって行かなくて済むんだぞ? 戦闘中に漏らすことが無いだけでも結構大きいだろっ」
「ユウ君汚い……」
「純粋な罵倒っ。論破になってないっ」
「発動条件は厳密に言えば触れることと念じること……だよね? じゃなきゃ判別というか選定じゃないし。えぇ……ってことは何? ずっと、うんこのこと考えてんの……?」
「喧嘩売ってんのかお前ぶち殺すぞ」
いつかこの力でギャフンと言わせてやるぅっ。
俺は涙ながらにそう誓った。




