冒険者しますか?セレブ生活しますか?
地球の下側の人間は、下に落ちるのか否か。そもそも下とはなんぞや?
「落ちないよ。下という概念は、宇宙には存在しないんだ。上下という感覚は、重力の発生方向を耳の中にある器官が感知して認識するものだから。」
「耳の中?」
「そう。耳の中に加速度を感知する器官が入ってて、それが重力加速度を感知して、上とか下とかを脳が認識するの。そして、重力の中心は、星の中心に在る。」
「だから、星の表面に住んでいる者は、星の中心方向、つまり、地面の下方向を『下』と認識している、というわけね。」
「正解。流石賢者。」
私達は、手を繋いで足の遥か下に大地と海を見ながら散歩する。
そして、夜側の世界から、昼側の世界への境目で、地平線の彼方から登る太陽を見た。
私達は、そのあまりにも美しい光景を見て、立ち尽くした。
「綺麗ね……」
「あっちの世界ではね、この高さに研究室を浮かべて、色々な事を実験したり研究したりしてるんだよ。」
「すごいのねぇ……」
さて、宇宙の散歩はこれ位にして、そろそろ帰ろうか。
「私達の住んでいるお屋敷が、どこにあったのか分からなくなっちゃったわ。」
「大丈夫。お屋敷の中庭の景色をイメージ出来れば帰れるから。」
次の瞬間、私達は中庭に居た。
「さて、ここから出る方法なんだけど、入る時と同じ方法では出られないんだよね。」
「どうやるのかしら?」
「私の推測なんだけど、向こうの世界とこちらの世界は、平行に走る時空間で時間や距離なんかのスケールが異なっていると見ているんだよね。」
「スケール?」
「つまり、向こうとこちらの時間の流れや距離等のサイズのスケール比が1:1じゃないんだ。1:100とか、1:1000とか、いやもっとかもしれない。だから、こちらで1歩の距離が、向こうでは何百リグルも移動してしまったり、こちらで何時間も遊んでいても、向こうでは一瞬だったり、電磁気力や重力の影響も受けないので、壁を通過したり、空の上の宇宙まで行けたりしている。」
「それは、魔導倉庫のある、多次元軸空間とは違うものなの?」
「多分、それよりも更に上の階層に在る、高次元の空間なんだと思う。向こうとこちらの空間の間を破るには、少し工夫が要る。」
「それはどの様な?」
「向こうから見ると、こちらは周囲の何処にでも在る空間なのだけど、こちらから見ると、極小の点でしかない。つまり、円錐形の底面と先端の様な関係。なので、向こうからは面で破壊すれば境界を破れるけど、こちらからはこうするの。」
私は、指先の一点に最大の魔力を込めて、目の前の空間を全力で突き刺した。
空間にガラスに銃弾が貫通した時の様な亀裂が走り、破片が吹き飛ぶ。
そして、その丸く開いた穴から、私とヴィヴィさんはお師匠とケイティーの目の前に出て来た。
背後で空間の穴は閉じる。
「だだいまー!」
「ただ今戻りました。」
「おう、ソピアが一緒に飛び込んだので心配はしておらんかったが、ヴィヴィにしては軽率な行動じゃったぞ。」
「面目も御座いません。私一人では、戻って来る事は出来なかったでしょう。ソピアちゃんには助けられましたわ。」
「うむ、まあ、無事で何よりじゃよ。」
「なんだか今日は、すごい体験しちゃって、興奮して寝られそうも無いわー。」
「私は疲れたよ。お風呂入って寝るー。」
それぞれ歩き出そうとして、二人してビターンと転んでしまった。
「あらいけない、服の裾を結んだままだったわ。」
「あはは……、痛い。」
一人、私がしっかりしないと、と誓うケイティーであった。
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次の日、ヴィヴィさんは、朝食も食べないで研究室に籠もりっきり、お師匠は何か言いたそうにソワソワしている。
さて、今日はそろそろハンターの仕事でもしようかな。
「ケイティー、ハンターズへ行こう!」
「オッケー!」
なんか、人の生涯年収の何百倍もの財産を持っちゃってるせいで、いまいち生活の緊張感が薄れてしまっている。
これ、この若さでやばくね?
何時も飛んで移動ばかりしているので、運動の為にハンターズまでは歩いて移動する事にする。
「うーん、遠いな……」
「なんか、疲れて来たね、あ、あそこのスイーツ屋に入ろうよ。」
ダルダルである。
飛行移動に慣れてしまっているので、歩行の移動速度の遅さにイライラさえする。
まだ、貴族区からも出ていないと言うのに、もう休む事を考え始めている。
「あのさあ、私達、だらけ過ぎてない?」
「んー……、自覚はあるのよね。でも、あれだけの財産を持っちゃうと、無理して危険な仕事を続ける意味というか、モチベーションが続かないっていうかー。」
私達は、目の前の生クリームのたっぷりかかったケーキをつつきながら、紅茶を飲みつつ、気怠げに話した。
「まあ、分かるか。私の知っている人でね、苦労して勉強して難しい大学を出て、念願の研究者になったのに、大金を稼いでしまってからは、その研究をすっぱり辞めてしまって、毎日旅行と美食に耽っている人が居たよ。確か、お金を稼ぐ迄はその人は、研究の為の資金を稼ぐんだって言っていた筈なんだけどね。まあ、それもその人の人生だから、他人がどうこう言う筋合いの物じゃないんだけどね。」
「……」
「ケイティーにとって、ハンターって夢だったんでしょう? それとも、お金を稼ぐために仕方なく始めた仕事だったの?」
「……わからなくなっちゃった……。確かに夢だった。冒険したかった。そして、冒険をしながらお金を稼げる最高の仕事だと思ってた。だけど……」
これは、京介の方の大学時代の記憶だ。ある先輩研究者の一人が、研究資金捻出の為に副業を初めたのだが、それが想像以上に儲かってしまい、ついには研究職を辞してしまったのだ。
でもね、こう言う考え方も出来るんだ。自分は金を沢山持つ幸運に恵まれた。その稀有なチャンスを利用して、見聞を広めたり知らない味を探求するというのも、全く悪くはない話なんだ。
第三者として見た場合は、一人の研究者を失った、社会的損失、道を誤ってしまったという気持ちもある反面、それは自分のただの嫉妬だろう、自分も大金を掴んだら今までの努力は捨てる事が出来るのか否か、世界中を見て回りたい、美味しい物を金額を気にする事無く食べてみたい。そういう生活をしてみたいという気持ちは分からない話ではないのだ。その時自分はどうするのだろう、そうなってみないと分からないと思って居た。
だから、私は人の決めた事に口出しはしない。出来ないと思って居る。
今では、貴族区の高いお店に躊躇無く入り、メニューの値段を見る事も無く、一番美味しそうなケーキを選んで食べている。
地球での話だけど、ある大物の芸人が、お金は腹が減った時に目に付いた店で、メニューの金額を気にする事無く食事が出来るだけの金がポケットに入っていればいい、みたいな話をしていたのを思い出した。
私達は、今やその域に到達してしまっているのだ。
冒険をしたければ、金を使って危険の無い安全な冒険が簡単に出来てしまう。
仕事として必死に成らなくても、その様な大金を使う道楽をやってても、金を減らす事は無いのだ。自分の預かり知らぬ所で、権利収入がどんどん入って来て、勝手にお金が増えていってしまうんだ。
つまり、ケイティーの言う『冒険をしながらお金を稼げる最高の仕事』をお金の力で擬似的に、そして安全に再現出来てしまう。楽しい所だけを苦労しないで摘み食い出来てしまう。
そう、敢えて危険な仕事をしなくても良いのだ。人間にはこうしなければいけないという義務なんて無いのだから、短い人生を好きな様に生きれば良い。精々数十年の人生を、楽しく、幸せに暮らす時間を多く持つ事の出来た人が勝ち組なんだから。
「私は無理にはやれとは言わないよ。それに、どっちの道が良いとも悪いとも言えない。それはあなた自身で考える事だから。」
「……」
「今日は、家を帰ろうか。なんか、緊張感の無い気分で狩りに出かけると怪我しそうな気がするから。」
お昼前には屋敷に戻って来てしまった。
なんか、朝の散歩と美味しいスイーツを食べただけの、有閑マダムみたいな生活だなと思った。
ケイティーはというと、お昼ご飯を食べたら部屋に籠もってしまった。
どうしよう、ケイティーの返事次第では、コンビ解消なのかな。そうすると、ケイティーはこの屋敷に済む理由が無く成っちゃうし、冒険者を辞めてしまったら、魔導鍵も飛行椅子もレプリカ剣も返却?
えっ? それってあんまりじゃない? 上げて落とすほど酷い事は無いよね。うーむ……。
でも、お金は残るんだし、それらが欲しければ、今度は自分のお金で買えば良いだけか。
ケイティーは、夕飯の時間にも降りてこなかった。
コンコンコン!
その日の夜、私の部屋のドアをノックする音が聞こえた。
そういえば、嘘か本当か、ドアのノックは3回らしいね。日本人が良くやる2回ノックは、トイレの時のやつなんだとか?
……とか、余計な事を考えていたら、返事が無いのに痺れを切らした訪問者の方が先に声を掛けてきた。
「ソピア、ちょっといい?」
「どうぞ、入って。」
想像通り、ケイティーでした。
ソファーを勧めると、ケイティーは一人掛けの方に畏まって座り、私は長椅子の方へ座る。
この世界に上座下座が有るのかどうかは知らないけれど、初見でも二人掛けの長椅子は主の座る方、一人掛けの方は客って感じはするよね。ケイティーも何と無くそう思ったのだろう。
「あのね、……」
言いにくそう。一日中考えて出した答えだもんね。
「私ね、ハンター続ける事にした。」
ほっとした! 私はどちらでも良いって言いながら、こっちの答えを待っていたんだと感じた。
これで肩の力を抜いて話をする事が出来る。
「実は私、ケイティーがそう言ってくれる事を期待していたんだ。」
にっこりと微笑む。
「あのね、よく考えてみたら、私はハンターとして何も成していない事に気が付いたんだ。だってね、タイラントもアラクネーの時もオグルの時も、私は殆ど活躍していないし、ましてや太陽石に至っては私は何も関わっていないじゃん。私はソピアに付いて回っていただけで、何一つ自分の力で稼いでいないんだよ。」
「太陽石は、ケイティーが一晩中助けを求めに走ってくれたおかげだから、私の感謝の気持ちなんだよ?」
「それにしても、大金貨80万枚は多すぎるわ。」
「私の命の値段は、80万枚より安いと?」
「そうじゃなくって!」
ちょっと巫山戯ただけなのに、真顔で怒った顔をされた。
「お礼だったら、ケーキワンホール程度で良かったの。私にはあの金額は、過分過ぎるわ。私が所有していい額じゃない。」
「だから?」
「だから……、私はあのお金は恵まれない子供の為に使える様に、寄付しようと考えているの。私のお金は、冒険で、自分の力で稼がないといけないんだわ。」
「はーい! 大正解よー!!」
私の部屋の扉が勢いよく開いて、片手にデコレーションケーキのワンホールを持ったヴィヴィさんが入って来た。
ノック位しろよ。
そして、ケイティーの前にさっとケーキを置くと、グラスを並べ、葡萄酒を注いだ。もちろん、私の分は葡萄ジュースなんだけどね。
「あなた達から預かっているお金は、各町に建設する予定のサントラム分校の建設費に当てさせてもらうわ。そして、運用益で増えた分は、40年後、あなた達の老後の為に支給される、老後生活保障金として、貯蓄させて頂きます。」
「えっと、ソピア……どういう事?」
「つまりね、サントラム学園は、孤児院を兼ねているから、貧しい子供の生活と学問は保証されます。私達が歳取ってリタイアした後の生活も保証してくれます。って事。」
「えっ! なにそれすごい!」
つまり、地球で言う所の、退職金とか年金みたいな感じで、老後生活を支える資金は心配無いよって話しだね。
「そう、だから、あなた達は、余計な心配をせずに、思う存分今を謳歌していいのよー。」
やったね! じゃあ、明日からは思う存分ハンターライフを満喫しよう!
って、私のお金もいつの間にか寄付する事になってるけど、ま、いいか。




