アラクネー狩り
「ちっ、いつまで食ってんだよ。行くぞ!」
なんだよ、私だって初対面なのに正体は隠さないのかよ。
せっかくの至福の時間が台無しだよ。
ブツブツ文句を言いながら、連中の後を付いて行くと、東門を出て森の中へずんずん入って行く。
まさか、森の中で私達に何かするつもりじゃないだろうな?
「ねえねえ、ケイティー、Bランク2になったの?」
「そうなの、これ見て。タイラントの功績がでかかったよね。」
「ふーん、それで、これから何を狩りに行くの?」
「んー、たしか、アラクネーだよ。」
「アラクネー!」
この世界のアラクネーは、蜘蛛の足が8本生えた女の人の事では無い。
等身大の蜘蛛だ。いや、脚の長さを含めると、余裕で人間の大人の男よりでかい。
そして、厄介なのは、蜘蛛の巣を張って待ち構えるという、大人しい方のタイプではなくて、ハエトリグモの様に高速で走り回り、驚異的なジャンプをする、能動的に狩りをする方なのだ。
「ちょっと待って、このメンバーでアラクネー狩りは無理だよ!」
「ああ? うるせーな、俺達なら余裕なんだよ! いつも狩ってるんだよ!」
そう言う奴らのハンター証を見ると、ランク1が2人、Bランク1が1人だ。
アラクネーは、ランク1が最低3人必要な筈だ。でも、ここには2人しか居ない。
おそらく、怪我をしたという残りの一人がランク1なのだろう。
私がランク2だから、このメンバーで余裕だと思うけど、あそこで私と出会わなかったらどうなっていたんだ?
ケイティーが怪我をしたかも知れないかと思うと、無性に腹が立った。
私は、魔力を広範囲に展開して、周囲をサーチした。
100ヤルト範囲には、怪しい動く物は居ない。
索敵範囲を広げて、200ヤルトまで広げると、後方から私達と等距離を維持したまま付いて来る者が居る。
私は、そっとケイティに耳打ちして、口裏を合わせてくれるように頼む。
「丁度良い広場に出たから、ここで昼食休憩にしましょう。私とケイティでちょっと兎でも狩ってくるよ。」
「おう、まかせたぞ。」
私達二人は、その場から一旦離れ、狩りに行く振りをして、後ろからつけて来る誰かの後ろへ回り込んだ。
そして、音を忍ばせて真後ろへ付き、私はポーチから解体用のナイフを取り出すと、、目で合図をして一気に飛びかかり、取り押さえた。
「声を出すな! 喉を掻き切るぞ。」
男の口を押さえ、ナイフを喉へ当ててそう言うと、男は目を見開いて、頷いた。
「あっ、この人、怪我したって言っていた、あいつらの仲間だよ。」
やっぱりね。マッチポンプだったか。
おおかた、金で雇ったチンピラか何かにケイティを襲わせて、それを助けるふりをして恩を着せ、自分のせいで怪我をさせたという罪悪感を煽って便利な荷物持ちにしようとしたんだろう。
「おまえ、本当はどこも怪我なんてしてないな?」
「あ、ああ、そいつの魔導倉庫目当てに一芝居打った。」
「がっかりだよー。あの時は本気で心配したのに!」
「ケイティは色々と経験が足らない。人を信用しすぎる。危なっかしくて見ていられない。」
「12歳に説教される15歳って、どうなの私? これじゃ、どっちが歳上なのか分からないよ。」
泣き笑い。
まあ、厳密に言うと私は19歳なんだけどね。
じゃあ、あいつらをとっちめに行こうか。
「でも、あなた、怪我無くてよかったね。」
「こんな優しい娘を騙すなよ!」
「すまねえ……」
男を後ろ手に蔦を使って縛り、3人の所へ連れて戻ると、驚いた顔をしていた。
「変わった獲物が捕れたよ。どういう事かな? これは。」
「ちっ! おまえ、何で付いて来てるんだよ! 宿で待ってろって言っただろうが!」
「だってよう、お前らがアラクネーを狩りに行くって聞いて、お前らだけじゃ心配だったから、いざとなったら助けようと思ったんだ。」
「悪人同士の友情には興味は無い。さ、ケイティー、帰るよ。この事はハンターズに報告するから。」
「くっ! おい! 待ちやがれ!」
「こいつらをこのまま帰したら。ハンターズライセンス取り上げられちまうぞ。」
「おい、もうよそうぜ。俺は悪事を働いて食い繋ぐのは嫌だ……」
後ろ手に縛られた男が、止めに入った。
仲間割れは勝手にやってて下さい。
「くっ、俺達、ハンター以外の仕事なんて出来やしねーのによ。」
悔やむ男達を置いて、私達は帰ろうと背を向けたその時、何かがこちらへ向かって来るのがサーチに引っかかった。
直線を物凄い速度で走ったかと思うと、ピョンと跳ねて、木の幹を渡りながら立体的に移動してくる。
「あ、高速接近してくる気配有り。これは、王都の女子又はアラクネーだね。」
「「「「王都の女子?」」」」
「私はツッコみません。」
「右斜め上、頭上、アラクネー3匹! 距離30! 速い!」
私達は幸い、開けた空間に居たために、頭上からの奇襲は避けられた。
しかし、1匹に付き、ハンターランク1が最低3人必要と言われる敵が、3匹。どうする?
「ケイティー、その男の蔦を切って! 早く!」
ケイティーが素早く男の拘束を解くと、私は男たちに向き直って叫んだ。
「あなた達4人で一番大きい1匹を仕留めて! 2匹は私とケイティーで引き受ける!」
「嘘だろ、出来るのか?」
私はランク2のハンター証を出して男達に見せると、ケイティーと一緒に右側へ走った。
「わ、わかった!」
男達は左側へ走る。
と、同時に男達の今居た場所に大きなアラクネー1体と中サイズの2体が降って来た。
親子か、これ?
アラクネーは、虫と言っても爬虫類程度には知能が有り、子蜘蛛に狩りを教えると聞く。
男達の一人の弓師が大蜘蛛に矢を射掛けると、注意がそちらに向いた。
私は、親蜘蛛に付いて行こうとする子蜘蛛2匹を魔力で引き剥がし、こちら側へぶん投げた。
親蜘蛛の方は、4人も居れば大丈夫だろう。
こっちは……どうしよう。
私は、同時に幾つも別の事をやるのが苦手なんだよね。特に魔力を分散して、同時に複数の種類の違う作業をする事が。
2匹を押さえながら、青玉1個作るのが精一杯かも。
力をぐぐぐっと入れて、このまま地面で押しつぶしてしまおうか。
だめだ、こいつらの外骨格が意外と硬くて、柔らかい森の地面にめり込んでいくだけで、潰れる気配が無い。
蜘蛛って、外骨格と言っても結構ブニブニで、柔らかいイメージがあるんだけど、コイツはデカイだけ有って、かなり硬くて分厚い。まるで、鎧を着ているみたいだ。
「ケイティー、一匹の頭を切り離してー。」
「えっ、えっ! うええー気持ち悪いよー、怖いよー。」
うん、分かるよ。こんな巨大蜘蛛、気持ち悪いよね。
人間の根源的恐怖感情を引き出す形状をしている。
京介時代に九州の旅館で、部屋の中で軍曹を見た時の衝撃を思い出すよ。
関東人には信じられないだろうが、九州にはアシダカグモという、手の平大の蜘蛛が生息しています。通称軍曹です。
気持ち悪いと言いながらも、1匹に素早く駆け寄り、剣を頭と胴体の間に突き刺し、足で蹴る。
足で蹴るの好きだね、この子。
剣は胴体と頭の間の繋ぎ目にスカッと入り、切り離された。
蜘蛛は8本の脚を一際ワサワサと動かした後、きゅーっと縮めて動かなくなった。
よし、こっちは放しても大丈夫だな。
もう一体の方には、青玉を作って頭に打ち込むと、こっちも動かなくなった。
よし、残りは親玉だ!
4人は苦戦しているみたいだ。親蜘蛛も、子蜘蛛をやられて怒っているみたいで動きが激しい。
外骨格が硬くて、弓も剣も通らない様だ。
さて、連中がどうするか、見物して居ようか。
「おーい、お前ら! そっちが片付いたなら、こっちを手伝ってくれよ!」
さーて、どうするかなー。
お、結構爪の攻撃を避けるね。上手い上手い。
そうそう、1かたまりにならないで、取り囲む様にターゲットを分散してね。
側面の人は、関節とかの継ぎ目を狙うと良いよ。
「さて、私達はもう帰ろうか。」
くるりと背を向けて歩き出した私達に、男達は必死に懇願を始めた。
「待って! 待って下さい! 見捨てないで!!」
「私達を騙して荷物持ちにさせようとした悪人のお願いなんて、聞くと思う?」
「助けてくれ! 報酬の半分をやるから!」
「ケイティーさん、また私達を騙すつもりだよ。悪い奴らだね。」
「そうですわね、ソピアさん、私達はもう関係ありませんものね。オホホホホ。」
「わーかったよ! チクショー!! 報酬の三分の二、いや、全部やるから助けてくれー!」
「よし、その依頼引き受けた!」
ドーーーーーーーーーーーーーーン!!!
地響きが森の中に響き渡り、木々が揺れ、男達は立っていられずに全員尻餅を突いた。
横を見ると、ケイティーも尻餅を突いていた。
大蜘蛛は真上から巨人の掌で押さえつけられたかの様に、ぺしゃんこに成っていた。
念のために、8本の脚をそれぞれ引き千切る。脚の1本1本がそれぞれ3ヤルト以上もある。すごい。
頭もねじ切って、完全に解体完了。
「で、これどうするの? わざわざ狩りに来たって事は、高く売れるんでしょう?」
「あ、ああ、1匹あたり、大金貨5枚にはなる、はず。ただ……」
「へー、やったー。臨時収入ー。」
「……」
「……」
「……」
「どうしたの? ケイティー、早く倉庫に仕舞って?」
「ぎゃー! 嫌だー!!」
「えー? 何でー? 元々はあなたの仕事じゃない。」
「だってー、大事な倉庫の中に汁が付くー。いやあああ!」
「汁って、そんな事言われたら、私の所に入れるのも気持ち悪く成って来ちゃったじゃない!」




