お師匠と私の科学講座
新しい朝が来た! 希望の朝だ!
「さて、今日の予定は、やっぱりあれやるの?」
「やるじゃろ。」
「とっても危険だから、十分注意しないとね。」
「あーん、私もそれにお付き合いしたいけど、これから出勤なの。また後でねーー。」
ヴィヴィさんも、爆轟には興味津々らしい。
それよりも、やる仕事がいっぱいありすぎて超多忙になってしまったんだよね。魔導鍵とか、学校設立とか、その広報とか。
そんなに忙しいなら、いちいちここへ帰って来なくてもいいと思うんだけどねー。
自分の居ない所で面白そうな事をやっているのが嫌なのだろう。
後ろ髪を引かれる様にして、ヴィヴィさんは王都へ飛んで行った。
火薬の製法は、この世界では絶対に公開しないという事。
お師匠の知的好奇心を満足させて、脳内に記憶するのみに留め、文章その他の他人が閲覧可能な媒体に記録する事は全面禁止。
戦争に使うなど以ての外。
お師匠と以上の覚えを確約の上、火薬の製造に入る。
「錬金術工房で買ってきた、材料は揃ってますね?」
「おう、硝石、硫黄、木炭、じゃったな。」
「はい、これは、あっちの世界で最も古い火薬である、黒色火薬の材料です。……と、その前に、左手を腰に当て、右手の人差指を前方に突き出して下さい。」
「おう、これで良いか?」
「私に続いて、唱和願います。『今日も安全に気をつけて、0災でいこう!』」
「今日も安全に気をつけて、0災でいこう!」
「ありがとうございました。」
「これは、火薬を作るための呪文か何かなのか?」
「はい、怪我しないように気をつけて作業をしようという、神聖な儀式です。」
「それ、必要なのか?」
「とっても大事です。これをしないと、最悪死にます。」
「怖いのう……」
儀式が済んだので、火薬を作り始める。
原始的な黒色火薬は、煙の発生と燃えカスの量が多目。
配合は、硝石;硫黄:木炭、の比率は、3:1:1から、8:1:1の間。
「まず、各材料を微粉末に成るまで磨り潰します。熱や火の気には十分気をつけて下さい。」
お師匠は、材料を空中に持ち上げると、それぞれ魔力で磨り潰し始めた。
ゆっくりゆっくり、摩擦熱が出ない様に。
微粉末になった所で、それを配合比率に従って、混ぜ合わせてゆく。
「簡単でしょ? でも、たったこれだけの物が、あっちの世界では凄惨な戦争を作り出して来たんだよねー。」
石の上にその混合粉末を少量置いて、火を付けてみる。
シュボッと激しく燃えるだけで、爆発はしない。
「爆発はせんのか?」
「うん、このままではね。」
よく、漫画で火薬をパラパラと地面に撒いて火を点けると、ドカーンと爆発する場面があるでしょう? あれは無いです。
普通に火を点けただけだと、ボウッと激しく燃えるだけ。
何かの密閉容器に入れないと、爆発は起こりません。
「ほんのひとつまみ程度をこうやって……」
魔力で包んで、固め、ちょっと距離を離す。
「あれに、火炎魔法を打ち込んでみて。小さいのでいいから。」
お師匠が、それに極小のファイアーボールを当てると、パーンと大きな音が鳴って爆ぜた。
「おお、あんな鼻くそ程度の大きさでこの音か。」
「うん、だからね、量は注意して。」
今度はお師匠にやってみてもらう。
火薬の爆ぜる時の圧力を体感してもらうためだ。
「ぎゅーっと、ぎゅーっと、全力で押し固めておいてね。
「点火、いくよ!」
パーン!!
「むう、絶対に割れない様に全力で押し固めておったのに、容易に魔力の圧力を突破しよる。」
「凄いでしょ。この圧力を一つの方向へだけ逃がす様な構造を作って、そこに弾丸を詰めれば、物凄い勢いで弾き飛ばす事が出来るの。」
「成る程のう、バシリスコスを撃った時のあれじゃな。」
次は、指の先程の量を取って、固めると、鉛の弾丸をセットした、先込めのマスケット銃もどきをイメージ形成する。
全長は、ほぼ1ヤルト程度。
ただし、違うのは弾丸の形状は球で無く、先端が丸い円筒形だし、回転はする事。
「点火!」
ターーーーーーーン!!
500ヤルト程先に置いた、木の板の的のど真ん中に見事に命中。
「ほう、かなり小型になった割に、なかなか威力があるものじゃな」
「これを、火薬から弾丸まで、全て魔力で再現したいんだよね。」
「ふむ、爆轟の発生原理を再現すれば良いんじゃろ?」
「それが理想的。爆轟の現象的には、音速を超える速度での燃焼の連鎖反応という事でしか無いのだけど、この時に発生する熱により、急激に膨張する燃焼ガスを、物を弾き飛ばすエネルギーとして利用しているんだよね。」
「つまり、熱のエネルギーの利用方法の一つというわけか。熱は魔導で作り出す事は簡単じゃな。膨張させる気体は、個体または液体から瞬間的に気体へと相転移出来るものなら何でも良わけか……」
「そうそう。次は、硝酸を使った、綿火薬の製造をしてみます。」
「ふむふむ。」
二人の無害なテロリストが無邪気に火薬談義をしている。
危ない光景である。
老人と女の子でなければ、とても看過出来ない光景である。
いや、老人と女の子でも駄目じゃね? とは、ちょっと思った。
まあ、誰も人の来ない山の中だから許されているけど、近くに人家があったら全然駄目だよねー。
これが楽しくなって、ちょっとでも他人を驚かせてやろうなんて思い始めたら即禁止だ。
これは、この世界初の純粋な気持ちの科学実験なのであって、そこを踏み越えちゃいけないのだ。
「爆薬の基本は、窒素化合物なのね。」
「窒素というと、空気中に沢山ある物質じゃな?」
「そう、空気の組成は、大まかに80%は窒素です。とても安定している物質だね。そして、約20%位が酸素で、僅かに二酸化炭素や水蒸気を含みます。私達は、酸素を呼吸で取り入れて、二酸化炭素を吐き出しています。酸素は、燃焼に関係しています。」
「ふむ、酸素とは、我々が言う所の燃素の事かのう?」
そこからかー。
燃素仮説とは、物質は、燃素と灰から出来ていて、燃焼とは物質から燃素が抜け出す現象だとかいうやつだ。
物が燃えると、物から燃素が抜け出して行き、後にはそれ以上燃えない灰が残る事から、物質は灰と燃素から出来ていると考えられていた時代があったのだ。炎は、その燃素が抜け出して行く様だと思われていた。
「燃焼の概念から説明しないとならない様です。燃焼とは、燃素が抜ける現象ではありません。お師匠には原子の説明はしてあるから、薄々と気が付いているとは思いますが……」
「やはりそうなのか。わしもおかしいなーとは思っとった。」
「燃焼とは、物質が激しく酸素と結び付く現象の事です。急激な酸化現象の事を言います。爆轟現象とは、その燃焼がより激しく、音速を超える速度で拡散する燃焼の連鎖反応の事をいいます。」
窒素が2つの酸素と結合したニトロ基は、様々な物質と結びついて化合物を成す。
その化合物は、酸素が無い状態でもニトロ基に含まれる酸素の供給により燃焼を続ける事が出来る。これを酸化剤と呼ぶ。
先に入手した、硝石(硝酸カリウム)も似た様な構造をしている。
黒色火薬では、硝石は燃えやすい木炭と硫黄の混合物に酸素を供給する、酸化剤の役目を担っている。
多くのニトロ化合物は、爆薬と成る。
ニトロ化合物は、硝酸があれば、様々な種類を製造する事が可能だ。
綿と反応させれば、綿火薬、グリセリンと反応させれば、ニトログリセリン、トルエンと反応させれば、TNTといった具合だ。
「成る程なあ、錬金術師達に教えたら、喜ぶじゃろうなあ。」
「させねーよ!」
「解っとるわい。爆轟の仕組みは理解したので、それを魔導で再現出来るのかが、わしの仕事じゃな。」
実際、錬金術師連中は、硝酸や硝石を所持していたし、チタンやジルコニウムの存在も知っていた。
ネットも無い、教育機関も碌な物が無いこの世界では、全ての人間が同等の基礎知識を持っている訳ではない。
知識を持つ者と持たざる者の格差は想像以上に大きいのだ。
そして、特別な知識、危険な知識は、一部の人間達で独占されている。
情報が共有されないこの世界では、一人の人間がとんでもない発明をした所で、その人が死んだら永遠にその技術は失われる、ロストテクノロジーというのは、頻繁に起こっている。
火薬の製法も、ひょっとしたらこの世界の何処かでは既に発明はされているのかも知れないし、もしかしたら、錬金術師達は知っていて隠している可能性も無くは無い。でも、それを私が異世界の知識として安易に与えてしまうのは憚れれるのだ。私一人の思いだけでは判断しきれない。この世界の流れに任せるのが穏当だろう。
「綿火薬の科学実験位は面白いので、後でやってみようか。あ、硫酸が無いや。」
「あるぞ。」
「あるんかーい。まあ、そのうちね。硝酸があっさり手に入っちゃったので、白金とかアンモニアとかを買ったのは無駄になっちゃったけどね。」
「それも面白そうだから、そのうちやってみよう。」
科学の無い世界での科学実験は、そりゃあ面白いよね。




