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こちら鈴山村陰陽師  作者: 法田波佳
ようこそ、鈴山村へ
8/22

初登校と赤殿中





 周りを田んぼに囲まれた一本道を、瑞生は歩いていた。

 通勤通学の時間帯だというのに、辺りには人っ子一人見当たらない。それに少し不安を覚えたけれど、田舎だしそういうものなのだろう、と思って歩みを進める。

 田んぼの脇に咲いた菜の花が、風に合わせてゆらゆら揺れる。黄色の波のようでとても綺麗だ。


「お姉さん、お姉さん、肩こってない?」


 春風を吸い込もうと瑞生は深呼吸をしようとする。と、そのとき、背後から可愛らしい声が聞こえてきた。


(なんだろう?)


 上げかけていた両腕を戻して、瑞生は後ろを振り返る。けれど、そこには誰もいなかった。

 気のせいかな。そう思って、瑞生はまた前に向き直る。


「ねえってば、お姉さん」


 けれど、歩き始めた時また後ろから声が聞こえてきた。しかも、今度はさっきよりも大きくはっきりと。

 瑞生はまた振り返る。けれど、やっぱり後ろには人の姿はなかった。


(空耳……?)


 不思議に思って、瑞生は首を傾げる。すると、今度は足首に何かが触る感覚がした。人間の手というには小さすぎるし、虫というには大きすぎる。それに、なんだかもふもふしている気がする。

 恐る恐る瑞生は足元へと視線をやる。するとそこには、大きなくりくりの黒目をもった動物がいた。

 それは、瑞生と目が合うと、ぱっと口を開けた。口角が上がって、その顔は笑っているように見える。


「あ、気づいてくれた?」


 ピンとたったまあるい黒い耳。目の周りも同じ黒い丸で囲まれている。体は、ふさふさとした手触りの良さそうな茶色い毛に覆われていた。なぜか、赤い袖なし半纏を着ているけれども、それはどこからどう見ても……。


「タヌキ?」


 すぐそばに山がある田舎だ。タヌキの1匹や2匹いたとしても不思議じゃない。けれど、喋るタヌキだなんて……。


(ん? 喋った……?)


 ぴたりと瑞生は動きを止める。

 気のせいだ。幻聴だ。そう思おうとした。けれど、足元にくっついているタヌキはキラキラした目で見てくるし、それに何より、さっきの言葉は間違いなくこのタヌキの口から聞こえてきた。ということは……。


「た、タヌキが喋った!」


 思わず大声で叫びながら、瑞生は後ずさる。足を動かした拍子に、タヌキに足が当たってしまった。あいたっ、とタヌキは小さな声をあげる。


「ちょっと、乱暴ね! 怪我したらどうするの?」


 ふくふくの頬っぺたを膨らませながら、タヌキは瑞生を批判げに見つめる。

 けれど、瑞生はそれどころではなかった。何せ、タヌキが人の言葉を喋ったのだ。これを驚かずして、何に驚けと言うのだろう。


「え、人形とか?」


 その場にしゃがみ込んだ瑞生は、タヌキに向かって手を伸ばす。そして、人差し指でえいやとつついてみた。

 ふに。柔らかい感触。触れたところからは暖かな体温が伝わってくる。人形かロボットかと思ったが、そのどちらでも無さそうだ。

 でも、なら一体……。


「お姉さん、肩こってない?」


 目の前にいるこのタヌキは何者なのだろう。そう頭の中で考えを巡らせていた時、タヌキがまた口を開いた。

 考え事をするために地面に向けていた視線を元に戻せば、タヌキは期待に満ちた目で瑞生を見上げていた。


「え? 肩?」

「そう。こってない?」


 こてんと、あるのかないのだかわからない首を傾げてタヌキは問いかける。

 一体、なぜそんなことを聞くのだろう。


(そういえば、さっきも肩がどうとかって言ってたっけ?)


 一番最初に声をかけられた時のことを思い出す。たしかあの時も、タヌキは肩がこってないかと聞いてきていた。タヌキと肩こりとどんな関係があるのか……また、気になる疑問が増えてしまった。

 喋るタヌキといい、肩こりをしきりに気にしてくることといい、一体全体何なのだろうか?頭にはてなを浮かべながら考えていたそのとき、タヌキの向こうに誰かがいるのが見えた。


 同じ中学生なのだろうか。その少年は、象牙色のブレザーを着ていた。肩からは、瑞生が持っているのと同じ白鞄を掛けている。

 黒い短髪を風に揺らしながら立っている少年は、前方にいる瑞生たちを見ると、一瞬眼鏡の奥の鳶色の目をしばたたかかせた。しかしその顔は、すぐにもとの無表情にもどってしまう。


(き、かれたかな……?)


 瑞生の顔につうっと汗が浮かぶ。

 距離はさほど開いてはいない。聞こうと思えば、話している内容は聞けないこともないだろう。けれど、タヌキと話している人間なんて確実に変人だと思われる。案の定その少年は、じーっと瑞生を見つめていた。

 変な奴だと思っているのだろうか。だとしたら、何か弁解しないと……。


「あの、」

「何やってるの? 赤殿中あかでんちゅう


 とりあえず何か言おうと口を開きかけたそのとき、少年はタヌキに向かって声をかけた。まるで、人間にでも話しかけるように。


「あ! もといー!」


 話しかけられて振り返ったタヌキは、少年の姿を見て嬉しそうな声をあげた。そして、とことこと歩いて行くと、少年の体をよじ登って肩に乗ってしまう。


「こんな道の真ん中で何してたの?」

「見かけない顔のお姉さんがいたから、肩叩かせてもらおうと思って」


 質問に答えながらタヌキは、肩から背中へと回る。その姿はまるで、少年におんぶされているようだった。


「ねえねえ、肩トントンしていい?」

「お好きにどうぞ」


 少年の返事を聞いたタヌキは、嬉しそうに口角を上げると、小さな両の手を交互に上げ下げして、リズミカルに少年の肩を叩きだす。

 とんとんとんとん。楽しそうに肩を叩くタヌキ。それを見た瑞生は、ぽかんと口を開けて固まる。


(一体何が……?)


 頭の整理が追いつかない。

 どうして、タヌキが当たり前のように喋っている?どうしてこの少年は普通にタヌキと会話をしている? どうしてタヌキが人間の肩叩きをしている?

 ぐるぐるぐるぐる疑問が頭の中で回り出す。

 じっと見つめていたからだろうか。不意に少年は瑞生へと視線をやった。


「どうかしましたか?」


 問いかけてくる少年。これは、もう聞いてみるしかない。そう覚悟を決めた瑞生は、ぎゅっと手を握りしめてゆっくりと口を開いた。


「あの、そのタヌキって……何ですか?」

「何って、赤殿中ですけど」


 赤殿中。その単語に、また頭の中にはてなが浮かぶ。そういえば、さっきもそう言ってタヌキに呼びかけていた気がする。


「赤殿中?」

「そう。妖怪の一種で、人間の肩を叩くのが大好きなんです」


 そう言いながら、少年はおぶさっているタヌキに手を伸ばす。人差し指でその頭を掻いてやれば、タヌキは嬉しそうに目を細めた。

 またまた瑞生は、ぽかんとしてしまう。

 妖怪。耳慣れない言葉を今朝だけで2回も聞いてしまった。それも、言っている本人はごく当たり前のことのように言っている。


(これは、私がおかしいの? 妖怪って当たり前のもの?)


「聞きたいことってそれだけですか?」


 顎に手を当てて考えて込んでいた時、少年の声がした。はっとして視線を上げれば、少年は真っ直ぐに瑞生を見ていた。


「ないなら、もう行きますね。学校、遅れちゃいますし」


 そう言うと少年は、瑞生の脇を通ってさっさと歩いて行ってしまう。

 タヌキを背負ったまま遠ざかっていく背中。それを見送りながら瑞生は、大きく首を傾げた。





 

妖怪ひとくちメモ

【赤殿中】

赤い殿中(袖のない羽織)を着た子どもに化けて現れ、道行く人に背負ってくれと言ってしつこく纏わりつく。

仕方なく背負ってやると、嬉しそうにその人の肩を叩いてくれます。人に害をなすことのない無害な妖怪。

この作品では、「子どもになんて化けたくないわ!それよりおんぶプリーズ!」と言ったので、子どもには化けていません。

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