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こちら鈴山村陰陽師  作者: 法田波佳
ようこそ、鈴山村へ
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狐面の青年





 眼が覚めると、視界に飛び込んできたのは見慣れない天井だった。天井照明からのびている紐がプラプラと揺れている。


(ここ……どこだろう)


 一瞬、瑞生は考えを巡らせる。そして、昨日から叔父たちの家に居候しはじめたことを思い出した。


 掛け布団を剥いで、上半身を起こす。

 久々に敷き布団で寝たからか、起き上がった拍子に腰がコキッと音を立てた。

 枕元に置いてあった時計に目をやると、時計の針は6時を指していた。それを見て瑞生は、中途半端な時間に起きたなと思う。これから二度寝するには時間が短いし、かと言って起きていくにはまだ早い。


(とりあえず、朝日でも浴びて目を覚まそうかな)


 そう思って、立ち上がった。

 4月の朝はまだ少し肌寒く、パジャマの上から腕を擦りながら進む。障子に近づくにつれ、外から鳥のさえずりが聞こえてきた。


「・・・・・・眩しっ」


 ガラリと障子を開ければ、一気に朝日が差し込んできて、眩しさに瑞生は眼を細めた。

 だんだんと眼が明るさに慣れ、ピントが合ってくる。そして視界に映ったものに、瑞生はその大きな目をますます見開いた。


「きれい」


 溜め息とともに、思わず呟きが漏れた。

 目に飛び込んできたのは、裏庭にある一本の木。裏庭と呼ぶには広すぎる敷地に、一本だけぽつりと植えられた木だった。


 縁側を横切り、その下の沓脱石くつぬぎいしに置かれたつっかけに足をとおす。

 木に近づけば近づくほど、その美しさは一層強まって見えた。

 

 まるで白い雲が木全体を覆っているように、たくさんの花が咲き乱れている。風に吹かれて花が揺れれば、日に当たる角度が変わり、白やクリーム色へ次々色が変わる。それは何とも幻想的で、綺麗だった。

 近づいてよく見れば、束になって咲く白い花の間から、薄い赤紫色に染まった葉が見え隠れしているのに気づく。触れたくなって思わず手を伸ばしかけた時、瑞生は木の上に何やら影があるのに気づいた。


(……なんだろう?)


 そう思って、よく見ようと目を凝らす。すると、頭上から何かが降ってくるのが見えた。

 ぶつかる! 瑞生はとっさに半歩引いて、眼をギュッとつぶった。


 からん


 地面に何かがぶつかる軽い音。

 おそるおそる眼を開けば、さっきまで立っていたところにお面が落ちていた。白で、両頬に薄い赤と青の線が2本入ったそれは、狐をかたどっているようだ。


「落とし物?でもどこから……」


 汚れるのでとりあえず拾おうと、腰をかがめて手を伸ばす。


「触るな」


 鋭い声が響いた。驚いて、思わず手が止まる。

 その隙に横から伸びてきた手によってお面は拾われた。


(いつの間に背後に……!)


 瑞生は、身構えながら素早く後ろを振り返る。

 さっきまで誰もいなかったはずのそこには、一人の青年が立っていた。


 朝日のもと、艶々と輝くのは漆黒の髪。眼も夜空を切り取ったかのように黒く、透き通った白い肌と相まって、浮世離れした美しさを放っている。声からすると男性だが、顔は中性的でたぶん喋らなければ女でも通用するだろう。

 けれど、そんな美しさより何より、瑞生が気になったのは彼の服装だった。彼が着ていたのは、濃紺の着流し。足元も下駄で揃えている。

 見たところ十代後半ぐらいの青年。そんな人が普段着で和装をしているのはすごく不思議だった。

 和装が好きなのだろうか。それとも家業がそういう関係とか……華道や茶道みたいな。

 そんなことを考えながら、じろじろと全体を眺めまわすように見ていたからか、青年は柳眉を寄せて眉間に皺を刻む。


「あんた、僕が見えてるの?」

「え、見えてるって……見えてますけど?」


 瑞生は、きょとんと小首を傾げて尋ね返す。何をおかしなことを聞くのだろう。目の前にいるのだから見えていて当たり前じゃないか。  

 なのに青年は、瑞生の返事を聞いて目を大きく見開いていた。信じられない、顔にそう書いてあるような表情をしている。


「驚いたな、僕が見えるなんて。そんな人間、ここにはあのじいさんと小僧以外いなかったはずだけど。あんた、何者?」


 苦々しげに青年は尋ねかける。

 何者、と聞かれても困ってしまう。そもそも、見えるって何のこと?

 そんな風に戸惑いながら、瑞生は口を開く。


「普通の人間ですが……?」


 瑞生の返答に興味が湧かなかったのか、青年はふーんとだけ呟いた。

 観察するようにしげしげと瑞生の姿を眺めまわす。すると、足元まで視線をやった時、驚いたように眼を見開いた。

 それはほんの一瞬、瞬きする間のようなごくわずかな時間だったが、瑞生は見逃さなかった。


「どうかしました?」


 怪訝そうに瑞生が問う。

 青年は、何でもと呟くとふいと視線を逸らした。


「何でもってこと――――――」


「瑞生ちゃーん、起きてる?」


 その行動がどこか不自然で問い詰めようとしたその時、和室の襖の向こうから瑞生を呼ぶゆかりの声がした。

 同時に、返事を待たずに襖がスッと開けられる。振り返ると、普段着の上からエプロンを身に着けたゆかりが立っていた。

 ゆかりは、裏庭にいる瑞生の姿を見とめるとほっとしたように表情を緩める。


「よかった。なかなか返事がないから心配したのよ?」

「すみません、聞こえなくて・・・・・・」


 瑞生が謝ると、ゆかりは仕方ないなというように苦笑を浮かべた。

 もうすぐ朝ご飯だから。そう言い残して、もと来た道を引き返して行く。


 ゆかりの姿が見えなくなったのを確認して、瑞生は後ろを振り返ってみる。

 いつの間に消えたのか、さっきの青年の姿はそこにはなかった。





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