初めての学校
自転車置き場へと向かう真幸と途中で分かれて、瑞生たちは校舎の中へと入ってみることにした。
「ちょっと待ってね……んんんーっ」
「相変わらず立て付け悪いわねえ」
引き戸の取っ手を掴み、久教が思い切り横に引く。しっかりと腰を入れてしているのだが、それに反比例するように戸はゆっくりとしか開いていかない。
(……一体、毎日どうやって過ごしてるんだろう)
ふと瑞生は疑問に思った。これだけ開けるのが大変なら、学校に入るのさえ一苦労そうだ。
ギシギシと軋むような音を立てながら、やっと全部開き切ると、鼻を木の匂いがくすぐった。それに混じって砂ぼこりの匂いも届く。入ってすぐにある靴箱から漂っているようだ。
「全然変わってないわね。ほらこのすのこ、よく大掃除で洗わされたわよね」
「やったやった。夏は良いけど、冬は寒くて」
かつての学校生活を懐かしむように、ぽつりぽつりと久教たちは言葉をこぼしていく。
その姿を見て、いいなと瑞生は思った。眩しいとさえ思う。そんな風に懐かしめることは、きっととても幸せなことだろうから。
靴を脱いで、昇降口を上がっていく二人に続いて、瑞生も靴を脱いだ。
下駄箱の前に置かれているすのこに足を置くと、カコッと音が鳴る。足を乗せる位置が手前すぎたのか、すのこが少しグラグラして、慌てて手近にあった下駄箱に手をついた。
「瑞生ちゃん、少し校内見てみる? 僕ら職員室でちょっと挨拶していくから」
「あ、はい。お願いします」
「二年生は二階だから、この階段上って右ね」
そう言ってゆかりは、下駄箱の向かいにある階段を指さした。踊り場の窓から差し込む日差しで照らされて、そこだけ浮かび上がっているみたいに見える。
右手に曲がって行く二人を見送って、瑞生は階段を上りはじめる。一段上がるたび、ギシリと床が軋む音がした。素足の足の裏には木の感触が直に伝わってきて、少しもささくれだっていない床に、よく手入れがされているのを感じた。
踊り場の窓は、天井まで届きそうなほど大きく取られている。窓際に近づいてふと下を覗きこんでみると、小さな畑があるのが見えた。学級菜園なのだろうか。うねの上には、緑の青々とした苗が植わっている。
「上がって……左だったっけ?右?」
階段を上りきったところで、はたと足が止まる。どっちへ行けばいいか忘れてしまっていた。
プレートがかかっているかと思って、左右の廊下を覗きこんでみるが、それらしきものは見当たらない。
(まあ左右どっちかに行ってみて、違ってたら引き返せばいいか)
そう思って、とりあえず瑞生は直感で左の方へ行ってみることにした。
そして瑞生は、あの不思議で恐ろしい体験をすることになる。けれど、この時の瑞生はまだそのことを露ほども知らなかった。
瑞生ちゃん、瑞生ちゃん、と遠くで名前を呼ぶ声がする。同時に、頬を軽く叩かれる感覚。それに引っ張られるようにして、瑞生は目を覚ました。
最初に目に入ったのは、心配そうに顔を覗き込んでいるゆかりの顔だった。瑞生が気を取り戻したことに気がついたゆかりは、強張っていた顔を弛緩させる。
「よかったー! もう、心配したんだから」
どこも痛くない? 大丈夫? そう尋ねられながら、ぺちぺちと探るように上から体を触られる。そこでようやく瑞生は、自分がゆかりに膝枕をしてもらっていることに気がついた。
「あ! すみません!」
瑞生は慌てて体を跳ね起こす。けれど、ピンッと後ろから体を引っ張られて止まってしまう。頭皮に走る鋭い痛み。できるだけ動かないように視線だけで見れば、長い髪の一房が床にはられた板と板の間に挟み込まれていた。
「あーあー、ちょっと待ってね」
そう言ってゆかりは、瑞生の髪を手に取る。途中で切ってしまわないように、一本一本丁寧に板の隙間から外していく。
その隙に瑞生は、先ほどまでいた廊下の突き当たりを見てみた。電気が点いていないせいで相変わらず薄暗いが、それでも日差しのおかげで真っ暗ということはない。さっき感じたような変な雰囲気もしない。
(……何だったんだろう?)
不思議になって、瑞生は首を傾げる。その拍子に、ピンッと髪が引っ張られた。突然走った鋭い痛みに、思わず声が出る。
動かないで、と言うゆかりの声に従って、瑞生はそのままじっとしていることにした。




