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こちら鈴山村陰陽師  作者: 法田波佳
雨に紛れた慈愛
21/22

雨の中の来客





 厚い灰色の雲に覆われた空から、糸のような雨が降ってきていた。

 午後から降り出した雨は、少しずつ、けれど着実に地面に染みをつくり、あちらこちらに水たまりができていた。

 今朝の天気予報では「晴れのち曇り」と出ていたため、傘を持ってきていた者は少なかったのだろう。下校時間になった学校からは、駆け足で家へと向かう児童たちが次々に出てきていた。


 ぴちゃぴちゃ、と水を跳ねる音が響く。それに混じって、児童たちの騒ぎ声も聞こえてきていた。大人にとっては不快なだけの雨も、子どもたちの手にかかればキラキラ輝くおもちゃに変わるらしい。濡れるのもお構いなしに、雨の中をはしゃぎながら帰る子も多くいた。


 そんな中、うつむき加減にとぼとぼと帰る一人の男の子がいた。

 小さな背中にはまだ大きい黒いランドセルを背負ったその子は、自分の足先を見つめたまま前も見ずに歩いている。

 スポーツ刈りの黒い髪からは、雨粒が滴っている。顔へと流れたそれは、頬で一筋の川をつくり出す。けれど、気にならないのか男の子は流れるままにしていた。

 そんな彼の後ろから、黒いランドセルを背負った小さな人影が近寄ってくる。ばしゃばしゃと大きな音をたてながら走ってくるその子もまた、傘をさしていなかった。


悠太ゆうたー! 今日お前んち行ってもいい?」


 隣に並んだ人影は、男の子・悠太の顔を覗き込みながら尋ねる。それを聞いて悠太は、俯かせていた顔をゆっくりと上げた。


「……ごめん、今日はちょっと」

「えー、またかよー! 最近いっつもそうじゃん!」


 悠太の返事に、茶色味のある黒髪をしたその男の子は、不満げに口を尖らせる。それに悠太は、力ない笑みを返した。


「ごめん。また誘ってね」

「もう次は絶対だからな!」


 そう言って男の子は、雨から身を守るように頭を両手で覆いながら駆けて行く。悠太は、その後姿を見送りながらため息を一つついた。







 夜になると、雨脚は激しさを増した。バケツを上からひっくり返したような雨の中では、人の足音も車の通る音も何もかもが吸い込まれてしまう。

 そんな中、あるアパートの二階の一室から大きな怒鳴り声が響いていた。


「出て行きなさい!」


 乱暴に玄関ドアを開けた女性は、金切り声をあげながら一人の子どもを外へと押し出した。子どもは、手足をばたつかせながら、必死で部屋の中へと入ろうと抵抗する。けれど、そこは大人と子どもの力。すぐに外へと追いやられてしまった。


「そこで反省してなさい!」


 そう言うと女性は、また乱暴な音をたててドアを閉める。

 何が起こったかわからないといったように、閉まったドアを呆然と見つめる子ども。けれど、すぐにはっとして、ドアに体をぴたりと寄せた。


「お母さん! 開けて!」


 雨音に消されまいと叫ぶように言いながら、子どもはドアを必死で叩く。けれど、返ってくるのは無音だった。



 玄関を出たところには、一応屋根がある。けれど、申し訳程度にあるだけなので、雨は容赦なく降りこんでくる。おまけに、今日の雨は風を伴っていて斜めに降っている。そのせいで、いつもよりも多く雨が降りこんできていた。


「へっくしゅ」


 温かくなってきたとは言え、まだ4月。夜の風は冷たく、雨に濡れたこともあって体の熱はどんどん奪われていく。


 時計を持っていないので時間はわからないが、外にいる時間は子どもにとって何十分にも何時間にも感じられた。

 少しでも降りこんでくる雨から逃れようと、玄関ドアのギリギリまで寄りそうにして子どもは座っていた。それでも、夜が更けるにつれて激しさを増した雨は、子どもの体を濡らし、体温を奪っていく。


「さむいな……」


 呟きながら子どもは、自分の手と手を重ねて擦り合わせる。けれど、すでに冷え切ってしまった手は、擦っても擦っても一向に温まらなかった。

 ドアを叩きつづけた手は薄っすら赤くなり、痺れるような痛みを伴っていた。


「……うっ、ひっく……」


 子どもの目に涙の膜がはり、堪えきれなくなった滴は頬をつたっていく。

 ついに子どもは、声をあげて泣き出していた。

 けれど、ドアは開く気配ひとつない。たしかに部屋の中にいるのだろうが、中からは物音ひとつ聞こえなかった。


「おかあさあん……」


 涙声で子どもが母親を呼んだそのとき、下にある道路から何か重たいものを引きずる音が聞こえてきた。

 何だろう、と気になった子どもは、涙を拭いながら立ち上がる。そして、柵越しに覗き込むようにして下を見た。

 そこにいたのは、白い袋を持った一人の女性だった。袋と同じ白く長いロング丈のワンピースを着た女性は、子どもの方をじっと見ていた。地面につきそうなほど長い黒髪で片目は隠れているが、その濁った黒い目はたしかに子どもに向けられている。

 子どもは驚きで、目をこぼれ落ちそうなほど大きく見開く。けれど、なぜだろう。どうしてかその女性に恐ろしさは感じなかった。

 女性は右手を上げると、こっちにおいでと言うように子どもに向かって手招きをしてみせる。それに吸い寄せられるように、子どもは階段のある方に向かって歩き出した。






 


 

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