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こちら鈴山村陰陽師  作者: 法田波佳
桜ノ中学校のふたばあ
20/22

ヒナタと依与




「ここで話すのも何じゃから、中にでも入るかい?」


 ふたばあは左右から瑞生の手を片方ずつ取って、そのまま歩き出す。重なった手からはちゃんと温かさが伝わってきて、彼女たちが人ではないことをつい忘れそうになってしまう。


 幼子のように手を引かれるままついていった先にあったのは、美術室だった。ふたばあは引き戸の持ち手に触れ、横へとスライドさせてみる。けれど、鍵がかかっていて戸はガタッと音をたてるだけだった。


(どうするんだろう?)


 そう思って見ていると、ふたばあはおもむろに鍵穴にしわくちゃの手をかざした。一瞬、そこがほのかな明かりに包まれる。かと思うと、鍵が開く小さな音がした。


「えっ!」


 びっくりして、瑞生はつい声を出してしまう。そんな彼女を振り返ったふたばあは、悪戯が成功した子どものように笑っていた。





「さてと、それじゃあまずは自己紹介からでいいかのお」


 美術室に入った4人は、一番手前にあった4人掛けの机と椅子に腰を下ろした。

 机を挟んで向かい合うような形になった瑞生に向かって、ふたばあは声をかける。それを聞いて瑞生は頷いた。


「見てのとおり、わしらは双子の山姥じゃ。わしが、いち。隣が、ふたじゃ。と言ってもみんな見分けられないから、まとめてふたばあと呼ばれておるがの」


 ふおっほっほ。しわしわの口をすぼめて、いちと名乗った方のおばあさんは言う。つられるようにして、隣に座っているふたも笑い声をあげた。


「で、次は依与についてじゃな」

「言わなくていい」


 いちの言葉を、依与は一刀両断する。見れば、隣に座っている依与は、腕組みをして不満そうな雰囲気を漂わせながら座っていた。

 けれど、そこはさすが年の功。依与のそんな態度を気にする様子も見せずに、いちは言葉を続ける。


「あかり様、というのは知っておるかの?」

「……あかり様ですか」


 聞いたこともない言葉に、瑞生は首を横に振る。するといちは、細い目をさらに細めて瑞生を見つめた。


「この学校から少し行ったところに神領じんりょうという場所があっての。そこに『あかり神社』という神社があるんじゃ。あかり様という日の神様が祀られておる」

「はい……」


 また今度行ってみよう。そう思いながら、瑞生は頭の中に神社の名前をメモする。


眷属けんぞく、つまり神の使いじゃな、にはヒナタという日だまりからできた犬がおっての。依与はそのヒナタの影からできた妖怪なんじゃ」


 そうじゃの? と言いながらいちは依与を見やる。依与は何も答えず、組んだ手を俯きがちに見つめていた。


「犬? でも、依与さんがしてるのは狐のお面ですよね?」


 普通なら親である犬のお面をつけるはず。そう思って問えば、いちはしゃがれた笑い声をあげた。


「依与は勘当されとるからの。思い出させるような犬の面なぞつけたくないんじゃろう」

「勘当、ですか? なんでまた……」

「それはのお」


 いちが答えようとしたそのとき、ガタッと椅子が動く音が響いた。隣を見ると、依与は机に手をついた格好で立っていた。


「……いい加減にしろ、このばばあ」


 すごむようにして言い放つと、依与はそのまま教室の入口の方へと歩いて行ってしまう。

 戸を乱暴に開ける音が響く。後ろ手に閉められた戸は、力が強すぎるあまりに跳ね返ってわずかな隙間をつくった。


「ふおっほっほ、怒ったの」

「ほんにほんに、短気なやつやのお」


 依与が出ていった戸を見つめていると、面白そうな笑い声が聞こえてきた。

 声の方へ視線をやれば、いちとふたが顔を見合わせて笑っていた。上品にもその口元は、しわくちゃの手で覆われている。


「あの、なんであんなに怒ったんでしょう」


 気になって瑞生は問いかけてみる。けれど、いちもふたもその質問には首を振るばかりだった。


「さあの。おおかた痛い腹でも探られたんじゃろ」

「これ以上のことはわしらも言えんの。なんせ、こんなばあさんどもでも命は惜しいからの」

「ほんにほんに」


 また、いちとふたはしわしわの口をすぼめて笑う。瑞生はそれを聞いて、苦笑いを浮かべた。


(妖怪でも命とかあるんだ……)


 さっきのふたの言葉を聞くまですっかり忘れていたが、妖怪だって一応生きているのだ。過去だってあるし、痛みだって感じる。当然死ぬことだってある。人間と違うのは、生きる時間が長いか短いか、それだけだ。なのに、自分は妖怪が生きているだなんて考えもしなかった。そのことを、瑞生は恥ずかしく思った。


「あの、ふたばあはどうして学校に取り憑いているんですか?」


 気づいてしまえば、無性に今目の前にいる彼女たちのことを知りたいと思った。

 いちとふたは、互いに顔を見合わせる。そして、同時に瑞生の方を向いた。


「それはのお……秘密じゃ」


 同時に出された言葉に、瑞生は思わずずっこけそうになる。まさか聞かせてもらえないだなんて考えもしなかったからだ。

 そんな瑞生の反応を見て、ふたばあは楽しそうに明るい笑い声をあげる。


「な、なんでですか!」

「なんででもじゃよ。乙女には少しぐらい秘密があった方が魅力的じゃからの」

「ほんにほんに」


 ふたばあは、片目をつむってウィンクしてみせる。白いまつ毛がバチンと音をたてそうなぐらい揺れる。


(乙女か……)


 果たして何歳までその言葉は適用されるんだろう。そう不思議に思ったけれど、ここでは口に出さないことにした。親しみやすく見えても、相手は山姥。包丁でさばかれて食べられるのなんてまっぴらだ。


「話はここまでじゃの」

「さあ、帰った帰った」

「よい子は帰る」

「時間じゃぞお」


 ふたばあの声を合図にするように、外で「夕焼け小焼け」の音楽が鳴り始める。その音に吸い込まれるようにして、2人の姿は薄くなっていく。


「あの! また、話聞かせてもらえますか?」


 何だか妙に名残り惜しくなって言えば、返事の代わりに聞こえたのはしゃがれた笑い声だった。




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