ヒナタと依与
「ここで話すのも何じゃから、中にでも入るかい?」
ふたばあは左右から瑞生の手を片方ずつ取って、そのまま歩き出す。重なった手からはちゃんと温かさが伝わってきて、彼女たちが人ではないことをつい忘れそうになってしまう。
幼子のように手を引かれるままついていった先にあったのは、美術室だった。ふたばあは引き戸の持ち手に触れ、横へとスライドさせてみる。けれど、鍵がかかっていて戸はガタッと音をたてるだけだった。
(どうするんだろう?)
そう思って見ていると、ふたばあはおもむろに鍵穴にしわくちゃの手をかざした。一瞬、そこがほのかな明かりに包まれる。かと思うと、鍵が開く小さな音がした。
「えっ!」
びっくりして、瑞生はつい声を出してしまう。そんな彼女を振り返ったふたばあは、悪戯が成功した子どものように笑っていた。
「さてと、それじゃあまずは自己紹介からでいいかのお」
美術室に入った4人は、一番手前にあった4人掛けの机と椅子に腰を下ろした。
机を挟んで向かい合うような形になった瑞生に向かって、ふたばあは声をかける。それを聞いて瑞生は頷いた。
「見てのとおり、わしらは双子の山姥じゃ。わしが、いち。隣が、ふたじゃ。と言ってもみんな見分けられないから、まとめてふたばあと呼ばれておるがの」
ふおっほっほ。しわしわの口をすぼめて、いちと名乗った方のおばあさんは言う。つられるようにして、隣に座っているふたも笑い声をあげた。
「で、次は依与についてじゃな」
「言わなくていい」
いちの言葉を、依与は一刀両断する。見れば、隣に座っている依与は、腕組みをして不満そうな雰囲気を漂わせながら座っていた。
けれど、そこはさすが年の功。依与のそんな態度を気にする様子も見せずに、いちは言葉を続ける。
「あかり様、というのは知っておるかの?」
「……あかり様ですか」
聞いたこともない言葉に、瑞生は首を横に振る。するといちは、細い目をさらに細めて瑞生を見つめた。
「この学校から少し行ったところに神領という場所があっての。そこに『あかり神社』という神社があるんじゃ。あかり様という日の神様が祀られておる」
「はい……」
また今度行ってみよう。そう思いながら、瑞生は頭の中に神社の名前をメモする。
「眷属、つまり神の使いじゃな、にはヒナタという日だまりからできた犬がおっての。依与はそのヒナタの影からできた妖怪なんじゃ」
そうじゃの? と言いながらいちは依与を見やる。依与は何も答えず、組んだ手を俯きがちに見つめていた。
「犬? でも、依与さんがしてるのは狐のお面ですよね?」
普通なら親である犬のお面をつけるはず。そう思って問えば、いちはしゃがれた笑い声をあげた。
「依与は勘当されとるからの。思い出させるような犬の面なぞつけたくないんじゃろう」
「勘当、ですか? なんでまた……」
「それはのお」
いちが答えようとしたそのとき、ガタッと椅子が動く音が響いた。隣を見ると、依与は机に手をついた格好で立っていた。
「……いい加減にしろ、このばばあ」
すごむようにして言い放つと、依与はそのまま教室の入口の方へと歩いて行ってしまう。
戸を乱暴に開ける音が響く。後ろ手に閉められた戸は、力が強すぎるあまりに跳ね返ってわずかな隙間をつくった。
「ふおっほっほ、怒ったの」
「ほんにほんに、短気なやつやのお」
依与が出ていった戸を見つめていると、面白そうな笑い声が聞こえてきた。
声の方へ視線をやれば、いちとふたが顔を見合わせて笑っていた。上品にもその口元は、しわくちゃの手で覆われている。
「あの、なんであんなに怒ったんでしょう」
気になって瑞生は問いかけてみる。けれど、いちもふたもその質問には首を振るばかりだった。
「さあの。おおかた痛い腹でも探られたんじゃろ」
「これ以上のことはわしらも言えんの。なんせ、こんなばあさんどもでも命は惜しいからの」
「ほんにほんに」
また、いちとふたはしわしわの口をすぼめて笑う。瑞生はそれを聞いて、苦笑いを浮かべた。
(妖怪でも命とかあるんだ……)
さっきのふたの言葉を聞くまですっかり忘れていたが、妖怪だって一応生きているのだ。過去だってあるし、痛みだって感じる。当然死ぬことだってある。人間と違うのは、生きる時間が長いか短いか、それだけだ。なのに、自分は妖怪が生きているだなんて考えもしなかった。そのことを、瑞生は恥ずかしく思った。
「あの、ふたばあはどうして学校に取り憑いているんですか?」
気づいてしまえば、無性に今目の前にいる彼女たちのことを知りたいと思った。
いちとふたは、互いに顔を見合わせる。そして、同時に瑞生の方を向いた。
「それはのお……秘密じゃ」
同時に出された言葉に、瑞生は思わずずっこけそうになる。まさか聞かせてもらえないだなんて考えもしなかったからだ。
そんな瑞生の反応を見て、ふたばあは楽しそうに明るい笑い声をあげる。
「な、なんでですか!」
「なんででもじゃよ。乙女には少しぐらい秘密があった方が魅力的じゃからの」
「ほんにほんに」
ふたばあは、片目をつむってウィンクしてみせる。白いまつ毛がバチンと音をたてそうなぐらい揺れる。
(乙女か……)
果たして何歳までその言葉は適用されるんだろう。そう不思議に思ったけれど、ここでは口に出さないことにした。親しみやすく見えても、相手は山姥。包丁でさばかれて食べられるのなんてまっぴらだ。
「話はここまでじゃの」
「さあ、帰った帰った」
「よい子は帰る」
「時間じゃぞお」
ふたばあの声を合図にするように、外で「夕焼け小焼け」の音楽が鳴り始める。その音に吸い込まれるようにして、2人の姿は薄くなっていく。
「あの! また、話聞かせてもらえますか?」
何だか妙に名残り惜しくなって言えば、返事の代わりに聞こえたのはしゃがれた笑い声だった。




