見習いへの勧誘
「そういえば、依与くんの説明をしてなかったよね?」
5人で囲む夕食中、不意に久教が言った。
依与。その名前に、ぴたりと善蔵と基が動作を止める。善蔵は、どういうことだと言わんばかりにジロリと久教をねめつけている。それに気づいた久教は、今朝あったことを善蔵に説明しだした。
「瑞生ちゃん、今朝依与くんに会ったらしいんですよ。庭のあの木のところで」
ね、瑞生ちゃん。そう言いながら久教は隣に座っている瑞生の方を向く。こくりと頷けば、上座に座っている善蔵は久教から瑞生へと視線を移した。その目は、射抜かんとしているように鋭い。なぜだか、机を挟んで瑞生の向かいに座っている基も、睨むような目で見ていた。
「あの、依与さんって何者なんですか?」
内心、それに首を傾げながら、瑞生は今朝からずっと気になっていたことを問いかける。すると久教は、ああっと言って膝を打った。
「そういえば、説明するって言ってまだしてなかったね。依与くんっていうのは、影縫いっていう妖怪の男の子なんだ」
「影縫い……」
「うん。人間の影に宿ってその人の力を吸収して妖力を得る妖怪でね、とっても珍しいんだ。でも、今は宿り主、つまり影に宿る人が見つからなくて妖力が弱ってるみたいでね。普通の人には見ることができなくて……」
「依与とは話したのか?」
久教の説明を遮って、善蔵は瑞生に向かって問いかける。視線を移せば善蔵は、やはりさっきと同じく睨みつけるように瑞生を見ていた。
「はい、少しなんですけど。あと、立ち去る時に鈴を落としていかれて、さっき取りに来ていました」
「あ! だから、あのとき!」
瑞生の言葉に夕方の一件を思い出したのだろう。ゆかりはぽんと体の前で手を打った。そして、ごめんなさいと言って瑞生に向かって頭を下げる。
「あ、いえ」
箸を置き、瑞生は慌てて片手を振ってみせる。すると、ゆかりは恥じ入るように頬を掻いた。
「……やっぱり見えないって不便ね」
「そんなことは……」
ないと思いますけど、という言葉は喉の奥に吸い込まれてしまった。向かいに座る基が、すごい形相で睨んできたからだ。
お前が言うな、と言わんばかりのオーラに、瑞生は思わず顔を俯かせる。
ほかほかと湯気を立てている料理たち。今日の夕飯は、レバニラ炒めと白菜の煮浸し、ゴマの白和えだった。途中で久教の話が始まってしまったため、食べるに食べられなくなってほとんど手はつけられていない。俯き加減に見渡せば、ほかの皆も箸を置き、食べる手を止めていた。
(もう食べてもいいかな?)
手をつけられずに料理が冷めていくのがもったいなくて、口をつけたい衝動に駆られる。いっそのこともう食べてしまおうか。
そう思って箸を取りかけた時、難しい顔をして黙り込んでいた善蔵が口を開いた。
「……お前を、わしの弟子にする」
伸ばしていた手が驚きでぴたりと止まる。上座の方を見れば、善蔵は腕組みをして気難しそうな顔で瑞生を見ていた。
「なっ……」
「どうしてですか!」
何でですかと言おうとした声は、悲鳴にも近い鋭い声でかき消された。
バンッと音がする。基は、ちゃぶ台に手をついて、腰を浮かせていた。その目は、縋るように善蔵を見ている。
「どうしてもじゃ。異論は認めん」
善蔵は、そう言いながら基と瑞生を交互に睨みつける。その目には有無を言わせぬ迫力があった。
基は、悔しそうにギリリと音がなりそうなほど強く唇を噛む。そして、向かいに座っている瑞生を睨みつけると、勢いよく立ち上がった。
「ちょっと、ご飯は?」
食事もそこそこに居間から出て行こうとする基をゆかりが呼び止める。それに返事もせずに、基は襖を開けて出て行ってしまう。
ぴしゃり。後ろ手に閉めた襖が、音をたてて閉まる。それを見たゆかりは、額に手を当てるとやれやれといった風にため息をついた。
「じいちゃん、基の性格わかってるでしょ?何であんなこと……」
「あいつがどう思おうが知ったことか」
ふん、と鼻を鳴らして善蔵はゆかりの小言を一蹴する。そんな2人のやりとりを見ていた瑞生へと善蔵は視線を向ける。その威圧的な佇まいに、瑞樹は思わず背筋を正した。
「明日から修行を始める。覚悟しとけ」
重おもしく落とされた言葉。それに、瑞樹は黙って頷くことしかできなかった。




