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こちら鈴山村陰陽師  作者: 法田波佳
ようこそ、鈴山村へ
14/22

力の宿る目



 衣擦れの音が室内に響く。

 赤いループタイを解いてブレザーを脱ぐ。脱いだ瞬間、ブレザーの重みとともに緊張感のようなものが離れていった気がした。

 ハンガーにブレザーをかけ終わった瑞生は、凝りをほぐすように肩を回した。

 何を着ようか。迷った末に瑞生は、膝丈のグレーのズボンと小さな白猫があちこちにプリントされた七分袖のカットソーを着ることにした。実家でなら制服からすぐにパジャマに着替えていたが、あくまでも今は居候させてもらっている身。あんまりだらしない恰好はしない方がいいだろう。


 着替え終わった瑞生は、部屋を出て居間へと向かうことにした。ゆかりに、何か手伝うことはないか聞くためだ。

 小宮家は築80年になる平屋だ。けれど、掃除が隅々まで行き届いていて、古いといった印象は受けない。トイレや洗面所、風呂場などがリフォームされているのも大きいのかもしれない。

 その敷地自体がとても広く、部屋数も多い。現に瑞生の部屋の向かいは空き部屋だし、久教・ゆかりの部屋を除いてもあと3部屋は残っている。

 善蔵は離れで寝起きしているらしく、母屋には食事をしに来る程度だ。


(これを毎日掃除するのは大変だろうな)


 綺麗に拭き掃除のなされた廊下を歩きながら思う。

 それこそ、ゆかりが専業主婦だからなせる技かもしれない。この家の半分ほどの広さしかない実家は、週に一度家政婦に入ってもらっていた。母が苦手だったというのもあるのだろうが、家事や掃除に時間をかけている暇がないといったことも大きかったのだろう。


(お母さん、どうしてるかな)


 一応昨日、無事に着いたことを知らせるためにメールはした。けれど、忙しい母のことだ。ちゃんと見たかどうかはわからない。現に、今になっても返事は届いていなかった。


 居間に続く襖を開ける。年季の入ったそれは、ガラリと音をたてた。


「あら、一休みしなくて大丈夫?」


 炊事場の暖簾をくぐって出てくるゆかりとちょうど鉢合わせた。晩ご飯の準備をしているのだろう。持っているお盆の上には皿と箸が載っていた。


「はい、ありがとうございます」


 瑞生の返事にゆかりは、よかったと微笑みながら部屋の中央にあるちゃぶ台に皿を並べ始めた。それを見て瑞生は、きょとんとした顔をする。

 1枚、2枚、3枚、4枚、5枚。机の上の皿の数はどう見ても1枚多い。なぜだろう、と思って首を傾げていると、ゆかりはそんな瑞生に気づいたようで、ああっと声をこぼした。


「これ、基、さっきの男の子も食べていくから」

「あ、そうなんですね」


 基。その名前に、一瞬顔が引きつりそうになる。さっきの、眉間にしわを刻んでこちらを睨んでいた顔が思い出される。


(嫌だ、なんて思ったら失礼だよね……)


 自分が来る前から彼はここでそうしていたのだろう。言うなれば、彼の方がここでは先輩になる。それなのに嫌だなんて思うのはダメだ。

 わかってはいる。わかってはいるが……どうしてもため息が出そうになってしまう。


「ごめんね。無愛想な子で。悪気はないの。ただ、すごく陰陽師見習いなことに誇りを持ってて」


 そんな瑞生の気持ちに気がついたのか、ゆかりは苦笑を浮かべて言った。


「いえ、そんな……」


 慌てて否定しかかったところで、ふとずっと前から気になっていたことが頭をもたげてきた。


「あの、陰陽師見習いってなんですか?」


 瑞生の問いかけに、今度はゆかりがきょとんと目をしばたたかせる。


「あれ、言ってなかったっけ?」

「言って……ませんでした」

「あら! それは失礼!」


 そう言ってゆかりは、恥ずかしそうに笑う。それにつられて瑞生も苦笑を浮かべた。正直言うと、妖怪のことも何も知らされてなかったのでびっくりしました、と言いたい気もしたが、あまりにも嫌味っぽくなりそうで、飲み込むことにした。

 ちゃぶ台の上にお盆を置いたゆかりは、瑞生の方を向いて正座をする。それを見た瑞生も、後ろ手に襖を閉めてその場に座った。

 こほんっ、とゆかりは一つ咳払いをして話し始める。


「陰陽師っていうのは知ってるかな?」

「あ、はい。たしか、妖怪と人間が上手く共存できるように管理している人だって」


 帰り道に聞いた真幸の説明を思い出しながら言う。ゆかりは、「うん、そうね」と言って頷いた。


「陰陽師見習いっていうのはそのままの意味で、陰陽師になる修行をしてる陰陽師の卵みたいなものね。基本は師匠である陰陽師の家に居候して修行するのが多いみたいだけど……うちは基の希望で通いになってるの」

「その、基くんはどうして見習いに……?」


 気になって問いかけると、ゆかりは困ったように眉を八の字にした。


「さあ、詳しくはわからないんだけれど、ある日善蔵じいちゃんが連れてきたの。今日からわしの弟子にするって。でも、素質があるのはたしかよ」

「素質、ですか?」

「そう。陰陽師になるための素質。妖怪と対等に渡り合えることだとか色々あるけど、一番はこれね」


 そう言ってゆかりは、自分の目を指で差す。


「目……ですか?」


 首を傾げながら瑞生は尋ねる。するとゆかりは、こくりと頷いた。


「妖怪を見る力、霊力っていうのかしらね。それが必要。霊力は目に宿って、その人の目の色を変えるの。強ければ強いほど、目の色が薄くなるんですって」


 瑞生は善蔵と基の目を思い出してみる。たしかに善蔵も基も、日本人の一般的な黒い目とは色が違っていた。善蔵はハシバミ色の目をしていたし、基も鳶色だった。

 空中に向けていた視線をもとへと戻す。ゆかりは、瑞生の目を見てにっこりと笑った。


「綺麗なはちみつ色の目……。きっと瑞生ちゃんは陰陽師に向いていると思う」

「えっ……」

「さてと、夕飯の準備しないとね」


 そう言って立ち上がると、ゆかりは炊事場へと駆けていく。

 一人残された瑞生は、自分の目元に手を当ててみる。そこに霊力が宿っているかどうか、触っただけでは何もわからなかった。




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