刀と共に生きている あんたもどうだい?
「辞めます」
「そうか」
部活の顧問に退部届けを出して、俺は剣道部を辞めた。やってられるかあんな部活。
小学校から六年続けて、中学も剣道部に入った。一年のころはまだましだったものの、講師が体罰をしたことが理由で、剣道の講師がいなくなってしまった。
顧問は管理するための名目でいるだけで、剣道の知識は無いし、竹刀を持ったことも無い。
講師のいない中学生が真面目に部活などするはずも無く、先輩は竹刀で小手を打ち飛ばしてゴルフとかしてる。
ほっといたら悪ふざけしかしないこういう猿どもは、体罰以外でどう仕切れというのか。
しかもこの先輩達は、一年上というだけで実力は無い。
試合となれば一歳年下の後輩の俺にボロ負けする。当然と言えば当然なんだが。
しかし先輩としては後輩に負けるのが気に入らないらしく、俺はこの先輩のパシりなんぞやらされていた。
自分より実力の劣る奴らの言うことなど聞きたくは無かったが、コイツらが卒業して居なくなってから剣道部を立て直すつもりだった。
その気がポッキリ折れてしまった。
クズの先輩に菓子パンと雑誌を買って戻ってみれば、俺の通学用の自転車がボロボロに壊されていた。そして、俺の小手がバケツの泥水の中から見つかって、俺の竹刀は折られてゴミ箱に捨てられていた。
後輩の自転車壊して竹刀と防具をボロクソにするのが、そんなに楽しいことか?
やってられるか。個人戦でそこそこに強くて県の代表とかになっても、この環境ではまともに稽古することすらできない。
剣道に少しは未練もあったが、もう続ける気が無くなってしまった。阿呆の相手とかもうしたくない。
これがきっかけになって、剣道そのものを調べることにした。部活も辞めて暇ができたことだし。
そう、中学になってから剣道そのものに疑問が沸いてきたのだ。
小学校のころは勝った負けたと、喜んだり悔しがったりしてたものだけど、少し考えるようになったわけだ。
竹刀を刀だと思え、なんて辞めてった剣道の先生が言ってたが、剣道の竹刀の振り方で刀を持っても何も切れない。
もともと刀と竹刀では重量が全然違う。
それに剣道での竹刀の振り方は、当てるための振り方だからだ。
試合では面、小手、胴に綺麗に当てればポイントとなる。だから手首のスナップを効かせて鋭く当てるための振り方が主流になる。
その振り方で重い刀を持っても、切れないし手首を痛めるだけになる。
あとは、なぜ面と小手と胴なのか。刀と考えたら首も致命傷だし、脇の下も動脈を切られたら危ない。高校からは首も突きで1本になるけど突きのみで、首を撫で斬りにしても1本にはならない。
薙刀には脛も一本になるが、剣道では脛は一本にならない。
このあたりは、ルールはルールだから、で終わってしまう話で何故そうなったか、という話がわからない。
それでも現代は便利なもので、インターネットやら書籍やら、調べる方法はいくらでもある。
で、調べてみたらいろいろ解った。なんで剣道が大声で叫んで打つのか、残心とか。
剣道の試合では面を打つときに大声で『メーン』と叫ぶ。自分が打つ部位を大声で叫ぶ意味が分かんない。相手に教えてどうすんだ、とか。
もともとの剣道の試合が見せ物だった、というのを知ったときは驚いた。
なんでも食いつめた武士が見せ物として始めた激剣興行が剣道の試合のもとになったらしい。
娯楽の少ない時代に武士の戦いの見せ物は人気が出て客も多い。
面を打って大きく『メーン』と叫ぶのは、遠くから見てるお客さんにもわかりやすく見せるための心遣いだった。残心も試合の緊張感を途切れさせないようにする演出の一環であり、またどちらの選手が決めたのかをお客さんにわかりやすくアピールする手段だった。
そういった見せ物のための演出が今も受け継がれていたわけだ。
知らずに続けていたとはいえ、これを知ったときの俺の残念感は、なんというか、なんだそりゃという気分でぐったりした。
いやまぁ、現代に侍とか無いのは知ってるけどさ。そういうのかっこいいなと思ってやってた身としては、騙されたような気がして。
だけど、他に解ったことがあってそれで持ち直した。
剣道の小手がボクシングのグローブのように指まで覆っているのは、殴り合いもあったからだ。実戦を想定しての練習用に作られた防具なので、拳で殴って指を傷めないようにできている。
つまり、鍔迫り合いからのパンチとかも昔にはあったわけだ。
更に初期の剣道の試合では、組伏せて相手の面を剥ぎ取ったら、首を取ったとして一本勝ちになる、というルールのものもあった。
なにそれ、やってみたい。
剣道部を辞めて、いろいろ調べてみて、古流の剣術に興味が湧いて膨らんだ。
だけど、そこで止まってしまった。古流剣術を教えてくれる道場なんて身近なとこにはどこにもないからだ。
現代居合じゃなくて、ちゃんとした剣術。そうそう有るわけないか、それを身につけてもそれでやっていけるようなものでも無さそうだし。あーぁ。
今の時代、マシンガンを持った兵隊に刀1本で勝てるわけも無いから廃れていった技術なんだろうなぁ。
結局のところそれらしい本を買って読むぐらいしか、できることは無かった。しかも武術の本の中には、おかしな精神論に走った宗教じみたものもあって、当たりを探すのが難しいジャンルだった。
今のところ当たりだと思えるのは、黒田鉄山先生の剣術精義。これを読んで書いてあることを真似してみたり、そんな日々。
夏休みのある日のこと、暑い日射しの中俺はイライラしながら家の近く、海岸沿いの道を歩いていた。
親と兄貴と口ゲンカになって家を飛び出てきたんだが。
前日の夜、夜中の公園で木刀を振って素振りをしていた。居合もやってみたいけど、居合刀って高いからバイトでもしようかとか考えながら。
気がつくと人が近づいて来てた。お巡りさんだった。
夜中に中学生が公園で1人で木刀を振り回している、ということでお巡りさんに交番に連れて行かれてしまった。人の迷惑にならないように、人の無い夜にしてたというのに。
母と兄貴が保護者として交番に迎えに来て、俺が武術にハマっているということを兄貴がお巡りさんに説明した。
無事に帰れたものの、この一件で朝から父と母と兄貴にグチグチグチグチと責められ、最初は我慢してたものの頭に来て、
「俺は素振りをしてただけで、木刀で誰も殴ったりケガさせたりしてない!」
と、叫んで飛び出してきた。
なんだよー俺が悪いのかよ、ちくしょー。
この国は素振りも許してくれないのかよ。
あぁ、戦国時代に、せめて江戸の時代に生まれたかった。
うだうだ考えながらぶらぶらと歩いていたら目眩がした。真夏に外を帽子も無しで歩いていたからか、熱中症かも。
海岸に近くても海水浴場でも無いから、自販機も無い。少し休むかと、近くの高速道路下にあるトンネルに向かう。日陰に入ればおさまるだろう。
小さなトンネルに入って背中を壁に預けてアスファルトに座り込む。風避けのための松林の防風林から蝉の声がうるさい。自動車も通れないような小さなトンネルは、近所の人が犬の散歩ぐらいでしか使わないので人気は無い。
妙にくらくらするので、そのままアスファルトに横になる。あー冷たくて気持ちいい。昨日の夜はさんざんで、眠れなかったからか今になってすごく眠くなってきた。
「いってええええぇぇぇぇぇ?」
目が覚めた。右足と背中がめちゃくちゃ痛くて目が覚めた。右足ふくらはぎから血が出てて、背中が痛い。あたりを見れば、髷を結って着物をだらしなく着崩した男達が回りを囲んでいた。
「は?」
すぐ近くには血のついた短刀を持った男がうつ伏せに倒れていた。
なんだこりゃあ?
見上げると満月が見える。夜になってる。だけどトンネルじゃない。提灯持ってる男達を見れば、時代劇でしか見たことないような格好をしてる。着流しにちょんまげ。地面も草、電柱も無い、街灯も無い。月明かりのおかげでわりと良く見えるけど。
どこだよ此処は、
「賭場で負けの込んだ男が、イカサマだ、とか叫んで短刀を抜いてな、庭に蹴りとばしたところにお前が空から降ってきた。落ちてきたお前がその男にぶち当たって、男はのびた。おかげで儂の手間が省けたが、かわりにお前の足が男の短刀にひっかかって切れた。こんなとこか」
今、俺は白い髭のオッサンに足の手当てをされながら話を聞いている。このオッサンは混乱している俺を肩にかついで、一軒家に運んで俺の足のケガを診てくれている。
白髪に白い髭、でも爺という感じはしない。俺を担いでスタスタ歩いた元気なオッサンは俺を見てニヤリと笑う。
「で、お前は天狗の子か? 空から降ってきたんだから、妖怪が人に化けてんのか? 足をケガして何もできんあたり、たいした奴でもなさそうだが」
「天狗の子でも妖怪でも無いんだけど」
「おかしな着物を着てるから、天に住まう天女かのう?」
「天女でも無いし、というか男だし」
「はぁ? お前、男か? ……あー助けて損した」
「はぁ? なにそれ?」
「天女だったら助けたら恩返しとかありそうだろうが。それが女みたいな顔した小僧だったなんてよ。手当てに使った薬を返せ」
「うぉい、さっきまでは助けてくれてありがたいって気持ちでいっぱいだったのが、全部ふっとんで消え失せちまったぞ」
「小僧に感謝されても嬉しかねぇし、女顔の男だなんて、騙されたなー」
オッサンはこっちに背中を向けて横になってしまった。いい歳したオッサンがふて寝かよ。俺を女だと勘違いしてたとしても、騙した憶えは無い。
「オッサン、俺が男だとわかってこれからどうするつもりだ?」
「拾ったからにはケガが治るまでは、家で面倒見てやるよ。空から降ってきたってことで物好きが買いに来るかもしれんからなー」
「俺を売っぱらうつもりか?」
「女の着物を着せて、迷って落ちた天女っつって見せ物にしたほうが稼げるか?」
「知らねーよ!」
このオッサン、口は悪いしふざけてはいるがどうやらいいやつらしい。
足の切り傷もオッサンが酒をかけて針と糸で縫ってくれた。筋まで切れてなかったようで足の指もちゃんと動く。
着物も借りて飯も食わせてくれる。
「オッサン、家族は?」
「いねぇよ」
男二人で一軒家は広く感じる。
飯は白米を食べなれた現代人のおれには、玄米とか粟の歯応えに苦労した。おかずも質素。
「手も足も柔らけぇし、顎も弱い。ずいぶんいい暮らしをしてたんだな」
「俺のいたとこじゃあたり前だったんだよ」
オッサンは賭場で用心棒をやってるそうだ。ここは宿場町で、そこの地回りに手を貸してるとか。
「用心棒ってことは強いのか? あんた武士か?」
「俺の親父が昔は城の指南役やってたが、俺は不出来な弟子で落ちぶれてこの様よ」
それを聞いて、俺はオッサンに頭を下げて頼んだ。
「俺に刀を教えてくれ!」
足のケガも治り縫った糸を取ってから、行くとこも無く帰る方法もわからないので、オッサンに頼みこんでやっかいになることにした。洗濯と掃除、裏の畑の世話に薪割りとやり方もわからないところをオッサンに教えてもらってなんとかこなせるようになった。
オッサンも昔は弟子がいたらしい。今はたまに地回りのしたっぱを鍛える程度とか。
「弟子にするかどうか、見極めるためにまずは素振りだな」
オッサンから貰った木剣を持って素振りを始める。本で読んだ知識を思いだしながら、柳生の流派の廻剣素振り、続いて前後振り。
「……こんなに楽しそうに素振りする奴、初めて見たわ」
「ここはいいなぁ! 外で剣振り回しても何も言われない。警察にも捕まらない!」
「?」
オッサンにはわからないだろうなぁ。
オッサンに、俺はどうも未来から来たらしい、と言ってもよくわからないようだった。そりゃそうか。だけど俺のいた時代の話を晩飯食いながら話すと、おもしろいと聞いてくれる。
テレビもネットも無いから俺のいた国の話はそれなりの娯楽になるようで、俺もなるべくおもしろおかしくなるように話をふくまらせてみたり。
説明が難しかったが、酒の自動販売機というのが妙にうけた。あとエアコンと洗濯機。
オッサンに世話になりっぱなしというのも申し訳ないので、試しに宿場町の飯屋で学校の図書室で読んだ落語をやってみる。
テレビもラジオも無い時代には俺の素人落語でもそれなりにうけたようで、少しは小銭が稼げた。と言っても、時そばと死に神しか知らないんだが。
オッサンもなんのかんの言って面倒見がいいので、俺を弟子にして剣術を教えてくれる。
「しかし、変な奴だな。剣で身を立てたいって訳でもないのに剣術を身につけたいなんてよ」
「俺もよくわかんねぇよ」
今は座構え、片足を尻の下に、もう片足を膝を立てて足の裏を正面に向けて座っている。足を使えないようにする抜刀練習の座り方だ。
「ただの憧れ、侍と刀をかっこいいなっていうだけだったんだ」
身体を前に倒して刀の柄を地面につける。刀を動かさないようにするために。
「今は刀の技術が身に染みていくのが楽しい、というかなんだか懐かしい気がするんだ」
ここから腰の開きと鞘引きだけで抜刀する。腰が回らないように、腰骨を右と左で分割して前後にスライドするような動き方を意識する。そして左の肩甲骨と左肋骨を下に下げる。なかなか上手くいかない。
「ふーむ。天才なのか、馬鹿なのか、馬鹿の天才なのか」
「オッサンが俺を馬鹿にしてるのは解った」
「いや、儂はお前を馬鹿とは思っておらん」
「そうなのか?」
「変態だと思っておる」
「勝負しろやオッサン」
「かかってこい若僧」
木剣でやりあってボロクソにされた。やっぱりこのオッサン強い。そこは素直に尊敬する。
「木剣でボコボコにされてニヤニヤ笑って、やっぱり変態じゃろ?お前」
「うるせぇ……」
今は指1本も動かない。
「オッサンあれか? 免許皆伝とかなのか?」
「あほぅ、儂程度で免許皆伝なわけないじゃろ」
「そうなのか?」
「儂の親父の流派でも、ここ五十年免許皆伝は1人もおらんはずじゃ」
「マジかよ……」
剣術の免許って、意味合いとしては自動車の免許と同じような意味合いだった。
自動車の免許が、自動車を運転するのに一人前という証明で、剣術の免許ってのは自分の身体を動かすのに一人前っていう意味らしい。ただ普通に歩いたり走ったり物を持って振り回すことを、身体が使えるとは言わない訳だ。
武術の視点から見て刀を扱う身体を自由自在に使えるようになって、刀の免許。
でもひとつの流派は刀だけでは無い。
刀から、小太刀、十手、両刀、槍、薙刀、手裏剣、弓、銃、抜刀術、柔術、活殺術、馬術、流派によって違いはあってもこれだけ全部修めてやっと免許皆伝。
奥が深い、深すぎる。深遠が見えてこない。刀だけでも修められる気がしないというのに。達人ってなんなの?
「達人ねぇ、昔、家光様お気に入りの達人の話はなかなか面白いもんだが」
「どんな人で何やった人?」
「いろいろやった人だが、そうだな、ある日暇した家光様に呼ばれて、家光様が『なんか達人ぽいことして』と言った」
「将軍様、雑じゃね?」
「で、その達人は『いきなり言われてもなー』と」
「まぁ、無茶ぶりだよな」
「その達人はそのまま走って、壁を駆け上って、天井を走って、壁を駆け下りて、部屋を縦に一周した。『こんなことくらいしかできないけど』と。これで感心した家光様がその達人に袴を贈った。他にも相手の刀の上に立ったとか、いろいろやらかしたお人だ」
達人というか、超人かもな。
これを聞いて試しに壁を駆け上ってみた。落っこちて痛い思いもしたが、できるかもしれない。
科学的にも間違ってない。バケツに水を入れて逆さにしたら、水は零れる。だけど水の入ったバケツを勢いよくグルグル回したら、逆さになった瞬間も水は零れない。
バケツの水の遠心力が重力に勝っていればバケツの水は零れない。
人間の身体がバケツの水になればいい。移動する勢いが重力に勝っていれば、天井を逆さになって走れるはずだ。
天井の低い日本家屋ならこれで部屋を縦に一周できる。
そのためには自分の身体の移動、自分の重心の移動をきっちりコントロールする必要がある。
逆に言えば、これができない俺は自分の身体ひとつの移動さえ、満足に制御できない不器用者というわけだ。
……達人、遠いなぁ。
半年くらいオッサンに稽古つけてもらいながら生活してた。町の人達とも何人か仲良くなって、けっこう順応したもんだ。
こっちの着物にも慣れた。というか、やっぱり現代とこの時代じゃ着物の着方からして違う。
剣道では腰の上、ウエストで袴を締めてた。だけど着物を着て腰に帯を締めて、その上に袴を履けば腰の高さで袴を締める。だから袴の高さがぜんぜん違う。
で、着物にはボタンが無い。手を振って腹のあたりが捻れるように歩けば、すぐに着崩れする。
この時代の人達は歩くときも走るときも手を振ったりはしない。そんな動き方をすればすぐに着物が着崩れてみっともないことになる。
身体の動作ひとつにしても、現代人とこの時代では違いすぎるんだ。現代人がこの時代の剣術の身体動作を再現するのは、ほとんど不可能なんじゃないか?
歴史の教科書で火事から逃げ惑う人達の昔の絵があったけど、みんな手を顔の前に上げていた。あれは逃げ惑う様子を誇張して描いたんじゃなくて、ここの人達は走るとき本当に両手を前に出して走る。両手をぶら下げて走ったら、膝に手が当たって邪魔だからだ。
こんな感じで、町の様子を、人達を見てるだけでもいろいろな発見があっておもしろい。明治維新の前の時代の人を日本人とするなら、明治以降の日本人は半分西洋人の日本人亜種というのが正しいかもしれない。歩くための足の動かしかたから違うのだから。靴の生活と草鞋や草履の生活の違いは大きい。
そんなことを考えながら貰ったおはぎを食いながら歩いていると、道の脇からぐうと大きな音がした。
見るとお地蔵さんの隣に座りこんでる人と目が合った。え、もしかして腹の音?
しばらく目を合わせていると、そいつは顔を赤くしてぷいとそっぽを向いた。
女? でも袴を履いてて刀を持ってる。町の中では見たこと無い顔だ。旅人だろうか。
「腹減ってんのか?」
「問題無い」
「もうちょい行ったとこに飯屋があるけど」
「…………路銀が尽きた」
手元のおはぎに目を落とす。このまえ薪割りを手伝った町のおばちゃんからもらったものであと三つある。
「……食べる?」
「施しは受けぬ」
武士は食わねど高楊子ですか。なんか頑張って俺の持ってるおはぎを視界に入れないようにプルプルしてるんだが。
オッサンに持ってくつもりだったが、まぁいいか。
しゃがんで旅人の視界に入るようにおはぎを差し出すと、
「施しはうけぬと言っている」
ぶんっと音が出るような勢いでそっぽを向かれた。頑固者だ。
「勘違いすんなよー。俺はお地蔵さんにお供えしにきただけなんだから」
俺はお地蔵さんの前におはぎを置いて手を合わせて頭を下げる。
「道中で困った旅人の助けになりますように」
わざとらしく声に出して祈ると、隣からすっげぇ睨まれた。無視して立ち上がる。
「ま、こんなとこにお供えしてもカラスの餌になるんだろうけどな」
このままオッサンの家に帰る。背中に怒りの視線が刺さってくるのも無視だ、無視。
なんか訳ありのようだから、これ以上関わらないようにしとくか。
オッサンの家に着く頃には雨が降り始めてきた。
「戻ってきたか」
「おう、今日は魚を分けて貰ってきた」
「お前、可愛がられてんなぁ」
「人徳ってもんかな」
「馬鹿な子犬ほど可愛いもんだからな」
オッサンに魚を投げつけたら、上手くキャッチされた。
「食いもんを投げるな。で、お前なにしてんの?」
俺は簑を肩にかけて笠を被る。もうひとつ笠を手に持って、
「すぐに戻ってくる」
言って外に出た。雨は勢いを増して、雷の音が聞こえてきた。
旅人のいたあたりには誰もいなかった。お地蔵さんの前のおはぎも無くなっていた。
あたりを探してみれば、大木の根元にあの旅人が立っていた。近づいて声をかける。
「おい」
そのとき雷が落ちた。一瞬視界が白く染まる。
「ぴ」
旅人は頭を抱えてしゃがみこんだ。ぴってなんだ?
遅れてゴゴゴゴゴと大きな音がする。かなり近くに落ちたみたいだ。
「ぴいぃ」
鳥か?この旅人は。こっちもしゃがんで肩に手をかける。
「おい、大丈夫か?」
見上げた旅人と目が合う。肩まで伸びた髪はぐっしょりと濡れて、雨で顔の泥が落ちていた。涙ぐんだ大きな目で震えながら見上げてくる。なんだ?この可愛い生き物は。
腕をとって立ち上がらせる。
「とりあえず、俺が世話になってる家に来いよ。こんなとこで、女がひとりで雨にうたれてんじゃねぇ」
「わ、私は男だぁっ!」
殴られた。俺もオッサンに鍛えられてるからこれぐらい避けられるんだが、なんだか避けちゃいけない一撃のような気がして、素直に殴られた。
えー、嘘だろ? 声も高いし、いやでも、んーどっちだ?
「ん? 女か?」
家に連れ帰った旅人を見てオッサンが言う。旅人が怒り出す前に、
「いやいや、女みたいな男だ」
「また女顔の男かよ。うちはお稚児の駆け込み寺じゃねえんだぞ」
「弟子は師匠の真似するもんだ」
「あん?」
「オッサンが行き場の無い俺を助けてくれたんだから、俺もオッサンの真似してみたくなったんだよ」
「そーかい」
オッサンはニヤニヤ笑いながら、囲炉裏で魚を焼いている。俺は濡れた着物を脱いでふんどしひとつで着替えを取りにいく。
「旅人さんも濡れたもん脱いじまえよ。風邪ひくぜ?」
「このままでいい」
「いいわけあるか」
代わりの着物を渡すと、
「う、か、かたじけない」
と言って着物を持って隣の部屋に行ってしまった。男ならここで着替えりゃいいのに。何を恥ずかしがってんのか。
「訳ありそうなの引っ張って来やがって」
オッサンが呆れながら言いやがる。そう言いながら内心おもしろがってるだろ?本当は。
晩飯は鮎を焼いたもの。塩は無くとも十分旨い。川魚の中では鮎が一番旨いと思う。
こっちの時代に来て気づいたことは、食べ物の味が濃厚だということ。特に野菜。胡瓜も大根も調味料無しで洗ってかじるだけでも旨い。この違いってなんなんだろう?こっちの野菜に比べたら、現代の野菜は種類によるけど、味がスッカスカな気がする。
「私は仇を探して旅をしている」
飯を食ってから旅人さんの話を聞いている。仇討ち、なんとも心踊る言葉だ。
闇討ちされた兄の仇を追っている。見当をつけた相手がその故郷に向かっているので、それを追ってこの町まで来たところで路銀が尽きて途方に暮れていたんだと。
「それなら、資金を稼がないとな」
「小僧も旅人さんも見た目がいいんだから、そっちの趣味の輩にケツでも売れば?」
「オッサンよー、それは勘弁だわ」
旅人さんもすっげぇ怖い顔で睨んでくるし。
「まぁ、試しにひとつやってみるか、旅人さんも手伝ってくれ」
道具を作って早速やってみる。
「さぁ、皆さん見えますか?切られた腕が旗を振っているのが」
けっこう人が集まった。子供がきゃあきゃあ騒いでいる。なんだなんだと大人も足を止めて見ている。
俺がやっているのは簡単な手品だ。ちょっと離れた旅人さんが持ってる木箱から出た左手が旗を振っている。
見ている人には俺の切られた左手が旗を振っているように見えるが、あれは俺の左手のふりをした旅人さんの左手。俺の左手はこっちの木箱の中に隠している。
子供は目を見開いて、大人も仕掛けを見破ろうとしてるのか目を凝らしたり、後ろの方には背伸びして見てるのもいる。
旅人さんに合図をして、近くに来てもらう。木箱をもとの位置に戻してもらって。
「ここで秘密のおまじない、べっちゃらんちゃらほほいのほ!」
旅人さんが木箱の中に手を引っ込める。それとタイミングを合わせて俺が左手を木箱からさっと引き出してみんなに見せる。さっきまで旅人さんが持ってた旗と同じ柄の旗を左手に持って振りながら。
「見事に切れた左手が繋がりました。はい、拍手拍手ー!」
こんな手品でも、どうやらタネを知っている人はいないようで盛り上がった。
旅人さんがおひねりを集めている間に、町で仲良くなった飴売りのおねーちゃんに目配せする。
「はいはーい、次の手品が見たい人は飴買ってねぇ」
おねーちゃんが無駄に色気を振り撒きながら飴を売り歩いている間に次の準備と、
「お前、妙な特技持ってたんだな」
「オッサンも見てたか。俺のは本職の人の猿真似だけど、こんなに稼げるとは予想外だ」
娯楽が少ない時代でテレビも無いから、手品を見るのが初めてという人が多かったからなんだろうな。
飴売りのおねーちゃんも完売して、最初の約束どうり売り上げの中から客寄せ代を貰う。
「またやるときは、声かけてねぇ」
にっこにこだった。いい儲けになったんなら何よりだ。
最初は人を騙すような事でおひねり貰うのに不満のあった旅人さんも、子供が喜んでるのを見てノリノリでやってくれる。
こんな感じで稼いで暮らしてた。
一軒家は三人に増えて少し賑やかになった。旅人さんは剣の稽古の相手もしてくれるけれど、なぜか体術、柔術の稽古は固く拒んで相手をしてくれない。稽古の後も、
「一緒に風呂に入って汗を流そうぜー」
「なんでだ!?」
また殴られた。男同士ならべつにいいじゃねぇかよ。殴ることないだろー。
旅人さんが来てから七日目、正直手品のタネが切れた。専門家じゃないから手頃に作れそうな道具でやれそうなものは、すぐにネタ切れだ。新しいこと考えるのも面倒だし、稽古もしたいからなぁ。
そんなことを考えてると、夜中に旅人さんが起きた。寝たふりをして様子を伺っていると、こそこそと外に出ていってしまった。暗闇の中こっちに一回、深々と頭を下げてから。
ヤバい、かな?
町で手品をしてたのは、もうひとつ理由がある。人を集めたときに旅人さんの仇が来て見つけられたらラッキーという程度のものだけど、今日の出し物が終わったときの旅人さんの様子がおかしかった。
仇とやらを本当に見つけちまった?
俺とオッサンに迷惑かけないように、ひとりで行った?
あの旅人の剣の腕は、俺とどっこいどっこい。つまり、たいしたこと無い。
相手が強くて複数なら返り討ちだろ?
オッサンは今日は地回りのとこに顔出してていない。仕方ない。
俺も起きて刀を腰に差して外に出る。
外は夜、暗くて街灯も無い。だけど月が明るいので助かってる。俺がこっちに来たときに見たような満月が、夜道を照らしてくれている。旅人さんを探してあっちにこっちにうろうろしてたが、
「ぎゃああああああっ!」
男の野太い悲鳴が聞こえて、そっちに向かって走る。もうやりあってんのか?
キン、カキンと刀の打ち合う音が聞こえてきた。
満月の照らす膝まである草の中に、男がひとり倒れている。うつ伏せに倒れて背中が真っ赤に染まってピクリとも動かない。
その先に旅人さんがいる。二人の男を相手にして。
あそこに乱入することを考えて、恐怖で足が止まる。殺し合いだ、本物の。殺すか殺されるかの世界が、すぐ目の前にある。
男のひとりが斬りかかってくるのを、旅人さんが弾いて下がる。二対一で分が悪い。
胸の中の熱が恐怖を上回る。刀を抜きながら駆けて飛び込む。
「おぉおっ!助太刀するっ!」
男のひとりに向かって刀を振るう。当てる気の無い遠間からの届かない一振り。
それでもこちらに注意を向けざるを得ない。二対一がこれで一対一がふたつ。
「サシでやろうぜ」
「背中から不意を打って、今さらなにを!」
男のひとりが怒って叫ぶ。
旅人さんは不意討ちでひとりを背中から斬ったらしいな。真面目に正面から相対したら三対一になるから、卑怯だけど仕方ないかな?
「お前には関係無い!引っ込んでろ!」
「やなこった!」
旅人さんの声援?に素直に応えて、目前の男に斬りかかる。あっさり払われて返しがくるのを、今度は俺が下から跳ね上げる。
この男、オッサンほどは強くは無いようだけど、さて勝てるかどうか。
まったく、仇討ち話なんだからここで必殺な仕事を生業にしてる人とか、白馬の将軍様の出番なんじゃないのかよ。
俺がやるのは時間稼ぎ。仇討ちは旅人さんの役目なんだから、旅人さんがあいつを倒すまでこいつを引き付けとけばいいだろうか。
そんな余裕も無いけれど。
オッサンほどの鋭さは無くても、当たれば死ねる真剣の斬り合いだ。
こんな斬り合い初体験。
顔を突いてきたところを刀の腹で反らして斬り返す、しゃがんでかわされてそいつは俺の腹を横薙ぎに斬り払う。刀の鍔もとで柔らかく受け止めて、巻き込もうとしたら引いて逃げられた。
こいつやりやがる。見ればそいつは口元をニヤリとさせて車の構え。
俺は今、どんな顔をしてるだろうか。もしかしたらにたような表情かも。
高波に構えて睨みつける。
数合斬り合い、そいつの真っ向を左斜め前方に踏み込みかわしながら右肩からぶつかる、だがそいつも体を落として俺の当たりを右肩で受け止めやがる。
互いの額がぶつかりそうな至近で睨み合う。双方共に刀の間合いの内側。これは先にビビって引いた方が相手に先手を取られるパターンなのは、オッサンとの稽古で知っている。怖い、怖いけれど胸が熱い、心が踊る。
「小僧のくせになかなかやる」
「師匠が良かったんでな」
あのオッサンはやっぱり別格の強さだ。そのオッサンに鍛えられたから今もなんとかなっている。悔しいけれどオッサンに感謝だ。
ジリジリと睨み合って隙をうかがう。旅人さんの方に気を向ける余裕なんか無い。
そいつの動き出しの予兆を捉えて、その機に食いつく。
離れ際に首を刈ってきたのを伏せる。頭上に刀が通過するのを感じながら、そいつの脛を払うように斬る。
ギリで足を上げてかわされる、が反射的に足を上げて回避してバランスを崩したそいつは尻餅をついて倒れる。
好機、近づいて刀を振り下ろす。その途中、
『俺がこいつを殺すのか?』
そんなことを一瞬、考えた。考えてしまった。これが文字通りの致命的な瞬間だった。
それが思考にきた瞬間に俺の刀は振り下ろす途中で止まって動けなくなった。
そいつががむしゃらに尻餅をつきながらも繰り出した片手突きが、俺の腹を貫いた。
結局のところ、俺は現代人だった。命を取る覚悟の曖昧なままに闘いに入ればこうなるということか。技量では負けてなくても、覚悟が足りない。精神に染み付いた常識を破れない。
「かはっ」
口から血の塊を吐く。足に力が入らない。それでもまだ俺は立っている。
男は俺の腹に刺さったままの刀から手を離して立ち上がり、腰から小太刀を抜いた。トドメを刺すつもりか。俺はここで死ぬのか。
そいつが小太刀を振り上げるのを見たときに、俺の右手が動いた。右手が飛んだような、気がした。
『刀ってのはてめぇの重みだけで、たいていのもんは斬れる。刀の使い手がそれを邪魔するんだ。斬ろう斬ろうとすればするほどに雑念が刃筋を乱す。上手く斬るには刀の通り道に、自分の身体も自分の思いも全部無くしてしまえ。何もなければ刀は真っ直ぐ通る。斬ろうと思わずに斬るんだ』
俺の右手は刀を振り切った形で止まっていた。何も手応えは無かった。何も考えてはいなかった。ただ、オッサンが稽古中に言ってたことを思い出した。
添え物斬りでも上手く斬れたときほど手応えは無かった。ただ刀が通り抜けるように。
目の前の男の首が裂けて、血が噴き出す。
『斬らずに斬る』このことなんだろうか?
そいつは最後に口の端を歪めて笑い、倒れた。
人を初めて殺した。だけど今の俺には目の前の死んだ男に、ただ感謝の念があるだけだった。
いろいろ教えてくれてありがとう、と。
腹に刀を刺したまま地面に膝をつく。旅人さんがこっちに走ってくる。そっちも決着はついたみたいだ。
あぁ、腹の中が熱い。焼かれているようだ。
旅人さんが泣いている。ポロポロ涙をこぼしている。
「馬鹿者!なんでお前が命を賭ける必要がある!」
馬鹿と言われりゃ馬鹿なんだろうけど、そういう流れに乗ってしまったなら仕方ないだろう?
「こんなことになって、私はどう詫びればいいんだ?」
「詫びることは無いだろうよ」
あ?オッサン、来たのか。
「出遅れて、間に合わなかったがな。未熟者のくせに余計なことに首を突っ込むからだ」
うるせぇよ。まぁ、強くなってオッサンに勝って見下ろすことができなかったのが、未練だけどよ。
「百年かけてもお前が儂に勝てるかよ」
そうかよ。まぁ、それ以外はわりと満足だ。
「すまない、私はお前に嘘をついていた」
なんだよ、旅人さん。そろそろ泣きやめなって。
「私は本当は…………、女だ」
いや、知ってるけど。女のひとり旅が危ないから男のふりしてたんだろうけれど、ぜんぜん隠せてないから。バレバレだから。
「はぁ?お前、知ってて、ふ、風呂とか?」
旅人さんからかうと面白くて、
「お、お前、お前なぁっ!」
「最後の最後まで馬鹿かお前は」
俺は馬鹿の天才なんだろう?オッサン。
刀を学ぶことができて、女の仇討ちを手伝って、命懸けで戦って、勝った。そして二人に惜しまれながら死ぬ。
最高だ。俺は、満足だ。
「おい、死ぬな、死ぬなよ」
そりゃ無理だ。目の前が暗くなってきた。
二人の声が遠くなってきた――――
目が覚めた。白い天井が見える。
「………………は?」
いやいや、まてまて、あんな盛り上がり方しといて夢だったとか、夢オチとかダメだろう?
何処だここは?
ベッドに横になっているようだ。点滴が見える。病院か?
ベッドの脇のパイプ椅子に座っている人と目が合った。母だった。
母は俺と目が合うと泣きながら俺の手にしがみついてきた。わんわん泣いている。
俺、死んでないの?
いやいやいやいや、そんなの嫌ぁー、
誰か説明して、
俺が海岸付近の高速道路下にある小さなトンネルで血塗れで倒れているのを、犬の散歩で通りかかった近所のおじさんが見つけて、救急車を呼んだ。
救急車で運ばれた俺は緊急手術、小腸の一部を切除して、輸血されて助かった。
通り魔に刺された、ということらしい。
過去に飛ばされて半年以上暮らしてたつもりが、実際は俺がトンネルで寝てから半日と経たずに救急車で病院に運ばれていたということで。
えーまさか、全部手術中の麻酔の中で見た夢だったなんて、嘘だろ?
頭が混乱してるときに警察の人が来て通り魔について聞かれたけれど、そんなのぜんぜん憶えてないし、わからない。
兄貴が、お前の好きな剣術で通り魔を返り討ちにできなかったのかよ?とか皮肉を言いやがる。
あれがただの夢とか信じられない。信じたくない。あの密度の高い俺の半年の思い出が、オッサンとの稽古とか、旅人さんの仇討ちとかが、麻酔の妄想の産物だなんて認めたくない。
小腸を切ったのでしばらくは入院して、食事にも制限があるとか。腹からもチューブが伸びてベッド脇のパックに繋がっている。
夜、警察の質問からも解放されて病院のベッドに横になっている。
寝ながら両手で自分の身体をペタペタ触る。
通り魔に刺された傷の位置は、あの男に刀で刺された位置と同じだった。
眠れなくて、他にも何かないかと探している。例えばオッサンとの稽古中にできたケガとか。半年鍛えて肉付きが変わってないかとか。目をつぶれば旅人さんに殴られたこととか、泣き顔が鮮明に思い出せるから、今病院で寝てることの方が夢のような気がする。
右手が右足のふくらはぎを触ると、そこに傷痕がある。こんなとこに傷痕なんてあったっけ? 長い切り傷のようなあと。
傷痕に沿って触ると、小さくポツンと点がある。傷痕を挟んで反対側にも小さくポツン。なんだこれ?
これは、そうだ、あっちに行ったとき足を切って、オッサンが酒をぶっかけて針と糸で傷を縫った。その糸があったところ、縫った跡だ。
やっぱり夢じゃなかった。よくわからないけれど、あっちに行って半年以上暮らしてこっちに戻ってきたんだ。間違いない。
オッサンも旅人さんもあの宿場町も本当に在ったんだ。その証拠がここにある。
右足の傷痕に触りながら、ようやくふうと一息ついた。
それから俺がどうしたかというと、
カキン、キン、ガキン、
「ぎゃああああぁぁっ!」
刀の打ち合うSE、斬られる悲鳴、
「あー、そこで死ぬと邪魔になるからもうちょい上手で死んで」
「はい、この辺ですか?」
どうも俺は目の前の相手とのやりとりに夢中になって、客席から見た絵面にまで気が回らないなぁ。
今はミュージカル『〇剣〇舞』の稽古中。俺はセリフの無いただの斬られ役なんだけど。
病院から退院した後も、俺は剣術から離れずにいた。
父と母と兄貴から馬鹿にされながらも、オッサンに教えてもらったことを思い出しながら、ひとりで稽古を続けた。
武術関連の書籍を漁って、昔の時代劇をレンタルして見たりとか。
高校では合気道やってる奴と友達になり、いろいろ教えてもらったり教えたり。
通える剣術の道場が無いか探してみたものの、一度失伝した流派が新撰組人気とか『る〇〇に剣心』人気で復活したものの、中身は昔とは違う別物になってたりとか、なかなかこれはというものを見つけられなかった。
今の先生に出会えたのは偶然だけど、この偶然に感謝している。
先生はいわゆる殺陣師だ。演劇の戦闘シーンの振り付けとか、アクション指導をしている。
この先生が『本物を知らなければ偽物を演じることはできない』という主張の持ち主で、古流の武術をいろいろ調べて練習に取り入れている。
それがおもしろくて通っているうちに、いつの間にか舞台で斬られ役が足りないときにお手伝いするようになった。
演劇に興味なんて無かったのに気がついたら舞台に立っていた。
だけど、今の時代剣術が生かせる分野はこのあたりなんだろうなぁ。
テレビで時代劇が少なくなったが、アニメやゲームの舞台は増えた。うちの先生は頭が柔らかいのか楽しんでそんな仕事をしている。
この前は舞台『東京喰〇』で、その前はミュージカル『〇闘士〇矢』だったかな?
最近は外国人の観光客も増えた。
そのなかにはサムライやニンジャといった『和』のテイストを求めてる人もいる。
だけど、日本人の方がその『和』を忘れてたり見失ってたりして、提供できなかったりするのが現状。意外とチャンバラの需要が増えてるんだよな。最近じゃ海外公演の話も出てきたし。
そんな感じで俺は、今も刀とともに生きている。
その刀は浅草で買った、ジュラルミンの刀だけど。
いい歳をした大人が真面目にチャンバラごっこするのは、なかなか楽しいもんだ。
興味があったら、あんたもどうだい?
参考資料
劔術精義 駒川改心流剣術宗家 黒田鉄山 先生
武術の視点 甲野善紀 先生
立ち廻り稽古会和太刀 YouTube動画 ブログ 公演 演斗ス




