5話 殺人鬼は墓地を出る
作戦開始の掛け声を合図に、エミーは怪物に向かって疾走していく。
「あ~れ~……」
そして、見事に何もない場所で足をもつれさせ、ギャグではないかと疑うほど綺麗に顔面から地面へとダイブしていた。
「エミー!?」
(嘘でしょう、こんな状況で転けますか!?)
「あたた~……転けちゃいました~、てへ」
顔面から見事にダイブしたため、赤くなった鼻を手でさすりながらこちらを向き小さく舌を出してくる。
「てへ……じゃないですよ!?」
『カカカ、まさかドジ勇者っ娘とは、笑いがとまらねぇ!!』
ケルがケタケタと笑うのを無視してエミーへと駆け寄る。
「本当に大丈夫ですか?」
「大丈夫ですよ~、鼻は痛かったですけど~」
そう笑うエミーの顔は土で汚れている以外、擦り傷すら何処にも見当たらない。
(本当に身体に怪我とか負わないのですね、ケルの言葉を疑っていたわけではありませんが)
内心驚くも、すぐに心配していると言った表情を浮かべてみせる。
「敵を前に気を抜きすぎですよ、怪物がこちらに意識を向けなくてよかったものの」
「すみませ~ん、でも……ちょっと気になることがありまして~」
手を引き立ち上がらせると、エミーは身体に付いた土埃をパタパタとはたき落としていく。
「ギャグマンガ真っ青な転倒を見せるほど、何が気になったのです?」
「うっ、転けたのは急ブレーキを掛けたせいですよ~、多分~」
わざと転けたことを強調しながら言うと、誤魔化そうとしているのか目をそらしながら言い訳をするエミー。
これ以上突っ込まれたくないのか、怪物の方を見て話を本題へと戻してくる。
「いえ~、この方、本当に怪物なのかな~、と思いまして」
「どう言うことでしょうか?」
言われた意味が分からず、エミーの視線を追って歩いてる怪物を見る。
「殺気とか、気配って言うのかな~? それは、確かに人間のそれとは違うのですけど~、表情や声を聞いてるとそうは思えないんですよ~」
「すみません、言っている意味が分からないです」
『この勇者っ娘、本当に大丈夫か?』
エミーが怪物を見ながら不思議そうに首を傾げている姿に、私の方が貴女の行動に首を傾げたい気分ですよ、と心の中で突っ込む。
聞こえたかのようなタイミングでこちらを向いたエミーは、何故か悲しそうな表情をしている。
「あ、この怪物は、きっとここの墓守達ですよ~。表情が悲しそうで、声が泣いているように聞こえるんです……鍵を宝物だと言ったのも、墓地を徘徊しているのも、多分ここからでたいんだと思うんですよ~」
「あの怪物が墓守? あの姿で元墓守はおかしいでしょう?」
「いえ、あの姿は沢山の魂が集まって出来た、集合体見たいなものだと思いますよ~」
あれが墓守の魂が集まって出来た怪物ですか……だから何だと言うんでしょうね、この小娘は。
何であろうとやることは変わらない、私の行動の邪魔をするモノは排除するだけだと言うのに。
「そうでしたか……あの姿でここから出すわけにはいきませんし、知ったからにはここで徘徊させ続けるなんて惨いことは出来ませんね」
「でも、このままなんて可哀想過ぎます~。私たちの手で外へ連れ出して成仏させてあげないと~」
悲しげな表情のままエミーは怪物を見つめている。
私はそっとエミーの両肩に手を置き、耳元で甘い毒を流し込むように、命令だと気付かれないように、囁くように告げる。
「彼を殺してあげなさい……死は救いです、終われることは素晴らしい事なのです。今すぐに安らぎを与えてあげましょうね?」
「は……い……分かり……ました……」
命令を受けたエミーの顔から表情が抜け落ちていき、瞳が濁りきると、腰に差していた剣を抜き放ち構えだす。
「殺して……幸せに……」
『おお、おお、ムクロ様は優しいねぇ。ここから出たら成仏するだろう魂を、ここで殺しちゃうんだから、カカカ』
ケルの言葉が聞こえていないエミーは無表情のまま剣を構え、怪物へと一瞬で間を詰めると、首を一閃で飛ばし、返す手で腕を切り落とし、次の手で胴を、足を、全身を瞬く間に細切れにしていき、魂の核になっていたと思われる墓守の遺体を叩き砕いてしまう。
「ぐぅ……ぎっ! おおぉオぉぉオお~!?」
核を砕かれた怪物は、激痛なのか、消滅する事への恐怖なのか墓地中に届く絶叫を残し霧散していく。
パチパチパチパチ……
私は笑顔で剣を構えるエミーへと拍手をしてみせる。
「お見事です、素晴らしいですね。彼もこれで救われたことでしょう……ええ、もう苦しむことはないのですよ」
「え……? あれ、ムクロ様に話しかけられて……か、怪物は~? 何で消滅しているんですか~?」
意識が戻ったエミーは、何が起こったのか分からないという表情で私を見てくる。
鍵を拾い上げた私は笑顔を向けて言う。
「何でって……エミーが粉々に斬り伏せたのでしょう? ほら、そこの粉砕された墓守達の遺体がその証拠ですよ」
「そんな……そんな事しません……だって成仏させてあげられる範囲だったんですよ~?」
握っていた剣を取り落とし、耳をふさぎながらイヤイヤと首を振る。
「そう言われましてもねぇ、実際はそうですし。ですが良いじゃないですか、怪物も死ぬことが出来て安堵していますよ……魂が残っていたらですけどね?」
言い方から何かを察したのだろう、エミーは私を睨みつけ。
「ムクロ様ですか? こんな事になるように仕向けたのは~」
「おやおや、どうしてそう思うのです?」
「それは、ムクロ様に声を掛けられたような気がした瞬間から記憶がないから」
言い切ってはいるが、自信がないことが表情から分かってしまう。
さて、どうしましょうかね?
「そ、そんな曖昧な情報で私を疑うのですか?」
心外だと言わんばかりに、胸を押さえよろめいた演技をしてみせる。
「い、いえ、ですが~、それ以外にありませんし~」
「ハハハハ……いやいや、大丈夫ですよ、エミーの考えているとおりです私がやらせたのですよ、躊躇していたようなので」
間違ってしまったのかも知れないと、あたふたと焦りだしたエミーの姿に思わず笑いが止まらず、本当の事を言えばどういう反応をするのか見たくなってしまい、悪びれることなく笑顔でやらせたことを教える。
「さ、最低です! どうして人の命をそんな粗末に扱えるのですか~!」
「粗末? いやいや、粗末になんてしていませんよ? 私の言ったことは本心です、死こそが救いであり、殺されることは、終われることは素晴らしい事なのですよ?」
酷すぎますと言いながら涙を浮かべるエミーを見て、不思議そうに首を傾げ。
死こそがどれほど素晴らしい事なのかを、子供に言って聞かせるように、ゆっくりと、しかし自信に満ちた表情で語る。
「狂っています、そんなものが救いな訳ないじゃないですか~、生きてこそ人は幸せになれるはずです~」
「今すぐに理解しろとは言いませんよ? エミーにはこれから、魔王を討つそのときまでじっくりと教えて上げますよ。それがどれだけ正しいことなのかを」
ニタリと不気味な笑みを浮かべた表情でエミーをみやり、クツクツとくぐもった笑い声を上げる。
それを見て怯える姿が、それまでわずかだった殺人鬼としての感情が、殺して愛でたくなる気持ちが膨らんでいく。
「ああ、そうでした、忘れるところでしたね」
「な、何でしょうか~?」
警戒されてしまったのか、喋るだけでエミーは後ずさり距離をとる。
「いえね、鍵も手に入れたことだし、ここから脱出したいなぁと思いまして。扉を探すのを手伝ってくれません? あ、もちろん拒否権はありませんけどね?」
「わ、わたしも出たいので拒否はしませんけど~、出たらムクロ様を監視させていただきます~、普通に人を殺しそうで野放しに出来ません~」
先程までの怯えはどこへ行ったのか、私へと危機感を募らせてしまったのか監視すると宣言してくるエミー。
まぁ、私としては逃げられるよりは扱いやすくて良いのですけどねぇ。
「分かりました、それで構いませんよ? 早速探しましょう、早く柔らかいベッドで寝たい気分なのです」
「何か出る理由が不純です~、そこは嘘でも魔王をいち早く倒さないとって言って欲しいところですよ~」
腰に手を当て、プンプンと言う文字が当てはまりそうな怒り方をしているエミーに苦笑してしまう。
「そうですねぇ、では改めて、魔王を倒すためにここから早く出ましょうか、困っている方を救わなくてはですからね?」
「何故でしょう~、ムクロ様が言うと、救いが殺戮に聞こえてきて仕方がないです~」
『カカカ、ドジ勇者っ娘のそれには同意だ、ムクロ様ならやりかねねぇよ』
ジト目のエミーが困った風に言うと、今まで静かだったケルがケタケタと笑いながら、エミーの言葉に同意している。
(失礼な方たちですね、まるで私が無差別に人を殺める殺人鬼みたいに言って、私にだって殺めるものにこだわりくらいあるんですけどねぇ)
「ほら、さっさと探してください、おしゃべりは墓地を出てからでも十分出来ますから」
会話を切り上げ、それぞれ墓地の中を探し回り、少し空が白みはじめる頃、ようやくここから出るための扉を見つける。
「まさか、こんな所に会ったなんて驚きですね……」
「ですね~。でも鍵を差し込めると言ったら、ここしかあり得ませんからね~」
『カカカ、灯台下暗しって奴だな』
目の前には木造の小屋があり、その扉は本来鍵を必要としない作りであるにも関わらず、ポツンと鍵穴が作られており、鍵を差して回すと、明るい光が外と繋がっていることを教えてくれていた。
そして、墓地を脱出した私達は魔王討伐への道を進み始める。
遅くなりすみませんでした……




