部屋にいる
住宅街からすこし離れた場所に個人経営の小さな飲食店がある。
そこでボクはアルバイトをしている。
大量販売をウリにする外資系大型スーパーでキロ二百円弱で買ったどこの国のものかわからないおコメ。
それを大きなどんぶりに盛る。
消費期限が近いことと大量購入とで値切った大手外食チェーン店の牛丼の素。
それをどんぶりのご飯の上に、汁をかけ肉を乗せる。
最後に、道端に生えていた三つ葉と思われる草。
それをどんぶりの肉の中心に添える。
そんなふうに出来上がった牛丼を八百円で売っている。
これが、文句ひとつ出てこないどころか、むしろなかなかの評判を得ている。
厨房でひたすらそんなものを作り続けているうち、この行為が錬金術であるとボクは悟り、自分が錬金術師なのではないかと思い至った。
そんなことを考えながら帰宅すると、玄関には女の子のものと思われるローファーがたくさん並んでいる。
姉が友達を連れて来ているようだ。
話し声が居間から聞こえてくる。
邪魔しないように、なるべく足音を忍ばせるようにして廊下を進む。
居間を覗き込んでみると、思ったとおり、姉と数人の友達が談笑している。
気づかれぬようにすばやく入り口を通り過ぎる。
そのまま階段をあがり、音を立てぬようにトビラをひらいて自室へはいる。
部屋の中には、制服姿の女の子がいた。
ゆるくカールのかかった長いブロンドの髪を後ろで束ねて、すらりとした大きなカラダで小さなベッドを窮屈そうに占領している。
一目でわかるほどの外国人だ。
手には漫画が握られており、両わきにも大量の漫画が詰まれている。
女の子がボクに気が付き、笑顔で軽く手を振ってきた。
姉の友達だろうか。
ボクは困惑を顔にあらわしたまま返事をせずに立ち尽くした。
そんな様子を見て取った女の子は、漫画と一緒に並べていたスマホに触れ始めた。
細い指で滑らかに操作している。
モデルのような身体と顔立ちに学校の制服という取り合わせが、あまりにもアンバランスで、コスプレにしか見えない。
スマホから手を離し、ふたたび漫画を読み始めた。
まもなく、ボクの携帯電話が鳴る。
姉からのメールの着信だ。
件名は、『妖怪 漫画を読む外人』。
内容は、『友達の家に遊びに来たが大量に漫画の並んだ部屋を見つけて興奮したことにより発現した妖怪。読み終えるまでそこに居ついてしまう』と書かれている。
『退治方法』とだけ書いて返した。
すぐに返事が来る。
『読了を待つ、もしくは「ビートイット!」と言って殴る』
女の子の左右の本と読んでいる本を確認する。
古い少年漫画の単行本で全三十五巻、現在十七巻まで読み終えている。半分といったところ。
女の子は一ページを三十秒から一分程度かけてじっくり読んでいる。
――先は長そうだ。
持っていた荷物を降ろし、定位置へ投げる。
本当ならばここで楽な部屋着に着替えるところだが、人前ではそうはいかない。
自室であるにもかかわらず、知らない外国人とふたりきりという状況はあまりに居心地が悪い。
しかし、追い出されるようにこのまま自分が出て行くのもなにか釈然としない。
「すいません、それを取って下さい」
声をかけて、枕もとの目覚まし時計をボクは指差す。
女の子は、こちらを見て、指の示す先を見て、目覚まし時計を手渡してくれた。
すぐに読書へともどった。
ボクは礼を言って、目覚まし時計で時間を確認するフリをする。そして、勉強机の上に置いた。
しずかにゆっくりと部屋を後にした。
――外で時間をつぶしてこよう。
ボクの手に、女の子が読んでいた漫画の二十巻目が握られている。
目覚まし時計を取らせたときに、こっそりと取って来たのだ。
姉の部屋へ漫画を投げ、ボクは家を出た。




