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第8話 魔法①

「わたし、『この世界では魔法が使える(・・・・・・)』といいなあって、お願いしたの」


 ヴィマラの言葉は、その場に一瞬の静寂をもたらした。

 そして、一気に湧き上がる喧噪。


「魔法って、あの魔法?」、「僕も使えるかな」、「さすがに魔法は無理」「もうついていけない、いい加減にしてよ」、「オレ、経験済みなんだけど、魔法使いなれるのか?」、「これはさすがに無効でしょう」


 誰が何を言っているのかわからない。もはや、一帯は小規模なパニックに陥っていた。


 ユウもヴィマラの告白には驚いかされた。ユウには全く思いもよらない「真理」だったからだ。頭の端にすら思い浮かばなかった。

 それでいて、「魔法」という言葉を聞いたとき、それを以前から知っていたような、奇妙な既視感も感じていた。


 「魔法」が想定外だったのは周りの人達も同じだったのだろう。未だに、何やら叫んだり、口論したり、頭を抱えてうずくまる女性までいた。

 当のヴィマラは、周囲の状況に恐れを感じたのか、顔を歪めて数歩後ずさっていた。自分の言葉が引き金になって、大人たちまでが錯乱しているのを見れば当然の反応である。


 いよいよ事態の収拾がつかなくなったと思われた時、輪の中心から狂騒を打ち消す力強い一声が響いた。


「皆、落ち着け。鎮まるんだ」


 騒ぎの中にあって、それでも、その場にいる全員にはっきりと聞こえた。


 騒ぎが止み、全員が声のした方を見ると、怯えるヴィマラの肩を支えながらフレデリックが真っ直ぐに仲間達を見据えていた。


「皆、落ち着いてくれ。気持ちはわかるが、だからといって、いたいけな女の子を脅えさせるのは良くないだろう」


 そう言って、フレデリックは一人一人に視線を移していった。

 何の恐れもない、正直で、真っ直ぐな視線だった。その目で見つめられると誰でも自分の非を認めざるを得ない、隠しごとが出来ない、そんな迫力がある。

 昨日、ユウの顔を覗き込んできたシェンズの瞳とはまた違う、純粋な瞳だ。


 全員の顔を見まわし終わると、次にフレデリックはヴィマラを見た。まっすぐな瞳だったが、さっきまでの迫力はすでに失せていた。


「驚かせてすまないね、ヴィマラ。みんなも悪気があってのことではないんだ。許してくれるかい?」


 ヴィマラは黙って首を縦に振った。

 それを見たフレデリックは、仲間達の方を向いて誰へともなく頷くと、ヴィマラに向き直ってさらに続けた。ゆっくりとした穏やかな口調だった。


「もし、よかったら、その『魔法』について、もっと教えてくれないかい。出来るなら、皆に見せてあげて欲しいんだ」


 この問いにヴィマラは首を横に振り、小声で答えた。近くの人間だけが聞こえるくらいのか細い声だった。


「わたし、魔法の使い方は知らないの」


 これを聞いて辺りは再びざわめきだした。


「やっぱり、『この世界では魔法が使える』っていうのは、さすがに無効だったんじゃないか」


 誰かの声に、ヴィマラが今にも泣き出しそうな表情をつくった時、人垣の外から少しかすれた男の声がした。


「『魔法』はあるよ。お嬢ちゃんの言っていることは嘘じゃない」


 声のした方に全員の視線が集まった。

 焚き火を囲んでいた人の輪から幾らか離れた所に人影が見える。

 火の光があまりとどかないため正確にはわからないが、中背の男性のようである。声の感じから年の頃は中年くらいに思われた。

 その人影はよたよたと焚き火に近づくと、足取りそのままに人をよけながら輪の中心まで歩いてきた。不思議とだれも男を止める者はいなかった。


 近くで見ると、男は褐色の肌に目も髪も黒かった。高い鼻に彫の深い顔立ちで、顎や口周りに無精ひげを生やしている。口元がわずかにゆるんでいて、猫背気味、全体的にだらしない印象の男だった。

 フレデリックの隣に立っているため、殊更しまりなく見える。


「君は誰だ」とフレデリックが質問しても、


「わかってんだろう。あんたらと同じさ。いわばお仲間だ」

「あんまりうるさかったんで、近くまで見にきちまったよ」


と、おちゃらけた態度で返している。


 ユウにはどうしてもこの男が信用できる人間には見えなかったが、ヴィマラだけは自分の苦境を救ってくれる英雄に向けるような、キラキラした瞳で男を見上げていた。

 自分に向けられている少女の視線に気付いたのか、男はヴィマラの頭を軽くひとなですると、自分を囲む人々に向かって話し始めた。


「さあ、御立会い。これからご覧に入れるのは、ろくでなしのハヤルによる安い見世物だよ。だけど、この見世物を見れば、お嬢ちゃんの言葉に嘘・偽りがないことがハッキリするぜ。さあ、集まれ、集まれ!」


 芝居がかった口上に、緊張感などどこかへ行ってしまったのか、人々はハヤルの周りに集まった。シェンズやサラ、ペドロまでが身を乗り出してハヤルの一挙手一投足に注目している。

 頃合いを見て、見物人達に静かにするよう指示が出された。辺りは静まり返り、その場の全員が固唾をのんでハヤルを見つめている。


 ハヤルはゆっくりと右手の拳を胸の前まで上げていき、手の甲が下になるように手首を返した。

 目をつぶり、大きく息を吸うと、肺の中の空気を全て出しきるように息を吐きながら、指を順に開いていく。

 親指に始まり、小指、薬指と開いていき、最後に、目を開きながら人差し指を開く。

 全ての指を開ききった時、ハヤルの掌の上に卵大の炎が現れた。

 にんまりと笑ったハヤルは、

「これが『魔法』だ。種も、仕掛けもありゃしないぜ」と決まり文句を述べてから、「魔法」の説明を始めた。

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