第6話 仲間①
何かが近付く気配に最初に気付いたのはユウだった。
気配のする上流の方を見たが、漆黒に覆われて何も見えない。
ただ、間違いなく、暗闇の中には草を踏み分けながらユウたちに近づいてくる何かがいる。しかも、ユウたちとの距離はそれほど遠くないようだ。
視線を戻すと、ペドロも気配に気付いたようで、声を出さないように仕草で促しながら、身を隠せる場所へ動き始めていた。
ユウとペドロが手近な岩陰に、シェンズが少し離れた草むらに身を沈めたのと同時に、それまで三人がいた川辺に人影が現れた。
ユウとペドロが物音を立てないようにして岩の間から様子を窺うと、そこにいたのは人間の女性だった。
肌が白く、腰まであるブロンドを首の後ろで結んでいる。
歳はシェンズよりも上に見えるが、二十代なのか、三十代なのか、ユウには判断がつかない。
女性は焚き火の周りを歩きながら、辺りを見まわしたり、しゃがんで何かを手に取ったりしている。
ふと、女性がユウたちの隠れている岩の方を見た。
女性の視線と自分の視線がぶつかった気がして、ユウはとっさに背を向けた。
空気が重く、息苦しいのに呼吸がうまく出来ない。
強く握りしめたユウの両手は、汗でじっとりと湿っている。
女性はユウに気付かなかったのか、別の方を向いて探索を続けた。
ユウがほっとして吐息をもらした時、ペドロが耳元で囁きかけてきた。
「あの女、襲うぞ」
小声だったが、落ち着いた明瞭な声だった。
その言葉に背筋が寒くなるような響きを感じ、
「な、何でさ」
と、ユウが聞き返すと、あの捕食者のような目で女性を見たまま、ペドロが答えた。
「あの女が何者かわからない。敵か、味方かわからないんだ。話をするにしたって、身動きとれないようにしてからじゃないとな」
先程までの陽気でおしゃべりな少年と同じ人間とは、到底思えない用心深さである。
「シェンズとは連携が取れないんだ。俺達でやるしかないぞ、ユウ」
ペドロがユウの肩に手を置いて促した。
「いいか、女がこっちに背を向けたら、俺が合図する。おれが上半身を抑えるから、ユウは女の脚に飛びつけ。意地でも離すなよ」
言い終わると、ペドロは再び女性の方を見ながら頃合いをうかがい始めた。
はたして自分にそんなことが出来るのか、ユウは心を決めかねていた。
ユウは運動の出来る方ではなかったし、まして取っ組み合いの喧嘩をしたことなどなかった。
決心もつかないまま、もう一度相手を確認するためにユウが女性の方を覗こうとした瞬間、
「今だっ」
掛け声とともにペドロが岩陰から飛び出し、女性に走り寄って行った。
急なことに反応が遅れたユウは、ペドロに追い付こうと一呼吸遅れて岩陰から走り出たが、焦って小石につまずき、川辺に倒れ込んでしまった。
膝や腕を強打した痛みに耐えながら顔を上げると、女性の片腕を掴んだペドロが何とか相手を組み伏せようとしている所が目に入った。
不思議なことに、それほど腕力があるように見えない女性をペドロはいっこうに抑えることが出来なかった。
それでいて、女性がペドロを撃退できるわけでもなく、二人はもつれ合いながら水辺の方へと移動していった。
二人の攻防に目を奪われながらもユウが何とか立ち上がった時、ペドロの身体が大きく傾いた。川底の小石か川藻に足を取られたのかもしれない。
すかさず女性がペドロの手を振り切ると、ペドロは川の中に尻もちをついて倒れた。
ペドロと距離をとるためか、女性はよろめきながら川からあがり、草むらの方へ歩を進めた。シェンズが身を潜める草むらの方に。
見ると、シェンズは腰を抜かしたのか、その場に座り込んで女性を見上げている。
ユウの目にも、シェンズが怯えて震えているのがわかった。
何かしなければならないと思っても、何をすればいいのか、ユウにはわからない。
ただ、シェンズを放っておくことは出来なかった。
半ば自棄気味にユウは叫んだ。
「シェンズ、立って。走れ。逃げろ」
その場にいる全員の目がユウに集まった。
その隙にシェンズが少しでも女性と離れてくれれば良かったが、震えのとまらないシェンズには四つん這いで逃げるのが精一杯だった。
それでも、事態はユウたちにとって有利な状況となっていた。
三人とも女性とは一定の距離がある。別々の方向へ走り出せば、逃げ切ることが出来るかもしれなかった。
いつでも走りだせるように、ユウが膝を沈めた時、女性が甲高い声をあげた。
「待って、待ちなさい」
ユウたちの動きが一瞬止まった。
「私は貴方たちに危害を加えたりしないわ。落ち着いて話を聞いてほしいの」
女性の呼び掛けに、まだ油断できないといった素振りで立ち上がったペドロが聞き返した。
「あんた何者だ。何でここにいる」
「私はサラ。貴方たちと同じ百人のうちの一人よ。一緒に来てくれたら他の仲間たちとも会えるわ」
そう言うと、サラはこわばった微笑を浮かべて見せた。




