第39話 話し合い②
その日、探索班は泥塗れで戻ってきた。足取りは重く、帰って来るなりへたり込む者もいたが、皆一様に顔が上気し瞳は爛々と輝いている。
ユウはいつものようにペドロを出迎えた。
「お帰り。何だか酷い有り様だね」
水の入った器を渡すと、ペドロはそれを一息で飲み干した。
「ああ、生き返ったー。今日の探索は今までで一番疲れたぜ」
思わせぶりに口元をにやつかせているペドロに対し、ユウは調子を合わせてやることにした。
「何か特別ことでもあったの」
「気になるか、そうだよな。ふふふ」
普段通りの居残り班から見ると、妙に高揚している探索班の面々は正直気味が悪い。
何があったのか尋ねても、含み笑いを顔に張り付かせたままはぐらかす。ユウ達居残り組の頭の上では疑問符が頻りに踊っていた。
「今日のペドロ達、変だよ。隠し事でもしてるんじゃないの」
「隠すつもりなんてねえよ。後でフレディが教えてくれるって。そっちは何かあったのか」
新しい発見があったのは間違いなさそうである。ペドロも本当はすぐにでも話したいのだろう。我慢しきれない部分がにやけ笑いに表れているのだ。
「こっちは特に進展無しかな。オリガさんが苛立ってる。一度に80個も『真理』がわかっちゃったものだから、考えをまとめきれないってさ。後は何か日付けを気にしてたよ」
「それは怖いな。姉御が怒ったら猛牛だって走って逃げ出すぜ」
「そういうのってどこからか本人に伝わるよ。僕は何も聞かなかった事にしよう」
二人は小さく笑うと、ささやかな夕食の準備を始めた。
各々が夕食を終えた頃、フレデリックが皆を集めた。焚き火を中心に半円を描いた人の輪の中央にフレデリックとオリガが立っている。二人ともいつになく険しい表情をしていた。
「今日は皆に伝えたいことが二つある。少し時間を貰いたい」
フレデリックの言葉にユウは首を傾げた。探索の話以外に何かあるのだろうか。きっとそれはオリガから伝えられるのだろうが、全体で共有しなければならない発見などなかったはずだ。
ユウが考えを巡らせている間に、フレデリックがよく通る真っ直ぐな声で話し始めた。
「先に私から話そう。我々は今日の探索で森の中に巨大な洞窟を発見した」
探索班の男達から歓声が上がった。彼らの盛り上がりから察するに何やら凄い洞窟なのだろう。
聴衆を落ち着かせ、場が静まってから、フレデリックは続きを話した。
「穴は倒れた巨木の根の下で見つかった。入り口が小さかったので、総出で穴を広げたり、木を除けていたらこの有り様だ」
フレデリックは泥の落ち切っていない手を見せて、肩をすくめた。
洞窟の中は十人以上入れるほど広く、天井も高い。声を響かせてみた所、まだ奥深くへ続いていそうだったということだ。
探索班は明日も引き続き洞窟を調べるつもりらしい。そこで「魔法」が使える者を中心に居残り班からも助っ人を出してほしいとフレデリックは頭を下げた。必然的にユウも明日の探索に加わることになる。
大規模探索を前に人々の熱気が否応なく高まるなか、冷たく静かな声が水を差した。オリガの声は重く澄んでいて、いつもより機械的に聞こえた。
「お楽しみのところ悪いが、私からも一つ伝えておきたい事がある。今から話す内容は事に依ると悪い知らせかもしれないから黙って聞いてくれ」
今までの騒ぎが嘘のように辺りは静まり返った。風が梢を吹き抜ける音だけが聞こえていた。
「まずは確認事項だ。今ここには80人の人間が集まっている。我々『旧世界』の生き残りは合わせて100人だから、あと20人で全員が揃うわけだ。次に一つ尋ねる。君達はここ『新世界』に来て何日になった。ユウ、答えてくれ」
急な指名に身体が一瞬強張る。一度深く呼吸をした後、ユウは指を折って日数を数えた。
「た、たぶん今日で二十三日目です」
控えめに答えると、「声が小さいぞ」とペドロが小突いてきた。
「ありがとう。ユウやシェンズ、ヴィマラ達は私やフレデリックより五日遅れてこちらに来た。つまり、我々がこの『新世界』に飛ばされてから最長で二十八日、凡そ一月経ったということだ」
「それって計算が合わなくないか」
透かさずペドロが話に割り込んだ。
「どこがおかしいか説明出来るか」
「だって、俺達は20人ずつ五日毎にこっちに来るはずだろう。それなら二十日目には全員がこっちの世界に来ているはずだ」
「単にまだ見付かってないだけじゃねえのか。世界は広いんだぜ、来てすぐ会えないのも無理はねえ」
今度はレナードが答えたが、すぐにオリガが反論を返した。
「それはないだろうな。シェンズの『私はみんなと必ず出会える』という『真理』が活きているんだぞ。全ての自我を持つ『私』は必ず出会えるようになっているんだ。そうでなければ、それこそ広大な世界で80人がこうも容易に集まれるはずがない」
自分の「真理」が取り上げられて、隣に座るシェンズは紅顔を崩している。
「それじゃあ、最後の20人はどうなったんだよ」
声を荒げるレナードをオリガは狙ったようにいなした。
「確かに20人足りないが、何も彼らが最後の20人とは限らない。私やお前が最初の20人だというのが根本的な勘違いかもしれないんだ」
一瞬、全てのモノの動きが止まった。オリガの言葉に理解が追い付かない。
「それはつまり、私や君、レニー達よりも先に『新世界』に来ていた人間がいる、という意味だね」
フレデリックでさえも唇を細かく震わせている。
「私はそう考えている」
「彼らはどうなったんだ」
「先程説明したように自我を持つ者同士は必ず出会うんだ。可能性としては低いが20人全員が自我の芽生える前の赤ん坊だったか……」
そこでオリガは言葉を切った。次の言葉を待つ間も唾を飲み込む音さえ立たなかった。
小さく息を吐くと、オリガは躊躇いがちに口を開いた。
「20人全員が既に自我を持たないただの物質に戻った、つまり、死んでいるかだ」
凍りついたように動けないユウ達の頭上では、突如として湧きだした黒い雲が星空を隠していた。




