第38話 話し合い①
「ユウ、この人どうにかしてー」
朝一番、シェンズの気怠そうな声にユウは振り向いた。
朝の挨拶もなしに話を切り出すくらいだ。シェンズは大層ご立腹なのだろう。
一日が始まる清々しい朝だというのに、しかめ面のシェンズには疲労感が漂っていた。
理由はすぐにわかった。シェンズの後ろから褐色の腕が伸びて彼女に抱きついている。
「おはよう、今日も良い陽気だねえ」
「挨拶なんかしてないで、さっさと離れなさいよ。ジュリア」
シェンズが必死に突き放そうとしても、ジュリアは巧みに力を逃してまとわりつく。
ここ数日続く朝の惨事に、ユウは力無くうなだれた。
ジュリアはやたらと人に抱きつきたがった。相手の反応を見て楽しんでいるのだろう。ユウにペドロ、シェンズも被害を被っている一人だ。
「シェンズがあんまりつれないと、お姉さん、ユウにくっついちゃうぞー」
ジュリアは唐突にシェンズから離れると、蝶が花の間を舞うように寄ってきてユウの腕を絡め取った。
腕越しに感じる柔肌とそこから発散されるふくよかな香りに、ついついユウの頬が緩むのをシェンズは見逃さなかった。
無言で二人の間に割って入ろうとするが、ジュリアも体を入れかえて巧みに躱す。女性二人に右腕を引っ張られ、ユウの身体は右に左に振り回された。
「いい加減離れなさいよー。それに……」
振り向いたシェンズがユウに鋭い一瞥をくれる。
「ユウも、いつまでそんなだらしない顔をしてるのよ」
言われてユウは慌てて表情を引き締め直した。
三人がじゃれあっていても、大人達が特別それを咎めることはなかった。止めに入ってくれる者がほとんどいないのを知っているから、ユウもされるがままに任せている。
ジュリアの暴走を止める役回りはいつも決まっていた。
「あんまり子どもをいじめちゃ駄目よ。貴方もいい年でしょう」
珍しく髪を下ろしたサラがヴィマラとメラニーの手を引いて立っていた。
「あれー、もしかして嫉妬してるの? 心配しないで、サラのことも愛してるから」
今まで頑なに放そうとしなかった腕を解くと、ジュリアはサラに抱きつく。
後に残されたユウとシェンズは、慌てて握り合っていた手をほどいた。
六人が輪になって遅めの朝食を食べている最中も、陽気な悪ふざけは続いている。
「あまり『愛してる』なんて、おふざけで言うものじゃあないわ」
髪を束ね直したサラが眉をひそめると、ジュリアが誤魔化すように頭をかく。
歳が近い所為かサラとジュリアは一緒にいることが多い。全く違う二人のどこが合うのか、ユウには不思議でならなかった。
「ふざけてなんかないさ。むしろ、ここの皆は愛情表現が淡泊すぎ。愛が臭ってこないのよ」
隣のヴィマラと戯れながら、ジュリアが反論する。
「愛って匂うの?」
「そうよ、特に色恋はすごく臭うわ。特にあの辺とかね」
自分の対面に座るユウとシェンズに目をやりながら、ひくひくと鼻を動かしてみせる。
ユウがため息混じりに隣を見ると、そっぽを向くシェンズの頬が焼き餅のように膨らんでいた。
その向こうでは、ジュリアを真似てヴィマラも鼻を動かし始める。
「わたしにはよくわからないや」
「大丈夫、時期が来ればあんたもわかるようになるから」
話はそこで立ち消えになると思われたが、思わぬ横割りで流れは一変した。
「他人のことはいいじゃない。ジュリアとペドロはどうなの」
サラの側で木の実をかじっていたメラニーが身を乗り出した。
「それは私も気になるかも。ジュリアって自分のこと話したがらないし」
「わたしもー」
一気に攻守は逆転する。怒っていたはずのシェンズまでがジュリアを取り囲む。
「私の話は別に良いじゃない、ねえ」
「ダメっ」
四人の圧力の前ではジュリアも観念するしか道はなさそうだ。
「別にペドロとは何もなかったんだよ。つるんでた悪ガキ共の中に私の後ろをずっと離れない奴がいたから、弟分として少し可愛がってやっただけさ。素直に何でも言いつけ守るし、まあ、見た目も良かったしね」
髪の毛の端を弄びながら話すジュリアは何ともばつが悪そうだ。
「まあ、私くらいになるとボーイフレンドの一人や二人や三人くらいはいたしね。さあ、こんなもんで良いだろう。私にここまで言わせたんだ。皆にも洗い浚い吐いてもらうよ。手始めにサラの話でも聞かせてもらおうかな」
既にジュリアの表情は獲物を狙う蛇に変わっていた。
「何だか恥ずかしいな。私にだって好い人はいたのよ」
「どんな人?」
「頼り甲斐がある人かな。真面目で、強くて、本人は自分の見た目が好きではなかったみたいだけど、そんな所も素敵だったの」
「フレデリックみたいな感じ?」
「似ているけど、もっと爽やかな感じよ」
一斉に笑いが起きる。
ユウは端の方で小さくなって、話に耳だけを傾けていた。
身の置き場がない。秘密の花園に迷い込み、内緒の話を聞いてしまったような気恥ずかしさと罪悪感が、鼓動とともに込み上げてくる。
男の中でもこういった話は行われるが内容はもっと下劣である。決して好きにはなれなかったが、そこには男同士の居心地の良さがあった。
ユウを置き去りにして女性達の話はどんどん盛り上がっていった。自然と声も大きくなる。
「そういえば、オリガさんの男性関係ってどうなのかしら」
「おっ、サラは良い所に目を付けたね」
「私も気になる。オリガって凄くスタイル良いよね。美人だし、格好良いし」
次の矛先はオリガに向いたようだ。ユウが恐る恐る周りを見回すと、夢中になっている女性達のすぐ後ろで当のオリガがぶつぶつと呟きながら宙に視線を走らせていた。
オリガに気付かれる前に止めに入らなければと思ったが、おしゃべりには一分の隙も無く、むしろ白熱していった。
「やっぱり旦那さんがいらっしゃるのかしら」
「でも仕事一筋って感じがするよ。言い寄る男共をちぎっては投げちぎっては投げ、後は死屍累々って所じゃないかい」
「オリガって強いのねえ」
そこで初めて顔面蒼白のユウにメラニーが気付いた。
「そんな所で何やってるのよ。ユウもこっち来て交ざりなさい」
手招きするメラニー達に答える代わりに、ユウは震えながら彼女達の後方を指差した。
そこに冷ややかな笑みをたたえたオリガが仁王立ちしていたことは言うまでもない。




