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第37話 転機③

「私の『真理』があるから、嘘とか本当とかそんな面倒なこと気にしなくていいの」


 そう言ってジュリアは不敵に微笑んだ。

 聴衆が色めき立ち、人の輪が一回り小さくなった。

 前の方で背中を押されたヴィマラがつんのめるのをシェンズが支えている。


 辺りが騒然となっても、フレデリックだけは直立でジュリアと正対していた。


「今の言葉はどういう意味かな。君の『真理』が何だというんだ」

「んふ、知りたい。皆も私の『真理』に興味津々って感じだね~」


 ジュリアは悦に入っている。


「もったいぶってねえでさっさと教えたらどうだ」

「そんなに急かさないでおくれよ。焦って喋ったら舌を噛んじゃうじゃないのさ」


 レナードあたりの仕業だろうか。野次を飛ばされてもジュリアは軽くあしらった。


「たいした事じゃあないんだけどねえ。私は『人は嘘をつけない』って『真理』を創ったのさ。嘘は嫌いだよ」


 ジュリアの一言で喧騒はさらに大きくなった。

 動揺はペドロが「真理」を教えないと告げた時以上かもしれない。


 人垣を裂いて輪の中心に躍り出る者がいた。

 ペドロだ。

 しかし、いつもとは様子が違っていた。

 両の拳を握りしめ、肩を震わせている。顔には青筋が立っていた。


「ジュリア(ねえ)、今のは何のつもりだよ。冗談? それとも何か悪巧みでもしているのかい?」

「何を怒っているんだい。さては、嘘を言うかもってのはペドロの悪知恵かい」


 珍しく怒りを顕わにするペドロに対しても、ジュリアの態度に変化はない。


「私と別れてから何があったか知らないけど、随分と卑屈な奴になったもんだねえ。昔は素直で可愛かったのにさ」

「昔のことは関係ない。それを言うなら、あんたは他人をからかったり、(おとしい)れるのが得意だったもんな。今回もそうやって騙すつもりだろう」


 ペドロの豹変に周りの騒ぎも静まっていた。


「つまりペドロは、私がこの人達を騙すために嘘の『真理』を教えたっていうんだね」


 ジュリアの声が若干低くなる。

 一方的に食って掛かるペドロも気圧されたのか、黙って頷くだけだった。


「良いよ。それじゃあゲームで確かめようじゃないか。ルールは簡単。私がペドロに三つ質問をする。ペドロは『はい』か『いいえ』の二択で答える。ただ答えの真偽は問わない。嘘でも良いから三回とも『いいえ』で答えられたらお前の勝ちだ。姉さんが何でも望みをきいてあげる。どうだい」

「その勝負乗ってやるよ」


 鼻息荒くペドロが即答した。

 穏やかだったジュリアの目が鋭くなったように見えた。


 焚き火を中央にペドロとジュリアが向かい合い、周りを人集(ひとだか)りがぐるりと囲んでいる。

 例によってシェンズは最前列の一番良い位置に陣取っていた。

 半ば強引に連れてこられたユウはその隣に座を得ていた。

 ユウの脚の間にメラニーがちょこんと座り、右隣ではヴィマラが頭を抱えて何やら考え込んでいる。

 人々が固唾を呑んで見守るなか、ペドロとジュリアの勝負は開始の鐘もなく始まった。


「一つ目の質問。ペドロは実は女である」

「いいえ」


 即座に答えが返る。

 ペドロにしては口調が固い。

 見た目には落ち着いているが、いつもの陽気さも余裕も消え失せている。

 一問目は小手調べというところだろうか。

 誰が見ても真実は明らかだ。


「そんなに早く答えなくても良いのに。皆も見てくれているんだから、もっとゲームを楽しみなさいよ」


 ジュリアの呼び掛けにペドロは返事をしない。

 猛禽の瞳がジュリアを睨みつけている。


「本当につまらない男になっちゃったわね。お姉ちゃんはそんな風に育てたつもりはありませんよ」


 冗談なのか挑発なのか、はたまた本気なのか、ジュリアがからかい好きというのは本当のようである。


「それじゃあ、二つ目。ペドロは自分が一人で生きていけると思っているでしょう」


 僅かな沈黙。しかし、ペドロの答えは早かった。


「いいえ」


 小さなざわめきが起きた。

 ペドロの人を食った態度や自信に満ちた言動から、今の答えは想像し難かったのだろう。

 まさに唯我独尊。世界が自分を中心に回っていると考えていても不思議ではない。少なからず皆がそういった印象をペドロに抱いていたのだ。

 もちろん嘘かも知れないが、本当なら大層な食い違いだ。


「うん、お前はそういう奴だったよね。それじゃあ、最後の質問だ。耳の穴かっぽじって良く聞きなよ」


 二人の勝負に見入っていたユウだったが、ヴィマラに袖を引かれて我に返った。


「ねーえ、ユウ。わたし、わからないんだけど……」

「何がわからないの」

「このゲームは、全部『いいえ』で返せたらペドロの勝ちなんだよね。じゃあ、ジュリアはどうすれば勝ちなの?」


 ヴィマラが言い終わる前に、ジュリアが最後の問いを話し始めた。


「ペドロってさ、昔、私のこと好きだったでしょう」


 ジュリアの一言は重苦しい空気を消し去るように、さわやかに響いた。

 場は一気に弛緩したが、ペドロからの返事はない。

 今までにない長考だ。

 しかし、どれだけ時間をかけようとも答えは『いいえ』に決まっていた。

 この問いに対して『はい』と容易に答えられる少年はまずいない。

 例え本心では好きだったとしても、衆目の面前でそれを肯定することなど、思春期男子の意気地と自尊心が許さないのだ。

 もし肯定できる者がいたとしたら、相当に老成しているに違いない。


 答えが決まっているというのに、ペドロの返答は遅かった。

 黙って(うなず)き、たまに顔を上げても、口をパクパクと開くだけで声が出ない。

 その間も、強く握り込んだ拳がわなわなと震えていた。


 ペドロが幾度目かの返答に挑戦した時、微かな音が聞こえた。


「ペドロ、聞こえるように話しなさい」


 ジュリアの表情はどこまでも晴れやかだ。

 ペドロの顎が小さく上下した。

 やはり声になっていなかったが、口の動きは前の二問とは明らかに異なっている。


「しょうがない子だねえ。もう一回だけ訊くよ。ペドロ、あんたは昔私のことが好きだった」

 尋ねるというよりも断定するように言い切った。

 ペドロの顔が情けなく歪む。

 ゆっくりと絞り出すように「はい」と答えると、ペドロはその場で大の字に倒れ込んだ。


「あーあ、負けた、負けた。せっかく俺が悪役を買ってまで忠告したのに、全部意味無かったのかよ」

「やっぱりあんたは昔のまま、小心者だけど仲間思いだね」


 寝転がるペドロを見下ろしながら、ジュリアは大いに勝ち誇った。

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