第35話 転機①
その日も慌ただしく朝が来た。
ユウが目覚めた時には既に仲間達は忙しなく動き回っていた。
隣で寝ていたペドロもいなくなっている。
ユウは伸びをして朝の清んだ空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
一日の始まりに清々しい気持ちになっていたユウの耳に、男の怒鳴り合っている声が聞こえてきた。
カールとレナードである。
ここ数日二人は毎朝のように言い合いをしているが、けして険悪な雰囲気ではない。
互いに楽しんでいる節さえあるので、誰も止めに入らなくなっていた。
ユウが教えを請うようになってから、カールと仲間たちとの距離は急激に縮まった。
先ずシェンズやヴィマラ、メラニーら子ども達がカールを慕うようになり、それを見て大人達も打ち解けていったのだ。
カールの知恵の恩恵で生活は大きく変わった。
カールは石を磨いて色々な道具を作れたし、鋭い骨角器も持っていた。
皮のなめし方や蝋の採れる木の場所も熟知していた。
今、ユウが手に取った木製の器もカールに教えられて作ったものだ。
ユウは巨猪の革で作った水嚢から器に水を組むと一口飲んだ。
乾いた身体に冷たい水が染みわたる。
ユウが喉を潤していると、まだ眠たそうに眼を擦りながら女の子達が起きだしてきた。
「おはよう」と挨拶しても、ちゃんと返してくれるのは年下のメラニーだけで、シェンズもヴィマラも未だ意識は夢の中の様子だ。
シェンズが眠いのも無理はない。
毎晩遅くまで「魔法」の特訓をしているのだ。ユウもその特訓に付き合わされている。
「これは私とユウしか知らない秘密特訓なんだから、誰にも話しちゃダメよ」
とシェンズは念を押すが、実は二人が夜中に寝床を抜け出すことは多くの人達の知る所となっていた。
目下のシェンズの目標は「ヴィマラには負けないわ」である。
一向に「魔法」が使えるようにならないシェンズに引き替え、ヴィマラの上達は著しかった。
既に空中浮遊だけでなく、ハヤルのように炎を出すことも出来るようになっている。
「次はお花を咲かせる『魔法』が良いなあ」
と新たな「魔法」の習得にも余念がない。
もっと利便性の高い「魔法」を習得させるべきだという声もあったが、ハヤルとオリガはヴィマラの好きに任せることにしたようだった。
ユウはというと、シェンズと仲直りして以来、居残り班に復帰していたが「魔法」を自由自在に使えるまでには至っていない。
「おいユウ。ずいぶん遅いご起床だな。昨日の夜も結構頑張っていたみたいじゃんか」
意味ありげに含み笑いをしながらペドロが声をかけてきた。
ペドロは相変わらず勝手気ままで怖いもの知らずだ。
普段は探索班に加わっているが、単独行動をすることもあった。
それでいて抜け目がなく失敗もしないから、責められることもなかった。
「何か含みのある言い方だね。ペドロは僕達が『魔法』の練習してるの知ってるでしょ」
「怒るなよ。ちょっとからかっただけだろう」
「ペドロ、評判良くないよ。傍若無人だって皆言ってる。ペドロって何か苦手なものとか無いの」
「そんなの本当にあったって教えるわけないだろう」
ふくれ面のユウに、ペドロは笑って誤魔化そうとした。
ふとあることが頭に浮かんだユウはペドロに尋ねてみた。
「あの穴、どうなった?」
「いや、ダメだ。俺が付けた目印は残っているのに、たどっても洞穴が見つからないんだ」
二人が探索中に見つけた不思議な洞穴、シェンズへ贈った石の欠片を見つけたその穴はまるで初めから無かったかのように消えていた。
「まあ、見つかったからって何ていうこともないけどな」
ペドロは気にしていないようである。
広場の中央でフレデリックが手を振っている。
「お呼びがかかったな。俺は行くぜ。今日も新入りを連れてくるからな」
ペドロは男達が集まっている方へ駆けて行った。
既に仲間の人数は六十人を超えている。
大所帯に今の広場は手狭になっていた。
引っ越し先の候補地を探すのも探索班の新しい仕事になった。
居残り班にも新しい仕事が出来た。日に三度、三つの水嚢を持って川に水汲みにいく仕事だ。
ユウは率先してこの仕事をやることにしていた。
小さなことでも構わない、何か役割が欲しかったのだ。
ユウが水汲みに行くとシェンズ・ヴィマラ・メラニーが必ず付いていくため、「魔法」の練習は必然的に休憩になった。
その日の夕方も四人は水汲みに出掛けた。
傾いた日が世界を黄金色に染め上げ、わずかに湿った風が夜の空気を運んでくる。
空の嚢を二つ抱えて歩くユウの右隣では、シェンズが止めどなく話し続けている。
左腕にからみついたヴィマラは甘えて離れようとしない。
残る一つの嚢を持ったメラニーはのんびりと歩く三人を置いて先に行ってしまった。
目の前の丘を越えればすぐに川が現れる。
メラニーが三人を待っているはずだ。
ユウ達が丘の頂上に着いた時、絹を裂くようなメラニーの悲鳴が聞こえた。
さらに盛んに三人を呼ぶメラニーの声が続く。
ユウ達が急いで坂を下ると、川原に尻もちをついたメラニーが半べそで座り込んでいる。
そして、その側にはずぶ濡れの女性が倒れていた。




