第34話 仲直り大決戦
首飾りはその日の晩には完成した。
川で拾った残りの欠片に穴を開けて蔓を通す。
カールの教えがあったものの、ユウは最後まで一人でやり遂げた。
ユウは出来上がったものをカールに見せた。
カールが眉をひそめて目利きをする間、ユウは直立不動で待っていた。
ながい沈黙がユウを身体を縛っていた。
「悪くはない。初めてにしては上出来だ」
思っていた以上の評価にユウは胸を撫で下ろした。酷評されるのではないかと心配だったのだ。
自然と姿勢も崩れ、表情も緩む。
カールから首飾りを受け取る時、一緒に別のモノも渡された。
見るとそれは木製の腕輪で、中央に首飾りとそろいの鉱石がはめ込まれていた。
理由がわからず、ユウはカールを見上げた。
「お前の作業で出た残りを使った。儂の腕には入らん。貰っておけ」
ユウの視線に気付いたカールは素っ気なく答えた。
確かに腕輪は丸太を束ねたようなカールの腕には入りそうもない。
試しにユウが腕に着けてみるとぴたりとはまった。
カールに認められた証のようで、胸にちりちりと熱いモノが込み上げてくるのを感じ、ユウは深く頭を下げた。
「ふん、男が簡単に頭を下げるな。それにお前の目的はこれを作ることじゃあないだろう。さっさと行って本懐を遂げてこい」
カールの言葉で頭を上げたユウは、あらためて小さくお辞儀した。
「今日は一日ありがとうございました。おかげでシェンズへの贈り物が作れました。もし良かったらまた色々教えてください、カール先生」
自然に出た心からの感謝の言葉だった。
お礼を言って走り出そうとしたユウをカールが呼び止める。
「おい小僧、今なんて言った」
「今日は一日ありがとうございました、です」
「その後だ。儂のこと『先生』と呼ばなかったか」
珍しくカールが取り乱している。
「はい。僕にとっては何かを教えてくれる人は『先生』ですから。ダメでしたか」
混じりけのない無垢な少年の言葉をカールも無下には出来ない。
「いや構わん。お前の好きに呼べば良い」
「ありがとうございます、先生。僕、行ってきます」
もう一度礼をしてユウは駆け出した。
後はシェンズに首飾りを贈って気持ちを伝えるだけだったが、その機会がほとんどない。
シェンズの周りには常にヴィマラとメラニーがいて、昼間に二人きりで話すのは不可能だった。
しかし、ユウには秘策があった。
ペドロに聞いた話では、近頃シェンズは頻繁に寝床を抜け出すらしい。
皆が寝静まる頃に起き出して、一人でどこかへ行くのを見た人がいるというのだ。
ユウはその時に賭けることにした。
夜になり仲間達が思い思いに横になるなか、ユウはシェンズの方を窺いながら時が来るのを待った。
しばらくして火の番をする四人を以外の者が眠りについた頃、シェンズが動き出した。
ぐっすりと眠るヴィマラとメラニーの間から抜け出すと、森の方へと静かに歩いて行く。
それを確認したユウは密かに後を追った。
予想に反して深夜の追跡劇は長く続かなかった。
少し歩いた所でシェンズが座り込んだのだ。
陰になっていて直接広場からは見えないが、まだ焚き火の光が辛うじて届く範囲だ。
拍子抜けしたユウは同時に気を緩めてしまった。
うっかり踏んだ小枝が乾いた音を立てて折れる。
「誰、誰かいるなら出てきなさい」
シェンズの警戒心が一気に高まったのがその声からわかった。
どのみち話をするのなら姿を見せなければならない。ユウはゆっくりと歩み出た。
「何よ、ユウじゃない。驚かせないでよ。何しているの」
「それはこっちの台詞だよ。シェンズこそこんな所で何してるんだい」
つい問い詰めるような口調になってしまった。
シェンズの眉が動いて不機嫌な表情になる。
ただ、その表情から受ける印象は怒りよりも愛らしさの方が勝っていた。
「何だって良いでしょ。用が無いならあっちに行って」
「用事ならあるよ。シェンズ、ずっと僕のこと避けてるでしょう」
「そんなこと……、ないわよ。私も色々忙しいの」
「色々ってなにさ」
「『魔法』の練習とか、練習とか……、色々は色々よ」
ユウの気持ちとは裏腹に、二人の会話は雲行きが怪しくなっていった。
このままではいけないと、ユウは思いきって気持ちを打ち明けることにした。
「僕、シェンズとこのままなんて嫌だからね」
話の流れも雰囲気も関係ない。
元々ユウは器用に話せる質ではないのだから、正面突破しか術はなかった。
「シェンズがどう思っているか知らないけど、僕は自分が今ここにいるのはシェンズのおかげだと思っている。『新世界』に来て何もわからない僕に手を差し伸べてくれた。励まして背中を押してくれた。だからこれからもシェンズと一緒に居たい。一緒に話したり、食べたり、遊んだりしたい」
心臓が蒸気機関のようだった。
熱と蒸気を出しながら、どくん、どくんと全身に血を押し出している。
血脈に乗って熱が体中に満ちていく。
「シェンズは特別なんだ。シェンズでないとダメなんだ。だから、僕と一緒に居てほしい。お願い、シェンズ」
ユウの勢いに押されたのか、シェンズはただ自分に向けられた言葉を聞くだけだった。
それでいて耳に入った来た言葉を受け止めきれなかったようで、ユウの口上が止んだ後もぼんやりと黙ったままだった。
ユウも半ば放心状態である。
少しの沈黙が続いた。
「ねえ、特別ってヴィマラよりも?」
「うん、ヴィマラよりも」
「メラニーよりも?」
「メラニーよりもだよ」
「ペドロよりも特別?」
「ペドロよりもさ」
シェンズの問いに、ユウはオウム返しで答え続けた。
「もう良いでしょ、シェンズが一番だよ」
あまりにもシェンズが尋ねるため、耐えかねたユウが両手を振り上げて叫んだ。
「ふーん、わかった。それじゃあ、ユウの持っているそれは一番特別な私へのプレゼントなのかな?」
すかさず、ユウの手の中の首飾りに気付いたシェンズが尋ねる。
シェンズはすっかり上機嫌で、陰り一つない笑顔だった。
「ああ、忘れてた。これ、シェンズに贈ろうと思って作ったんだ」
慌ててユウは首飾りをシェンズに手渡した。
「すごい、石の中で光がぴかぴか踊ってる。本物のお星様をつかまえたみたい」
シェンズが贈り物に満足したのを見てユウは一安心したが、シェンズの次の一言がユウを再び動転させた。
「これを見てると最初の夜の星空を思い出すわね」
「そうだね……、て、えっ」
ユウもその晩の夜空を忘れたことはなかった。
空を見てあれほど感動したのは初めてのことだった。
ただしユウの記憶が正しければ、その時シェンズは星に興味を示さず、早々に眠ってしまったはずだ。
恐る恐るユウはシェンズに尋ねた。
「あの時、起きてたの」
「そうよ。私だって興奮して眠れなかったわ。それに隣にユウがいたし……」
最後の方は小声でユウには聞き取れなかったが、確かにシェンズは起きていたと言った。
ユウの背中を冷たい汗が伝う。
あの晩、自分が寝ているシェンズに何をしたか、ユウは思い出していた。
息のかかかる程の距離にシェンズがいた。
ユウは彼女の頭をなで、実行こそしなかったものの、色々と邪なことを考えて悶々としていたのだ。
それが全てシェンズに筒抜けになっていたとしたら。
ユウの身体は先程とは別の熱で包まれていた。
両手で真っ赤になった顔を隠して指の間から外を窺うと、何かに気付いたのか悪戯ぽくシェンズが笑っているのが見えた。
「ねー、ユウ。あの日、あたしが起きていたら何か問題あったの? わからないなー。教えて欲しいなー」
どこまで感付いているかはわからないが、シェンズの口元は楽しそうに吊り上がっていた。
満足するまでユウをからかってから、シェンズは顔を隠していたユウの両手をこじ開けた。
最初の日と同じ、シェンズの鼻先がユウの鼻先にかすかに触れそうな距離である。
「あの日のこともこれまでのことも全部許してあげるから、一つだけ私のお願いを聞いてよ」
愛らしい真ん丸の瞳が瞬き一つせずにユウを見つめている。
「僕で答えられることなら」
一抹の不安を覚えながらユウは了承した。ユウは選べる立場にはいない。
「難しいことじゃないの。私の方におでこを出して、それで、目をつぶってくれるだけでいいの」
どんな無理難題を課されるかと内心びくついていたユウは安堵して額を出した。
「でも何でおでこなの」
ユウは目を閉じたまま心に浮かんだ疑問を尋ねてみた。
「別に何でっていうこともないけど。強いて言うならヴィマラもおでこだったから」
「えっ、何でヴィマラ」
再度尋ねようとしたユウの眉間が大きな打撃音とともに爆ぜた。
「今のデコピン一回で全部無しにしてあげる」
額を押さえて転げ回るユウを見ながら、シェンズはその日一番の表情で笑った。




