第33話 仲直り大作戦⑤
翌朝、ユウはカールのもとで鉱石の加工を始めた。
探索には出られなくなったが、頭を打ったことを理由に安静にしたいと言うと、仲間達は納得してくれた。
全てペドロの入れ知恵である。
嘘こそ吐いていないが、ずる休みをしているような気分だった。
ユウの中で罪悪感とほのかな興奮がない交ぜになっている。
「小学校から皆勤賞だったのになあ」
ユウは何か大事なものを一つ、無くしてしまったよう気がした。
「準備は出来ているな」
「はい」
無愛想ながら、カールは約束通りに鉱石の扱い方を教えてくれた。
ただし、カールの言葉には全て従うことになっている。ユウに許された返事は「はい」か「イエス」だけだった。
始めに、ユウは焚き火の燃えさしをあさって鉱石の塊を取り出した。
カールの指示で昨晩の内にくべておいたのだ。
白い灰の中から出てきたものを見て、ユウはガクリと肩を落とした。
鉱石が焦げたように黒くなっていたからだ。
昨日の輝きは見る影もない。
落胆するユウを気にせず、カールは次の指示を出した。
「石の表面を手で揉んでいけ。余計な部分が刮げ落ちるまで続けろ」
言われた通りにユウがまだ温かい鉱石を擦ってみると、 表面の黒く変色した層がぼろぼろとこぼれ落ち、下から一段青みがかった層が現れた。
「すごい。何でこうなるんですか」
驚いて尋ねてみたが、カールは答えなかった。
ユウは渋々と両手で鉱石を揉む作業を続けた。
熱の入った鉱石は驚くほど脆くなっていて、まるで瘡蓋のように簡単に剥がれた。
鉱石は少しずつ小さくなっていき、両手に余る大きさだったものが陽が中天に差し掛かる頃には片手の中に収まるまでになった。
次にカールは別の石を取り出してユウに渡した。
見た目は何の変哲もない丸い石だったが、触ってみると表面はとても滑らかで指の腹にささくれを全く感じなかった。
「その石を濡らして鉱石を磨け」
そう言われても、水はその場にない。
ユウは川辺に行って作業することにしたが、カールは着いて来てくれなかった。
残って別の仕事を黙々とこなしていた。
面白いことに、磨けば磨くほど鉱石は光沢を取り戻し、澄んだ青色に変わった。
陽が傾いて空が赤く染まる頃には、鉱石の中に再び火が入り、瞬く光を取り戻していた。
磨く度に次々に違う輝きを見せる鉱石にユウは楽しさを覚え始めていた。
時を忘れて夢中になっていたユウがふと顔を上げると、足下の水際に見たこともない生き物が座していた。
泥のようにくすんだ色の皮膚に、蛙に似た三角形の頭を持ち、その上にギョロリとした大きな目玉が二つ離れて着いている。
ただ蛙と違うのは、耳の後ろ辺りから身体が急に細くなり、蛇のような姿になっていることだ。
蛙頭蛇尾の奇妙な生き物がとぐろを巻いてユウを睨みつけていた。
ユウと小さな怪物は視線を合わせ続けた。
ユウの心に漠然とした恐怖がかすめたのと、その生き物が動いたのはほぼ同時だった。
それは素早くユウの右手に巻き付くと、ユウの腕を強く締め付けながら握られている鉱石の方へ頭を近づけていく。
ユウが慌てて腕を振っても、締め付けが強まるだけだった。
蛙の口が大きく裂けた。
上顎と下顎が一直線になりそうなほどに開かれた口の中で、ピンク色の小さな舌が小刻みに震えているのが見える。
首筋にゾクリとする感触を覚えたユウは、とにかく無茶苦茶に腕を振り回しながら解決策を考えた。
何か方法はないか、脳が信じられないほどの早さで回転している。
役に立たなそうな思いつきに混じって思い浮かんだのは、レナードの言葉だった。
「俺が最強」
レナードの「真理」である。
これがオリガの仮定通りに自我を持つモノ全てを対象とするならば、「僕」も「最強」のはずなのだ。
こんなへんてこな生き物に負けるはずがない。
ユウは深く呼吸をすると、静かに、それでいて素早く行動を開始した。
空いている左手をその生き物の後ろから近づけていく。
死角から首根っこを掴み上げようという考えだ。
しかし、あと少しで手が届くという所でその生き物は飛び上がって逃げ出してしまった。
不意に引っ張られた反動でユウの右手が開くと、中の鉱石は川の中に落ちていった。
「おい、大丈夫か」
尻まで水につかったユウにカールが駆け寄ってきた。
「何があった」
ユウを引き起こしながらカールが尋ねる。
呆然として何も答えられないユウの目に対岸に頭を出すあの生き物が写った。
「あっ、あれ」
ユウの目がとらえたその口には青い鉱石が咥えられていた。
膝の力が抜けたユウは、再び水の中に尻餅をついてしまった。
大切な鉱石はもう視界から消えている。
今日一日の作業が全て無に帰しただけでなく、シェンズへの贈り物が丸ごと無くなってしまったのだ。
情けなく放心しているユウを余所にカールは川底をさらっていた。
「おい、男ならそんな顔をするんじゃない。大分小さくなったが、これだけあれば十分だろう」
振り返ったカールが掌を差し出す。
その上には親指の爪くらいになった青い欠片が乗っていた。
「ふえっ」
顔以上に情けない声がユウの口から漏れた。
「シャキッとせんか。蔓にでも通せば首飾りくらいにはなるだろう」
カールはユウの手に欠片を握らせた。
「お前が今日一日精を出した成果だ。しっかり握って放すんじゃない」
ユウの手の中の欠片は、低くなった夕日の光を受けて、その日一番の輝きを放っていた。




