第32話 仲直り大作戦④
大きいという事はその一事だけで並外れた力を発揮する。
人は巨大さに憧れ志向し、崇拝し信仰し、そして畏怖する。
まさに今、ユウの眼前には山岳のようなカールの巨体が聳え立っていた。
ユウの位置からはカールの表情をうかがうことは出来ない。
見上げても、白い髭とそこから飛び出している大きな鼻が目に入るだけだった。
湧きあがる恐怖になんとか蓋をして、ユウはカールに話しかけた。
「あ、あのカールさん、お話したいことがあるのですが……」
返答はなかった。
既に多くの者が眠りについている。
静寂が二人を包んでいた。
聞こえなかったのかもしれないと思い、次は声を張ってみたが、結果は変わらなかった。
気まずい空気が流れた。
ユウが意を決して三度目の正直に臨もうとした時、カールが唐突に重い口を開いた。
「お前は誰だ。まずは名乗るのが礼儀じゃないのか」
まさかカールの方から話しかけてくるとは思っていなかったユウは、驚きのあまり出かかっていた言葉が引っ込んでしまった。
そのうえ叱られてしまっては、ユウは赤面しながら俯くしかなかった。
視界が狭まるような錯覚と喉の奥の苦い異物をかろうじて抑え込み、ユウは言葉を振り絞った。
「ごめんなさい。僕はユウっていいます。カールさんにお願いがあるんです」
カールは黙ったままだった。
ユウの声が聞こえているかも判別できない。
構わずにユウは話を続けた。
「僕、シェンズに、あっシェンズっていうのは女の子なんですけど、今、少し嫌われちゃったみたいで、仲直りがしたいんです。この石を贈ろうと思ったんですけど、このままだとあれなんで、その、細工のやり方を教えてもらえませんか」
考えてきた台詞通りにしゃべることは出来なかった。
悔しさに奥歯を噛みながら、深々と頭を下げて鉱石を差し出す。
カールはユウの方を見ようともしなかった。
「儂に女の機嫌取りを手伝えということか」
静かで落ち着いた声色によって、逆に威圧感が強まっている。
図星を指されたユウは耳たぶに血が巡るのを感じながら、俯き続けるしかなかった。
「だいたい、男が女の機嫌なんか気にするもんじゃない」
カールの厳しい言葉が上から降り注ぐ。
「仲直りがしたいなら、相手にそう伝えることだ。自分が悪いと思うなら、正直に謝れば良い」
「で、でも身に覚えがなくて」
やっとのことで出したユウの言葉は完全に藪蛇だった。
「それこそ放っておけば良いだろう。気まぐれでへそを曲げた女に男の方から頭を下げるなど、軟弱の極みだ」
いよいよカールの声に怒気が籠るようになってきた。
浴びせられる非難の言葉に、ユウの心は折れかかっていた。
色々な迷いが生じては消えた。
ユウの心は深い底なし沼へと沈んでいった。
諦めて別の方法を探そうか、それともカールの言う通りただ待つのが良いのか、いっその事、シェンズと和解しなくても構わないのではないか。
それだけは嫌だ、というのはわかる。
「シェンズは僕にとって特別なんだ。シェンズが手を差し出してくれたから、背中を押してくれたから、だから僕は今ここにいる。僕はこれからもシェンズと一緒にいたいんだ」
そこまで言ってユウは声が出ていたことに初めて気付いた。
急いで口を塞いだが遅かった。
山が動いた。
カールがゆっくりとユウの方にその巨体を向ける。
恐怖のあまりユウは両目を固くつぶってしまった。
脚が小刻みに震える。
しかし何も起きなかった。
間違いなく目の前にカールの気配を感じるのに、動く素振りがない。
薄く瞼を開けてみると、カールはやや前傾し覆い被さるような恰好でユウの手の中の鉱石を見つめていた。
「小僧、この石どうした」
驚きを隠せないという風にカールが尋ねる。
「今日、森の中の洞穴で見つけました」
恐る恐るユウが答える。
「お前、何ともなかったのか。何も見ていないのか」
「僕、頭打って気を失っちゃって、よく覚えていないんです」
途中からユウの両肩を掴んでいるカールの手に力が入っていた。
ユウの顔と手の中の石を交互に見比べながら、カールは何か考え事をしているようだった。
カールは幾らか逡巡した後、ユウを縛る力を弱めた。
今ならばユウにもカールの瞳がはっきりと見える。
仁王のように感じられた表情は、厳しさを残しながらも怒気が消え失せていた。
「いいだろう。手を貸してやる。ただし、儂の言うことは絶対に守るんだぞ」
安堵したユウは緊張の糸が緩むと同時に強烈な眠気に襲われた。




