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第29話 仲直り大作戦②

 その入り口は一見何の変哲もない穴だった。

 巨大な樹々が林立するなかでひときわ目を引く針葉樹の根元、盛り上がった地面と生き物のようにうねった太い根の間に人が一人入れるくらいの穴が開いていた。

 恐らくユウでなければ見つけられなかっただろう。

 それほどに外見はごく普通の(うろ)だった。

 ユウの感じた嫌な気配はその穴の中から立ち昇っていた。


 穴を見つけたユウとペドロは入念に周囲を調べたが、特に変わったものは見つからなかった。

 次に、二人はあらためて穴を覗き込んだ。

 光のとどかない穴の中には底なしの暗闇がどこまでも広がっていた。


 ユウは唾を飲んだ。

 ペドロの喉が鳴る音も聞こえた。

 何もわからないという不気味さが恐怖を増長させる。

 先程からユウの心は一目散にその場を走り去りたい衝動に囚われていた。


 横を向くと、ペドロが真剣な顔で考え込んでいた。

 穴を発見してからペドロの口数がめっきり減っている。

 ペドロも穴の危うさに警戒心を強めているようだった。

 少し経ってペドロが重い口を開いた。


「よし、中に入ってみようぜ」


 その表情から不安感は消えていなかったが、視線は闇の底へまっすぐに注がれていた。

 ユウが小声で訊き返す。


「本気なの、ペドロ」


 ユウは知っていた。こういう時にペドロが危険を承知で前に進む性であることを。

 ペドロの意志が(くつがえ)らないとわかっての問いだった。

 相手の気持ちを確認するというよりも、自分の覚悟を決めるための言葉だった。


「俺は本気だ。今ならまだ明るい。入り口付近だけでも調べておいた方が良いだろう。危ないと思ったらすぐ戻るさ」


 一息ついて、一言付け足した。


「ユウはここで待ってても構わないぞ」


 珍しくペドロがユウを気遣った。

 ユウも友達にそんな事を言われて黙ってはいられない。


「僕も一緒に行く」


 ユウは恐怖を打ち払うように言葉を振り絞った。

 言った後で少し自分らしくないなと首を傾げた。


 先にペドロが穴に入った。

 身をかがめて慎重に穴の中に歩み入る。

 ペドロの合図を待って、ユウも闇の中に身体を滑り込ませた。

 穴の中は思っていたよりも大きな空間が広がっていた。

 ヒヤリと肌寒く、土と微かなカビの臭いがする。

 入口から差し込む光によって、二人はかろうじて相手の顔を確認することが出来た。

 足元を確かめながら辺りを調べてみたが、柔らかい土と吸付くような石の感触、たまにささくれ立った樹の根が指先に触れるだけだった。


「もう少し奥まで行ってみるか」


 ペドロの問いにユウは頷いた。


 緩やかな傾斜に沿って、二人は暗闇の奥へと降りて行った。

 もはや外の光は入り口を知らせるだけのものになっていた。

 反面、ユウの目は暗闇に慣れ始めていた。

 湿った土から突き出したごつごつとした岩の上や間を二人は通り過ぎた。

 道が途切れることはなかった。


 ふと、ユウは視界の端で小さなものがチラチラと動き回っているのに気がついた。

 始めは気のせいかと思われたそれは、しかし確実にユウの白眼のあたりに現れては消えた。

 足を止めて目を凝らすが、モノが動く気配はなかった。

 すぐ前のペドロにも伝えようと、ユウはペドロの肩を叩こうとした。


「ペドロ、待って。何かいるみたいだ」


 そう言いながらユウの手が触れる刹那、ペドロの身体がビクリと震えた。

 驚いてバランスを崩したユウはとっさにペドロに抱きついた。


「うわ、わ、うわーーー」


 二人は悲鳴とともに数メートル滑り落ちていった。


「ごめん、ペドロ」

「気にするな。そっちは大丈夫か」


 二人同時に身体を起こした。

 立ち上がったユウの瞳の隅でまたもチラリと瞬くものがあった。


「ペドロ、何かいるよ。僕たちを囲んでいるみたいだ」


 緊張のせいでユウの声は高く裏返っていた。

 一方、ペドロに慌てる素振りはない。


「落ち着けよユウ。きらきらしているのはこれだろ」


 足元に転がっていたモノを拾い上げ、ユウの方に投げて寄こした。

 二人とも相手のおおまかな位置を確認するのが精一杯の暗さである。

 ペドロの投げたモノはユウの胸に当たって地面に落ち、カチッという小さな音を立てた。


 急いでユウが拾い上げたのは、透明な鉱石の欠片だった。

 ただの石ではない。

 ユウが欠片の中を覗き込むと青白い光が幾つも瞬いていた。

 青みがかった透明な石の中、閉じ込められた光が逃げ場を求めて跳ねまわり、内壁に反射しては無数の輝きを生み出している。


 掌の上の欠片から目を上げると、同じ石が一面に散りばめられていた。

 ユウとペドロを囲んで、四方八方で微かな光が不規則に点いては消えを繰り返している。


「すごい……」

「俺も、こんなの初めてだ」


 それ以上の言葉は出てこなかった。

 二人は漆黒の宇宙に放り出され、全身で恒星の輝きを感じているような気分に浸っていた。


「僕達だけで独占するのはなんだか恐れ多いかも」


 天井を見上げながらユウがつぶやいた。


「シェンズへのプレゼントにこの石を持って帰ったら良いんじゃないか。綺麗だし、きっと喜ぶぜ」

「それいいね」


 ユウは形の良い石を物色し始めたが、手頃な物がなかなか見つからない。

 辺りをウロウロと歩き回るユウにペドロが声をかけた。


「足元に気を配れよ。ユウは本当によく転ぶからな」


 調度良い石を見つけ、手を伸ばしながら「大丈夫だよ」と返事をしようとした瞬間、ユウの足元から地面の感触が無くなった。

 必死に掴んだ鉱石は根元から簡単に折れ、倒れたユウはしたたかに頭を打った。


「どうしたユウ、何がぁ……――」


 ペドロの声が徐々に遠ざかっていく。

 二人を包んでいた輝きもユウの瞳には映らなくなっていった。

 そのうち、広がるのはただの漆黒だけになった。

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