第27話 種明かし
胡坐を組んだレナードが不満そうにオリガを見上げる。
他の者たちもオリガを囲んで、何が語られるのか今や遅しと待っていた。
人々のざわめきを裂いて、レナードが話を切り出した。
「テメエ、実験とか言っていたな。どういうことか、俺が納得できるように説明しやがれ」
「お前の納得なんて私はどうでもいいが、これだけ大事になったんだ。種明かしくらいはしてやるさ」
相変わらずオリガの返しは手厳しい。
レナードの眼つきがさらに険しくなるのも気にとまらないようだ。
実のところ、ユウも今回の“実験”について詳しく知っていた訳ではなかった。
昨晩オリガから聞いたのは、レナードと一戦交えろという指示だけだった。だから、メラニーが乱入した時には大変に肝を冷やした。
自分に向けられた視線に応えるように、オリガが説明を始めた。
「ここにいる全員が知っているように、私は『真理』とは何か、それを明らかにする係を任されている。だが現状、この仕事は行き詰っている。理由はいくつもあるが、根本的なこととして、対象となる『真理』が嘘かも知れないという可能性が出てきたことが問題だ」
オリガに一瞬冷たい目を向けられて、ペドロはおどけた表情をつくった。
「おかげで私達は『真理』の真偽から確認する破目になった。しかも、私の『世界は物質によって構成されている』やオヨンチメグさんの『この世界は有限だが、人が端まで辿り着けないほどには広い』など、証明が困難な『真理』もある。現在真なる『真理』で、なおかつ効き目の表れ方まで確かなものは、ヴィマラの『この世界では魔法が使える』とハヤルの『人間は感覚的に外部の環境に干渉できる』くらいのものだ」
今回は話が理解できているのか、シェンズ・ヴィマラ・メラニーは小さく頷きながら三人そろって聞いていた。
「そして、昨日の巨猪狩りで新しい疑問が浮かんだ。レナードの『真理』に関することだ。お前の『真理』はどんなものだったか、もう一度教えてくれるか」
急に名指しされたレナードは驚いた後、明らかに不満げな顔をした。
しかし、そんなレナードを気にも留めずにぞんざいに急かすオリガに負けて、レナードも膨れ面のまま「『俺が最強』だよ」と小さく答えた。
嗜虐性を満足させ、楽しそうにオリガは話を続ける。
「この『俺が最強』という『真理』、私達のなかでは無効になったと考えられていた。理由はレナードの名誉のために伏せておくが、そうとしか考えられないからな」
レナードの顔色が赤からどす黒く変わっている。
隣にいたフレデリックが何やらフォローを入れて落ち着かせようとしていた。
「だが昨日、レナードはあの巨猪を一人で倒した。あんな化け物は無手の人間が何人集まっても仕留められるものじゃない。『俺が最強』でもない限りはな」
それはユウがオリガにぶつけた問いだった。
だが、ユウにはその答えを出すために自分がレナードと戦わなくてはならなかった理由が理解できない。
「今回の事はレナードが『最強』でないと説明が難しい。しかし、レナードは以前フレデリックに負けているから、最強ではない」
最初はレナードのためと言って黙っていた事情をオリガは話してしまった。
それでも言葉に詰まったり、言い直すことはなかった。
むしろオリガの弁舌は熱を帯び始めている。
「このパラドックスを解くために、私は『俺が最強』の『俺』に注目した。当初はこの『俺』が誰であるか特定できないから、『真理』は機能しないというのが我々の見解だった。当然だ。ここにいる人間の中にも自分を“おれ”と呼ぶ奴は何人もいるからな。そこで考え方を少し変えてみることにした。『最強』が一人でないならどうだ。全ての“おれ”が『最強』と考えるならどうだ」
早口で捲し立てる。興奮している時のオリガの癖だ。
それまで真剣な面持ちで聞いていたフレデリックが真っ直ぐに手を上げて、質問の機会を求めた。
「私は自分の事を“おれ”とは言わないぞ。それだと『最強』のレナードに勝てないのではないか」
「その通りだ、フレディ。まだ足りない。もう一歩踏み込んで、“おれ”という音に意味が無いとしたらどうだ。一人称など何でも構わない。自分を自分と認識する、明確に自己と他の個体を分けて考える、確かな自意識を持つ存在、それを『俺』の言葉が示していると仮定すれば、全ての人間が『最強』という事になる。これで納得がいく」
「それじゃあ、何でおれは今日もフレディの時も負けたんだ。全員が同じように最強なら勝負は着かないはずだ」
恐ろしい表情とは裏腹に、レナードが冷静な反論を繰り出す。
「よく思い出せ。今日も前回も、お前は一対一の時は負けていなかった。見方にもよるが、勝負は決め手を欠いて拮抗していただろう。それが二対一になった途端にお前はあっさり負けたんだ。つまり、この世界では人間は数値化されるということだ。同じ『最強』なら二人の方が単純に強い」
「それじゃあなんだ、メルの乱入もテメエの差し金か」
「そうだ。すべて私の掌の上だ」
得意気に笑うオリガと対照的に、レナードは苦々しく彼女を見上げていた。
「最後に一つ教えろ。テメエは確信があって今日の事を仕掛けたのか」
「いや、あくまで説明が付くというだけのことだ。だから実験で確かめるんじゃないか。何故そんな事をきくんだ」
「テメエの予想が外れていたら、ユウやメラニーは俺にボコられて大怪我負ったかもしれねえ。そしたらどうするつもりだったんだ」
今日最大の剣幕で迫るレナードに、オリガは切れ長な目を大きく見開いた。
だが、オリガの希少な驚く顔をその場の人々が見られたのも一瞬だった。
「その心配はないさ。私は観察眼には自信がある。お前は短気で考え足らずなうえに、暴力的で妙に悪ぶってはいるが、子どもを無暗に傷付ける様な人でなしじゃあない」
思いがけない評価に、今度はレナードが目と口をポカンと開いていた。
そこにメラニーが追い打ちをかける。
「そうよ。レニーはあたしやユウを猪から守ってくれたもの。それにあたし、『悪い人なんていなくなれ』って、お願いしたんだから」
ユウがレナードを見ると顔が真っ赤に染まっていた。そして、きっと、その理由は怒りから来るものではなさそうである。
今回、オリガが話しているレナードの話とは、第10話の内容になります。




