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第26話 実験②

「もう一度確認するぞ。これは力比べだ。そうだな」


 フレデリックが真っ直ぐにレナードを見つめながら言った。いつもより表情が険しい。


「わかってるよ、フレディ。俺もガキ相手に本気は出さねえよ。適当にやって終わらせる。ただ俺にも面子がある。そこんとこはわかってくれ」


 静かな声でレナードが返した。

 声の調子から感情が読み取れず、そこがユウには不気味に感じられた。


 周りには人垣が出来ていた。

 事の発端をつくったオリガは最前列で腕組みをしている。

 ユウの視線に気付いたペドロは、握った右手から親指を突き出して満面の笑みを返してきた。

 シェンズとヴィマラは相変わらず二人一緒にいた。

 ヴィマラの無邪気な微笑みは祭りの催し物を待ちわびる子どものようである。

 シェンズの様子はユウの位置からはよく見えない。結局、昨日は一言も話すことが出来なかった。


「余所見とは余裕じゃねえか」


 正面に向き直ると眼前にレナードの顔があった。互いの息がかかる距離だ。

 ユウは数秒間目を合わせるのが精一杯で、すぐに目を伏せてしまった。

 ユウの情けない様に、レナードの口の中で小石がぶつかり合うような摩擦音がした。

 コツリ、とユウの額に頭突きをした反動でレナードは元の姿勢に戻った。


「いいか。これは力比べなんだ。くれぐれも忘れるな」


 最後に念を押してフレデリックが二人から離れたのが開戦の号砲代わりとなった。


 見物人達は盛んに騒ぎ立てていた。

「打て」とか「倒せ」といった言葉の他にユウを応援する声も多く聞こえた。

 誰も子どもが(なぶ)られる残酷ショーなど見たくはないのだろう。

 ただ、本気でそのことを心配しているような真剣みも、緊張感も、観客からは感じられなかった。


 ユウは殴り合いの喧嘩などしたことがない。

 どうすれば良いかわからずに躊躇(ためら)っていると、レナードの方から声をかけてきた。


「どこでもいい。好きなだけ殴らせてやる」


 レナードは両腕を広げて無防備に構えている。

 強気な少年なら逆上する所だが、ユウは違った。

 他にやりようもないので、少し助走をつける。

 思い切り振りかぶって、レナードの腹めがけて拳を叩きつけた。

 そのまま連続して左右の拳を繰り出し続ける。

 人間の筋肉を殴る感触はユウが思っていたものとは違っていた。

 想像していたほど堅くはなく、一瞬包み込むようにたわんだかと思うと僅かにユウの拳を弾く。

 どれだけ叩いても身体の表面をなぞっているような手応えしか感じなかった。


 ユウはただ両拳を突き出すことだけを考えた。

 息があがった。両腕を持ち上げているのも辛い。

 殴り続けるという行為がこれほど厳しいとは思わなかった。


 ユウは(あえ)ぎながらよろよろと右腕を前方へ投げ出した。

 その拳が空を切り、急に後頭部を押されたユウはバランスを崩してつんのめった。

 後ろからレナードの声が聞こえた。


「もう十分だろう。降参しろ」


 すでにその声から怒気は失せ、呆れと徒労感だけがにじんでいた。

 ユウもその申し出を受けたかった。

 しかし、顔を上げるとオリガが正面に見えた。もう終わらせても構わない、という表情ではない。


「イヤでひゅッ」


 立ち上がりながらユウは、折れそうな心を鼓舞するように叫んだ。

 呼吸がせわしなく、最後は声が裏返ってしまった。


 意外そうな顔でレナードがユウを見ていた。


「男の子の意地ってやつか。そういうのは嫌いじゃない」


 レナードの瞳に今までとは違う色が浮いている。


「だが、おまえが退かねえなら俺も退けねえ。少々痛い目にあってもらうしかないぜ」


 レナードの拳がユウにとどく刹那、何かが人込みから飛び出してレナードの脚に抱きついた。

 レナードはうつ伏しに倒れた。

 すかさずユウは背中に覆い被さり、レナードの両腕を押さえる。

 上半身をユウに、下半身をメラニーに押さえ込まれたレナードは力づくで二人を引き剥がそうとしたが、うまくいかなかった。

 レナードがどれだけを身をよじっても、不思議と二人の拘束を破ることは出来なかった。


「勝負ありだな。実験は無事終了した」


 オリガの声が戦いの終りを告げる鐘となった。

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