第25話 実験①
レナードの怒り様は誰の目にも明らかだった。
全身の毛を逆立たせ、眉はこの世のものとは思えないほど吊り上っている。それでいて顔色は何事もないかのごとく静かなのが逆に恐ろしい。
血走った両眼が見据える先に、ユウは一人立ち尽くしていた。
ユウがレナードと正対する破目になった顛末はこうである。
猪肉の晩餐会が明けた翌朝、毎日の朝礼に全員が集まった頃だった。
「また大物が獲れると良いな」
「今日はオレがもっとすごいモノを捕まえてやる」
「お前じゃ無理だ。レニーに任せておけよ」
探索班の男達が景気のいい話をしている所に、オリガの一言が水を差した。
「そう毎回都合良く運ぶわけがないだろう。昨日の事も偶然好運に恵まれただけかもしれない、とは考えられないのか」
こういう時のオリガの声はどこまでも冷たい。無機質とは違う、人の意気を削ぐ威圧感のようなものがある。
話をしていた男達もたじろいだ。
すでにオリガは女性や子どもとは打ち解けて笑顔も見せていたが、フレデリックやハヤルを除く大多数の男達は未だに彼女が苦手だった。
元来男というものは自分よりも優秀な女性を認め難い生き物なのかもしれない。
「今の言葉は、オレが猪を仕留めたのがまぐれって意味かい」
オリガに対して強気に張り合おうとするのはレナードくらいのものだった。
「なんだ、本人は良くわかっているじゃないか。豚君一匹捕まえたくらいで調子に乗っているのかと思っていたよ」
オリガがしたり顔で返す。
「その言い草、アンタならもっと余裕で仕留められるって聞こえるぜ」
レナードの声にはすでに怒気がこもっている。
「そうかもな」
「俺が試してやるよ」
目の前まで歩み寄ったレナードに激しく睨みつけられても、オリガは怯まなかった。
「君が? 私の相手を? 笑い話ならもっと面白いのを頼むよ」
レナードの顔がみるみる赤く染まっていく。
レナードが黙って拳を振り上げても、オリガはどこ吹く風で挑発を続けた。
「君が力比べをしたいのなら、彼くらいが適任だろうさ」
オリガが指差した先には自信なげにユウが立っていた。
その後、話はとんとん拍子で進んだ。
フレデリックが止めに入ったが、オリガが何事か耳打ちすると渋々事態を承認した。フレデリックが認めたので、あえて止めようとする者は出てこなかった。
今、ユウの目の前にはレナードがおり、仁王のようにユウを見据えている。
ユウは目が合う事さえ恐ろしく思えて、視線を逸らした。すると、小走りに駆け寄ってくるメラニーが目に入った。
「ユウ、あんた何を考えてるの。あの人の強さは一緒に見たじゃない。どんなことがあったって無茶だけはしちゃいけないって、お婆ちゃんが言ってたわ」
「何でこんなことになっちゃったのか、僕にもわからないよ」
ユウは瞳を潤ませて見上げている少女の頭をあやすように撫でた。
「なに、心配いらない。すべて計画通りじゃないか」
メラニーの反対側からオリガが現れた。
「ユウ、君は昨日私が言ったようにすれば大丈夫だ。無事に帰ってこられるさ。それからメル、そんなにユウが心配なら、君にも一つ手伝ってもらおうかな」
しゃがみ込んだオリガは、意味深な笑みを浮かべながらメラニーにも耳打ちした。
ユウは何と言われようと気休めにもならなかったが、今更やめるとも言えなかった。
覚悟も決まらないまま、ユウはレナードと相対していた。




