第24話 猪肉祭り
女性達が水浴びから戻る頃には、空は茜色に染まりその端に夜の気配がにじみ出ていた。
ずいぶん長い時間があったにもかかわらず、男達の巨猪解体は済んでいなかった。
結局、女性達も交じって作業が続けられ、終わった時には辺りは暗くなっていた。
「せっかく身体を清めてきたのに、臭いが付いちゃうじゃない」
メラニーの言葉に、ユウ達はただ頭を下げるしかなかった。
その晩は全員に猪肉が振る舞われた。
肉は石包丁で不格好に切り分けられ、塩も胡椒もなしにただ焼いただけだった。しかも、火の通りには斑があり、炭かと思われる所もあれば生焼けの所もあった。
手掴みで口に入れた猪肉は一向に噛み切ることが出来ず、奥歯で磨り潰すようにして少しずつ食べた。肉と言うよりもゴムに近い食感である。
下顎に力を入れると少量の肉汁が絞り出た。
粗野で生臭さの残る味にもかかわらず、ユウの舌はそこに幸福感を見いだしていた。
ユウはその味を生涯忘れることはないだろうとさえ思った。
周囲を見ると、皆一様に恍惚の表情を浮かべている。ほとんどの者にとって「新世界」で初めて口にする動物の肉だった。
「今回ばかりはレナードに感謝しなくちゃいけませんね」
「全くだ。しかし、こんな大物を奴が一人で仕留めたなど、未だに信じられんな」
ユウと一緒に猪に舌鼓を打っていたサラとオリガが珍しくレナードを褒めた。
「本当にすごかったんですよ。僕とメラニーの前で、こう、猪を担ぎ上げたと思ったら、後ろに放り投げたんです」
ユウは珍しく熱の籠もった口調で、身振り手振りを交えながら説明した。
思い返すだけでも興奮で鳥肌が立つ。
「その話はもう何回も聞いたよ。そこが信じられないのさ」
熱狂するユウを見て微笑しながらオリガが返す。
「あの大きさの猪なら体重は数トンになるはずだ。奴の身体にそんな重量を持ち上げる力があるとは考えづらくてな」
そう言われても、ユウにとっては目の前でおこった紛れもない事実である。
何やら自分まで疑われているようで、ユウは腹立たしかった。
ユウの心中を察してか、サラがフォローを入れる。
「別にユウを疑ってるんじゃないのよ。でも、私たちはレナードがフレディとプルチネッラの二人に簡単に負けちゃったのを見ているから、彼がそんなに力持ちなんて想像出来ないのよ」
サラ達が「新世界」に着いたばかりの頃、レナードが「俺が最強」という「真理」を根拠に、力ずくでリーダーになろうとしたことがあった。
フレデリックが止めに入り、二人は互角に戦ったが、隙に乗じて飛び込んだプルチネッラによってレナードは取り押さえられた。
その後レナードは問題を起こさなくなり、今は皆と一緒に暮らしている。女性達の多くは未だに不信感を抱いていたが、フレデリックをはじめ男達は概ねレナードを受け入れていた。
ユウの心に不意に一つの疑問が浮かんだ。
「レナードさんの『俺が最強』って言う『真理』、本当に無効になっているんですか」
昼間の出来事を思うと、ユウには何か心に引っかかるものがあったのだ。
「いや、『真理』は絶対的な法則なんだから、効果があるなら奴が負けるはずがない。だいたい、『俺が最強』の『俺』って言うのは誰を示しているんだ。奴以外にも“俺”という一人称を使う人間は何人もいるだろう。本当に奴の『真理』が効果を発揮しているなら、今から君が自分のことを“俺”と呼び始めれば、『最強』になれるかもしれないぞ」
冗談半分に話していたオリガの顔が、急に険しくなった。
ぶつぶつと呟きながら、時に空中に指で文字を書く真似をしたりする。
ユウとサラを置き去りにして、オリガは一人思索にふけっていた。
ユウの口内の肉が完全に無くなった頃、何やら得心したのか深く頷いたオリガは二人の方へ向き直った。
「よし、明日は我々『真理』研究班で一つ実験でもしようじゃないか」
オリガは事態を飲み込めないでいるユウとサラの肩を抱くと、他の者に聞こえないように二人の耳元で何事かささやいた。




