第22話 対立
女性達が水浴びに出かけるのを見送った後、男達には巨猪を処理するという大仕事が残っていた。
せっかくの獲物も活用できないのでは意味がない。
腕組みをしたまま、フレデリックが尋ねた。
「誰か、猪の解体に詳しい人はいないか」
誰も答えなかった。
普段から動物の解体に携わっている者などそうはいない。まして、乗用車サイズの猪なら、なおさらである。
「私で良かったら、力になれるかもしれないわ」
人の輪の一番後ろからオヨンチメグの声がした。
いつものようにささやかだが、絶えることない微笑を浮かべている。
「願ってもないことです。お力添えありがとうございます」
男達がオヨンチメグを中心に輪になった。
「ただ、不躾な事をお尋ねするようですが、どこでそんな知識を?」
質問したフレデリックだけではない。その場にいた者全員が知りたがっていた。
「あら、これでも私、若い頃はお転婆でね。冬が近付くと父がヤギなんかを絞めるから、隣でそれを見ていたのよ」
本当は動物を解体するのは男性の仕事で、女性はゲルの中で肉や内臓を洗い仕分けるのが仕事なのだと、オヨンチメグは説明した。
「でも、こんな大きな動物を絞めるのは初めてなの。きっと人手がいるわ。ここにいる皆に手伝ってもらわないといけないわね」
「おい、婆さん。皆ってのはあのクソジジイも含めんのかよ」
不満そうにレナードが尋ねた。人の輪から外れ、離れた場所に座っているカールにも聞こえる声の大きさである。
「聞こえたぞ。誰がクソジジイだって、このクソガキ」
すごい剣幕で寄って来たカールとレナードが睨み合う。
間近でみると、カールの巨体は迫力があった。少し前に猪に追われたばかりのユウが見ても、気圧されるものがある。
「クソジジイっていうのはお前の事だよ」
「年長者への礼儀ってものがなってねえな。今から儂が叩き込んでやろうか」
二人とも退く様子はない。一触即発の状態である。
透かさずフレデリックが二人の間に入った。
「止めるな、フレディ。あんたが言わないなら、俺が言ってやる」
フレデリックの制止も聞かずレナードが怒鳴り散らした。
「おい、クソジジイ。せっかく仲間に誘って連れてきてやったのに、探索にも参加しねえ、かと言って、居残り連中を手伝うでもねえ、配給も受け取らねえし、誰とも話そうとしねえ。端の方で仏頂面して何かやってるようだがなあ、だったらここにいなくてもいいじゃねえか。雰囲気が悪くなんだよ」
レナードはそれ以上、カールを糾弾出来なかった。他の男達もレナードとカールの間に入って強引に二人を引き離したのだ。
結局、オヨンチメグの指示の下、カールを除く男達が猪の解体に取り掛かった。
まず、血抜きのために首に切れ目を入れ、太い血管を断つ。
石器のナイフで分厚い皮に切れ目を入れるのは一苦労だった。
血が抜けきるまでは次の作業に入れないので、小休止が取られた。
皆、思い思いに過ごす中、ユウはオヨンチメグがカールの方へ歩いて行くのに気がついた。
巨猪とも渡り合えそうなカールと、ヴィマラよりも小さいオヨンチメグが向かい合う様を想像して、ユウは血の気が引いた。
オヨンチメグの後を追ったユウは、さりげなく二人の近くに座ると耳をそばだてた。
少し聞こえづらいが二人の会話が聞こえた。
「若い人を、怒らせてしまいましたね」
「ふん、知ったことか。大体、あいつは年長者への話し方がなっちゃいない」
「確かに少し品のない話し方だったかもしれませんね」
オヨンチメグの声は落ち着いていた。
ユウにとって意外だったのは、カールの声にも思っていたほどの怒気が感じられないことだった。
「儂はあのフレデリックというやつが頼むから、ここへ来たのだ」
「そうですね。貴方は元々、一人でもこちらの世界で生活できていたんですもの」
「そうだ。わしなら一人で食糧を確保できる。水だって自分の分くらいはなんとでもなるわい。暮らす場所にも困ることはない」
「それに、そうやって道具を作ることも出来ますものね」
オヨンチメグが指差したカールの手の中で、二つの石が磨り合わされていた。
自分が言おうとしたことを先回りされたため、カールは狼狽えて頷くしかなかった。
「そう、あなたは何でも出来る方ね。こんな所でも一人で暮らしていける」
「その通りだ」
「でも、あの子達は違いますよ。今も猪を絞めるのにてんてこまい」
オヨンチメグの話し方は変わらない。ただ静かに、穏やかに言葉を紡ぐ。
「あんた、何が言いたいんだ」
「貴方には、あの子達が必要ないかもしれない。でも、あの子達には貴方が必要よ。貴方を頼りにしたいはず」
それから二人とも黙ってしまった。
長い沈黙の後、カールがつぶやいた。
「儂は行かんぞ」
オヨンチメグはそれ以上何も言わなかった。少し困ったような笑顔で頭を下げると、元いた所へ戻って行った。
結局、カールは猪の解体に加わらなかった。




