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第20話 森林探検③

 最初にそれに気付いたのはユウだった。

 それは行く手を遮る木々を薙ぎ倒しながら、ゆっくりとユウたちの方に近づいてきた。

 遠くにいる時には巨大な土塊(つちくれ)に見えた。


 ユウは背中の毛が逆立つのを感じた。

 “それ”から目を離さないようにしながら、静かに腰を上げる。

 メラニーは未だに気付いていないらしい。不思議そうにユウを見上げている。

 ユウは黙って“それ”を指差した。声を出すどころか、物音をたてることさえ、不味い気がした。


 しばらくして、二人の前に現れたのは猪だった。

 ただし、ワンボックスカーくらいの大きさがある。人間の脚ほどもある牙が二本生えていた。


 猪は広場に出た辺りでウロウロしている。ユウとメラニーには気付いていないようだった。

 ユウは猪から目が離せなかった。見つかれば瞬く間に捕らえられてしまいそうに思えたからだ。

 手を差し伸べて、メラニーを立ち上がらせる時でさえ、ユウは猪の方を向いていた。

 つないだメラニーの手は湿っていた。小刻みに震えながら、ユウの手をしっかりと握り返してくる。


「ね、ねえ、ユウ。これからどうする気よ」


 呟くような声でメラニーが尋ねる。歯と歯がぶつかる音がした。


 逃げる以外の選択はなかった。だが、どの様に逃げれば良いか、ユウにはわからない。

 少しずつ後退りながら、猪との距離を取るのが精一杯だった。


 ユウは記憶を頼りに、後ろの森までの間隔を測った。

 木を盾にすれば逃げられるかもしれない。メラニーの手を引きながら、少しずつ移動する。

 焦れる。もう何時間もそうしているようにユウには感じられた。

 

 残り数歩で森に飛び込めるという所で、猪がユウたちの方を向いた。

 猪と目が合った。金縛りにあったように動けなくなった。心臓までが止まっている気がした。


 どのくらい経ったのか、猪が余所を向いた。

 凍っていた時が動き出し、ユウの心臓も鼓動を打ち始めた。身体と心が弛緩する。

 森に入ってしまえば、一息つける。そう思って大きく一歩後退した時、何かがユウの手を強く引いた。


「きゃあっ」


 静寂を割いて、少女の声が響く。

 ユウと手をつないだままのメラニーが、転んだのだ。


「急いで。早く立つんだメラニー」


 うっかり、ユウは大声で叫んでしまった。


 完全に見つかった。猪が二人に突進してくる。

 メラニーは震える脚で立ち上がろうとしているが、間に合わない。

 二人は咄嗟(とっさ)に目を瞑った。

 

 しかし、猪に突き飛ばされる衝撃はやってこなかった。

 恐る恐る目を開けると、眼前に迫る猪とユウたちの間に人影があった。

 ユウの場所からは顔が見えない。足で地面を噛み、筋肉が隆起した二本の腕が猪の牙を掴んでいる。

 そして、その腕には髑髏の刺青。レナードだった。

 レナードが猪の突進から身を呈してユウとメラニーを守っていた。


「バカ野郎。ぼおっとするんじゃねえ」


 振り返らずにレナードが怒鳴る。


「ガキ共、さっさとそこを退きやがれ」


 我に返ったユウは、メラニーを促してその場を離れた。

 横を走り抜けざま、レナードを見た。額には大粒の汗が噴き出し、身体中の血管が浮き上がっていた。


 ユウとメラニーが安全な場所に避難した後も、レナードと猪はその場から動かなかった。

 レナードが押し戻そうとすると、猪もより強い力で押し返す。文字通り、一進一退である。


 一瞬、レナードの膝がガクリと折れた。腰が落ち、上体が傾く。

 猪に押されて、レナードが一歩退いた。だが、それ以上後ろへは下がらなかった。

 レナードの背筋が収縮している。牙を掴む両腕にさらに力が入る。赤く染まった身体から湯気が出ていた。


 猪の後足が地面を空振るようになっていた。

 少しずつ、後足と地面との間が離れていく。レナードの重心が猪の下に潜り込んでいた。

 猪は完全にレナードに持ち上げられている。四肢がばたばたと空を蹴る。


「俺が、最強だあぁぁっ」


 レナードが雄叫びとともに猪を後方に放り投げた。

 樹の幹に打ち付けられた猪は、じきに動かなくなった。

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