第19話 森林探検②
「あんた、悪い人ね」
その日、何度目かの突き刺すようなメラニーの言葉にうんざりして、ユウは深い吐息を漏らした。
ユウが密林の中を駆けに駆けて出会ったのが、メラニーだった。
話は少し前に遡る。
ユウが走り疲れて足をとめた時、近くで何かが動くような音が聞こえた。
慎重に音がした方へ歩いて行くと、不自然に森が開けた場所に出た。初めから植物など存在しなかったかの如く、木々の痕跡が一切なく、地面は土が露出している。
テニスコート程度の空間の真ん中に、女の子が一人座っていた。
近寄ってみると、容姿は少女というより幼女に近かった。金髪碧眼、よく日に焼けた茶褐色の肌、身長はヴィマルよりも一回り以上小さい。地面にぺたりと尻もちをついたまま、全く動かなかった。
「ねえ、君、大丈夫」
声をかけたが反応はない。ユウが目の前に立っても、気付かない。まるで目を開けたまま、眠っているようだった。
軽く頬を平手で打っていみたが、反応は鈍い。女子相手に力を抜きすぎたのかもしれないと思い、多少躊躇した後、両肩を押さえて強く揺すってみた。
女の子の視線の焦点が定まり、ユウと目が合った。ユウは咄嗟に笑顔をつくった。
女の子はユウの顔と周囲の景色をゆっくり交互に見比べた。未だに自分の置かれている状況を理解できていないらしい。そして、自分の肩を掴むユウの腕を見、再度、ユウの顔を見た。
突然、女の子が小さく震えだした。
異変に気付いたユウが顔を覗き込もうとすると、女の子はユウの鼓膜をつんざく勢いで悲鳴を上げ、ユウの腕を振り払おうと無茶苦茶に暴れ出した。ユウは腹を蹴られ、小さな掌で思い切り顔を引っ叩かれる破目になった。
ユウが数歩退いても、女の子の興奮は収まらなかった。険しい顔でユウを睨みつけている。
「あんた誰よ。あたしをどうするつもり」
甲高い声で、ユウを牽制する。
ユウは相手の警戒心を削ごうと、出来るだけ穏やかな口調を心掛けた。
「僕はユウ。安心して、君に危害を加えたりしないから。君と同じ、この『新世界』に連れてこられた一人だよ」
「信じられないわ。あんた、あたしを捕まえて、さらっていくつもりでしょう」
「そんなことしないよ。僕みたいなのに出来る訳ないだろう」
「嘘よ。そうやってあたしを騙すつもりね。悪い人の言う事を信じちゃだめって、お婆ちゃんが言ってたもの」
ユウは懐から赤い木の実を取り出して、女の子に差し出した。酸味が強いさくらんぼの様な味がする。昨夜配給された分を残しておいたものだ。
「これあげるから、こっちにおいでよ。美味しいよ」
女の子は手を伸ばしかけて、すぐに引っ込めた。
「その手には乗らないわ。知らない人に物を貰っちゃダメってお婆ちゃんが言ってたもの」
ユウは頭を抱えて蹲りたい気分になった。どうすれば信じてもらえるのか見当もつかない。
「どうすれば君は信じてくれるの。僕だって皆とはぐれて、一人ぼっちで困っているのに」
半ば自棄っぱちになってユウは叫んだ。
「あんた、迷子なの?あたしよりお兄さんっぽいのに?」
「カッコ悪い」
最大級の衝撃がユウの胸をえぐった。異性からの「恰好悪い」は、思春期男子の心を折るのに十分過ぎるほどの威力がある。例え相手が年下の幼女だったとしてもである。
しかし、初めて疑われなかったのである。情けなかろうが、格好悪かろうが、ユウにはこの糸口を手繰るしか道はなかった。
「しょうがないじゃないか。僕だってまだ大人じゃないんだから。もし、君がお婆ちゃんから森で迷った時の対策を聞いていたら、教えてくれないかな」
出来るだけ頼りなく見えるように気を使った。
「お兄さん、ユウだっけ。本当にダメな人なんだ。あんたにさらわれる心配なんて、しなくても良さそうね」
表情を緩めた女の子は、つかつかとユウに歩み寄ると、差し出された全ての木の実を雑な手つきで取っていった。
「名前、聞いてもいい」
隣に座った女の子に、恐る恐るユウが尋ねた。
「あたしメラニー。友達はメルって呼んでくれるッッて、これ酸っぱいじゃない。騙したわね。やっぱりあんた悪い人だわ」
メラニーは慌てて口の中の実を吐き出した。
恨めしそうな視線がユウに向けられる。
「ごめんね。この味はメラニーにはまだ早かったかな」
言った後で、気に障ったのではないかと、ユウは不安になった。
「そんなことないわ。ちょっと思ってたのと違う味で驚いただけよ」
必死になって否定したメラニーは、三つ一遍に木の実を頬張った。口を窄めて、涙目を浮かべながらも、メラニーは木の実を全て呑み込んだ。
「それで、良い案ないかな」
未だ渋い顔をしているメラニーにユウが尋ねた。
「お婆ちゃんが言っていたわ。迷子になったら、その場を動いちゃいけないよって。だから、ここでじっとしていれば大丈夫」
メラニーの言葉に、ユウは肩を落とした。
確かに、メラニーの祖母の忠告は間違っていなかった。ただし、誰かが探しに来てくれるのならばの話である。
事態を悲観してうつむくユウと、楽観して鼻歌交じりのメラニーの後方で、何かが樹の枝を揺らす音がしてた。




