第18話 森林探検①
ユウは惑っていた。
右を見ても、左を見ても、目に入るのは鬱蒼と茂る樹、樹、樹。樹の枝葉で光が遮られたうす暗い森の中で、聞こえるのは葉擦れの音だけだった。
元々獣道さえない所に、数日かけて探索班が道筋らしいものをつくっていたが、それを外れると目印さえも見つけられない。
昨夜のペドロの誘いに乗って、ユウは探索班に加わることにした。事情を察してか、オリガとハヤルは簡単に許可してくれた。
森に入ってからはペドロの背中を追いかけていたはずなのに、いつの間にかユウは一人になっていた。
言い知れない不安感がユウを襲っていた。もう誰にも会えないのではないか。背筋を冷たいものが伝う。脈が早まる。自分の鼓動の音が聞こえる気がした。
落ち着くため、人の字を手に描いて呑み込んでみたが、効いたとは思えない。深く息を吸い、ゆっくり吐く。二度、三度、繰り返した。
考えを巡らせてみたが、有効そうな対応策は浮かばない。そもそも、ユウの中に森林で一人になった時の対策など一つもなかった。思えば、「新世界」に連れてこられて以来、ユウが一人になったのは初めてのことだった。頼れるのは自分だけである。
再度、頭の中を散らかしまわす。緊急時の方策、森の中で一人になったら、仲間とはぐれて迷子になったら、どうする。シェンズなら、フレデリックなら、オリガなら、ペドロならどうする。
不意に、ユウは昨夜のペドロの言葉を思い出した。
「ユウなら『魔法』で何とか出来るだろう」
「魔法」ならば、この窮地を脱することが出来るかも知れなかった。むしろ、ユウには「魔法」以外の選択肢がなかったとさえ言える。
土の上に腰を下ろし、意識を集中する。試しに目を閉じてみた。多少、音や匂いが強まりはしたが、ただ暗いだけだった。
これまでユウが「魔法」を使えたのは、すべてが偶然だった。使おうと思って使えたことは一度もない。ユウだけではない。自由に「魔法」が使える者など一人もいなかった。ハヤルが少しコツをつかんでいる程度だ。
ハヤルは何と言っていただろうか。具体的なイメージを強く意識すると良い、と話していたような気がした。
ユウは再度、目を閉じた。ユウが探しているのは“人”である。より具体的に目の瞼の裏側に映し出す。人、人間、父、母、シェンズとペドロ。二人は「新世界」でユウが最も親しんだ仲間だった。
二人の表情がコマ送りで次々に移り変わっていく。ペドロの晴れ晴れとした話声を思い出す。シェンズが差し出した手の感触や、そこから伝わってきた温度を思い出す。ふと、空を飛んだ時のヴィマラの柔らかい抱き心地と、額への口付けも思い出した。皆に、仲間達に会いたかった。
ユウは人の感触を探した。全神経を動員し、頭の先から脚の先まで、毛穴の一つ一つにさえ、意識が通っている気がした。まだ足りない。自分の身体の境界を超え、地面を伝い、周囲の木々の管を通って、感性が辺り一面に拡大する。
いきなり、ユウは駆け出した。方向の確認はしなかったが、自分の感覚を信じるしかなかった。
それは本当に細やかなものだった。掌に羽毛が一枚降ってきたような質感だった。しかし、確かに“人”の感覚である。
低木の枝を掻き分け、下草を蹴り上げながらユウは走る。途中、樹の根に躓いて、したたかに転んだ。腕にも脚にも擦り傷が出来ている。傷口に血がにじむ。それでも、ユウは立ち上がり走った。僅かな感覚が消えてしまう前に辿り着かなければならない。
それは間違いなく“人”の、女の子の感触だった。




