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第14話 魔法教室①

「さあ、早く君の『魔法』を見せてくれ、ユウ」


 興味心身に迫るオリガに、ユウはたじろいだ。オリガが一歩踏み出すのに合わせてユウが半歩後退する。

 オリガには探究者独特の迫力がある。そうこうするうちにオリガの手がユウの腕を掴んだ。


「まあまあ、オリガさん落ち着いて。ユウが怯えてますよ」


 サラが二人の間に入ってオリガをたしなめた。

 我に返ったオリガは「悪かった」とすまなそうに手を離した。


「いたいけな少年を虐めるなんて、いけない女性(ひと)だなあ」


 事態を傍観(ぼうかん)していたハヤルがオリガをからかった。側にいたシェンズとヴィマラも「いけないんだあ」と囃し立てたが、オリガが鋭い視線で睨みつけると三人はすぐに黙り込んだ。


 場を和ませようとサラが別の話題を持ち出した。


「私、意外でした。オリガさんがあんなこと言うなんて。みんなも驚いてましたよ。オリガさんて、私たちと少し距離置いてるように思ってたから」


 サラが言ったのは昨日の朝、ユウたちがサラ達と出会った翌日の事である。

「旧世界」が滅び、「新世界」に連れてこられたユウたちは、今後の生活について多くの問題を抱えていた。人数分の食料の確保は当然として、「魔法」の存在、皆で協力するかどうかの確認、他にも問題は山積みだった。

 その日の話し合いでは、まず最初に全員の意思が確認された。昨夜、ペドロの一言で互いの関係の希薄さに思い至ったものの、集団を抜けて一人で生きるのは不可能だというのが全員の共通認識だった。


 次に、未知の「新世界」で生きていくにあたり、今後どのように行動するかが議題にあがると、それまでは端で黙り込んでいたオリガが意見を述べた。

 レナードとの一件以来、注目を集めながらも沈黙を貫いていたオリガの発言に、フレデリックさえも驚いていた。


 オリガの提案は「真理」の研究であった。「真理]はどのように発現しているか、本当に「真理」が無効になることがあるのか、今共有されている「真理」は嘘か本当か、これらの課題を明らかにする必要があるというのがオリガの発言の主旨だった。


 最終的に、オリガの提案を踏まえつつ、集団を三つのグループに分けることになった。それぞれ、オリガを中心とする「真理」を探究するグループ、「魔法」を研究するハヤルのグループ、残りが食糧確保や仲間の捜索などを担当する周辺探査グループにわかれた。 ユウは「魔法」が使えたため、ハヤルのグループに振り分けられた。シェンズやヴィマラも同じ班である。

 当面は「真理」研究班も「魔法」班と合同することになった。現状最も疑いようのない「真理」が「魔法」だったからである。


「ふん、阿呆との共同生活は本意じゃないが、生きていくにはしょうがないだろう。だったら、まずこの世界について知るところから始めないとな」


 照れ隠しか、無愛想にオリガが返した。


「それを言うなら、私も意外だったぞ。おまえは賢いけれど、体力もあるからな。男どもと一緒に探索にまわると思っていた」


「真理」と「魔法」研究の班は女性ばかりで、男性はハヤルとユウだけだった。理由は簡単で現状二人だけが「魔法」を使えたからである。


「私も『真理』について気になってることがあって……、何の役に立てるかわからないけど、一緒にやらせて下さい」

「優秀な人間は嫌いじゃないよ。それに私だってまだ何をしたら良いか半信半疑だしな」


 オリガとサラのやり取りで事態が収拾したことを悟った一同は胸を撫で下ろした。


「という訳で……」


 改めてオリガがユウの方を向いた。


「君の『魔法』を見せてくれ、少年」


 その瞬間、その場の全員が軽いめまいや脱力をともなって、こう思った。


「まだ、落ち着いてなかった!」


 周囲の反応に気付いたオリガは、わざとらしく咳払いして、「私は冷静だ」と釈明した。ほぼ全員が苦笑いを浮かべるなか、オヨンチメグだけが穏やかに微笑んでいた。


「いや、悪かった。私も早まった。『魔法』を見せなくても構わないから、君が知っていることを教えてくれ」


 ユウはオリガの頼みに応えたかったが、何と答えれば良いかわからなかった。

 今までに経験したことがない、適当な言葉が思いつかない出来事だったからだ。


「初めて『魔法』を使ったのはいつだったんだ。ユウ」


 ハヤルが機転を利かせて質問を変えた。


「それなら、ここについた日、草原でした」

「ふむ、そこで何があったんだ」


 すかさずオリガが質問を重ねた。


「えっと、遠くに何かいるのがわかったんです。それで目を凝らしてみるんですけど、何も見えなくて」

「それって、私と会った後の事でしょ。思い出した。あの時は何でもないって言ってたじゃない」


 シェンズの割り込みを半ば無視して、オリガがさらに尋ねた。


「それは第六感のようなものか」

「いえ、直感みたいに曖昧じゃなくて、もっとこう、誰かに肌をなでられたみたいな感覚でした」


 ユウは自分の知りうる限りの言葉で説明したが、オリガ達は困った顔を返すだけだった。


「少し質問を変えてみたら。ユウは何でそれを『魔法』だと思ったの」


 見かねたサラが別の質問をした。


「それは、昨日『魔法』があるって聞いた瞬間に、あれは『魔法』だったんだって思ったんです。直感的にというか、最初から知っていたことを思い出したみたいに」


 ユウにとってはこちらの質問の方が難解であったが、オリガは何か得心したようにうなずいた。


「なるほど。それはおそらく『魔法』が二つの『真理』からなっていることと関係するんじゃないか」


 一同が首を傾げているのを見ながらオリガが説明を始めた。


「つまり、この世界の『魔法』というのは、現象と名称に関する二つの『真理』が結びついて出来ているんだ。ヴィマラは『魔法が使える』という真理をつくったが、その『魔法』がどんな現象なのか規定しなかった。そこで足りない現象面に『感覚的に外部の環境に干渉できる』という『真理』があてられた。二つの『真理』が不可分な一つの真理として機能しているんだろうな。だから、君は『魔法』という言葉を聞いた時、まさにその経験と『魔法』という言葉を直感的に結びつけることが出来たんだろう。この世界で『魔法』と言ったら『感覚的に外部の環境に干渉する』こと以外は有り得ないという事さ」


 饒舌に説明するオリガに、厳しい表情をして聞いていたシェンズが割って入った。話についていけなかったのだろう。


「わからない話はそれくらいでいいでしょ。そんなことより、どうやったら私たちも『魔法』を使えるの」

「わたしも、わたしも、『魔法』使いたーい」


 すかさずヴィマルが続く。

 やれやれと首を振ったオリガは、「交代だ」と座っていたハヤルの肩を小突いた。


「その辺の事は、そちらが専門だろう」


 ハヤルは気だるそうにため息をつきながら立ちあがった。


「まあ、多分使えるんじゃないか。多少の練習は必要だろうけどな」


 それを聞いて瞳を輝かせたシェンズとヴィマラが顔を見合わせてはしゃぎだすのとほぼ同時に、オリガがハヤルの言葉を遮った。


「待て、『魔法』は感覚的に使えるんじゃなかったのか。何故、練習なんてものが必要なんだ。ユウはほとんど無意識に『魔法』を使ったんだぞ」


 見るからに面倒くさそうな表情をしたハヤルは、少しの間、宙に視線を泳がせた後、オリガの質問に答えた。


「まあ、感覚なんてのは信用ならないものでな、自分の思い通りにいかないってのもよくある話だ」


 ハヤルは一度言葉を切って、周りを見た。皆が話についてきているか確かめているようだった。シェンズはすでに眉をひそめ、ヴィマラも首を傾げている。ユウもハヤルの言葉の意図を理解出来なかった。

 聞き手たちの反応が芳しくなかったのを感じ、ハヤルは例え話を交えた説明に切り替えた。


「スポーツをやったことない奴はいないと思うけど、はじめての種目ってのはどれも難しいだろう。打ったり、投げたり、蹴ったり、ただ真っ直ぐ走るだけでも上手くいかないもんだ。見る側からは簡単そうでも、やってみるとイメージ通りに出来ない。だから練習する。何度も何度も繰り返すうちに、初めは色々気にしながらやってたのが、いつの間にか考えなくても感覚で出来るようになる。『魔法』も同じ」


 もう説明は十分だろうというように、ハヤルがしゃがみ込もうとするのを、サラの挙手が止めた。


「でも、ユウは練習なしで『魔法』が使えたのよね」


 膝を折った中途半端な姿勢のままハヤルがなげやりに答えた。


「どこの世界にも、何でも出来る奴ってのはいるものさ。どこにだって、教わりもしないのに、初めから経験者と同じようなことが出来るのが一人はいるだろう」


 一同の視線が集まり、ユウは恐縮して小さくなってしまった。とても「何でも出来る奴」の風体ではない。ユウの頼りなさにまたも全員が苦笑いを浮かべた。


 一座が落ち着いたところでオリガが今後の指針を提案した。


「それじゃあ、次はその練習法を教えてもらおう。そして、明日からは『魔法』を使うための練習と実験だな」


 オリガの言葉に、本当に面倒そうに頭をかきながら、ハヤルは地面に腰を下ろした。

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